~卑劣! 情報は大事だが、時に命の価値を凌駕する~

 学園長から呼び出しがあったのは、エンブレム品評会の翌日だった。


「ホントは昨日だったのですが、一日遅らせました」


 こちらとしてはエンブレム品評会があったので、ブッキングしなかったことはありがたいのだが。

 学園生徒が、どうにも苦笑する顔でそういうので、理由を聞いてみると……


「学園長を含め、あの人たちまったく寝てません。ですので、エラントさんが来るまで仮眠を取ると仰ったのでワザと遅らせました」


 なるほど。

 多大なる良識的な判断だと俺は思う。

 俺は大きくため息をついて――


「分かった。用事があったので遅れた、ということにしておくよ」

「ありがとうございます」


 そういう生徒くん自身が非常に疲れた顔をしているのは、ちょっとした自暴自棄というか睡眠不足の影響がモロに出ているようなので、肩をすくめるしかない。

 存分に休んで欲しいものだ。

 というわけで、ことさらゆっくりと学園校舎へ移動した。


「ねぇねぇ、師匠」

「なんだ?」

「新料理研究会のクララスさん、見ました?」

「そういえば見てないな。学園に来ると必ず顔を見せていた気がするが……」


 先ほど新料理研究会の出店を見かけたが、彼女の姿はなかった。


「クララスもヒマではないのでしょう。研究に興が乗れば、それこそハイ・エルフと同じで、昼夜を問わず料理をしているのではないでしょうか」


 ルビーの言葉は間違いではないので納得できるものがあるが……


「う~ん?」


 どうにも腑に落ちない様子で、パルは首を傾げた。


「なにかあったら、また泣きついてくるさ。なんなら用事は俺だけで済ますから、パルは新料理研究会のほうに行ってくるか?」

「では、わたしは師匠さんとふたりで行きましょう。パルはお肉でも食べてらっしゃいな」

「あたしも師匠と行きますぅ!」


 パルは俺の手にしがみついて、ルビーにあっかんべをした。


「残念。せっかくふたりきりになれるチャンスでしたのに」

「学園長は数に入らないのか?」

「あっ。こほん。道中の話です。どうちゅう」

「あはは、ルビーはやっぱりアホだ」

「なんですって、この小娘が」

「アホ吸血鬼ぃ」

「アバラ骨を三本くらい抜かれたいらしいわね、ちんちくりん小娘」


 やめろケンカするな、なんて親みたいなセリフをまさか俺が言う日が来るなんて思っても無かったが、仕方がないので言うしかない。

 というか、ルビーのおどし文句が怖すぎるのだが?

 なぜ三本?

 なぜ奇数?

 バランスよく抜き取って欲しい……


「ふたりとも、やめろ。仲良くケンカしないと俺が困る」

「「はーい」」


 素直な弟子と吸血鬼で良かった。

 そんなふたりを連れて、いつもの校舎内の道をたどり、中央樹の根本までやってくる。薄暗い空間に、うずたかく積まれた書類と本の山。

 その上に倒れるようにして、学園長が眠っていた。

 眠っているというのに目の下にクマが見える。

 疲れがピークを通り越して死に近づいているんじゃないだろうか? 噂によると、義の倭の国には『過労死』なんて言葉があり、死ぬまで働き続ける者がいるらしい。

 そんなバカな、と笑ったことがあったのだが……意外と学園都市ではメジャーな死に方なのかもしれない。

 もっとも――


「ハイ・エルフにそんな死に方をされたら、笑うしかないが」


 俺はポーションとスタミナ・ポーションの瓶を取り出すと、眠っているというより気絶に近い状態の学園長の口に瓶をねじ込んだ。

 トクトクトク、と流れ落ちるようにポーションを自動的に飲む学園長。無意識的に水分を欲していたらしい。今までどうやって生きてきたんだ、この長命種。


「すごい。タオルで水を拭いたみたいに吸収していってる……」

「喉もカラカラだったのでしょうか。このハイ・エルフって賢者でしたわよね?」

「賢者っていうより、知識欲の権化だろう」


 砂漠を踏破した旅人のように、学園長はポーションの瓶を二本を一気に飲み切った。眠っている状態にも関わらず、むせることなく。


「ん~……ん?」


 ポーションを飲み終わると、さすがに学園長は目を覚ました。

 覚醒したと同時に周囲を確認し、俺とパルとルビーを順番に見て一瞬だけ怪訝な顔をした後、すぐに状況を理解したらしい。


「では、説明しよう」


 と、講義モードに入ってしまった。


「待て待て待て。なんの話だ?」

「盗賊クンがここにいるということは、話を聞いてきた、ということだろう。違うかい? 違わないね。というわけで、盗賊クンがお願いをしていた特別なマグの製作方法について見通しがついたことを説明したいと思う。ここまでで質問はあるかい?」

「完成ではなく見通しなのか?」

「それが問題だからこそ呼んだのだ」


 学園長はそう言いながら、くわ~、と可愛らしく口をあけてあくびをしつつ伸びをした。ドロリと濁ったような白色の瞳に、ようやく輝きが戻ったような気がするが……それでもやっぱり、どこか濁っている気がする。

 知識を蓄え過ぎた弊害か、俺の姿を容姿ではなく情報で認識しているような視線は、少しばかり怖い。


「問題とは?」

「それは起承転結でいうところの結だ。いや違うな。転は無い。説明に転があって良いものか。序破急でいうところの、急にあたる部分がそれだ。なので、序から始めるぞ。いいかな、盗賊クン、パルヴァスくん、吸血鬼」


 序破急という言葉をパルはいまいち理解していないっぽいが、話の腰をぽっきり折ってしまうと別方向に話が長くなりそうなので、うんうん、とうなづいて押し切った。

 あとでちゃんと説明してやろう。


「まずは盗賊クンが欲しがった物は、ただの魔法効果ではない。特別な代物だ。それは承知の上で注文したことは自覚しているかな、盗賊クン」

「もちろん」


 と、俺はうなづく。


「そうそう簡単にできるとは思っていない。逆に、だからこそ欲しいと思ったし、ハイ・エルフである学園長がいるからこそ、それを願ったとも言える」

「よろしい」


 と、学園長は少しばかりくちびるを尖らせた。

 ちょっとした不満があるようだが、それでも受け入れてくれているようだ。


「盗賊クンが願ったもの。それは『デ・トランレーション』。ただの魔法ではなく、ましてや一般的に普及しているものではない。そう、エルフが秘匿している『深淵魔法』の秘儀中の秘儀。門外不出の大魔法だ」


 面白くもない、という感じで学園長は語るが……パルにしてみれば少し驚きの事実だったらしい。


「ホントですか、師匠。それがあの……『転移のスクロール』なんですか?」

「あぁ。簡単には手に入らない上に、恐ろしく高額な理由のひとつがそれだ」


 スクロール。

 転移の巻物。

 ジックス街からドワーフ王国に移動するのに使用し、大勢のドワーフ職人と共に戻ってくるのにも使用した『魔法のスクロール』。

 紙に魔法を封入し、丸める。それを開けば、誰だって魔法が使えるという便利な代物だ。

 冒険者がこぞって手に入れたがる代物であり、封じられた魔法が『転移』となれば、それこそ滅多に手に入らない物となる。

 それは極端に流通しないからであり、それを作ることができるのはエルフだけ、と言われている。

 古代の遺跡……いわゆるダンジョンで見つかる物を除けば、どこで生産されているか、誰が作っているのかは謎だ。

 もちろん、エルフが関わっていることは知られている。

 しかし、エルフと言ってもエルフの里が一か所ではなく、ましてやエルフの里に他の人間種が滅多に行くことがないので、謎は謎のまま。

 誰がどうやって、どこでどのように転移の巻物を作っているのか。

 それは、一部の人間種しか知らない秘匿情報。

 盗賊ギルドも知らないことだ。

 だからこそ、俺は『ハイ・エルフ』たる学園長に、この世の全ての知識を有する賢者と呼ばれている彼女に願ったのだ。


「何度も使用できる『転移』の魔法が欲しい」


 そう願ったのだ。

 それは、パルを勇者の元に送り届ける上で必須の物でもあるし……もしも自在に転移が使えるとなれば、それは『必殺』でもある。

 もしかしたら。

 ルビーにも――魔王直属の四天王『知恵のサピエンチェ』にも勝てる見込みが生まれるかもしれない。


「エルフがなかなか転移のスクロールを作らない理由が分かるかな、パルヴァスくん」

「ほへ?」


 いきなり学園長から問題を出されて、パルは首を傾げた。


「えっと、難しくてなかなか作れないから。ですか?」

「残念。理由のひとつとして数えられないわけではないが、決定的な理由としては外れだ。それが答えならば、もっともっと普及していると考えられる。では肝心の答えは何か。正解は、便利過ぎるから、だ。人々の移動が極端に短くなり、容易に移動できるようになってしまう。するとどうなるだろう?」

「え? えっと、馬がいらなくなる? 馬のお仕事がなくなって、食べられなくなっちゃうから、エルフは馬を守るために転移のスクロールを作らない……とか?」


 自信なくパルは答えを言った。

 対して学園長は、うんうん、と納得するようにうなづく。


「素晴らしい考えだ、パルヴァスくん。でも残念ながら違う。正解は『暗殺』だ。一度言った場所に簡単に移動できるとなると、そこの盗賊クンみたいな人間が醜悪な牙を剥く。この世界のどこにいたって、安全な場所はなくなる。それはエルフの望みではないよ。いや、エルフこそがそれを嫌っているんだろうね。極一部の者しか入って欲しくない、エルフの里にいつでも何度でも入ってこられると嫌だ。まぁ、そんな暗殺者天国みたいな状況は神さまだって望んでいない結末だ。ともすれば、天界に人間が土足で踏み込むことすら可能になってしまうかもしれない。だからこそエルフは深淵魔法を秘匿している。過去から受け継ぐ、非常に緩やかな方法で、極一部のエルフの里でしかスクロールは作られていない。そう、エルフだからといって誰もが知っている知識ではないんだ。理解したかね、パルヴァスくん」

「わ、分かったような……分からないような?」


 もちろん、暗殺への乱用防止も理由のひとつに過ぎない。

 稀少であるがゆえの『価値の維持』という面でも、極端に流通を減らしているのだろう。

 なんにしても、おいそれと俺が頼んだところで叶うアイテムではない。ということを、学園長は改めて説明したわけだ。


「それで、俺を呼び出したってことは……その深淵魔法の使用が秘匿である以上はできなかった。作れなくなった、という問題ですか?」

「逆だ。逆なんだよ、盗賊クン」

「は?」

「ちょっと既知のエルフをおどし――こほん、頼んでみたら許可が出た」


 いま、おどしたって言わなったか?

 このハイ・エルフ、今、おどしたって言わなかった!?


「えー、というわけで今から深淵魔法の内容を少しだけ説明するので、盗賊クンとパルヴァスくんとルゥブルムくんは、今日ここで聞いた話はぜったいに外に漏らさないように忘れること。いいかな?」

「はーい」

「分かりましたわ」

「最悪だ」


 パルとルビーは素直に返事したが……俺は頭を抱えたくなった。

 世の中には知らないほうがいい事がたくさんある。

 知らなかったほうがしあわせに生きていけた。

 そんな情報がたくさん存在している。

 貴族がショタコンだということ。魔物が共通語を話すこと。魔王直属の四天王が退屈だって理由で人間領に来てること。

 そういった少しでも世間に漏れてしまうと、具体的には分からないけど絶対に良くないことになりそう。なんていう情報は山ほど転がっている。

 そういう『ヤバイ情報』は、盗賊ギルドでは買えない。むしろ買わないほうがいい。ひとりの盗賊が背負いきれる話ではないし、下手をすれば情報を持っている盗賊ギルドが丸ごと狙われてしまう可能性だってある。

 たとえば某貴族の娘がショタコンである、という事実が世間に流布されたとしよう。

 犯人は、俺だ。

 俺しか知らない事実なのだから、犯人は俺しかない。俺じゃなくても、俺が真っ先に疑われ、殺されるだろう。

 更に、情報をこれ以上拡散されないように情報源として盗賊ギルドが狙われることになる。

 理由はどうあれ、内容がどうであれ、盗賊ギルドは解散し、何人かが死体で見つかることになると思われる。

 そういう『ヤバイ情報』を扱っているのは『情報屋』であり、裏情報を集めている。決して表で流れてはならない情報は、『裏』を通して流通するのだが……

 秘匿されてる深淵魔法の情報を聞かされるだと?

 どう考えても今後、俺たちはエルフにマークされるじゃないか!

 それこそ、情報屋が巨万の富を払ってでも手に入れたい情報だ。下手をすれば、魔王を放っておいて人間種とエルフの戦争に成りかねない情報だぞ!?


「君が望んだのだ盗賊クゥン。ふひひ、まぁ覚悟したまえ。なに、君たち人間はたった五十年程度で死ぬ。長くても百年ほどだろう? それくらいなら秘密にしておくのも平気だよね」


 あ、やべぇ。

 種族差というか、寿命の問題というか。

 このハイ・エルフ。

 大した問題じゃないと思ってやがる!


「では、説明しよう!」


 というか、喜々として説明してきやがった!

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