~卑劣! 最先端に必要な、古代遺物~
本題だ、と学園長が取り出したのは銀の腕輪。もちろん、俺が製作してもらった『成長する武器モドキ』であり、中途半端な物。
なにか役に立つ物にでも成ればいい、と思っていたのだが……その考えは正解だったらしい。
いや、正解という一言で締めくくれるほど甘いものではなかった。
逆に後悔してしまうほど、どうにも厄介な『素体』を作り上げてしまったらしい。
「さぁ、ここからが本題だ。盗賊クン、金属に文字を書こうとしたことはあるかな?」
「残念ながらそんな経験はないな。自分の持ち物には名前を書きましょう、と孤児院の先生が言っていたが、あいにくと投げナイフは使い捨てなのでね」
「持ち物に名前ですか……では、師匠さんにわたしの名前を刻んでおかないと」
「あ、ズルイ! あたしも、あたしも書いとく!」
弟子と吸血鬼の冗談はさておいて。
「では、簡単に実例を見せよう。ここに一枚の紙がある。いつも私が使っているメモ用紙だな。で、羽ペンにインクを付けて、文字を書く。こんな風に紙にインクを近づけると……問題なく書けることを確認したね。では、これを金属に書こうとすると、どうなるか」
学園長はポケットから一枚の金属板を取り出した。
説明するためにわざわざ持っていたらしい。ホントに講義するつもりだったのか。他人に語りたがる賢者というものは、なんとも厄介な性格なのかもしれない。
「金属に書こうと思っても……残念ながら、インクは金属に浸透せず文字は書けない。たとえ書けたとしても、指でこすってしまえば消えてしまう」
金属板にはインクがかすれるようにしか乗らず、学園長が指で触れるとインクは指のほうに付着して、金属板は汚れるだけだった。
何度か指でこすっている内に、金属はすっかり綺麗になり、かわりに学園長の白い指先が真っ黒になってしまう。
「この実験から分かるように、どれだけ魔力を込めた金属であろうとも、宝石であろうと、石であろうとも、そこにインクが乗らないのであれば深淵魔法には使えない。というわけで当初は却下された方法だったのだが……残念ながら他に提案された方法では、この銀の腕輪は普通のマグとなってしまう。膨大な可能性を秘めた普通の物。言ってしまえば不老不死を得られる聖杯を使ってホットミルクを飲むようなものだ。コップとしての能力しか活かすことができない。それでは、もったいない。もったいないというよりも、人類種にとっては成長のチャンスをみすみす見逃すことにも繋がる。もちろんマグだけでも人類は一歩進んだよ? でも、ここにもう一歩だけ進む道があるというのに、もう一歩進めば素晴らしい景色が見えそうだというのに、その一歩を踏み出さないのは人類の最先端に位置する者たちにとって、とてもじゃないけど我慢できないものだ」
その最先端中の最先端が言うのだから、まぁ間違いはないのだろう。
というか、俺が無理やり注文したものでもあるので、なんか半分申し訳なくなってきた。
「そこでだ。ならばいっそのこと、この銀の腕輪をスクロールにしてしまおう、という考えを基礎として議論を重ねた。方法論を語り合い、少しの実験を重ねて、方向性を見い出した。エルフ族の許可を得られた部分に繋がるのだが、彼らはアルボル・サークラに変わる素材を探していたこともある。これはエルフの祈願でもあるのだよ、盗賊クン。だからこそ、その条件を叶えるべく必要な物がある。まず大前提として、銀の腕輪は『成長する装飾品らしき物』という状態だ。この状態では傷が自動的に修復されることを覚えておいて欲しい。その上で、我々が超えなけれなならないもの、実現させなければならないもの。それは――」
学園長は人差し指を立てた。
「ひとつ。金属にインクを乗せる方法」
次いで、中指を立てた。
「ふたつ。超細かい作業」
ん?
ひとつめの話は理解できる。
だが、その次の――
「超細かい作業?」
パルが首を傾げながら反復した、それ。それそれ。
どういうことだ?
「スクロールの中身を見たことがある盗賊クンに問おう。さて、あれ何文字あった?」
「い、いや……そもそも読めない上にスクロール一面に文字があって、数えきれるもんじゃ……あぁ、そういうことか」
「どういうことですか師匠!?」
「スクロールの紙の大きさいっぱいに書いていた文字を、あの銀の腕輪に収めなければならない。つまり、一文字一文字を小さく敷き詰めて書かないといけない。しかも深淵魔法の文字として、だ。それは相当に技術がいる話になる。大きな剣を作ってくれと言われてうなづく鍛冶師は数多にいるが、小さな小人用の針のような剣を作ってくれ、と言われて承諾できる鍛冶師は、それこそ限られているだろう」
「あ、そっか。小指より小さいですもんね」
では、どうすればいいのか?
インクを乗せる方法を発見したとしても、製作は不可能だということか?
もしくは、銀の腕輪をもっと巨大化させるとか?
いや、しかしそれは本末転倒だ。
素体はすでに完成してしまっている。
今から素体を大きく作り直すのは不可能であるし、もうひとつ作るにしても莫大な宝石が必要となる。
なにより、あの銀の腕輪は俺専用だ。
俺の魔力がすっかり馴染んでいて、たとえ大魔法使いがいたとしても、扱える代物ではなくなっている。
いったいどうすればいいんだろうか。
「答えは見つかったかね、盗賊クン? おや、その顔は分からないと言っているようなものだな。パルヴァスくんはどうかな? う~ん、経験しているというのに答えに行きつけないとは残念だ。ルゥブルムくんにとってはヒントがゼロだからね。こればっかりは君にとって不利でしかないので分からなくても仕方がない」
学園長は、まだまだだね~、という感じで肩をすくめた。
なんだろう。
やっぱりムカつく。
「盗賊クゥン、君はこの学園都市に何をしに来たのかな?」
「それは学園長に相談するため――」
「おっと、私が何も知らないとでも思ったのかい? 賢者だよ賢者。この世の全ての知識を持っていると言われている賢者だよ。最近は誰も訪ねてきてくれないから、ちょっぴり寂しくなっちゃってる賢者だよ。君が盗賊ギルドで請け負った仕事の内容は把握している。だから安心して話してくれても大丈夫だ」
「そうか、これか!」
俺は腰にぶら下げていたハンマーを手に取った。
そのとおり、と学園長は満面の笑みを浮かべる。
「あ、そっか。それを使ったら細かい作業もおっきな作業になるね」
「どういうことですの?」
ルビーには何も話していないので仕方がない。
「こいつはアーティファクトでな。使い方は簡単だ。パル」
「はーい」
というわけで、パルの頭をハンマーでこつんと叩く。すると、みるみるパルは小さくなって、自分の服の中に消えていった。
「ぷはっ」
ぱさりと落ちた服の中から小さくなったパルが顔を出す。
「あら、かわいい。ずっとこの大きさでいればいいのに」
「ルビーはときどき、本気でヒドイことを言うよね」
「これでも吸血鬼ですので。人類の敵ですわ」
「そうだった……」
ルビーはパルを拾い上げたので、もう一度ハンマーでちょこんと叩くと、パルは元の大きさに戻った。
もちろん裸になっているので、いそいそと服を着るパル。俺はできるだけ見ないように、と顔をそむけるが……やっぱりちょっと見たいので、チラチラと見てしまった。
「男の子だねぇ」
学園長に笑われてしまった。
ちくしょう。
「わたしも脱ぎましょうか?」
「脱がなくていい」
ルビーが、残念ですわ、と笑っている間にパルが服を着た。
「というわけで、盗賊クン。そのハンマーをご提供願いたい。構わないかな?」
「返却してくれるなら問題ない。なんならジックス街の盗賊ギルドに貸しひとつ付けておいてくれるなら、そのまま持っていってもらっても構わないが?」
「いや、それには及ばない。残念ながらもうひとつの超えなければならない難題を合わせると、このままでは使用できないんだ」
「どういうことだ?」
「ついでだ、端的に、いや短的に説明してしまおう。インクの問題だが、これを解決するには新しい方法を編み出した。まだ実験段階だけどね。彫刻のように文字を彫り、文字とする方法だ。そこにインクを流し込み深淵魔法と成す。名付けて深淵打刻だ」
打刻とは、金属に銘を刻むことだったかな?
有名なドワーフともなると、その名を騙った偽物があらわれる。それを防ぐために、武器に自分の名前を刻み込み、ホンモノの証としている。特注で作られた専用武器には、特に銘が刻まれていることが多い。
それを打刻と言ったりしていたような気がした。
鍛冶師にとっては憧れの行為なのかもしれないな。
もっぱら使い捨ての投げナイフとシャイン・ダガーばっかり使っていた俺には縁が無かった話だけど。
……ん?
「待て。それだと大前提がくつがえっているじゃないか」
「偉いぞ盗賊クン。良く気付いたね。ご褒美はキスがいいかな? それとも床を共にするかい?」
「褒めてもらわなくていいし、褒美の内容のブレ幅が凄いんだが。まぁいい。それで、その方法はどうするつもりだ? どうやって傷が修復してしまう銀の腕輪に、文字を刻み込むんだ?」
彫刻とは、言ってしまえば傷だ。それが打刻であっても変わらない。
銀の腕輪にとっては、どちらも同じこと。
傷は傷。
自然修復してしまう銀の腕輪に文字を彫るのは不可能なはず。
「そう。そこで、私は君たちを呼び出した」
学園長はどっかりと座り、腕を組んだ。
「多くは語らない。だが、盗賊クン。いや、エラントくん。世界各地を旅してきた君ならば知見があるのではないか、と思ってね。もしくはパルヴァスくんでも構わない。路地裏で生きてきた君でも、なにか噂話を聞いたことがあるかもしれないと私は思った。そして、本命は君だ。吸血鬼。ヴァンピーレ。魔王直属の四天王にして、魔物の姫。。紅き清廉潔白。ルゥブルム・イノセンティア。そんな君に、そんな君たちに訪ねたい」
学園長は自嘲気味に鼻を鳴らした。
自分たちでは辿りつけなかった領域に、他人を頼ることになってしまった結末に。
酷く嘆息しているようだ。
人類は神に一歩だけ近づこうとしたが。
その一歩を踏み出すのに、人間の力では不可能だった。
それが悔しい。
それが許せない。
それが納得できない。
そう言いたげな表情で、彼女は俺たちに投げかけた。
「呪いの武器を探している」
と。
そう、投げかけたのだ。
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