~卑劣! みんなでワイワイ反省会~

 ロープでぐるぐる巻きにされたパルとルビー。

 ふたりは部下Aくんと部下Bくんに担がれて絶賛拉致られ中だった。

 あまり目立ってはいけないので、大通りは一応外れておく。まぁ、それでもチンピラ風の男たちがわいわいと仲良く歩く姿は目立つものがあるが。

 ちなみに戦闘に参加しなかったサチとラークス少年は普通に歩いている。ドワーフたちには無理やり言う事を聞かされて、同行させられたように見えたはず。

 多少、演技がつたないというか、本音がボロボロとこぼれていた部分はあったが、おおむね作戦は成功しただろう。

 予定では、俺たちはこのあと学園に存在する『自衛研究会』と激しい戦闘の末に逃走。学園都市からは逃げ去り、拉致られた少年少女は無事に保護された。

 という流れになっている。


「なので心配しなくて大丈夫ですわ、ラークスくん」


 肩に担がれながら説明するルビー。

 そんな彼女の後ろを歩きながらラークス少年は困惑しつつ、うなづいた。


「は、はぁ……あ、あの、大丈夫ですかルビーお姉さん。普通に殴られたりしてましたけど」

「心配してくださるのですね、ありがとうございます。わたし、体は丈夫なんですけど、いたく心が傷つきました。手も足も出ませんでしたの。慰めてくださいな、ラークスくん」

「え、な、慰め?」


 あぁ~ぁ、かわいそうにラークスくん。

 すっかり赤くなってる。


「おいこら、ルビー。純情な少年の心をもてあそぶんじゃない。全世界の女が許しても、元少年だった俺たちが許さないからな」


 と、俺は宣言した。


「そうだそうだ。少年時代の純朴な子ども心は、意外と思い出に刻まれてしまって、あとあとトンデモない影響を及ぼすんだぞ~」

「あぁ、分かる。俺も姉ちゃんにボッコボコにされてから、年上の女がダメになった」

「俺も覚えてるなぁ。でけぇ女に、かわいい~、つって追い回されて。今なら受け入れるけど、あの時は怖かった」


 部下C、D、Eくんも分かってくれたようでなによりだ。

 やはり『年上の女』という概念は悪。

 年下の『少女』という概念こそ正義である。

 間違いない。


「男の子も大変なのね~」


 タバ子はそう言って、ノンキにタバコの煙をくゆらせた。


「それは分かりましたが。わたし、その女に負けたのが納得いきません」

「ん~? ルビーちゃんだっけ。威風堂々としてるのはいいけど、フェイントとかそういうのに弱すぎるよ。めちゃくちゃ丈夫なのは分かったけど、不老不死だろうとどんなに力が強くっても、対処はいくらでもあるんだから。ハッキリ言って弱かったよ、ルビーちゃん」

「むぅ。師匠さんから見て、その女はどれくらいの実力ですの?」

「タバ子か?」


 俺がそう呼ぶと、タバ子じゃない! と煙を吐き出した。どう見てもタバ子って名前がぴったりじゃないか。


「一般的な盗賊レベルだな。冒険者的に言うとルーキーを卒業したベテランって程度だ。戦闘に特化してる訳では無さそうなので、中の下、くらいじゃないか?」

「的確な分析、ありがとね」


 タバ子はそう言いつつ、俺に煙を吹きかけてきた。照れ隠し、というわけではないだろうが、少しばかり嫌なのも分かる。

 他人からの正直な評価っていうものは、少々くすぐったいものだ。それが的確であればあるほどに否定したくもなる。

 タバ子の場合は、褒めているように聞こえないが、その実、実力はハッキリと認めているようなもの。ベテランと言われたのがこしょばゆく感じても、まぁ仕方がないだろう。


「そういうわけで、ルビー。やはり経験値不足だ。普通に戦うのであれば、もう少し工夫をする必要がある。避ける、防御、それらが苦手だと言うのなら無理なら第三の選択肢もあるぞ」

「第三の選択肢?」


 ルビーではなくパルが聞いてきたので、俺はうなづく。


「避ける、防御、それに並ぶもうひとつの防御的行動は『弾く』だ」

「「はじく?」」


 パルだけでなくルビーも首を傾げた。

 ちなみにラークスくんも首を傾げた。


「言い方を変えると、『逸らす』だな。例えば――誰か投擲してきてくれ」

「おう、いくぜボス」


 うわ、容赦が無いな。

 合図も無しにいきなり投げナイフを投擲してきた部下え~っとFぐらい、くん。

 そんな投げナイフの軌道に、俺はナイフを持った手を伸ばし、刃の穂先を飛んできたナイフに向ける。

 投擲の攻撃は『線』でも『面』でもなく『点』だ。その点に合わせて、ほんのわずかにナイフの穂先を合わせるだけ。

 ガギン、という音と共にわずかに投げナイフの進行方向は変わり、俺に当たることなく逸れていった。


「こういうことだ」

「なにが、こういうことだ、ですか師匠さん。無理ですわ」

「あれ?」


 分かりやすい例を示して見せたんだけどなぁ。


「もっとゆっくりなのを見せてあげなさいよ。ほら、アタシがこう殴りかかるでしょ。そうすると、はいエラントくん」


 タバ子が殴り掛かってきた手をトンと軽く外側へ弾く。


「こうやって自分の外側へ向かうように力の流れを変えてやる。これが弾くだ」

「なるほど。それなら出来そうですわ」


 うんうん、とルビーとラークスくんがうなづいた。

 いや、やっぱりラークスくんも男の子だなぁ。こういう戦闘技術は聞いていて楽しいのだろう。

 帰って密かに練習してしまう。それが男の子という生き物だ。

 なので全世界の女性には、そっと少年の心を見守る努力をして欲しい。

 ぜったいに茶化さないでくれ。

 お願いします。


「師匠、あたしはどうでした?」

「パルか。悪くなかったが……少々、状況判断が悪いな」

「う。砂を利用できなかったこと、とか、目つぶしですか?」


 俺は首を横に振る。


「それもある意味ではそうだが、今回の場合で言うと『勝利条件』だ。たとえば、さっきみたいな状況で、パルが俺に勝ったとしよう。で、どうする?」

「ほえ?」


 言われて初めて気づいたように、パル考えて眉根を寄せた。

 そしてすぐに気付く。

 あの状況で戦うことの『不自然さ』に。


「師匠、あたし達って終わってました?」

「そうなんだよな。あの状況で戦うこと事態が間違ってるんだ。彼我の差が判断できるのなら尚更だぞ。あの状況で俺を倒しても、まだまだ敵はいる」


 そう。

 大勢に囲まれた状態で、パルとルビーは戦っていた。たとえ俺に勝てたとしても、その後に続く部下たちが襲ってくるだけ。

 動けなくなるまで、捕らえられるまで、延々と戦闘が続くだけだ。


「更に言うなら、サチとラークス少年を助けないといけない。もちろん自分だけ逃げて、体勢と状況を整えてから助けに行く、という選択もできる。もちろん仲間を集めてくる、雇う、なんていう方法もある。さぁ、パル。さっきのが『本番』だった場合、おまえの行動は正しいか?」


 誰かを守るために戦うことは悪くない。

 逃げずに戦うことは勇敢だ。

 でも。

 それが本当の意味での勝利につながらないと意味がないわけで。その実、パルとルビーは戦闘に負けて、こうやって捕らえれて拉致られている。

 ワザと捕まっておく、という選択肢も無いわけではないが……やはり、あの状況では逃げ一手が好ましいと言えた。


「ぜ、ぜんぜん正しくないです。間違ってました」

「もしもドワーフに冷静な奴がいたら、逃げる素振りを見せないのを怪しく思うかもしれない。ちょっとは逃げようとするフリを入れておいたほうが良かったな」

「分かりました!」

「パルヴァスちゃんは元気ね~。ねぇねぇ、今度はアタシと戦ってみる?」

「はい、よろしくお願いしますタバ子ちゃん!」

「タバ子じゃなーい!」


 まぁ、なにはともあれ。

 エンブレム発表会は無事に……無事じゃないな。なんかこう、有耶無耶に終わらせることができた。

 これでドワーフたちは女を捨ててビビった情けない野郎どもとして盗賊ギルドから噂を流しておけば、自然と弱っていくだろう。

 すでに裏切者ともいえるエンブレム製作者もいたし、ドワーフリーダーの威厳にも傷がついたはずだ。

 その状況で、まだ威張り散らすとなると、それはもう滑稽でしかない。

 エンブレム勝負で人間の少年に負けた上に、女を見捨てた情けないドワーフ。そんな噂を払拭できるのは、それこそ名誉挽回のチャンスか、汚名返上のチャンスを待つしかない。

 もちろん、そんなチャンスはしばらく巡ってこないだろうが。

 それに加えて――


「なるほど、弾く。逸らす。そんな武器があれば……」


 ラークス少年の創作魂に火が灯ったらしい。

 なにやらブツブツとつぶやいている。

 この少年が実力通り、いや、努力の結果を結ぶことができたならば。

 それはなによりの優秀である証明であり。

 それこそが『鍛冶研究会』の目的でもあるのだから。

 ドワーフにチャンスが巡ってくるのは、遥か遠い未来の話になるだろう。


「ふむ。あとはエンブレムを孤児院や子どもたちが遊んでる場所に設置すれば、懸案事項は解決するかな。ひとつは学園長がいる中央樹の根本にでも置いておくか」

「……どうして?」


 サチが首を傾げながら聞いてきた。

 なので俺は笑いながら答える。


「学園には、疑問や研究対象に対して『無垢』に『無邪気』に向き合ってるだろ。ま、中には今回のドワーフみたいに『下心』と『邪心』にまみれてる奴もいるが。そういう奴らがいなくなるように、学園長に言いつけて置くのも悪くない。あの無垢に無邪気に知識と知恵と新しい物を欲するハイ・エルフなら、喜んで受け入れてくれるはずだ」


「……なるほど」


 サチは納得して、少しだけ笑う。

 なかなか可愛らしい笑顔じゃないか、と俺は思わずサチの頭を撫でてしまった。


「師匠」

「なんだ?」

「いま、下心なかったですか!?」

「ありました。きっとありましたわ!」

「……不潔」


 えぇ~……

 その場にいた男たち全員で思いました。

 サチまで言うの!?

 と。


「ボス。俺たちゃ、まだまだ女心の研究が必要ですぜ」

「いい研究会があります。『女心研究会』って言うんですが、どうですボスも? 研究費で娼館に通えるって噂もありますぜ」

「あ、なにそれ。俺も入りたい」

「俺も俺も」


 あぁ、俺も入っておいたほうがいいかなぁ。いや、でも娼館に行くのはちょっとどうかと思うし、たぶん、いいように研究費を吸い上げられてるだけじゃね?

 とか思ってしまう。

 女心なんて読めるわけがない。

 もしも読めたとしたら、そいつは誤読してるだけだ。

 年齢を重ねれば重ねるほど、女の考えていることが分からなくなる。

 やっぱり女は十三歳未満に限る!

 なんて思う。

 学園都市のすみっこで。


「よぅし、男たちで打ち上げでもするか~!」

「賛成! 今まで好きになった女の話で、なにがダメだったのか対策会議でもしましょうや!」

「いいな、それ。あ~、今だから分かるんだよなぁ。もっとマジメに会話しときゃ良かった!」

「い、いま、今好きな女がいるんだが、相談に乗ってもらえる?」

「それ早く言えよー。おっしゃぁ、飲むぞ食べるぞー!」


 俺は、チンピラ風の楽しそうな男たちとゲラゲラ笑うのだった。


「アタシも頑張ったんだけど!?」

「あたしも行きたい? 食べたい!」

「わたしも恋愛相談に混ざりたいですわ」

「……お礼しなきゃ」


 というわけで、女性陣も参加することになった。

 ちなみに酔った勢いでタバ子に告白した奴がいたが、見事に玉砕してしまった。

 恋愛相談会から、慰め会に変わり、みんなでゲラゲラと笑いながら楽しく打ち上げをしたのだった。

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