~可憐! あたしを魔王領に連れてって~
学園校舎から戻ってきたあたし達は、宿屋で待機することになった。
すぐにでも呪いの武器とラピスラズリっていう宝石を手に入れて欲しい学園長のお願いで。
「転移の巻物『デ・トランレーション』を用意するから、宿の部屋で待っていて欲しい」
と言われたので、あたし達は宿屋に戻った。
本当なら宿屋に戻ることなく転移して欲しいような勢いの学園長だったけど、すぐに用意できるほど転移の巻物は安くないってことかな。
でも、転移の腕輪を作るために転移の巻物を使うっていうのは、なんだか変な感じ。
こういうのを、本末転倒って言うんだっけ?
「ただいま~」
部屋に戻ったあたしとルビーはベッドに座ったけど、師匠は床に座った。なにをするのかな、と思ったら装備品のチェックみたい。
体中のあちこちから投げナイフを取り出し、床に並べていく。ベルトからはポーションと盗賊スキル用の針が入っている簡易ボックスも外して中をチェックしていた。
いつもの装備チェックじゃない。
本気の本気の、最大限の装備点検だ。
「師匠」
「なんだ?」
「やっぱり師匠も付いていくんですか?」
今まで見たことのない師匠の装備点検。簡易的なものじゃなくて、本格的なチェックだった。なにより、師匠が装備を全解除しているっていう状況も珍しかった。どんな状況でも、針の入ったボックスを床に置いたことは無かったし。
……いいなぁ、あの針ボックス。
あたしはまだ持つことを許されていない。もっともっと魔力糸を上手に顕現できるようにならないと持つ意味がないって言われた。ざんねん。
でも。
これだけ念入りに装備点検するってことは、やっぱり師匠も魔王領に付いていくってことかな。
「そのつもりだ。……あ、そうか。当たり前に準備をしていたが聞いてなかったな。ルビー、俺も連れて行って欲しいのだが、いいだろうか?」
魔王領にわざわざ付いていく必要なんか無い。
それでも、師匠は行くつもりだ。
どうしてだろう?
なんで、付いていくつもりなんだろう……?
「別にかまいませんが……危険ですわよ。というよりも、完全に眷属にした状態でいてもらわないといけませんので師匠さんに自由などありません。それでも良いのでしたら、是非ともわたしのお城を案内したいと思います」
「充分だ」
師匠はそう答えて、もくもくと装備品チェックを続けていく。
投げナイフを一本一本持ち上げては刃の状態を確認し、グリップを確かめるようにスローイングの形を取る。
その動作だけでも、なんていうのかな、カッコいい。なんなら美しいって言えるぐらいの洗練された動きだった。
無駄の無いスムーズな体の動き。
これで装備点検のチェックしてるだけなんだから、師匠の本気の本気はどれだけ凄いんだろうか。なんて思ってしまう。
もちろん、あたしに教えてくれる動きだってホンモノだと思う。でも、やっぱり違いが出てしまうのかな、って思った。
あたしはまだ師匠と本気で戦ってもらえていない。
ちょっとは強くなれてると思うけど、でもでも、まだまだ師匠には追いつけそうにないや。
……でも。
いつまでも、あたしが弱いままだったら。
ずっと師匠と一緒に――
「……ぶるぶるぶるぶる」
「首、ねじ切るつもりですか、パル」
「なんでもなーい」
あたしはダメな考えを追い出すようにほっぺたをギュッとつねった。
弱気な考えじゃ、師匠に怒られちゃうし……なにより、師匠に嫌われてしまう。それよりも、強くなって師匠と肩を並べられるくらいになれれば、師匠が嫌がったって逃げ出したって、追いついて引っ付いてやる。
……だから。
だから、ずっと。
ずっと師匠のそばにいたい。
いつだって師匠を。
見ていたい。
「ねぇ、師匠。師匠はどうして魔王領に付いていくんですか?」
「――知見だ」
間が合った。
師匠は、嘘をついた。
「魔王領を見ておきたい。魔王領の魔物のレベルを知りたいのもあるし、俺が通用するのかどうかも知りたい」
顔をあげず、装備点検をしながら師匠は言う。
知見、っていう言葉には嘘があった。
でも、その後につづく言葉は嘘じゃなかったと思う。
たぶん、だけど。
自信はないけど。
嘘には、ほんの少しの真実を混ぜるといい。
師匠が言っていた言葉を思い出す。
だから、やっぱり『見ておきたい』は嘘なんだと思う。
ホントの目的は……なに?
「師匠」
「なんだ?」
「あたしも行きたいです」
「ダメだ」
即答だった。
「ひとりぼっちでお留守番は嫌です」
「危険だ。俺でさえ危ないのだから、パルはダメだ」
ムカ。
「師匠が危ないんでしたら、師匠が行くのも反対ですぅ。あたしといっしょに留守番してください」
「……どうして行きたいんだ?」
師匠は手を止めて、ようやくあたしの顔を見てくれた。
「ひとりぼっちは嫌です。それだけです。ずっと師匠といっしょにいたいだけ」
「サチがいるじゃないか。盗賊ギルドは歓迎してくれるぞ。タバ子と仕事してみるのも良い経験だ。学園長ならいくらでも話し相手になってくれるだろう。パル。おまえはもう、ひとりぼっちなんかじゃないよ」
師匠は、あたしを軽くあしらうのではなくて、ちゃんと真剣に本気でそう言ってくれた。
ひとりぼっちにはならない。
それは分かる。理解できた。
でも。
「そこに師匠がいないと、意味ないもん」
「俺としては、めちゃくちゃ嬉しい言葉ではあるんだがなぁ……」
う~ん、と師匠は困ったように頭をかく。
だからあたしは、もっと師匠を困らせることにした。
「師匠とルビーがふたりで行ったら、あたしは寂しくなって他の『師匠』を見つけるかもしれませんよ? 帰ってきたら師匠を喜ばせてあげようね、って男の人に言われると、わーい、って付いていっちゃいます。盗賊ギルドのお兄さん達なら、いっぱい経験してそうですから。いろいろ教えてもらっちゃいます! わぁ、楽しみだな~。どんなこと教えてくれるのかなぁ。えへへ~。師匠が魔王領から帰ってくるのが遅くなるたびに、あたしはいっぱいあっちのテクニックが上手くなっていくんです! 楽しみですね、師匠!」
「やめてください」
師匠が両手で顔を覆って泣いちゃった。
いや、泣いては無いけど。
そんな師匠を見て、ルビーの瞳がキラキラと輝いちゃったけど。
あはは。
気付いちゃったルビー?
師匠って可愛いよね!
ときどき、師匠のことイジメたくなっちゃうよね~!
「いや、まぁ、連れていくにしてもひとつ問題があるぞ、パル」
「なんですか? すぐ殺されちゃうとか?」
「マジでそれになる可能性がある。ほら、俺と違ってパルはまだルビーに眷属化されてないだろ?」
あっ。
そういえば、そっか。
「ルビー、あたしも眷属にして」
「……いいんですの?」
ルビーは少し困ったような表情を浮かべて師匠を見た。師匠も考え込むように思考を巡らせている。
「なにか問題があるの?」
「問題だらけですわよ、パル。まず自由が奪われますわ。やろうと思えば、あなたと師匠さんが結ばれるのを永遠に阻止することができますし、自殺させることだってできます。いわゆる、生殺与奪の権利をわたしが握ることになってしまいますわ」
「メリットは?」
「ありません。強いて言うなら、どんなに疲れていてもわたしの命令を忠実にこなす奴隷になれることだけです。死ぬまで走れと命令すれば、本当に死ぬまで走ってしまいますよ」
「じゃぁ、師匠と死ぬまでキスしろって命令したら?」
「窒息死するまでキスするんじゃないでしょうか」
「お~」
「ちょっとステキな死に方ですわよね」
「いや、鼻で息ができるだろ」
あ、そっか。
「師匠ってキスしたことあるんですか?」
「無い」
「鼻息が当たるのって恥ずかしくないです?」
「……あれ、どうなんだろうな。好きだったら平気なのか? ルビーは経験ないのか?」
「血を吸うことは多々ありましたが。残念ながら殿方とのキスの経験はありませんわ。というか息ぐらい二週間くらい止められます。キスする時に相手を不快にさせることはありません」
お~、と師匠とあたしはルビーに感心した。
すごい、さすが吸血鬼。
「って、話がそれちゃってる。ルビーはあたしのこと嫌い?」
「好きです。人間との会話は退屈だと、もう語り尽くしたと思っていましたが。パルはなかなかに飽きませんわ。あと五十年くらいは良好な関係を築けそうです」
「だったら、あたしを眷属にしても大丈夫だよね。酷い命令とかしないよね」
「そのつもりではありますが……保障はしませんわ。今後、ケンカしてしまうこともあるでしょう。パルがわたしのことを嫌いになる可能性もあります。お肉の取り合いでもめた場合、眷属化を使ってパルの動きを封じることもできますわよ」
「でも信じる」
あたしはまっすぐに答えて、にっこりと笑った。
だってルビーは、師匠のことが好きだから。
だから、師匠が大切にしているあたしのことを、殺したりはできない。
あたしを殺したら、師匠が怒るから。
師匠のことを大切にしている限り、ルビーはあたしを殺せない。
っていうの本音を、ちょっとだけ混ぜた言葉。
信じる。
そんなルビーの下心を信じる。
「……はぁ。人間種の小娘に信じられる魔王四天王というのも、いよいよ落ちぶれた貴族感が出てきて良いですわね。没落貴族ならぬ没落四天王。マヌケにもほどがありますわ」
ルビーは肩をすくめた。
「師匠さん、イイですわね。パルといっしょに地獄へ相乗りする覚悟は決まりました?」
「仕方がない。留守番を任せて『悪い子』になられると困るしな」
「『イイ女』ですよぅ」
「やめてください」
師匠がまた両手で顔を覆って泣いちゃった。泣いてないけど。
「では、パル。はい、こちらへ」
「はーい」
ルビーがベッドの上で両手を広げる。あたしはルビーに抱き着くように、太ももの上に座った。
「少々痛いですが、我慢してください」
「う、痛いんだ」
「当たり前です。ですが、聞くところによると『初めて』よりはマシだそうです」
「だったら、大丈夫」
「ふふ、イイ子ですわ」
ルビーがキュっと抱きしめてくれた。ちょっと……いや、かなりドキドキする。
「さて。恋のライバルの血の味は、どんなものでしょうか」
首筋をペロンと舐められた。
「ひあぅ」
「あら、可愛い反応。ほら、師匠さんが興味津々で見ていますわよ」
「え、あ、恥ずかしい。なんか恥ずかしいです師匠!」
「お、おおう。が、がんばれパル」
「はは、はい師匠。がんばります!」
あたしはギュっと目をつぶった。
「では、いきますわよ」
首筋にルビーの息が触れる。
ゾクっと背中が震えた瞬間――ルビーがカプっと噛みついた。少し硬い物が当たった感覚がしたと思ったら、チクっと痛みが走る。
「あう」
じんわりと首筋が熱くなってきた。
血が出てるのかどうかは、良く分かんない。でも、それ以上にルビーの舌がペロペロと首筋を舐めていくのが、なんかちょっとくすぐったくて気持ちよくて、不思議な感覚だった。
「んっ、あ、あう……ひ、あ……んぅ」
声が出ちゃう。
くすぐったいのを我慢しようと思ったら、それだけ声が漏れちゃう。
想像では、ちゅうちゅう吸うイメージだったけど、よく考えたら舐めるのが正解だよね。
吸血鬼じゃなくて、舐血鬼だ。
なんて読むのは分かんないけど。
なめけつき。
弱そう。
「あう、んっ、ひ、あ……んんく」
「はい、おしまい」
最後にちゅぷんと音を立てて。
ルビーはあたしの首筋から口を離した。
「ふはぁ~……こしょばかったぁ……」
首筋を触ってみると、ルビーの唾液が付いてるだけで血は手に付かなかった。ちょっと加減してくれのかも?
「あたしの血、美味しかった?」
「ん~……ふつう」
「え~、ふつうか~」
「美味しい方だと思いますが、やはり師匠さんの味を知ってしまった今となっては、ふつうに感じられてしまいます。グルメになってしまいました」
なんにしても、ルビーに眷属にしてもらったので、これであたしも魔王領に行ける。
「連れてってくださいね師匠――あれ、師匠?」
なぜか師匠は正座をして、両手を合わせていた。
なんだろう。
物凄く精神統一しているっていうか、邪念を払っているような気がした。
「どうしたんですか、師匠」
「話しかけるな。いま話しかけるとヤバイ」
「なにが?」「なにがですの?」
「ヤバイ」
ちょっと師匠が何言っているのか分かんなかったので。
あたしとルビーは顔を見合わせて首を傾げるのだった。
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