~神威! 偉大なる大神生活・復讐編~
小神と天使の住む街から離れて。
私はいつもひとりで逃げ込んでいた森の中に足を踏み入れた。
森の中は静かでいいし、他の神に出会うこともない。陰気なオーラをまとっていたせいか、妖精も話しかけてこないし、動物も寄ってこなかった。
誰にも邪魔されず、誰にも見られることなく、サチとお話できる。
それが、私にとっては凄く大切な時間だったし、下界に降りるところも見られずに済む場所でもあった。
「う~ん……」
でも、大神となってしまった今では、ちょっと状況が違うみたい。
妖精がチラチラとこっちを見てるし、なんか動物も姿を見せる。
そんなに良い物なのかなぁ、大神って。どいつもこいつも優しくてほがらかで、器量が大きくいて余裕のある奴。
そんなイメージだけどさ。
妖精や動物から見たら、陰気なオーラも神々しく見えてしまうのだろうか。だったら邪神にだって不用意に近づいちゃうんじゃないの?
「はぁ」
すっかりと私の陰気は神威に塗りつぶされてしまったらしい。
もう、ひとりぼっちで膝を抱えることはできそうになかった。
「それっていいことなのかな」
もちろん、そんなことをつぶやいても妖精は答えてくれない。私の顔を見て笑顔を浮かべるだけで、なにもしてこなかった。
妖精とか精霊って、基本的に会話ができないんだよね。こっちの声とか話は分かってるくせに自分たちは何も語ってこない。
まぁ、妖精には何の用事もないから別にいいけど。でも、花の蜜を少しくらい分けてくれたっていいのに。
なんて思うけど、お願いしたらお腹いっぱいになりそうなほど持って来られる気がしたのでやめておいた。
「大神って不自由だ」
うらやましいとも思っていなかった大神だけど、成ってみると小神のほうが気楽だった気がする。
なにせポーションを作らなくていいし!
天使をスカウトしに、こうやって森の中をウロウロする必要もないし!
神官と楽しくおしゃべりできる、そこそこな小神が良かったなぁ。ほんと、なんて提案をしてくれたんだ、あのサチのお友達の師匠は!
盗賊のくせに。卑怯で卑劣で、仲間なんか簡単に裏切ったりする人間のくせに。
そんな人間にとっては理不尽な神の怒りをピリピリと抱きつつ、私は森の中を歩く。
なんていうか、歩きやすいように森の木々が動いてくれるのは、嬉しいような怖いような気がする。でもまぁ、そういう恩恵はちゃんと受け取りつつ、天使がいないかどうかキョロキョロとしながら進んでいった。
「んわっ」
森の中。
木々の間に見えたものに、私は思わず声を出してしまって、慌てて自分の口を抑えた。
そこにいたのは、自然界を司る神……それも、精霊女王たちの中でも最も優しいと言われている光の精霊女王ラビアンが森の中に立っていた。
日の精霊女王と仲良しで、太陽神とも親交が深く、誰にでも慈悲深く接してくれる神。
しかも、今回の勇者担当の神であり、じっくりじっくり時間と年月をかけて勇者を育て導いていて、過保護過ぎだ、と批判されているくらいに優しい神だ。
もしも。
私が大神になる前に出会っていたら……きっと助けてくれただろうな。そんな確信が持てるくらいには、物凄く優しい神として知れ渡ってる。
自然界を司る神、いわゆる精霊女王たちには滅多に会えない。
まぁ、会おうと思えば会いにいけるんだけど。それでも神の街から少し離れた場所で暮らしているので、普段から見かけることがない。
だから。
「こんにちは、精霊女王。なにをしているんですか?」
私は素直にラビアンに聞いてみた。
「こんにちは、大神ナー」
私はびっくりして、再び声を出しそうになった。もちろん、精霊女王の前で、うぇ!? なんていう声を出すわけにもいかないので、我慢する。
火の精霊女王だったら笑って許してくれそうだけど、闇の精霊女王は絶対に睨まれると思う。
「わ、私の名前を知っているのですか?」
その質問に対して、ラビアンはにっこりと笑うだけで答えなかった。
当たり前でしょ、と言いたいのか、それとも言えない事情があるのか。なんにしても、私の名前を知っているということは私になにがあったのか知っているってことだ。
つまり、裏技というかチートみたいなことを使って大神になったことを光の精霊女王は知っている。
もしかして、それを叱るために来たのかな。そうだったら、あの盗賊の男に神罰を落としてやる。八つ当たりしてやるんだ。うん。決めた。
そんなことを考えていると、ラビアンは表情を固くした。
やっぱりズルをして大神になったことを怒られるんだ、とちょっとだけ覚悟したけど、ラビアンは静かに視線を左に向けて、少しだけ悲しそうな笑顔を浮かべた。
「頼みましたね、大神ナー」
「へ?」
あっちになにかあるの?
と、ラビアンが向いた視線の先を見て、前へと向き直ったら――
「いない……」
ラビアンの姿はどこにもなく、神々しい残滓がキラキラと木漏れ日に輝き、地面に吸収された。
すると、すぐにそこから植物の芽が生えてきて、あっという間に綺麗な赤色の花が咲く。
「なにこれ、すごい」
花を司る神よりも上なんじゃない?
なんて思いつつ、私はラビアンが示した方向へ歩いていった。で、すぐに何が起こっているのか理解する。
「いやああ、やめて!」
女の子の声が聞こえた。
それも悲鳴。
おびえているような声が森の奥から聞こえてくる。
それと同時に――
「大人しくしろ! 言うこと聞けよ!」
聞きたくもない、思い出したくもない声が聞こえてきた。
バタバタと複数人が走る音と、転んでしまう音。
それが、私の進む方向から聞こえてきたので、少し太い大樹の影に隠れさせてもらった。その大樹に住む妖精も、声が気になったのか顔を覗かせる。
私は妖精に、静かにして、とくちびるに人差し指を当てて示してから、大樹の影から様子をうかがった。
転んだのは天使の少女だったらしい。
長い黒髪の可愛らしい天使だった。
気になるのは羽だろうか。泥か土で汚れて、重苦しく垂れ下がっている。
服も乱れており、スカートは破れていた。下着にも泥か土が付いており、彼女の身体で無事なところといえば眼くらいなもの。
それほどに汚された天使の女の子が、おびえるように追いかけてくる姿を見た。
「へへ、もう逃げられねぇからな」
その声に、私の心臓はドっと跳ねるように縮んだ。
胸の奥に氷を敷き詰められたように重く冷たくなる。
その声を知っている。
その声を、嫌というほど聞いてきた。
その声は、二度と聞きたくない。
その声から、私はいつも逃げていた。
天使を追いかけてきたのは、『泥』を司る男神。
そう。
私をイジめていた奴らの中心人物だった。
泥神を追いかけるように、他の男神もやってきた。
あいつらは何を司る神だったのだろう。あんまり覚えてない。『坂』とか『腐臭』だったっけ。思い出したくもないし、考えたくもなかった。
ただ、泥だけは良く覚えている。
よく頭から泥をかぶせられたし、なんなら無理やり口の中にも入れられた。あとから吐き出した嘔吐物にまで泥が混じっていたのを覚えている。
忘れようにも、忘れられない。
嫌な記憶が、それこそ泥のようにこびりついている。
「大人しくオレに仕えれば許してやるよ」
へへ、と泥神は天使に言った。
どうやら天使をスカウトしたいらしいけど……天使は脅迫や無理やりに働かせるものではない。ましてや奴隷でもなく、人間種の仕事でいうところのメイドでもない。
あくまで、天使は神の仕事を手伝ってくれる存在だし、天使は神の仕事を手伝うのを喜びとしている。
でも。
選ぶのは神ではなく、天使のほう。
天使が仕えるべき主を決める。
だから、神は天使を強制的に仕えさせることは、してはないけない。
「い、いや……わ、わたしは大神に仕えるのが、夢で……」
「うるせぇ!」
泥神が顕現させた泥を天使の顔にぶつけた。びしゃり、と水気を含んだ泥が顔で跳ね、服がまた茶色に染まる。
かわいいはずの天使の女の子の顔が、汚らわしい物に覆われてしまった。
醜悪な行為だ。
侮辱的な神の奇跡の使い方だ。
そして。
あの天使の女の子がいた場所が、ちょっと前の私だった。
泥で汚物のように汚された私の姿が、彼女とダブってみえた。
「おまえは俺に仕えるんだよ。よろこべ、俺は小神の中でも力が強い。すぐにでも大神になれる。そんな俺に仕えることができるんだ。悪い話じゃないだろ」
へへへ、と笑いながら泥神が天使へと迫る。
「それにおまえは可愛いからな。たっぷり可愛がってやる。神の寵愛を受けることができるんだ。天使にとって、これ以上ない待遇だろ」
乱暴に。
泥神が、天使の服を乱暴に――それこそ破いてしまう勢いで掴み上げた。
「オレたちにもまわしてくれよ。ひひ、天使って気持ちいいんだろ? 一度やってみたかったんだ」
「オレもオレも。頼むぜ、やらせてくれよ」
下品な笑みを浮かべる男神たち。
ゾっとするようなその表情に、私は食べたものが出てきそうになった。
「ひぃ!? や、やめて! は、はなして! いやあああああ!」
「大人しくしろ! 暴れんな! ひひ、ひははははは!」
あの感情が、もしかしたら私に向けられていたのかもしれない。
そう思うと――身体の中身をそっくりそのまま外側に出して洗浄したくなった。今なら神の奇跡である『浄化』をもっともっと上手く使える気がする。
「大丈夫。私は、だいじょうぶ……」
気づかってくれる妖精にそう答えつつ、動かなくなっていた手のひらをゆっくり開いた。力が入り過ぎて、真っ白になっていた手は小刻みに震える。
足には力が入らないし、背中にはじっとりと嫌な汗が浮かんでいた。
「や、やめて! いやああ!」
助けなくちゃ。
助けなくちゃいけない。
あの天使の女の子を、助けなくちゃダメだ。
「や、やめて――おね、おねがいします、や、やめてくださ、つ、仕えます、から。そ、それだけは、や、めて」
「ダメだ。もう遅い。初めから素直になってれば良かったんだ。最初から大人しく言う事を聞いていれば良かったんだ。おまえはオレたちが教育してやる。そうすりゃオレが大神になっても可愛がってやる。それがおまえの夢だったんだろ?」
「ち、ちが……ひぃ!」
泥神が服を乱暴につかみなおす。みるみる茶色に変色していく服は、嫌悪感のかたまりのように泥に染まっていった。
泥神は天使の服を剥ぎ取ると、まだ汚れてなかった白の下着を見てニチャリと笑った。
それを見て――
その表情を見て――
せり上がってくる吐き気を我慢できず、私は嘔吐した。
天使の嫌がる悲鳴を背中で聞きながら――ゲボゲボと吐き出した。残念ながら、私の嘔吐物では花は咲かない。綺麗でもなんでもなく、森の大地に謝るしかない。
でも。
「――いかなくちゃ。助けなくちゃ」
後ろで、天使の女の子の悲鳴が聞こえる。
下着の破れる音がした。
もう、躊躇している時間は無い。
間に合わなくなってしまう。
だから。
だから。
だからサチ!
「私に力を貸して」
――はい!
と、ハッキリ聞こえた声。
私の神官。
私のサチアルドーティス。
神が人間を頼るなんて、おかしな話だけど。大神が人間に応援されるなんて、前代未聞の話だけど。
それでも私は、サチの応援を受けて立ち上がった。
「いい加減にしないさい、あんた達」
口元をぬぐいながら、大樹の影から出た。妖精がハラハラした表情で見ているのが分かる。
「……おまえ……むくじゃき」
無垢と無邪気を司る神だから『むくじゃき』と、私は呼ばれていた。揶揄するように呼んでいた泥神は、その言葉を発した瞬間にみるみる表情が陰っていく。
あぁ、分かった。
理解した。
こいつの根底にあるのは劣等感だ。無駄にプライドが高いせいで、自分を小者ではなくオオモノに見せていきがっているのは、劣等感が大きいからだ。
だから、私をイジメてた。
だって私は特別だったから。
だって私は『無垢』と『無邪気』、ふたつも司る物があるのだから。
それだけで、小者である泥神の劣等感を刺激した。
だから私はイジメられたんだ。
だったら。
だったらそれを、思い切り刺激してやればいい。
「相変わらずつまんないことしてるのね、泥」
「な、んだと……!?」
「私が大神になったもんだから、あせってるんでしょ。見下してた私に追い越されたから、早く自分も大神になりたいと思ってるんでしょ。あはは! バカなんじゃないの? 天使を仕えさせても意味ないよ。信者が増えないと大神にはなれないんだから」
「う、うるせー!」
どうやら図星だったみたい。
「泥も私みたいに信者を増やせばいいのに。あ、でもそっか。泥なんて汚い物、誰も信仰しないよね。小神の王様になるのが精一杯かな~。こういうのを裸の王様って言うんでしょ。人間も面白い話を作るわよね」
「だ、黙れ黙れ黙れ!」
激高した泥神は私に向かって泥を投げつけてきた。
びしゃりと私にぶつかって、衣服の神に作ってもらった大神しか着ることの許されていない真っ白なワンピースが、みるみる茶色に汚されていく。
「は、ははは、ひひ、い、いい気味だ。おまえなんかが大神の服を着てるのがおかしいんだ。おまえみたいな、チ、チーターが白の服を着るのは間違ってんだよ! むくじゃきには汚れた服がお似合だ!」
そう言って、泥神はますます泥を投げつけてくる。
私はそれを黙って受け入れた。
小神の頃は、めちゃくちゃ痛くて、不快で、苦しかった泥神の泥。
でも、大神になった今ではぜんぜん痛くない。ちっとも痛くなかった。
不快だったのは、イジメられていたからで、優位に立ってしまえばなんてことはない。
単なる泥。
土に水が混ざっている物。
つまり、植物にとっては有用な物だ。
森に住む妖精たちが、大樹が、泥神を拒絶していないのがその証拠でもある。
だからこそ、泥神の力は強い。
人間に信仰されていないだけで、自然界からの信仰は厚い。
だから――
「精霊女王がいたんだ」
私のためじゃなくて、天使のためでもなくて、たぶんきっと、泥神のため。土の精霊女王じゃなかった理由は良く分かんないけど、たぶんそう。
光の精霊女王ラビアンは優しいから。
だから。
見捨てるんじゃなくて、見限るんじゃなくて。
「それだけ?」
実力を思い知って欲しい。
一度痛い目を見て、反省して欲しい。
それが精霊女王の意見なんだと思う。
違ったら、ごめんなさい。
「なっ……!?」
私は茶色の染まった服を見せつけるように両手を広げた。服以外は、まったく汚れていない。顔どころか、髪にすら泥は付着していない。
これが大神と小神の差。
信仰の差がありありと見えてしまった。
「ありがとう、泥。これで遠慮なくあんたをぶっ飛ばせるわ」
「な、なにが――」
「だって、大神しか着ることの許されていない真っ白な服であんたをボコボコにしたら、大神が小神をイジメてるって言われちゃうかもしれないからね」
「そ、そんな、く、来るなぁ!」
泥を投げつけられるけど、残念ながらもう当たらない。森の木々が私の歩みに道を譲ってくれたように、泥は自分から私を避けてくれた。
まぁ、これぐらい避けられるけど。
だって『投擲』の神ぐらいに凄いわけじゃないから。
簡単に余裕で避けられる。
「う、うわあああ!」
混乱するように、無茶苦茶に泥を投げつけてくるのを避けながら、私は徐々に泥神に近づいていった。
狂乱するように投げられる泥。
最後には避ける必要のないほどに、見当違いの方向へ飛ばされた。
私はそのまま、泥神の真正面に立つ。
おびえる泥神の顔を見て。
あぁ、こんなにも情けないヤツに私はイジメられていたのか、と嘆息しながらも。
私は拳を握り込み、大きく振りかぶった。
「無垢ぱーんち!」
私は泥神みたいな技を持っていない。
概念系の神さまだから、物を顕現できるわけじゃない。
だから、単純に殴った。
今までの恨みとか、怒りとか、そういうのを全部込めて。
大嫌いでスケベでクッソむかつくほど不細工な泥を司る神の顔を。
思い切り。
殴った!
その威力は、私が思っているよりも強力だったみたい。なにせ、一直線に泥神は飛んでいったのだから。
ただ思い切り殴っただけなのに。
小神が吹っ飛んでいく。
「見たか! これが大神の力だ! 一生小神で這いずってろ!」
吹っ飛び大樹に当たってようやく止まった泥神に向かって、私はゲラゲラと笑いながら言ってやった。
ついでに、あんぐりと口を開けて見ていた他のイジメ男神どもにも蹴りを入れておく。
「無邪気きーっく!」
「ぎゃあああああ!?」
「無垢無邪気あたーっく!」
「ぐわあああああ!?」
泥神と同じ方向に吹っ飛ばしておいた。
あはは!
あっはっはっはっは!
強いな、大神の力って。
今までまったく勝てる気しなかった男神どもを一撃で吹っ飛ばせる力があるんだから。
「ざまぁ!」
倒れ伏す小神の姿を見て、あっはっは、と私は笑う。
そして――
「ざまぁみろ」
私は空を見上げた。
だって。
だって。
だって、この程度の相手だったんだもん。
この程度の奴らに私はずっとずっと泣かされてきたんだ。
それがなんだからむなしくて。
くやしくて。
「ざまぁみろってんだ」
泣いた。
空を見上げながら――私は泣いた。
滲んだ空はいつも通り真っ青で。
これが雨っていうものなのかな、なんて思いながら。
私はぐじゃぐじゃに表情を崩しながら、涙をこぼしたのだった。
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