~流麗! エンブレム作成結果発表会~
というわけで、約束の日が来ました。
一週間。
九曜の精霊女王が司る一日をぐるりと一巡。人間的にも魔物的にも、特に影響を及ぼさない精霊にだけ影響がある日々を終えて。
ラークス少年とドワーフと約束した日が来ました。
今までのわたしの感覚でしたら短いはずの時間でしたが、それなりに長く感じたのが少し嬉しい気がします。
日々が無意味に過ぎ去っていく中、時間というものの価値がゼロに等しかったのが嘘のようですわね。
なんてシミジミと感じつつ、ナー神シンボル結果発表会の会場を設置しました。
「こんなんでいいの、ルビー?」
「えぇ、もちろんですわ」
会場に選んだのは海辺の砂浜。
そこに大きな机をひとつ置いただけ。
ふふん。
朝寝坊な神には、この程度で充分ですわ!
「……ごめん、ってナーさまが謝ってる」
「ホントに反省してます?」
「……ふへへ」
サチが笑って誤魔化すとは、もう大概ですわねナー神。せいぜい大神の中でツマハジキ者にされないことを、こっちから祈ってやりますわ。
「あとは適当に紙に書いて……と。『エンブレム発表会』でいいかしら」
リンゴ少年改め、ラークス少年とドワーフには、あくまで無意味で抽象的なエンブレムとして製作をしてもらっている。
これが神さまのエンブレムと知られると困るわけではないが、なにかしらの難癖を付けられる可能性もあるので、寸前まで隠しておいたほうが安全でしょう。
採点方法、もしくは選出基準を今さら変更されては困りますからね。
「まぁ、どっちにしろ難癖は付けられると思いますが。さて、大丈夫ですかサチ? 無理でしたらちゃんと言ってくださいね」
「……大丈夫。ありがとうルゥブルム」
「わたしのことはルビーと呼んでくださってもいいのですよ? いっしょに冒険した仲じゃないですか」
「……わかったわ、ルビー」
「ふふ。いつかサチの真名も教えてくださいね」
わたしの言葉に少しびっくりしたような表情を浮かべたサチですが、すぐに笑顔になった。
かわいらしい笑顔じゃないですか、ホント。ナー神の神官にしておくのはもったいないくらいです。血を吸って眷属にしてしまおうかしら。
「……あ、あの、ナーさまがめっちゃ怒ってるんだけど」
「冗談ですわ。たかが弱小吸血鬼の戯言を本気にするなんて、ナーさまもまだまだ人の心が分かっていませんわね。わたしを危険視するのなら、先に魔王さまを倒すことです。でも気を付けることね、サチ。神の裁きがくだされる前に、わたしはあなたを支配することができる。大好きなナーさまにも伝えておいてください」
「……はい」
理解の良い子で助かります。
サチは大人ですわね――と、そういうことですか。だからこそ、ナー神は、そのままなのかもしれません。
唯一の信者たるサチが大人になってしまった。いえ、大人にならざるを得なくなった。だからこそ反対に、ナー神は子どもでいることに固執しているのか、もしくはワザと子どもであるかのように演じているのか。
ワガママでお寝坊で、感情を隠しもせず相手にぶつける。
子どもらしい子どものフリをしているのかもしれません。
早急に信者を増やし、神格を増すという対策が出来たのが功を奏したのでしょう。
もしかしたら今ごろ、ナー神とサチの縁が切れていた可能性もありますわね。
まさに、運が良い、と神さまにはまったく似合わない言葉が似合ってしまう状況なのが、なんとも皮肉ですわね。
「さて、わたしとサチは席を外します。パル、後はお願いしますね。特にドワーフ達は丁重に扱うように。場合によっては色仕掛けも有効ですわ」
「任せて――って、いろじかけ!? あ、あたしにできるかなぁ……」
「ふふ、そのままでいけば充分に可能ですわ。なにせ師匠さんはメロメロですし」
「わ、分かった……よ、よし、ドワーフをメロメロにしてくるよ!」
パルは自分の胸をぎゅっと掴んで、うっふん、とウインクしてみせました。
えぇ。
ちょっと心配になってきましたわ。
なんでしょう……セクシーポーズのつもりなんでしょうか? それとも人間種にしか分からない最近の流行だとか? もしかしたら師匠さんの性癖なのかもしれない。
むぅ。
失敗したかしら?
いえ、まぁ、大丈夫でしょう。大丈夫と願っておきましょう。
砂にズボズボと足を取られて歩きにくそうなパルを見送って、わたしとサチは砂浜から少し離れた場所にあるカフェに入りました。
「美味しいジュースをふたつくださいな」
「は、はい! 任せてください!」
元気なウェイトレスの少女に適当に注文して席に座る。しばらく待っていると、橙色の濃いジュースがテーブルに届けられた。
「なんのジュースですの?」
「ミックスジュースです。お店で一番美味しいジュースです!」
もしかしたら少女が作ったジュースなのかもしれない。ありがとうございます、と声をかけて早速一口飲んでみた。
「あら、ホントに美味しいですね」
フルーツがたくさん入っているみたいで、それが複雑に絡まり合った甘さになっていた。尖った味はどこにもなく、全てが丸みを帯びているような甘さ、とでも表現しましょうか。
酸味のバランスも丁度良くて、スッキリと飲みやすいジュースです。
「……うん。美味しい」
サチも気に入ったみたいでなによりです。
では、改めて――
「発表会の流れを確認をしますけど、いいですか?」
サチはジュースを飲みながら、こくん、とうなづいた。
「まず、パルが会場に製作者の皆さんを案内します。そして机の上に製作したエンブレムを誰がどれを作ったのか分からないようにランダムな順番に並べて頂きます」
あくまで真剣勝負。
ラークス少年が勝つことを願っていますが、だからといってズルをしたのでは意味がありません。彼のためにもならないし、ナー神のためにも良くないと思いますので。
というわけで、誰が作ったのか分からないように机の上に並べて置いてもらう。
「そうしたらパルが呼びに来るので、サチはナー神の選んだエンブレムを指定してください。その理由も『神託』という形で伝えればドワーフ達も納得する……かもしれません」
あくまで『かも』です。
「……うん」
「もちろん、選ばれたエンブレムがドワーフリーダーの物でしたら何事も起こらないでしょう。わたしが手籠めにされてしまうだけです。あぁ、安心してください。サチにも、ナー神にも責任はありません。これはわたしが招いたことですから。ふたりは高品質なエンブレムがいきなり複数個も作ってもらえてラッキー、と両手をあげて喜んでいてください」
「……ラッキー」
サチは両手をあげて無表情に喜んだ。
きっと、天界ではナー神がサチの代わりに小躍りしていることでしょう。
「……正解」
正解してしまいました。
ホントに小躍りしてるんですね、ナー神。
「これでも吸血鬼ですので、夜にはどうにか出来るでしょう。元より、どんなハードプレイでも耐えられてしまうのが問題とも言えますが。もっとも、それは最悪のパターンです」
こくん、とサチはうなづいた。
「最良のパターンはラークス少年のエンブレムを選んだことにより、ドワーフたちが敗北を認めて改心し、今後はマジメに鍛冶研究に取り組むことになる。……なんて物語は今どき絵本でしか読めませんわね」
学園都市に来てから、学園長の部屋にあった絵本をいくつか読みましたが。基本的には子ども、というよりも赤ちゃんに勧善懲悪を教えるもの。
吸血鬼のわたしが言うのもなんですが、優しい世界の本ばかりでした。
しかし、現実は違っているということをすぐに思い知るでしょう。
冬の備えをしなかったキリギリスは、アリに恵まれることなく凍死してしまうのです。おばあさんのお見舞いに行った少女はオオカミに食べられてしまいますし、魔法で綺麗なドレスを出してもらった少女は、ガラスの靴を踏み抜いて足をズタズタに切り裂いてしまい、それが元になって死んでしまうのです。
それが世界の真実。
悲しいですが、それは人間種も魔物も変わりありません。
そういう意味では、魔物ってなんなのでしょうね? どういう理由で人間を襲っているのでしょうか?
はっきりと魔王さまに教えてもらうべきでした。
なんとなくそういうもの、として襲っていたような気がします。
まぁ、今はそれよりも発表会の段取りです。
「ドワーフリーダー以外の作品が選ばれた場合、恐らく難癖が付けられるでしょう。もちろん暴力で解決するのはアリですが、そうなってはラークス少年が責任を感じてしまうかもしれません。後からわたし達ではなくラークス少年が報復されるというパターンもあります。ので」
「……ので」
「別の暴力を使います。というわけで、サチは進行役をお願いしますね。状況によってはサチが暴れてください。優しくしてくれるとは思いますけど、そこは演技で乗り切りましょう。危なかったら、わたしが代わりに殴られておきますので安心してください。鼻血くらい出せばドワーフもビビるでしょうし、砂に埋められる覚悟はできていますわ」
「……そこまでやらなくても」
「まぁ、それくらいの覚悟がある、ということです」
確認が終えましたので、わたしとサチは再びジュースを飲む。美味しいのでおかわりをしたい気もしますが、そこは我慢しましょう。
あとは窓から見える砂浜と波を見てゆっくりと時間を過ごしました。
不思議ですわね。
魔王領にいたころは、のんびりと時間を過ごすなんて行為に耐えられませんでしたのに。
今では無為に無駄に波が押し寄せて引いていく様子をいくらでも眺めていられる気分です。
退屈なはずなのに。
退屈を感じない。
いったいわたしの心にどんな変化が起きたのか。
師匠さんに見てもらいたいぐらいです。
「あ、ズルい! ふたりでジュース飲んでる!」
……穏やかな時間が食いしん坊によって破壊されました。というか食い意地だけでなく『飲み意地』まであるんですのね、パル。
「よろしかったらお客様、お持ち帰りようがありますよ。学園で新開発された紙のコップです」
「え、なにそれ凄い。じゃ、あたしお持ち帰りで!」
「ありがとうございます!」
ウェイトレスさん、商売根性がたくましいですわね。やっぱり自分で開発したジュースなんでしょうか。
というわけで、わたしが三人分のジュース代……銀貨三枚の3アルジェンティとお持ち帰りの紙コップ代金である200アイリスを払いました。
美味しかったけど、高かった……
「んふふ~」
まぁ、パルがご機嫌になったので良しとしましょう。
というわけで、砂浜に設置されたエンブレム発表会場に移動しました。
机の上には6つのエンブレムが並んでおり、その後ろにはドワーフたちが程よく分散して立っている。
ふむふむ。
どうやらドワーフリーダーから謀反を起こした者は4人いるわけですね。もう少し多ければ面白いことになっていたでしょうが、まぁ仕方がありませんね。
4人でも多いほうなのですから。
ラークス少年もいますが、ちょっと自信が無さそう。
しっかりしてくださいませ。
あなたの作品次第では、わたしは今日これからドワーフたちの慰み者になってしまいます。性奴隷というやつでしょうか。少し心がときめきますわね。
もちろん師匠さんに助けてもらう前程ですけど。
あぁ、汚されてしまいました。この穢れを払うために、師匠さんお願いです。思い出をください。わたしの記憶を上書きしてくださいませ!
ふひひひひひ、なんちゃって!
「ルビー、どうしたの? なんか問題でもあった?」
「おっと」
こほん、と咳払いをしておく。
顔に出てなくて良かった。危ないところでした。ギリギリセーフ。セーフってなんでしたっけ? まぁいいですわ。
「それでは、今からエンブレムの優勝者を決めたいと思います。パルから説明があったと思いますが、決めるのはわたしではなく、こちらのサチにお願いしております。不公平が無いように、わたしもサチも机に置く場面は見ていません。更に加えるなら、本当の意味での選定者も見ていませんわ」
ここでようやくネタばらし。
「サチは神官です。そして、作って頂いたエンブレムは大神ナーの聖印です。つまり、今回のエンブレムの良し悪しを決めるのは人間種ではなく、神ですわ」
ふふ。
そう、その顔。
その顔が見たかった。
驚きと想定外と、いろいろな感情が入り交じったその表情。
あぁ!
あぁ、いい気味ですわ!
鍛冶のなんたるかを分かっていない素人相手だと思っていたドワーフたちの顔がみるみる強張っていくのは、爽快ですわね。
まったく。
審査員を見くびっていた証拠ですわ。
「さぁ、審査を始めましょう」
お願いしますね、ナー神さま。
できればラークス少年のエンブレムを選んでいただけることを、こっそりと祈っておきます。
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