~卑劣! 弟子をボコボコにやっつけて拉致するよ~

 最初に動いたのはタバ子だった。

 もちろん、スムーズに戦闘になるようにお膳立てをしてくれる意味での行動であり、なかなか機転が利くようだ。

 部下を投げ飛ばしたルビーに突っかかっていく。


「生意気なその面ぁ、ボコボコにしてやんよ!」


 うん。

 他意は無いと信じたい。他意は無いと。


「じゃぁ俺の相手はそっちのお嬢ちゃんかな」


 残念ながらドワーフたちの中に、男気を見せる者はいなかった。彼我の差が分かるほどの器量を持ったいたわけではなく、単純にビビリどもの集まりだったということだ。

 弱い者ほど群れを作り、徒党を組んでより弱い者を獲物にする。

 魔物であろうと、人間種であろうと。

 どうやらそれは変わらないらしい。

 もっとも――


「想定内だが」


 俺はぽつりとつぶやきながら、色眼鏡の向こうでパルが無言で突撃してくるのを見た。

 ハンデはひとつ。

 俺は両手を使わずにポケットに入れたまま戦う。

 そういう約束をしていた。

 良い機会なので、ちょっとしたテストというわけだ。


「――アクティヴァーテ」


 はは!

 初手から使ってくるかマグを!

 ズシン、と身体が重くなり足が砂に取り込まれるような錯覚。まるで砂が粘性を持った沼と合体したような感触に、俺はタバコをくわえる口の端を歪めた。

 もちろん、上方向に。

 思わずニヤリと笑ってします。

 思い切りがいい。

 初見だったら、確実に利く。


「だが」


 加重がゼロとなり、加速するパル。砂を蹴り、胴を狙ってきたパルの足を、俺は後ろに足を下げ、大きく身体を沈ませて避ける。


「うわっ!?」


 頭ではなく胴体を狙っていたにも関わらず屈んで避けられたとなれば、パルが動揺するのも理解できる。

 そのまま俺は後方に着地したパルへ、お返しとばかりに蹴りを放った。前へ押し出すような、チンピラ特有の前蹴りだ。

 背中をドンと蹴って、着地を崩させる。


「ぶべ」


 と、情けない悲鳴をあげてパルは頭から砂に突っ込むが慌てて立ち上がって距離を取った。


「この!」


 間髪入れず投げナイフを投擲してくる。ふむふむ、良い牽制だ。

 しかし、容赦ないなぁ。

 勝てないと分かってるから遠慮なく刃を使ってくるんだろうが……信頼されているのか、それとも俺なんて怪我してもかまわないと思っているのか。

 後者だったら嫌だなぁ、なんて思いつつ投げナイフを避ける。後方の安全は確認済み。大丈夫、ラークス少年に当たったりしない。

 そんなラークス少年は、ルビーとタバ子の戦闘を見て膝を震わしていた。

 パルよりも幼い彼には、少々過酷な状況かもしれない。

 平和で魔物の恐怖もなく、また仕事がありふれた学園都市では乱闘騒ぎなど滅多に起こらないだろう。

 間近で本物の戦いを見るのも、初めてなのかもしれない。

 ドワーフ達が震えているのに対して、少しばかり勇気の視線が込められているのが、せめてもの救いか。


「ふふ」


 どうやら彼は、立派な『男の子』のようだ。

 ルビーを救おうと拳を握りしめているのだから。


「おう、おまえら!」

「へいボス!」


 盗賊ギルドのヒマな皆さまに声をかけ、ラークス少年が危ないことをしないように捕らえてもらった。


「な、なな、なにするんだ!」

「へへへ、大人しくしてな」


 暴れる少年の耳元で、部下Dくらいの何事かをつぶやく。はてさて、理解してくれたのか、それとも諦めたのか。ラークス少年は大人しくなった。

 対して、ドワーフたちは――


「ひ、ひいいぃ!?」


 情けない悲鳴をあげて散り散りに逃げ出す。

 全員が逃げてくれたら良かったが、残念ながら足がすくんで動けないヤツもいるので、戦闘続行か。

 パルもそれを確認してか、再び距離を詰めてきた。

 いや――


「タイミングを計っていたか」


 俺が動くと同時に加重状態が解除される。重かった体が急に軽くなったような感覚に、バランスが崩れた。


「うりゃあああ!」


 少し体がブレたところでパルが一気に加速。俺の股下を潜り抜けるほどの超接近で足を振り上げる。

 だが、まだ甘い。

 足を振り上げる前、パルの膝に自分の足を乗せるように防御した。もちろん体勢はめちゃくちゃだ。転びながら、と言ったほうがいい。

 攻撃を不発に終わらせると同時に、俺は体は砂浜に倒れさせ、そのままの勢いで起き上がる。これで仕切り直しだ。


「ふっ!」


 一呼吸もおかずに追撃してくるパル。今度は大きくジャンプして最初から足を振り上げていた。いわゆる踵落としを狙っている。

 それを半身になって避けると、着地と同時にパルが腕を振るった。

 危ない危ない。

 その手には投げナイフが握られており、防御しようものなら切られるところだ。トン、と後ろへバックステップして避けるが、まだまだパルの追撃は続く。


「やっ!」


 今度は足を狙ってくる。

 低く低く、まるで転ぶ寸前のような超前傾でパルが突っ込んできた。


「そいつは悪手だ」

「へ!?」


 というわけで、パルが進んでくる顔の位置に足を置いた。言ってしまえば、さっきの前蹴りと同じ形だろうか。

 慌ててパルはジャンプして避けるが、超前傾姿勢だったので空中前転する形になる。それが功を奏したようで、勢いに任せて踵を振り下ろしてきた。


「臨機応変。たいへんよろしい」


 ただし、後先を考えてないのが残念です。


「あっ」


 俺は突き出していた足を滑らせるように前に出し、再び屈んでパルの攻撃を避ける。パルの機転を利かせた蹴りは空振りに終わり、しかも無茶な体勢で繰り出すものだから俺のすぐ後ろに全身を打ち付けるように砂の上に落ちた。


「びゃぁ!?」


 多少無茶をしても大丈夫なように砂浜を選んだのだが……それでもやっぱり痛そうだ。


「おいおい、大丈夫か嬢ちゃん。大切な商品になるんだ、顔の傷は勘弁してくれよ」

「だ、大丈夫ですししょ……失笑ものね! ふん!」


 無理やり誤魔化したな。

 失笑ものはこっちのセリフだぞ。


「降参するならいつでも受け入れるぞ」

「まだまだ朝飯前です!」


 俺はポケットに手を入れたまま肩をすくめた。

 パルの後ろではルビーとタバ子が戦っている。

 どう考えてもボスとボスの女が率先して戦ってる状況は恐ろしく意味不明なのだが、そこに疑問を持つ者はいないらしい。

 というか、やんややんやと部下たちは楽しそうに応援していた。


「おほほ、美しいのは顔だけのようね! なにその暴力的な戦闘スタイル。力任せで美しくないわ」

「なんですって、このケバケバしい化粧女」

「け、ケバくないよ! 普通だよ!」

「わたし、ノーメイクでナチュラル肌ですわ」

「ぶっ殺してやんよ!」


 ふたりとも……演技……ですよね?

 そういえばサチはどうしてるんだろう、とちょっとばかり現実逃避して探してみれば、ちゃんと部下たちに捕まってるフリをしててくれた。

 すまんなぁ、ムサい男たちばっかりで。もう少し女盗賊がいれば良かったんだが、ギルドマスターを含めて都合があまり付かなかったので、勘弁して欲しい。

 まぁ、以前の異性完全拒否モードではなくなったので、多少は大丈夫そうかな。

 あ、でも嫌そうな顔をしてるのは間違いないので、やっぱり申し訳ない。


「行きます!」


 おっと。

 これみよがしによそ見をしていたので、ちゃんとパルが突撃してくれた。

 素直な弟子を持って俺は嬉しいです。

 ただし、俺はチンピラではなく盗賊であり、パルも盗賊です。

 意味は転じて、残念、となる。


「誘いだ、バカ」


 靴先に乗せておいた砂をちょんと跳ね上げさせ、目つぶし。わぷ、と可愛らしい声をあげるパルのブーツを狙って思い切り蹴り込んだ。


「ひぃ!?」


 さすが成長するブーツ。ダメージはご主人様に通さないらしい。

 だが、さすがに蹴られて浮いてしまった体を制御する術は持っていないらしく、空中で目を丸くする愛すべき弟子と視線が有った。


「まだまだ経験が足りないな」


 と、俺はパルのお腹を押すように蹴り上げた。ぐわん、と放り投げられたように浮かぶパルはあたふたと手を動かすが、掴まれるところは空中になんかあるはずもなく――


「ぎゃう」


 と、墜落する。

 パルが立ち上がる前に首を足で抑えつけ、高らかに俺は周囲に聞こえるように言った。


「動くなよ、嬢ちゃん。抵抗するなら、首の骨を折る。大人しくするなら、これ以上はやらねぇ。どうする?」

「あう~」


 パルは倒れたまま両手をあげた。降参のポーズ。素直でよろしい。

 さて、あっちはどうなったかな?

 と、ルビーとタバ子の方を見ると……


「ふははははは! アタシの勝ちだ、この美少女め!」

「あばばばばばばばば」


 うつ伏せに倒れたルビーの上にあぐらをかいたタバ子が乗るように座っていた。顔が砂にうまっているルビーはあえぐように手足をバタバタと動かしているが、起き上がれないらしく、完全に敗北している。


「ひゅぅ、やったぜボス! ボスの女ぁ! 今夜はパーティだ!」

「きゃっほう! 強いぜボス! 見ごたえあったぁ」

「いやぁ、面白かったな。ときどきやろうぜ、チンピラごっこ」

「いいなぁ、次は俺がボスやりてぇ」

「じゃぁ、俺がボスの女をやってやるよ。女装には自信があるんだ」

「マジかよ、超楽しみぃ!」


 部下たちは盛り上がっていた。

 楽しそうでなによりですが、ネタバレが早すぎるので自重して欲しい。

 ほら、まだ残ってるドワーフもいるし。

 まぁ、次は自分がやられるんじゃないかと気が気でない様子なので、まったく会話なんて聞こえてないけど。

 ともかく。


「へへへ、大人しくしてろよ姉ちゃん。なぁに、たっぷり可愛がってやるぜぇ」


 部下たちはロープでパルとルビーをぐるぐる巻きにして担ぎあげた。


「たーすーけーて~」

「うぐぐ……このわたしが、このわたしが素で負けるなんて……」


 棒読み気味の我が弟子と、本気で悔しがっている吸血鬼。

 まだまだ修行が足りないらしい。

 まぁ、とりあえず。

 美少女たちをゲットした俺たちは、ゲラゲラと笑いながら砂浜から移動していく。

 もちろん、エンブレムもちゃんと回収した。


「ふぅ。よし、作戦名『有耶無耶になったけど、優勝したのはラークス少年でオッケー?』、成功!」

「うぇい!」


 盗賊ギルドの皆さま、お疲れ様でした。

 ご協力、感謝します。

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