~卑劣! エルフの長が苦虫を噛み潰してるお話~

「スクロールの作り方はふたつの工程に分けられる。見て分かるとおり、あの『紙』と『インク』が特殊であり、紙を作る作業とそこにインクによって深淵魔法を封じる作業の二行程だ」


 まるで俺に先んじるように、にっこりと笑って学園長は指を二本立てた。

 分かりやすいように人差し指と小指。

 見間違えた、という言い訳すら通用しないほど、しっかりとヒューマンエラーを回避してくださる。

 まったくもって、手遅れになってしまった。

 学園長はハッキリと言った。

 紙だけでなく『インク』も重要である、と。


「はぁ~……」

「どうしたんですか、師匠」


 パルが無邪気に心配そうに俺の顔をのぞきこんできた。

 かわいい。

 ナーさま、いつまでもパルの無邪気さを守っていてください。お願いします。


「……いや、なんでもない。学園長、続けてくれ」


 現実逃避してる場合ではなかった。

 いや、いっそのこと現実逃避していたほうがマシかもしれない。


「もちろんそのつもりさ。君が拒絶しても、しっかりとパルヴァスくんに教えておくので安心したまえ」


 現実逃避も許されなかった。


「悪魔か」

「ハイ・エルフだとも」


 古代の森人は、当たり前のようにそう告げた。


「さてスクロールの『紙』の作り方だが……パルヴァスくん、普通の紙はどうやって作られているか知っているかい?」

「紙? え~っと、木を使って作るのは知っているけど……どうやるのかは良く知らないです。ルビーは知ってる?」

「知ってますわ。魔王領でも作られておりますので」


 ……作られているのか。

 意外と、普通に人間が生きていて生活しているようだ。

 魔王領の新しい情報としては重要だ。おそらく、種族によっては虐げられているが、普通に生きる分にはこちらと変わらない可能性がある。

 貴族や王族が魔物になっている、と考えれば分かりやすいか。

 しかし、最悪なのは変わりない。

 命の価値が軽くなっていると考えると、やはり魔王と魔物は倒すべき存在と言える。

 そのはず……だよな、勇者?


「紙は木を細かくして繊維を集めます。それを集めて固めれば紙になりますわ」

「そのとおり。さすがは吸血鬼。さすがは四天王。博識なる君に最大限の賛辞を送りたいところだが……ハショリ過ぎだ。もっと多くの工程があるのだが、まぁ普通の紙はおおむねそんなところで作られている。ではスクロールはというと、木で作られているというのは同じなのだが、そもそも材料の木材が特殊だ」

「特殊?」


 パルが首を傾げる。


「そう。普通の紙を作るのにも向いている木、不向きな木がある。それとは別にして、スクロールにはエルフの里に霊木として伝わる『アルボル・サークラ』でなくては、スクロールにはならない。私の知る限りでは、他の植物で成功した例は一度も無いのが現状だ」

「アルボル・サークラ……」


 各地のエルフの里を勇者パーティにいる頃に訪れたことはあるが……残念ながら、あの森の木々の中で、どれがアルボル・サークラだったか聞かれても、とんと見当が付かない。

 おそらく、そんな貴重な木であれば、たとえ勇者であろうとも勇者パーティであろうとも、立ち入りを許すわけがない。

 それこそ結界がなにかで見えなくしている可能性もあるし、魔法で隠蔽してるのは確実だと言える。もしかしたらエルフの里の外である可能性だってある。

 なんにしても、普通の人間……勇者程度では見ることすら叶わないものなんだろう。


「サークラとは……サクラとは関係ありませんの? ほら、薄いピンク色の綺麗な花が咲く木があるでしょ」


 ルビーの言葉に学園長は苦笑しつつ首を横に振った。


「残念ながら名前が似てるだけだよ、ルゥブルムくん。確かに綺麗な花だし、咲き乱れる様子は、それこそ霊的であり魔的であり神秘的ではあるのだが……サクラの木を利用してもスクロールが作れなかったのは実験済みだ。あくまでアルボル・サークラでないと作れないものだ。さて、そんなアルボル・サークラの木の皮を剥ぎ、祈りと魔力を込めた水につけて繊維質を取り出す。木の皮から繊維をエルフに伝わる精製技法を使って丁寧に丁寧に分解していくんだ。その方法は割愛するよ。詳しく知りたければエルフの里に行くといい。無事に帰れる保証はしないけどね」


 マジのマジでヤバイ部分はボカしてくれているらしい。

 今の段階でも充分にヤバイ知識だと思うのだが……もっと危ない情報があるのか。

 エルフ、マジで怖いなぁ。

 長命種なんだから、お爺ちゃんやお婆ちゃんみたいに優しくなってくれればいいのに。


「エルフという種族は、ほんと気が長いからね。そんな作業を一年くらい平気で続けられる。新人だったら五年必要かもしれない。まぁとにかく、繊維が綺麗になるまでずっと続けて、ようやく魔力をたっぷり吸った『紙の元』ができあがるわけだ。あとはそれをノリと混ぜてスいてやると、スクロールの紙が完成する」

「おぉ~」

「気の長い話ですわね」


 パルとルビーは平気で聞いているが、俺としては下手な情報を背負ってしまった気分だ。

 一刻も早くアルボル・サークラという名前を忘れてしまいたい。


「さて、工程の一つ目が完了した。次はアルボル・サークラの紙をスクロールにする方法、つまり深淵魔法を封じる方法だ。これは実際にスクロールを使ったことがある者ならば、ある程度の予想ができる。盗賊クンは、分かるかな?」

「……あぁ~、文字かな」


 インクがどうのこうの言ってたし、これしか答えが無い。


「そう、そのとおり! それこそ深淵魔法の答えそのものだ。つまり、深淵魔法とは『文字』に魔力を込められることを意味している。深淵はアビスとも言われるが、旧き言葉では『アビスゥス』とも言われていた。意味は、深い場所を示す。さぁルゥブルムくん。深い場所と言われてイメージするものは何かな?」

「影……でしょうか。もしくは黒?」

「そう、深淵とは暗き場所であり、暗い場所といえば影だ。そして、影の色は黒い。では、盗賊クン。スクロールに記された文字の色はなんだろう?」

「黒」


 正解だ、と嬉しそうに学園長はうなづく。

 本当の意味で講義じみてきたな。


「文字は黒い。それこそが深淵魔法の根源でもあるし、黒以外では深淵魔法とはならなかったのだから、黒で正解だ。深淵魔法の答えは、インクにある。スクロールに記す文字そのものが魔法の意味を持ち、魔力回路となったのだ。さぁ魔力回路という言葉に聞き覚えはあるかな、パルヴァスくん? おぉ理解が速い! そう、そのとおり。マグの表面に走るその黒い紋様は、いわゆる魔力の流れであり、その技術は深淵魔法を模倣しているのだよ」


 マジか!

 俺は思わずパルのマグを見る。もちろん細かくて、ただの溝や筋としか思えないものだが深淵魔法が応用されているとは思わなかった。


「いや、待て。そうなると、エルフの秘匿はどうなっているんだ学園長。こんな物を開発してしまったら、エルフが黙っていないんじゃないのか?」

「ふふふ、盗賊クン。残念ながら模倣ではあるのだが、解明までは至っていない。もちろん、私が口を出していないことを誓うよ。マグはあくまでも表面上から予想される物だけで作り上げられた傑作だ。そうだな、言葉が悪かったかもしれない。良い風に言うと、深淵魔法から着想を得た、と表現するべきだろうか。剣という物を見て、もっとリーチが長い大きな剣を作っていったら槍が誕生した。槍には剣の技術など、あんまり関係ないだろ?」

「剣と槍の関係は方便や屁理屈に聞こえるが……まぁ、問題無さそうだな」


 俺が胸を撫でおろすのを見て、学園長は安心したまえ、と苦笑した。


「さて話がそれたので元に戻ろう。深淵魔法とは文字だと言った。そして、文字とはインクに依存する。そのインクの製法はもちろん語らないよ。知りたければエルフの里へ、というやつの第二段だ。人間の寿命では厳しいかもしれないなぁ。こればかりは神にでも成ってもらうしかない」

「神ってなれるんですか?」


 パルの質問に、なれるとも、と学園長。


「簡単に言うと英雄になればいい。神さまが迎えにきてくれる。天界にご招待されるよ。さて、特殊な深淵魔法用のインクを使って、特殊なスクロール用の紙に、深淵魔法の言葉を書き綴る。こうして作られるのがスクロールだが……さぁ、最後の質問だ盗賊クン。スクロールの使い方はどうするのだったかな? そして、使ったらどうなる?」

「丸めてあるスクロールを広げたら発動し、使い終わったら消失する」

「うん。広げれば発動する、という理由は簡単だ。そのように効果を定めてあるからだ。簡単に言うと、深淵魔法で発動条件をそう定めているから、発動する。じゃないと、スクロールに書いた瞬間に効果が発動してしまうからね。マグと同じく『キー』と『トリガー』がスクロールを広げる、という行為にあたる。それは理解しやすいと思うが、さていよいよ問題のラストだ。なぜスクロールは使い終わったら消失するのか」

「効果がなくなるから、ではありませんの?」


 ルビーの言葉に、果たして学園長はにんまりと笑った。


「そう。みんなそう思っているのだが……実は違う。スクロールが開いた際に消費される魔力は膨大だ。それこそ深淵魔法の効果を考えれば理解しやすいと思う。代表格が転移の巻物だろう。考えてもみて欲しい。対象を大量に離れた場所まで移動させるという効果を。そんな効果のあるものが設置された装置や部屋というのではなく、紙一枚で成し遂げてしまっていることを」


 言われてみれば確かにそうだ。

 そういうものだから、としか考えたこともなかった。稀少で効果な物だから、と普通に受け入れていた。

 しかし、よくよく考えてみれば有り得ないことだ。

 紙にどれだけ魔力が込められていようとも、インクにどれほどの魔力が封じられていようとも、それには限りがある。

 使い方次第ではそれこそ、人々が手を繋いだりロープで縛ったりして繋がった状態であれば、街の人間を一瞬にして別場所に移動させることだって可能だ。

 効果を考えると、それこそ本一冊になってもおかしくはない。いや、一冊どころで済む話じゃない。それこそ大規模な装置を用意して、ようやく可能になるっていうレベルのはず。

 しかし、エルフは……それを可能にしてみせたのか。

 たった一枚の紙で。

 大規模装置に匹敵してみせた。


「スクロールを使った瞬間、魔力は一気に消費されてしまう。アルボル・サークラの紙と深淵魔法のインクに込められた膨大な魔力を一気に失う。更に、それだけでは足りない。周囲からも足りない分を取り込み、そして深淵魔法を発動させる。そうすると何が起こるのか。簡単に説明するのならば、湖の水がある部分だけ瞬間的に水が消失した、と想像するといい」


 どうなるかな? と学園長は俺を見た。


「周囲の水が一気に押し寄せる」

「そう。それを魔力に置き換えるならば、スクロールが消費した周囲の魔力分が一気に、更なる周囲から取り込もうとする。空気中にただよっている魔力。これをマナと呼ぶ者もいるし魔素と呼ぶ者もいる。旧き言葉ではデモニウムとも呼ばれていたりした。消費した紙とインクに一気に押し寄せる魔力の塊。その中心に位置するスクロールに向かってね。残念ながらその勢いに紙が耐えられないんだ。どんなに丈夫にしても、どんなに分厚く作っても、魔力によって発生する摩擦に紙は崩壊し、霧散してしまう。転移という魔法を使っても、その転移が発動する前には崩壊が始まってしまうのだ。またそれを防止しようと深淵魔法によるストッパーを付け加えてもみたが、結果は同じだった。なにせストッパー部分に込められた魔力が逆流してしまって、ストッパーが消失。あとは決壊するかの如く同じように崩壊してしまった」


 後半部分は良く分からなかったが……なるほど、それでスクロールは使い切りになってしまっているわけか。

 しかし、今の話を聞いていると――


「学園長。もしかして、俺の渡した銀の腕輪は」

「ご明察だ盗賊クン。私が長々と講義をした意味があったので嬉しいよ」


 やはり、そうか。


「成長する武器、それは非常に高価で貴重で有用なものだ。ドワーフならば基本的な製法を知っているが、遺失しかけていると言っても過言ではない。なにせ冒険者はおいそれと手が出せないし、出せる頃には物足りない。ちまちまと育ててあげるより、新しく強い武器を買ったほうが安全で確実だからね。だが、そこに気まぐれながらも光明をさしてくれた人間がいた。まったくもって偶然だがね。さぁ盗賊クン。もう分かっただろう。君が持ち込んできたあの銀の腕輪は『アルボル・サークラの紙』に匹敵する。いや、それを超えるかもしれない。だからこそ、エルフから許可が取れたとも言える。だからこそ、私はこんなにも興奮しているんだ」


 さぁ、と学園長は腕を広げた。

 さぁさぁ、とハイ・エルフは嬉しそうに両手を広げた。

 さぁさぁさぁ、と知識欲に敗北した賢者が嬉しそうに笑った。


「ここからが本題だ!」


 そして、俺たちが呼び出された理由を、純粋にして純潔にして純血の森人。

 ハイ・エルフたる名前すら遺失した学園長が。

 人類の最先端を目指すために語るのだった。

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