~神威! 偉大なる大神生活・朝寝坊編~

「おはようございます、ナーちゃん。もう朝ですよ~」

「ん……んぅ?」


 聞きなれない声に、私はふかふかのベッドの中で夢から覚めた。さっきまで何か夢を見ていたはずだったんだけど、一瞬で思い出せなくなる。

 あぁ、どんな夢だったか?

 なんかすっごく嬉しい夢だったような気がするのに。

 なんて思いながら、遠慮なく部屋に入ってきた声の主を寝ぼけマナコのまま見た。


「……おはようございます」

「はい、おはようございます」


 このどこまでも優しい声と雰囲気。

 そして、確かめるまでもなく全開になってしまっている神威『母性』を感じ取ってしまえば、正体は明らかだ。


「……母性を司る神ですか?」

「知ってくれているの、ナーちゃん!? 嬉しい~!」


 母性の象徴でもある丸みの帯びた身体……つまり、巨乳に私の顔は押しつぶされた。もしも私が普通の人間だったら、たぶん死んでいたんじゃないか。

 そんな風に思えるほどの力強さで抱きしめられてしまう。

 まぁ、男だったら喜んで死ぬんじゃないかな。

 巨乳に押しつぶされて死ぬなんて、本望でしょ。


「……そろそろ死ぬ」

「あ。ごめんなさいナーちゃん」


 解放されたので、私は改めて母性の神を見た。

 生まれながらに勝ち組……いや、『勝ち神』なのは明らかな神であり、大神らしい大神とも言える。

 真っ白で柔らかでひらひらした服を、これでもかと押し上げているふたつの胸の塊は、なんとも生活に不便そうだ。

 むしろ暴力の象徴にも思えた。

 ちょっとした武器だし。喜んで殺される男がいっぱいいそう。


「はい、髪を整えましょうね~」


 母性の髪……じゃなくて、母性の神は私の後ろにまわって、髪を整えてくれる。大神になってからというもの、こうやって毎朝、誰かが来ては私の世話をしていく。

 さすがに男神は入ってこないけど。

 入ってきたら噛みついてやるつもりだったけど。

 いまのところ、私の歯はごはんにしか噛みついていない。


「はい、できました~。ふふ、今日も可愛いですよ、ナーちゃん」

「ひとつ聞きたいんだけど」

「あら、なにかしら? 朝ごはんのメニューでしたら、目玉焼きとウインナーとパンですよ」

「へ~……あ、そうじゃなくって。どうしてみんな私のお世話をするの?」


 昨日は『髪を司る神』だった。

 その前は『美を司る神』で、その更に前は『衣服の神』。

 大神である女神が、私の部屋にやってきてはお世話をしていってくれる。最初は、そんなこともあるのかな、と思っていたけど、こうも毎日違う女神がやってくるとなると、なにか違う意図がありそうで怖い。


「ふふ、それは簡単なことよナーちゃん」


 そう言って、母性の神は言った。


「ナーちゃんが可愛いから」

「……」


 それに私は、何も答えなかった。

 いまいち本心なのか、それともなにか隠しているのか分からない。


「はい、できました。今日もかわいいツインテールです。リボンは赤色にしておいたけど、良かったかしら?」

「別に大丈夫」

「うふふ。良かった。それじゃぁ、わたしはもう行くわね。朝ごはん、早く食べないと天使の子が困っちゃうので、早く食べてあげてね~」


 そう言うと、母性の神は出て行く。

 突然、なんの前触れもなく大神入りしてしまった私に与えられたのは、この小さな部屋。

 もちろん、小神の頃より遥かにマシな大きさであり、専用のふかふかベッドもあるし、机もあるし、おトイレも付いてる。さすがにお風呂は個人用が存在しないので、大きな大浴場に行くことになってるけど。

 でも――


「鍵が欲しい」


 はぁ~、と大きくため息をついて寝ころぼうとしたけど……せっかく母性の神が整えてくれた髪が乱れてしまうので、やめておいた。


「……うん、おはようサチ。今日も元気? ……それは良かった」


 私が目覚めたのが分かったのか、サチから声が届いた。サチは、もうとっくに起きてたみたいで、朝食を終えてお勉強を始めてるみたい。

 下界に降りられなくなっちゃったけど、サチとの繋がりはより太くなった気がするので、問題ない。むしろ、嬉しい。

 私の言葉はハッキリちゃんと聞こえるし、サチの声もサチの周囲の人間の心の声すらも、聞き取れるようになった。

 あと、神罰が使えるようになったのが嬉しい。これでサチの邪魔をする人間は、いつでもやっつけられるからね。


「……う、はい。分かったよぅ、そんなに怒らないで。あんまり使わないからさぁ」


 サチに怒られた。

 他の神の許可をもらって、人間と吸血鬼に神罰を与えた時は、大神のみんなでゲラゲラと笑って楽しかったんだけど。

 サチには不評だったので、もうちょっと弱い神罰にしておこう。

 机とかベッドの角っこに小指をぶつける程度なら、サチも笑って許してくれるかも。


「サチが元気なら、私はそれでいいよ」


 そう伝えて、私は部屋を出た。

 荘厳なる大回廊。

 巨大な柱が等間隔に立ってて、ぴっかぴかに磨かれた広大な廊下と見上げるばかりの大天井。

 さすが『大神の城』。

 いつまでたっても慣れそうにない。

 こんな場所に住んでいると、逆に自分がちっぽけな神に思えてくるんじゃないか、と思ってる。

 まぁ、本来は共同の場所なので、住む場所じゃないんだけど。

 私の家は、いま『建築』の神が楽しそうに作ってくれている。そんなに大きな家じゃなくていいので、早く完成させて欲しい。

 で、廊下に出て天井を見上げて、スカートの中まで反射しそうなピカピカの床を見て、いつもの如くげんなりしていると。

 周囲を忙しそうに行き交う天使たちがこっちを見て、頭を下げたり目礼したり、なんかこう、尊敬するマナザシばかりが向けられる。


「むぅ」


 いい加減に慣れないといけないんだけど、どうにも慣れない。

 視線にも、環境にも。


「んお、新入りじゃーん。いま起きたの? ネボスケだな」


 そう思っていたらいきなり声をかけてきた男神がいた。


「……だれ?」

「あはは! そりゃそうだよなぁ、知らないよなぁ。さぁ、俺はなにを司る神でしょう?」

「……軽薄?」

「ひでぇ!? あははははは! 噂通りだなぁ、ホント」


 男神はそう言って、ゲラゲラと笑いながら行ってしまった。


「いや、名乗らんのかーい」


 私は思わずツッコミを入れてしまった。

 やっぱり『軽薄』を司る神だったのでは?

 まぁでも、『軽薄』が信仰されて、しかも大神になるわけないか。

 ピカピカに磨かれた床を、私はぺたぺたと裸足で歩いて食堂まで移動する。食堂では、もう神は誰もいなくなっていて、後片付けが始まってた。


「ごめんなさい、寝坊した」

「あぁ、そんなそんな。謝らないでください神さま」


 お料理担当の天使がわたわたと料理を温め直してくれる。私なんか、ちょっと前にズルで大神になっただけなのに、そんなにかしこまらなくていいと思うんだけど……


「ゆっくり食べていってくださいね」

「ありがとう」


 ズルというか反則というかチートというか。

 裏技みたいな方法で大神になったのは、極一部の神しか知らない事実なわけで。なにも知らない天使からしてみれば、超スピードで大神まで登ってきた超エリート、みたいに見られてるのかもしれない。


「はぁ……美味しい……」


 サチの友達のちっこい金髪も食べるのが大好きみたいだけど。その気持ちが分かってしまうのが、なんか我ながら情けない。

 美味しい。

 ふつうのパンなのに美味しい。ふつうの目玉焼きなのに美味しい。ふつうのサラダが美味しい。

 なんかもう、全部が全部美味しい。

 こんなの食べちゃったら、小神の頃に食べていた物がゴミにも思えてくる。

 二度と、あんな生活に戻れなくなってしまった。


「複雑な気分」

「お、美味しくなかったですか!? す、すぐに料理神に相談を! 食材神にも、あ、贖罪の神にも!」

「ままま、待て待て待って待って待ってぇ! 美味しいから、すごく美味しいからぁ!」


 青い顔で駆けだしていく天使の男の子を捕まえて、説明する。

 ホント、大神ってタイヘンなのね。

 にこにこ笑顔で毎日いられる母性神のメンタルとか、どうなってんの?


「ごちそうさまでした」


 手を合わせて、料理神と食材神にありがとうのお気持ちを伝える。地上ではみんなやっているので、そりゃ大神になるよね。なんて思った。


「ご満足いただけてなによりです」


 食器を回収しに来た天使の女の子が無邪気に笑ってくれる。さっき私が手を合わせた意趣返しか!? なんて思ってしまったけど、自意識過剰だった。


「はぁ……んげっ!?」


 食堂から出たところでサチから連絡が入った。

 連絡?

 神託の反対ってなんだろう?

 お祈り? お願い?

 まぁ、いいや。

 とにかく、またポーションを作って欲しいと、あのハーフ・ハーフリングが言っているらしい。


「疲れるからもうイヤだよぉ。え? なんか大変なことになってきてるの?」


  エクス・ポーションだったっけ?

 私が大神になった方法と同じように、このエクス・ポーションの話もあんまりおおっぴらに出来ないみたい。

 どこから情報が人間に漏れるか分からないので、極一部の大神しか知らないことになっている。

 他の大神も、そもそも『ポーションを司る神』である回復薬神もエクス・ポーションは作れないって教えてもらった。

 そんな物が完成するかもしれないってことで、ハーフ・ハーフリングは連日駆け回っているらしい。

 もしも完成すれば、人間種にとって大きな利益になるはず。

 と、頑張ってるみたい。


「私じゃなくてポーションの神に言ってよぉ……え、あ、そうなんだ……」


 神殿に知られたらヤバいかも、とサチに言われちゃったら、なんかもう私がやるしかないじゃん……

 狂信者っていうんだっけ?

 妄信的っていうのも、困ったものだ。


「神さまって、そんなに偉くないんだけどなぁ」


 人間が思っているより。

 天使が思っているより。

 小神が思っているより。

 神さまって、なんか意外とショボい。


「……え、あはは。ありがと、サチ」


 ナーさまは凄くて偉いですよ、だって。


「んふふ」


 まぁ、しょうがない。

 可愛い可愛い私の神官のためだ。

 がんばってポーションを作ろう!


「でも、やっぱり天使が欲しい」


 このままじゃ私、大神になったのじゃなくてポーション屋さんになっちゃっただけだ!

 偉大なる大神生活のためにも。

 ポーションができてから、ちょっと天使をスカウトしに行ってみよう。

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