~卑劣! それは、オいてイかれた者の言葉~
呪いの武器を探している。
学園長の言った言葉に、果たしてパルは首を傾げた。
「呪いの武器? 呪いってホントにあるんですか?」
もっともなご意見だ。
呪いという言葉は、英雄譚や冒険譚でたびたび話題にされる。
王家の墓を冒険した結果、呪いによって苦しめられた、なんて話は有名どころ。マイナーなところでは呪いによってリンゴを食べると歯茎から血が出る、なんていう地方の昔語りを聞いたこともあった。
だいたいは言い伝えな部分もある。
しかし呪いは実在する。
「呪いは、いわゆるマジックアイテムの類だ。おまえの装備してるマグも呪いっぽいだろ」
「ハッ! そういえばそうでした」
マグ『ポンデラーティ』は、自分に加重をかけるマジックアイテムとも言える。
それを別に言い変えれば、体が重くなる呪いの腕輪、と言えなくもない。
知らない人が装備すれば確実に勘違いしてしまうアイテムだ。
「ことさら、マイナス面が強く出たアイテムを『呪い』と称することが多いですわね。魔王領でも、たびたび見つかりますね、そういうの」
ルビーのつぶやいた言葉に、それだ、と学園長は声をあげた。
「そう、それこそ我々の求めていることだよルゥブルムくん。君は四天王という立場であり、いわゆる領主だった。だからこそ、君ならば持っているんじゃないか、ということで考え付いた方法でもある。加えて伝説に語られる吸血鬼という種族だ。恥を忍んで、と言うべきか、この際なので使える物はなんでも使おう、という意見だ。立っている者はバカでも使え、とは言うが、無能な働き者に任せるくらいならば使わない方が良いよね、と思わなくもない。バカとハサミは使い様、なんて言葉もあるが……ルゥブルムくんが優秀な吸血鬼であることを祈るばかりさ」
なんか途中からルビーのことバカにしてない、学園長?
「これでも『知恵のサピエンチェ』と呼ばれていましたので。バカかもしれませんが、無能ではありませんわ」
右手を胸に添えながら、ルビーは堂々と語った。
バカは認めてしまうのか……
いさぎよい……むしろ好感が持ててしまうあたり、領主としての資格のようなものなんだろうか。
領民に愛されてこそ、領主である、と。
「君たちがバカでも無能でもないことを期待しているよ。では、単刀直入に聞こう。盗賊クンでもいいし、パルヴァスくんでもいい。大本命はルゥブルムくんだが、こんな噂を聞いたことがないかな? 曰く、その呪いの武器で傷を付けられると永遠に治らない」
なるほど。
その意図が読めた。
「つまり、その呪いの武器を使って銀の腕輪に深淵文字を刻もうってことか」
俺の言葉に学園長は、パチンと指を鳴らした。
「ご明察だ、盗賊クン。君はバカでも無能でもないことを証明した。では、その余りある情報収集能力でもって、盗賊らしく、そして『かつての旅人』らしく、そんな噂の武器を聞いたことがないかな?」
勇者パーティだったこと真実を濁してくれたことに感謝しつつ、俺は少しばかり考え込む。
武器は必要だった。
魔王に対抗するべく、勇者だけでなく戦士や神官、賢者の武器だって必要だ。俺の手に入れたシャイン・ダガーも魔王に対抗するべく手に入れた内の一本でもある。
それら強力な武器の話や噂は確かに集めていた。
しかし、やはり『呪いの武器』ともなると、好んで手に入れようとは思わなったので、記憶から除外してしまった話も多い。
その武器で傷を付けられると永遠に治療できない。
有り得そうな呪いだ。
むしろ、聞いたことさえあるような気がしてくる。
「う~む」
俺が情報収集の記憶を掘り返している内に、学園長はパルにも同じ質問した。
「パルヴァスくんは聞いたことがないかな?」
「えっと、残念だけどあたしは聞いたことないよ。路地裏で聞いてたのは普通の商人の話ばっかり。あと食べ物しか探してなかったから武器とかアイテムの商人の話は聞いてなかった。武器じゃお腹いっぱいにならないもん」
「真理だねぇ。武器で腹は満たせないとは、魔王に聞かせてやりたい言葉だ。暴力では人間も魔物も生きていけない。そう思わないかな、四天王の一角さん」
「誰が一角よ、誰が。吸血鬼は鬼ではありませんわ。暴虐のアスオエィローといっしょにしないで……って、あれは二角のオーガでしたわね」
「そういう意味ではないのだが……それで、ルゥブルムくんは何か覚えがないかい? そういった呪いの武器を魔王領で見かけたり聞いたりしたことはないかな?」
「確実なことは言えませんが、あります」
「やっぱりあるのかい!」
学園長の顔がパっと明るくなった。
「それは噂かな? それともすでに所有していたり、見かけたりしたことがあるのかい?」
「落ち着いてくださいハイ・エルフ。わたしとあなたは友達ですが、このままでは恋人になってしまいそうですわ」
興奮するあまり学園長はルビーに鼻先をぶつけそうなほど迫っていた。あと一ミリでも前に進めば、ロリババァ同士のキスが見れてしまう。
そんな距離だった。
ちょっと見てみたいと思った俺は、別に間違っていないはず。うん。ルビーは美少女だし、学園長も美少女。
美しいものと美しいもの。
それらが重なると、芸術になる。
ドワーフの宮廷彫刻師ララ・スペークラなら同意してくれるはず!
「おっと、失礼」
学園長は二歩下がって、どうぞ、とルビーに話をうながした。
「実際に見てはいませんが、そういった物を所蔵している可能性は大きくあります。わたしの城の宝物庫を探せば見つかると思いますわ」
「お城!? ルビーってお城に住んでたの!?」
「えぇ、おあつらえむきの崖の先端に見栄え良く見えるようにドワーフたちに建ててもらいました。月夜に栄えるようにシルエット重視で設計してもらいましたので。楽しそうでしたわよ、ドワーフ」
絵に描いたような情景……というか、絵本に出てきそうなお城だな。
「趣味だなぁ……」
「さすが師匠さん。理解してもらえるとは光栄ですわ。ぜひ、招待したいところではありますが」
「いや、さすがに魔王領に行くわけには――」
「行ってもらう!」
俺の否定の言葉は、学園長に否定された。
「是非とも呪いの武器を、二度と修復できない傷を付けられるアイテムを持ってきてもらいたい。なに、そのための転移の巻物なら十枚くらい用意してみせるとも。なので、是非ともルゥブルムくんには自分の城へ帰って頂きたい! なんなら盗賊クンを連れて行ってもらってもぜんぜん構わないよ!」
いや、俺は構うんだが……?
「いいですわね。師匠さんには是非ともわたしの実家に案内したいと思っていました」
お城って実家って言っていいの!?
え?
というか俺、マジで魔王領に行くの?
魔王領に入るその手前で勇者パーティから追放された俺が? 勇者よりも先に魔王領の奥深くにある中ボス的存在の吸血鬼の城にお客さんとして招かれるの?
おかしくない!?
運命の歯車、狂ってない!?
「むぅ……あたしも行く……ん? ねぇねぇ学園長」
「なんだい、パルヴァスくん。質問なら大歓迎さ」
「アーティファクトのハンマーで体を小さくしても、武器は小さくならないよ? 呪いの武器を手に入れても使えないんじゃないの?」
「ごもっともな意見だ。でも、あえて言わせて頂こう。舐めるなよ、人間風情が」
ひえ、とパルが小さく悲鳴をあげる。
それほどまでに、学園長はくちびるの端を釣り上げた。少しばかり……ではなく、多いに狂気に駆られた表情だ。
そう。
本当に舐められたくない、というエルフらしい傲慢さが見えている。それこそ彼女は純潔なるハイ・エルフだ。
生粋の傲慢さ。
とでも言うべき表情で、ゲリャリと笑った。
「魔具を完成させた今、我々と知識と経験は跳ね上がった。かつての神に追いついたのだ。なにが古代遺物だ、なにがアーティファクトだ。すぐに研究し尽くして、丸裸にしてやり、ただのどこにでもある便利な道具に成り下げてやる。くふふ。解析して解明して模倣して、模造して改造してやる。ひへ、へへへへへへ」
不気味に笑う学園長。
ハンマーを研究し、武器や服すらも小さくできるように新しく作り変えるつもりらしい。
まったくもって。
知識の権化とか恐ろしいものだ。
「怖いよ学園長ぉ。あ、そうだ。必要な物はふたつあるって言ってなかった?」
パルの質問に学園長はうなづく。
「こほん。失礼。取り乱した。そうそう、そのとおりだ。呪いの武器で文字を刻む。そしてもうひとつは深淵文字のインクの改良となる。より魔力を高め、尚且つ、金属に馴染むインクにしなくてはならない。いや、むしろ金属の一部となるようなインクでなくてはならない。そこで我々が考え付いたのは、ひとつの鉱物だ。好きな食べ物じゃなくて、石とかの鉱物。その中に、いにしえより塗料に使われてきた物を知っているだろうか?」
「ラピスラズリか」
「さすが盗賊クン、物知り~。私のタイプだ。結婚する? あ、しない。残念。誰も私のプロポーズを受けてくれないんだよなぁ。まぁそれは置いておいて……ラピス・オニキウス、現代ではラピスラズリと呼ばれている鉱物であり宝石がある。古来より、この鉱物は砕かれて非常に美しい『塗料』にされてきた。もちろん、超が付くほど高価な塗料だけどね。宝石を原料とした塗料、それはすなわち魔力を通し、保存するに長けた塗料と言える。ラピスラズリは普通に手に入るのだが……もし大量に持っているのなら譲ってほしい。在庫はあるものの、美術研究会から強奪するわけにはいかないからね。宝石の類だと、吸血鬼殿は大量に所有しているのではないか。という目論見があったのだが、どうだろう?」
まぁ、鉱物であろうと宝石であろうと、そう簡単に手に入らない物だからこそ値段は高くなる。
貴重な物を強奪してしまう程、学園長は狂ってはいないようだ。
良かった。
まだ常識を保ってて。
「宝物庫にあるかも? ぐらいしか言えませんわ。なにせ宝石が美しく見えたのは最初だけですもの。毎日キラキラと輝かれたところで何にも面白くなかったですし、退屈は殺せませんでした」
だろうね、と学園長は肩をすくめる。
エルフが着飾らないのは、そのためだろうか。シンプルな服を着ていることが多いエルフにしてみれば、豪奢に装飾品を付けまくっている貴族や王族の姿は、さぞ滑稽に見えているに違いない。
そういう意味では、彼らがエルフの里に引きこもっているのもうなづける。
文化というか価値観がまったく違うのだろう。
もしかしたらエルフの年長者たちは吸血鬼と仲良く暮らせそうな気がする。まぁ、魔王領に移り住めって言われたら、全力で拒絶するだろうが。
「よし決まりだ! ルゥブルムくんには、往復分の転移の巻物を用意する。是非とも、せめて呪いの武器だけでも持ち帰ってくれ」
「分かりました。もしわたしの城の宝物庫になかったとしても、アテはありますわ。同僚に、そういう武器をコレクションするのが趣味のキザな男がいますので」
「それは頼もしい! くひひ。まさか人間種と魔物が協力して、新しい物を生み出せる日が来るとは思わなかった! あぁ~、これだから! これだから生きるのをやめられない!」
ひゃっほー、と両手をあげて喜んでいるハイ・エルフ。
どう考えても賢者や学園長というよりも。
見た目通りの年齢の、かわいらしい女の子にしか見えなかった。まぁ、背筋が凍りそうなほどの真っ白で綺麗なエルフだけど。
「ねぇねぇ、学園長。最後の質問」
そんなハイ・エルフを見て、パルは純粋な疑問をぶつけた。
「大昔から生きてたのに、どうしてマジックアイテムとかの作り方を知らないの?」
最古のエルフ。
それこそ、神さま達が地上を跋扈していたころから生きてるはずの純粋なるハイ・エルフ。
そんな彼女が――
全ての知識を持っているはずの賢者が。
どうして、かつて作られていた物の製造方法を知らないのか?
言われてみれば、確かな疑問だった。
「はは、それはね」
小躍りしていた学園長は落ち着くように本の山の上にあぐらをかいた。
太ももに肘を置いて、頬杖を付く。
そして、にっかりと無邪気に笑ってみせた。
「あの当時は私が引きこもりで、なんにも知らなかったからさ。ずっとずっと森の中で生き、森の中が世界の全てだった。でもある日、気付いた。なんだか世界が、より一層と静かになっていることに。まぁいろいろと省略するけど、私が外に出た時には、すでに神は地上を去った後。地上に彼らはいなくて、私は残念ながら置いてけぼりにされた。これでも何人か神さまと知り合いだったんだけどなぁ。なにもかも無くなっていたんだ。誰もいなくなっていたんだよ」
学園長は、少しだけ寂しそうに笑った。
彼女もまた――
俺と同じように仲間ハズレにされていたのか。
「そうなんだ」
「でも、いま追いついた。なに、かつての神が作っていたんだ。今の人間にだって、やってできないことはないよ」
そう言って笑う彼女は、可愛かった。美しいはずの森人が、どこか無垢で無邪気な年相応に見える笑顔を浮かべていた。
うっかりと油断すると惚れてしまいそうなくらいに。
いつもとは違う、自然な笑みを浮かべて。
僕たちを対等と見てくれる視線で。
神さまに成り損ねたハイ・エルフは、にっこりと笑うのだった。
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