~神威! 偉大なる大神生活・のんびり編~

 うへぇ~、と私はヘロヘロになった状態で外へ向かって歩いていた。

 ポーションを二回作っただけで、この疲労感。

 やっぱり天使って必要だ。


「おや、お疲れかな?」

「ん?」


 フラフラと歩いていると後ろから声をかけられた。


「あ、ポーションの神」

「そう。人呼んで『ポーションの神』。ふむふむ、なるほど。噂はかねがね聞いているよ。君がかの有名な『無垢』と『無邪気』を司る神だね」


 私は素直にうなづくと、こいつのせいか、と思わず睨むように見上げてしまった。基本的に、みんな私より大きいのが悪い。

 この優しそうな顔の男神がポーションの神か。人間と共にポーションを作る神の奇跡と祝福を世界に与えたせいで、私はこんなに苦しむことになった根本的な元凶だ。

 おまえも自分で作ってヘトヘトになってしまえばいいんだ、と言いたいのをグッとこらえた。

 私は偉い。


「ほら、これを飲むがいい」

「これは?」

「人間がスタミナ・ポーションと呼んでいるものだね。僕としては『ペイシンティア・ポルティオ』と呼んで欲しいのだが……すっかりと遺失してしまったらしい」


 がっかり、とポーション神は肩を落とした。

 あはは、いい気味ね!

 言葉を司る神といっしょに落ち込んで欲しい!


「ありがとう、ポーションの神。スタミナポーションをくれるなんて嬉しい! ありがとうスタミナポーション! さっそく飲むわねスタミナポーションを!」

「……聞いていたとおりの神みたいだね」


 微妙に眉根を寄せたポーション神の表情を見ながら、私はスタミナ・ポーションを一気飲みした。

 ごっくん、と喉を鳴らして一気飲みする。

 味は水と同じみたいだけど……おぉ、確かに元気が出る感じ。


「ところで噂を聞いたのだが」


 そういうとポーション神はキョロキョロと周囲を見渡した。天使は忙しそうに働いているけど、神の姿はない。

 チャンスだ、とポーション神はこっそりと私に顔を寄せてきて、耳元でささやく。


「聞いたところによると、君の神官がエクス・ポーションを作ってるって?」


 まぁ、ポーション神が私に話しかけてきた理由のほとんどがソレだろう。

 私は正直にうなづく。

 ついでにポーション神に瓶を返した。苦笑しつつ、ポーション神はそれを受け取りつつ、話を続ける。


「成功しそう?」

「まだ分かんない。なにか伝えておくことはある?」

「僕が願っても届かなかった領域だ。魔法を司る神には、さんざんバカにされた思い出もある。恐らく神の力のみでは成し遂げられない。だから、くれぐれも注意して、と伝えて欲しい」

「分かった」

「他の神官には見つからないように。人間は時々、神の言う事を聞いてくれないからね。曲解することもあるから、ホント、気を付けてね」


 なんだ、私のサチを守ろうとしてくれたのか。

 ……なんでだろう。

 どうして、大神は――こんなにも……


「ねぇ」

「なにかな?」

「どうして、みんな私に優しいの?」


 私はこんなにもみんなを拒絶しているって言うのに。

 どうして次から次へと、大神がやってきて私に優しくしてくれるの?

 小神の時は――誰も助けてくれなかったくせに。


「珍しいのさ」

「……小神から一気に大神になったから?」

「違う」


 ポーション神は笑いながら否定した。


「じゃぁ、なに? なにが珍しいの」

「君は『無垢』と『無邪気』を司る神だろう」

「えぇ。それが珍しいの?」


 無垢で無邪気な私が、そんなに珍しいって言うの?

 それとも、無垢と無邪気を司るくせに、私はぜんぜん無垢でも無邪気でもないから、それを憐れんでいるってこと?

 私がまだにらむようにポーション神を見上げると、彼は苦笑した。

 そして、私ににっこりと笑いながら言う。


「気付いていないのか。僕はポーション神と呼ばれているけど、ホントのところは『回復薬』を司る神だ。調理場を担当するのは『料理』を司る神と『厨房』を司る神、『食材』を司る神。『狩猟』の神に『髪』の神、『美』の髪もいれば『力』の神もいる。『酒』の神は言わずもがな、だろう。他にもたくさん神はいるし、小神を含めればそれこそ数えきれないほどだ。そうだ『数』を司る神もいるね。さぁ、もう分かっただろう『無垢』と『無邪気』を司る神ナー。誰もが君を『ナー』と呼ぶ意味が分かっただろう? 誰もが君を珍しいと思う理由が分かっただろう?」

「……わ、私だけふたつ?」

「そのとおりだ、大神ナー」


 ポーション神じゃなくて、回復薬神はにっこり笑って私の頭を撫でた。


「なにか困ったことがあればいつでも相談にのるよ。君の今後に期待している」


 回復薬神はそう言って、にこにこと手を振りながら行ってしまった。


「そっか……私だけふたつも持ってるんだ」


 でも、それが何の役に立つでもないし、無垢と無邪気って同じようなものだから、そんなに意味のあることでも無いと思うけど。

 まぁ、それでも。


「悪い気はしないなぁ」


 無垢と無邪気。

 どうして私だけふたつも司っているのか、その理由は分かんないし、たぶん考えても調べてみても分からないと思う。

 それこそ、神はどこからやってきて、どうやって生まれてのか。

 根源に関わるようなことを調べなきゃいけないと思う。


「……そこまでするほど、私は自分に疑問なんて無いわ」


 フン、と鼻で笑ってやる。

 それは『運命』というやつに向かって笑ったのかもしれない。別に『運命を司る神』を笑ったわけじゃないので、勘違いしないで欲しい。

 なんて思いながら、足取りも軽くなったので。

 私は久しぶりに外へと出た。

 厳密には、大神しか入ることを許されていない『大神の城』の外。もしくは大神殿とも呼ばれている大きな城と、その壁の内側の領域から外へ出た。

 大きな門には武装した天使が守っていて、小神は簡単に入れないようになっている。


「いってらっしゃいませ」


 屈強な天使の男の子にそう頭を下げられると、ちょっとムズムズしちゃうけど、私は久しぶりに外へとやってきた。

 小神と天使たちが暮らす、私がちょっと前までいた場所。

 人間みたいな街が広がる、普通の世界。みんなが笑顔で過ごしている神さまたちの街。

 もちろん。

 そこで生きてた私は、笑顔なんて浮かべてなかったけどね。


「ふぅ……」


 ため息をひとつ。

 気にしてもしょうがないので、私は何も考えないことにした。


「……暇そうな天使はいないかな」


 生まれたばかりの天使や、よっぽどの強い願望や信念を持っていない限り、だいたいはどこかの神さまに仕えていることが多い。

 大神であろうとも、小神の天使を無理やり自分の物にすることは許されていない。

 天使にしてみれば大神に仕えることが喜びであり、誘えば受け入れてくれることもあるって教えてもらったけど。

 小神にはいい顔をされないだろうなぁ、って思う。


「やっぱり生まれたばかりの天使を探そうかな」


 人間みたいにポコポコ増えたらいいんだけど、天使は自然に生まれるものなので恋愛とかそういうのとは違う。

 生殖っていうんだっけ。

 そういうので増えたほうがよっぽど分かりやすいんだけど。残念ながら森の中で生まれたり、空から振ってきたり、ある日突然、暖炉の中から出てきたりするみたい。


「まぁ、神も似たようなものか」


 それこそ生殖行為で増えるのなら、みんな大神に成れたのに。

 どうして大神と小神に別れているのか。

 メジャー神とマイナー神。

 まったくもって。


「気に入らないわ」


 なんてつぶやいていると、ジロジロと視線が向いてくる。

 視線を向けてくるのは主に天使。

 不快感とか嫌悪感じゃなくて、ちょっとした羨望っていうのかな。いつも大神に向いていたはずの視線が、私に向かってきている。

 あぁ。

 そうだった。

 私はもう大神になったのであって、大神しか許されていない『白』を身につけているんだった。

 真っ白なワンピース。

 大神である証であり、小神は着ることの許されていない色。

 その理由は知らないし分からないけど、そういうものなんだと理解している。


「……」


 嬉しそうに衣服神が作ってくれた、汚れひとつ付いていない真っ白で綺麗なワンピースは、外だと悪い意味で目立つ。

 真っ黒で長い私の髪が余計にそれを際立たせている感じで、居心地が悪い。


「はぁ……」


 街へ行くのはやめよう。

 私は。

 小神の頃と同じように、人目を……神目とか天使目を避けて街から離れていく。いっそのこと地上に降りたいところだけど、無理だし。


「いっそのこと降臨して人間の世界を混乱させてやろうかしら」


 できなくはないらしいんだけど、ぜったいにやるなって言われてる。

 いやほんとマジでそれだけはやるなよ、と『王』を司る神から言われてしまったのであれば、守るしかない。


「あ~ぁ~……地上に天使なんかいるわけないし、意味ないか~」


 人間に、どうして降臨されたのですか、とか聞かれたら困る。

 ひまつぶしって答えたら、なんか歴史書とかそういうのに書かれて、後世に渡ってバカにされそうだし。

 そうなったらサチも笑い者にされちゃうのでやめておこう。

 うん。

 サチが困るのは、ダメだ。

 うん。

 というわけで、私は小神の頃のように森の中に入り。

 いつものひとりぼっちで膝を抱えていた、あの丘に行くことに決めたのだった。

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