~流麗! けっかはっぴょー!~

 審査をするのは人間ではなく、神。

 それを聞いたドワーフたちの動揺を無視して――ラークス少年も驚いてはいますが――わたしはサチに目配せしながら言った。


「では、サチ。お願いします」

「……はい」


 サチはいつも通りな感じで前へ歩み出て、机の上に並べられたエンブレムの前に立った。ラークス少年とドワーフたちに一礼すると、くるりと振り返ってエンブレムを見渡す。

 緊張する様子がないのは、あくまで『他人事』だからでしょうか。

 それとも、冒険者らしい『ポーカーフェイス』というやつかもしれない。

 ポーカーでは遊んだことがありませんけど、師匠さんはとても強そうな気がします。主にイカサマ方面で。

 ところでイカサマってどうしてイカサマって言うんでしょうね? まるで意味が分からない言葉なのですが、普通に使う言葉ではあるので受け入れていましたが……

 ズルい、とか、チート、とは違うんでしょうか。

 まぁ、チートは『ズル』や『騙す』という意味ですから、少しズレているような気がしないでもない。地方によっては『浮気』を意味するところもあるそうで。

 ふふ。

 師匠さんはわたしにチートしてくれないかしら。

 もちろんデートでも構いませんし、関係性をアップデートしてくださるのなら大歓迎。


「ルビー、ニヤニヤしてる」

「おっと」


 パルに脇腹を突かれてしまいました。

 ポーカーフェイス、ポーカーフェイス。


「……、……」


 サチは机の前に立ちエンブレムを見ながら何かをつぶやいている。恐らくナー神と会話をしているのでしょうが、こうやってみると神々しくも見えますね。

 その正体が弱小大神とたった独りの神官――とは、まったく思えない。まさしく堂々とした神官っぷりです。


「サチが立派に見える」


 パルが失礼なことを言っていますが、まぁその言葉は分からなくもない。

 ちょっと前はどこか自信が無さそうな雰囲気でしたのに。

 今では堂々とみんなの前に立っているのですから。


「成長とは素晴らしいものですわね」


 果たして魔物は――

 吸血鬼は成長できるのかどうか。

 ちょっぴり不安になりましたけど、今はエンブレム発表会に集中しましょう。

 エンブレムは、それこそ大きさを指定していませんでしたので大小さまざま。

 素材も同じ物はなく、ましてや色すらも違った。

 一番大きなエンブレムはパルが抱えられる程度の大きさ。小さい物では手のひらサイズとなっているので、単純な見た目で優劣は付きそうにも無い。

 もっとも――


「無駄に頑丈そうですわね……あれ」

「あ、分かる」


 パルとこそこそと話したのは、いまサチの目の前にある大き目のエンブレム。

 金属は金属でも、ちょっと特別っぽい。鈍色ではなく、綺麗な澄んだ色とでも言いましょうか。太陽の光と角度によっては白色にも見える金属です。

 それこそ鉄ではなく、特別な金属で作られているようですわね。


「なんか高そう」

「そのようですわね。パルはどれが誰の作品を見ていたのですか?」

「ん~ん、見ないようにしておいた。そのほうが公平だろうし、ドワーフさん達も安心してたよ。あたしがサインを出すかもしれないし」

「そう言われればそうですわね」


 審査は第三者が行うと言っても、あくまでこちら側が用意した人物であるのは間違いないわけで。

 いくらでも不正する方法はありますからね。

 共に冒険者をやっていた仲ともなれば、それこそ視線だけで伝わる物があるかもしれない。

 ホント、ちょっとくらいはイカサマとかチートを使っても良いでしょうに。

 本気の本気でラークス少年を信じていますので、お願いしますよナー神!

 ドワーフのエンブレムを選んだ時には、覚えてなさい。ヒゲだるま達に犯されながら、あなたのことを怨嗟の炎で焼き尽くす呪いを天界に届けてやりますから。

 と、強く心で願ったらサチがブルブルと震えて、こっちを見た。

 まわりまわってサチにも届いてしまうんですのね……ちょっと加減をしておきます。というかドワーフたちが不審な顔をしてこっちを見ていますので、やめてください。疑われてしまいます。

 そんなサチの審査中のドワーフの様子ですが。


「ふむ」


 ドワーフリーダーと、その取り巻きはどうにも余裕がありますね。審査結果を堂々と待っている感じというよりは、自信過剰な様子。

 審査するのが神さまだと聞いた時は動揺していましたが、それでも落ち着きを取り戻したのかニヤニヤとしていた。

 よっぽど自信があるのかしらね。

 審査員のサチの動向よりも、わたしやパルに視線を向けてきているぐらいですし。


「パルもモテモテですわね」

「あたしは関係ないはずなんだけどなぁ……」


 ゲスな勘違いもはなはだしいですが、どうやらパルも好き放題にして良いと思っているのでしょう。

 まったく。えっちなドワーフ達ですわね。

 ドワーフの女性は種族特徴で低身長であり、若い容姿が多い。なので、普通にパルも許容範囲内に入ってしまうのでしょうか?

 師匠さんが我慢している意味ってなんなんでしょう?

 ミーニャ教授が迫害された文化とは、どういう因果があるのでしょうか?

 それとも、ドワーフだけは許されるのでしょうか?

 まったくもって、人間種は理解できませんね。


「きっと穴があれば何でもいいのでしょう。わたしもパルも、同じ形をしていますからね。同じ人間でしたら、穴が有ったら入りたい気分とでも言うのでしょうね」

「え~っと、穴、アナ、あな……アナコンダっていたよね?」

「無理しなくていいんですのよパル」


 別にわたしの言ったことも、そんなに上手いわけでもないですので。

 そんな会話をしていると、最後のエンブレムの前にサチが立ちました。

 途端にそわそわと視線が泳ぎだすラークス少年。緊張するようにギュっと拳を握りしめたり、かと思ったら後ろに手をまわしたり、視線を右往左往、空を見たり砂浜を見たり。

 あらら。

 どう考えても最後のエンブレムがラークスくんの作品ですわね。

 ふむふむ。

 遠目で見たところでは、程よい大きさで丁寧に作られているのが分かります。他の作品と違うところは、繋ぎ目、でしょうか。

 エンブレムは複雑な形をしていて、どうしても金属と金属をくっ付ける作業が必要になってくると思います。もしくは大きな金属の塊から削りだしたのかもしれませんが、ラークスくんの作品には、そういった加工の跡が丁寧に消してあった。

 シンプルながらスッキリとした作品になっています。

 悪くないんじゃないでしょうか。


「勝てそう?」


 どうやらパルも気付いたようで、こっそり聞いてきた。


「良し悪しは分かりませんが、丁寧に作られたエンブレムなのは確かですわね。あとはナー神がなにを基準に判断するのかが問題です」


 空気を読んでくれたらいいのですが……ナー神って、空気とか読まないタイプでしょうから、そのあたりは期待できませんよね。

 周囲の大神にも生意気なことを言ってるんじゃないですか?

 地上で生きる魔物の身でありながら、こっちから案じますよ、ナー神。

 素直に生きていれば良いことはあるのですから。

 たぶん。

 保障はできませんし、しませんが。

 素直に生きた結果が、いまのわたしですから。ナー神も堕天すればしあわせになれるかもしれません。

 神って堕天できますの? 天使でしたっけ?

 なんてことを考えているうちにサチは二週目の審査に入りました。

 一巡で決められることではなかったようで、もう一度見てまわりますが……止まったのは、先ほどの特別な金属で作られたエンブレムの前。

 サチからは見えないでしょうが、ドワーフリーダーたちの表情がより一層とニヤついたのが見て取れました。

 なるほど、あれはドワーフリーダーの作品でしたか。

 製造方法でも製造技術でもなく、材質で勝負とは……どうにもいけ好かない訳です。

 どうりでリンゴちゃんとバカにするわけですわね。

 その者の知識や知恵でもなく、ましてや研鑽した技術でもなく、ただただ力の弱い種族『人間』の子どもとして見ている。

 それと同じですわね。

 鍛冶の技術でも方法でもなく、『材質』で勝負するつもりとは。


「負けは無くなりましたパル。作戦の準備を」

「分かった」


 パルの視線が少しだけ動く。なにか考え事をするように視線だけを上に向けて動かし、ほっぺたを人差し指でちょこちょこと掻く。

 通達完了、とばかりにパルはフンと満足げに鼻息を鳴らした。

 可愛らしいですが、盗賊失格ですわね。

 なにかやったとバレてしまいますわよ、ホント。


「……はい、分かりました」


 合図を送っている間にサチは二巡目の審査を終えたらしく、くるりとラークス少年とドワーフたちに振り返った。

 どうやら審査結果が出たみたいです。

 本来なら神託が下った、とでも表現するべきなんでしょうが。物凄く身近にナー神を感じているせいで、相談終了、みたいな感じに思えてなりません。

 仲良し神さま、というのも問題ですわね。

 さてさて。

 わたしが呆れている間にも、ラークス少年は緊張するようにごくりと生唾を飲み込んでいます。

 ドワーフリーダー以外でエンブレムを作ってきたドワーフたちにも緊張感が漂っている。

 ただひとり、いえ、ただ一グループであるドワーフリーダー一味だけ、自信有り、余裕有り、という感じでサチを見ていた。


「……ルゥブルム。発表していい?」

「えぇ、もちろんですわ。と、その前に――」


 わたしはドワーフたちに向かって質問する。


「今のうちに聞いておきますわ。現状で、なにかイカサマや不正行為があったと思う人は言ってください」


 わたしの質問には……よろしい、誰も意見は無さそうです。

 まったく、甘いですわね。

 神は人間の心が読めるのであれば、ナー神にとっては誰がどのエンブレムを作ったのかバレバレになっているはず。

 わたし達が視線や態度を読み取るまでもなく、イカサマ可能ですのに。

 これこそ、本当にチートと言うのでしょう。

 世界の根幹とルールを崩す、ズルい行為。


「よろしいですわ。では、サチ。大神ナーが下した神託をよろしくお願いします」

「……はい」


 こくん、と静かにうなづいて。

 サチはすっと息を吸った。

 そして発表する。


「……ナーさまが選んだエンブレムは――」


 頼みますよ、ナー神。

 それこそ、わたしは祈るように。

 サチの発表を聞くのでした。

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