~卑劣! 今日から(ヤ)の付く自由業~

 パルの合図を受けて。

 俺は立ち上がり、協力してくれるみんなに目配せした。

 協力してくれるみんなとは、もちろん盗賊ギルドの面々である。さすがにギルドマスターの右左真ん中の三姉妹の姿はないが、いつもヒマそうにしているギルドメンバーの盗賊たちの目を輝かせて、協力を申し出てくれた。


「報酬は出せないのだが……」

「そんなことより作戦を教えてくれ!」


 やはり相当にヒマだったらしい。

 仕事が無いなら、学園で盗賊スキルの研究でもしたらいいのに。と、思わなくもない。盗賊ギルドから援助金も出るだろうし、なんなら後世まで伝説の盗賊として名を残せるに違いないのに。


「ボス、こちらを」

「誰がボスだ、誰が」

「エラントくんがボスじゃなかったら誰がボスなのよ、誰が。言い出しっぺの法則って小さい頃に言わなかった?」

「俺は孤児だったのでな。普通の友達同士の遊びなんて知らないよ」

「あ、ごめんなさい」

「……まぁ、いいけど」


 ヒマ人代表みたいなポジションであるタバ子からタバコを受け取る。

 オリジナルのタバコであり、フィルターが黒い。なんというか、悪いそうに見えるタバコだった。

 それをくわえると、タバ子は指先に炎を灯す。

 口の端を歪めつつ俺はタバコに火をつけると紫煙を吐き出した。


「ふぅ……これ、何の味もしねぇな」


 カッコつけてタバコを吸ってみたけど、なんの味もしなかった。湯気を吸って吐き出してる気分だ。なんだこれ?


「子どもでも吸えちゃうタバコを作ってみました。煙の味を中和するのが難しかったわ」

「ぜったい子どもに売るなよ」

「分かってるってば」


 煙の味がゼロになっているだけで、成分はそのままってことじゃないか。

 つまり、健康に悪い。

 まぁ、味覚に影響が無くなりそうなので、需要はあるかもしれないけど。


「さぁ行きましょうぜ、アニキ。のんびりしてたらアニキの女がドワーフどもに薬漬けにされちまいますぜ」

「げへへ、やっぱ女は綺麗なままでいなくちゃなぁ。アニキ、早く行きやしょうぜ」

「楽しそうだな、みんな」


 そりゃもう、と盗賊たちにこやかにうなづいた。

 ちなみに全員がコワモテの変装をしている。分かりやすく言うとチンピラだ。眉間に皺を寄せて、少しダボっとした服装で、装飾品の類を多めに装備していたり。

 もちろん俺も変装している。

 髪をオールバックにして、色付きのなんかイカつい眼鏡を装備し、首からモケモケのマフラーっぽいものを垂らしている。

 これ、なんていうんだろうな?

 ファー?

 服飾関係の言葉はちょっと疎くて分からん。


「うし、行くか。あ、支払いをお願いします」


 エンブレム品評会の会場近くのレストランで様子をうかがっていたので、それなりの注文をしつつ待っていた。

 ので、ちゃんとお支払いをしないといけない。


「ご、ごごお、合計55アルジェンティ? に、ななな、なります……」


 なんで疑問形?


「というか、高いな……誰だよそんな喰ったヤツ……」

「ひひ、ひぃ!? ごめんなさい、ごめんなさい!」

「あ、いや、お姉さんじゃなくてね」


 そんなビビらなくてもいいと思うんだが。というか、今どきこんな分かりやすいチンピラ集団なんていないだろ。

 それこそ盗賊なんて存在は、自分が盗賊だとバレないように生活しているものだ。

 タバ子なんて、その最たるモノだろう。

 どう見ても、近所で遊んでる少女にしか見えないしな。白い羽の有翼種なので、イイ人のイメージが大きいのかもしれない。

 まぁ、今は『ボスの女』を演じてもらっているので、大人びた魅力を出しているが。

 しかし女性は男以上に盗賊スキル『変装』が上手いよな。

 どう見ても別人になっている。

 さすがに背中の翼は変えようがないが、身長すらヒールの高い靴を履けば多少の上下が演出できる。更に言えば、ロングスカートの中で膝を曲げれば低く見せることだって可能だ。

 街中ですれ違ってもタバ子と気付けるかどうか難しい。

 その点で言うと、ゲラゲラエルフのルクス・ヴィリディは全身に紋様のように入っているタトゥのお陰ですぐに見破れそうだが……


「あれも印象付けの可能性があるか」


 ただのボディペイントであり、普段から紋様に印象付けをしていて身を隠している可能性は否定できない。

 なにより、俺はまだジックス街の盗賊ギルドのギルドマスターに会っていない。なにかしら、注意しておく必要があるのかもしれないな。


「ボス、行きますよ~」

「了解~。ちょっと待ってて~」


 お姉さんがガクガク震えてしまって、おつりがなかなか出てこなかった。こんなことなら丁度の銀貨を渡せば良かったなぁ。


「あ、あ、ああありがとうございました。ま、またおこしく、ださい」


 最後はひきつった営業スマイルで見送ってもらえる。

 もう二度と来るなって思ってるはずなのに、接客の仕事っていうのは難しいものだなぁ。

 なんて思った。

 それにしても――


「俺、そんなに怖い?」


 ちょっと気になったので聞いてみた。


「悪そう」「三人は確実に殺してますね」「女、子ども容赦なしって感じッス」「キレるとヤバそう」「でも童貞っぽくない?」「魔物を飼ってそう」「拷問の歴史にやけに詳しいとか」「実は男もイケそう」「たぶん朝食は珈琲だけ」「やべぇ薬を売ってそう。打ってそう」


 などなど。

 たいへん傷つきそうな意見がいっぱい出ました。

 というか誰か俺のこと童貞って言わなかった? やめてよね、こんなところで盗賊スキル『みやぶる』を使うの。あくまで一般的な目で見て思ったことを言って欲しい。

 じゃないと、ホントに傷つきますので。


「ほら、行くわよボスぅ。タバコ、もう一本いる?」

「いらない。まだ半分はある」

「欲しかったらいつでも合図してね。では行きましょう」


 タバ子は俺の腕に寄りかかるようにして腕をからめてくる。多少の露出がある衣装だけに、彼女の胸の感触をダイレクトに感じるが……

 ふむ。

 逆に冷静になってしまうのは、俺が真性のロリコンだからかなぁ。

 むしろ胸が固いほうが興奮したかもしれない。

 うん。

 口の端でタバコをくわえ直し、両腕をズボンのポケットに突っ込み、少し大股で足先を外側へ向ける。

 なんとも『イカツイ』歩き方をして、タバコの紫煙を吐き出しつつ砂浜に向かって歩き始めた。

 設定的には、学園都市に初めてやってきたチンピラ集団。ここで新しい娼館を作って商売を始めようかと下見に来ている。という感じ。

 俺は比較的おとなしく歩いているが、俺の後ろを付いてくるギルドメンバーたちはガニ股で周囲を威嚇しながら歩いている。

 いや、ほんと楽しそうですね。


「舐められたら終わりっすよ、ボス。ガンつけられたらニラミを飛ばさないと」

「いやいや、ほどほどにお願いするよ。別のトラブルが起こったらマズイし」

「へい、ボス! すんません!」


 大きく足を開いて中腰になって頭を下げる部下A。

 ノリノリだなぁ、まったく。

 そんなメンバーを引き連れ、俺たちは砂浜に到着した。

 あくまで偶然にも辿り着いた風を装い、海を見渡しておく。

 まぁ気持ちの良い風景でもあるので、盗賊たちがヒマになってギルドでダラダラしているのも分からなくはない。

 穏やかで平和で、悪行なんかと縁がない街では。

 それこそ盗賊ギルドの仕事なんて少ないのだろう。

 いずれそんな世界が全ての街に訪れるといいな、なんて勇者の活躍に期待しつつ、俺は意識をエンブレム品評会に向けた。

 ちょうど、サチが結果を発表する段階だ。

 ラークス少年が勝てば、おそらくは――


「……ナーさまが選んだエンブレムは」


 サチは少しばかり振り返り、一番端っこにあったエンブレムを指定した。


「――あちらのエンブレムです」


 その瞬間に、ラークス少年の顔がパッと輝いた。どうやらきっちりと勝利を収めてくれたらしい。喜びを噛みしめるように両手の拳を握り、空を仰いだ。

 対して、ドワーフたちの顔が一気にドス黒く曇る。灰に汚れてもいない、真っ白な制服を破るように握りしめながら、ドワーフのリーダーであろう男が吠えた。


「な、納得いかねぇ!」


 まぁ……

 予想通りの展開だな。

 俺は周囲の部下たちに視線で合図する。

 予定通りに進めるぞ、と。


「……ですが、ナーさまがそう仰られております。あちらが一番良いと」

「なんでだ! あんな普通の鉄で作られただけの普通の物より、俺が作った特殊金属のほうが質がいいはずだ! い、インチキだ! インチキに決まってる!」

「……想いが」

「あ?」

「……込められた想いが違います。あなたの作ったエンブレムは邪念が渦巻いていました。他人より優れた物を作ろうと、他人を蹴落とそうと、少しでも自分が優位になるようにと、浅ましい考えがありました」

「な!?」

「……対して、ナーさまが選んだあちらのエンブレムは、純粋で無垢なる気持ちが込められています。言ってしまえば単純なものです。……良い物を作ろう。良い作品にしよう。たったそれだけの『無垢』なる思いが込められています……そうですよね、ラークスさん」

「へ、あ、は、はい! え、そ、そうなんでしょうか?」


 おっと。

 少年が曖昧な態度を取ってしまったな。

 これは本当に予定通りに進んでしまいそうだ。

 ここでガツンと勝利を宣言できたら、俺たちの出番は無かったかもしれないが……まぁ、早々と後ろ向きだった性格が、いきなり前を向くことは難しい。

 イジメというものは、そういうものだ。

 ひとりの人間の性格を歪めてしまう。今後の人生を、全て後ろ向きにしてしまう。差し出された手を気付けないほどに、掴めないほどに、後ろ向きでうつむいたモノへと変えてしまう。

 だから。

 だからこそ――

 だからこそ、ラークス少年には成功体験を積み重ねてもらいたい。

 ここからだ。

 ここからでいいから、頑張って欲しいものだ。


「……ラークスさんが込めた想いは、良い物を作ろう、という気持ち。それだけです。他のドワーフさんの作品にもそれがありましたが、やはりどこか『欲』があるようです。……我が神であるナーさま、『無垢』と『無邪気』を司るナー神において、純粋に無垢なる想いを込められて作られたエンブレムこそ相応しいものです。……そうですね。……はい。ナーさまもそう仰っています。それと、あえて順位を付けるなら、最下位はあなたです。ドワーフのリーダーさん」

「な、なんだと!?」


 いやいやいや。

 いやいやいやいや、サチさん。

 いま、ワザと挑発しましたよね。というか、もしかしなくてもナー神も怒ってるんですか? 怒ってるんでしょうね。

 天界でイジメを受けていたというナーさま。

 だったら、この状況でドワーフリーダーを許すはずがない。

 イジメの被害者は、別のイジメの加害者であろうとも、ぜったいに許すはずがない。


「インチキだ、こんなのインチキに決まってらぁ! 最初から仕組んでいたに違いない! 卑怯だ! ぜったいに裏があるに違いねぇ! オレは認めないからな! ぜったいにお前らを許さない――」


 まぁ、予定通りにドワーフリーダーが難癖を付け始めたので。

 俺は砂浜を歩き、ルビーに近づいた。

 分かりやすいチンピラ集団が突然に近づいてきたので、そりゃもうドワーフリーダーは黙るしかない。

 ここでまだわめき散らす勇気があれば、それはそれで見上げたものだが。残念ながら、そこまでの勇気も蛮勇も、持ち合わせていなかったようだ。

 というわけで――


「いい姉ちゃんをハベらせてるじゃねーか。よぉ、ドワーフのあんちゃん。あいつら、お前の物か?」


 俺は口の端を歪めつつ、タバコの煙を吸い……空へ向かって盛大に吐き出した。


「な、なんだ、あんたら……」


 俺はドワーフの言葉を無視して、ニヤニヤとパルを見て、サチを見て、ルビーを見た。ついでにラークス少年も値踏みしておく。

 うむ、まだまだ発展途上で可愛らしい少年だ。どこかの領主の娘が歓喜に震えそうなタイプ。つまり、ショタコン好みの少年だった。


「あの姉ちゃんたち、お前のもんか?」

「い、いや……ち、違う」

「あーん? そうか。邪魔したな」


 俺はタバコを吐き捨て、砂浜に埋めるようにして足でもみ消した。ごめんね。あとで拾ってちゃんと捨てるから、今は見逃してください。


「ふふ、どうぞ」

「おう」


 すかさずタバ子が新しいのをくわえさせてくれ、火をつけた。ふひぃ~、と紫煙を吐き出してみせるのだが……タバコってこんな短期間でこんな吸うもんだっけ?

 ま、いいや。


「ぶふぅ!」


 と思ってたらルビーが吹きだした。

 おい。

 なに笑ってんだよ、我慢しろよぉ。

 盗賊の変装と演技を笑うのはルール違反なんだぞぉ……傷ついちゃったら、二度と変装とか演技とか出来なくなるんだからなぁ。


「なんだ姉ちゃん。俺の顔がそんなにおもろいんか?」

「おうコラぁ! ボス見て笑ってんじゃねぇぞゴルァ、クソアマがぁ!」

「黙ってろや!」


 前に出ようとする部下Bくんを一喝しておく。すいやせん、と部下Bくんはすごすごと下がった。

 ほんと楽しそうですね。うらやましいです。


「姉ちゃんめっちゃ美人やからのぅ。いっしょに仕事をしてくれるモンを探しとったら、ちょうど姉ちゃんらが目に付いてな」

「ふ~ん。なんのお仕事ですの? 用心棒なら自信がありますわよ。雇って下さるのであれば、話は後からいくらでも聞きますわ」

「そんな物騒な仕事ちゃうで。楽しいお仕事や。お客さんとお酒を飲んで、楽しく笑って、そんでいっしょに風呂入って寝るだけの、ただのウェイトレスさんや。その途中でお客さんと恋愛関係になってしもとるだけやな」


 実質、そういう娼館もあるらしい。

 表向きは普通の宿なのだが、従業員とその場限りの恋に落ちる、という感じでやっている店があるとか無いとか。

 ちなみに誰が利用するかというと、神官だったり妻子持ちの商人だったりする。

 表向き、あんまり娼館に入る姿とか見られたくないしね。


「魅力的なお誘いですが……お断りします」


 ルビーはキッパリと断った。

 よしよし、予定通り。

 なので、ここで部下Cくん辺りが因縁を付けられてルビーにぶっ飛ばされる予定です。

 はい、どうぞ。


「あ~ん、なんだ姉ちゃん。かわいい顔をしてるのにもったいねぇぜ。ほら、俺が男の喜ばせ方を指導してやるからよ。ふひひひひ」


 めちゃくちゃ嫌らしい顔をして、部下Cくんがルビーに手を伸ばす。

 ほんと、楽しそうですね。もしかして演技じゃなくてマジなんですか?


「ふん!」


 というわけで、ルビーがその手を払い、部下Cくんを投げ飛ばした。


「ぎゃああああ!」


 打ち合わせ通りなので、部下Cくんがルビーの動きに合わせて自分から吹っ飛んでいる。派手に飛んでいき、どっぱーんと水柱を立てて海の中に落ちてしまった。

 やり過ぎなのでは?

 過剰演出もいいところだなぁ、まったく。

 でもまぁ、とりあえず――


「おうおう姉ちゃん。先に手ぇ出したのはそっちだ。これで文句でねえなぁ。見てたよな、そこのドワーフども。しっかり証言してくれよ」


 というわけで、作戦は成功しました。

 ひぃ、とおびえるドワーフたち。

 すっかりと自分たちのエンブレムが選ばれなかった怒りを忘れているようだ。

 さてさて、あとは。


「大人しくお話しようとしただけやのに、ひどい話やで姉ちゃん。ちょっとオイタが過ぎたようやなぁ。ああん!?」


 ルビーとパルをボッコボコにするだけだ。

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