~可憐! あたしの考えた最ッ強のメニュー~
「こちらが新料理研究会の屋外厨房です!」
と、クララスさんが案内してくれたのは学園校舎の近くにある空き地のような場所だった。
もちろん空き地じゃなくて、新料理研究会が持ってる土地なんだろうけど。
学園校舎の近くにあるってことは、もうすぐ校舎に飲み込まれてしまうのかもしれない。師匠が前に来た時より大きくなってるって言ってたし。
そのうち、屋外厨房じゃなくて屋内厨房に変わっちゃいそう。
なんて思いながらも、何人か料理をしている厨房という名の野営場所にあたし達はおじゃますることになった。
適当な感じの柱と屋根だけ建物? 建物って言っていいのかどうか分かんないけど、そんなのがあって、その近くに井戸があり、それが洗い場につながるように流しになっていた。
立派な石窯には煌々と火が灯っていて、いつでも料理ができるようになっているみたい。同じように真っ赤に燃えた炭がパチパチと爆ぜてる網や鉄板も用意されていて、いつでも料理できる態勢が整っていた。
そんな場所が何か所かあって、油でじゅわじゅわとからあげを揚げている美味しそうな音が響いていた。
うん。
美味しそうな見た目とかニオイじゃなくて、音!
「パル、よだれ出てるぞ」
「うじゅる。すいません」
サーベルボアと全力で戦ったのとか、学園都市まで走って帰ってきたのとかが重なって、すっかり忘れていたけど。
「お腹すいた」
ぺこぺこだった。
お昼は魚だったので、早くお肉が食べたいです!
「あはは、では早速サーベルボアの肉を使って何か作りますね」
クララスさんはまな板の上にどっかりとブロック肉を置いて包丁を構える。まるで歴戦の戦士のようにキラリと輝く包丁のなんとステキな貫禄なんだろう!
わぁ~、楽しみだなぁ~。
クララスさん、いったい何を作ってくれるんだろう?
わくわく、わくわく~。
「ステーキかなぁ、カツサンドかなぁ、それとも食べたことない料理かなぁ」
楽しみ~楽しみぃ~!
と、思ってたんだけど……
「あれ?」
クララスさんが包丁を持ったまま動かなくなってしまった。
「なんでしょう。なにか問題でもあったのでしょうか?」
ルビーも首を傾げている。
「どうしたの、クララスさん」
「パ、パルヴァスさま」
「うん」
「迷いが……て、手が、動きません……」
「えっ!?」
どういうこと!?
「ふむ、聞いたことがある」
「知ってるんですか、師匠!?」
師匠は腕を組みながら思い出すように答えた。
「悪い意味での緊張感や、トラウマ、恐れ、それらが重なったとき、思うように身体が動かなくなることがある。簡単な話、高レベルの冒険者であっても、ただのナイフで刺されれてしまって仲間に多大なる迷惑をかけてしまった。その結果、ゴブリンの持っているナイフを見ただけで足がすくんで動けなくなる。そういうことが稀にあるらしい」
「じゃ、じゃあ……クララスさんも、トラウマ?」
サチの質問に、師匠は少しだけ首を傾げる。
「トラウマではなく、期待感を背負い過ぎてるんじゃないかな。新料理研究会、と名乗るからには新しい料理を出さないといけないプレッシャーがある。特にパルのキラキラした期待は、クララスにとって毒なんだろう」
「えー、あたし毒なんですか!?」
「なんでも美味しいって食べてくれるのは、ちょっとした嫌がらせだぞ」
そう言って師匠は頭を撫でてくれた。
褒めてくれているのか、注意されているのか……ちょっと分かんない。
「美味しいって言っちゃダメなんですか? あたしは美味しいって思うんですけど」
「砂でもか?」
師匠の言葉に、あたしは首を横に振った。
泥水は飲んだことあるけど、さすがに砂は食べたことがない。たぶん、じゃりじゃりで美味しくないと思う。
「サンドイッチのサンドは、挟むっていう意味の他に『砂を挟んでも美味しい』っていう意味もある。なんてことを聞いたことがあるが……さすがに砂のサンドイッチを出されて、美味しいっていうのは失礼だと思わないかい?」
「作ってくれた人に、ってことですよね」
そうだ、と師匠はうなづいた。
「別に悪いことじゃない。だがクララスには、それが捻じれて妙なプレッシャーになってしまったんだろう。もともと悩んでいたということもある。なまじ、パルとルビーが死に物狂いで戦ってたところを見たせいでもある。クララスにとって、いま目の前にあるのはただの肉の塊じゃなく、特別な物になってしまったんだろうさ」
「確かに苦労しましたわ。吸血鬼でなければ死んでましたし」
ルビーは笑ってるけど、笑いごとじゃないよね、たぶん。
牙で突きあげられて頭から地面に落ちてたし。ホントに死んでたと思う。うん。
「ど、どどどど、どうしましょう」
そんな師匠の話を聞いても、クララスさんは包丁を持ったままプルプルと震えていた。
「別に新しい料理じゃなくてもいいですよ、クララスさん。普通のステーキでも美味しそうだし」
「パルヴァスさま。ステーキってめちゃくちゃ難しいんですよ……」
「え、焼くだけじゃないの?」
「単純に焼くだけですと、肉汁が全て出てしまってパサパサになります」
「そうなんだ! でもパサパサでも美味しそうな気がする……」
想像しただけで、うじゅる、とよだれが出てきた。
隣で、ダメだこりゃ、と師匠が目を覆って天を仰いでるけど……だってだって、本当に美味しそうなんだもん!
「じゃ、じゃぁあたしが料理する!」
「そんな! いけませんパルヴァスさま! せっかく今日という一日を共に過ごさせて頂いたのです! 私に! 私に作らせてください!」
クララスさんは包丁を持ったままわたしの手を握ろうとしたので、思わず逃げてしまった。
「どうして、どうして逃げるのですぅ、パルヴァスさまぁ!」
「包丁ほうちょう! 危ないよぅ!」
「……そこまでの意気込みがあるのに、どうして動かないのかしら」
サチの言葉も理解できるけど――
クララスさん、相当に混乱してるっぽい。
「ねぇねぇ。だったら、あたしが考えた料理作ってよクララスさん。一度、食べてみたかった物があるんだ」
「パルヴァスさま考案の料理! ぜ、ぜひ! ぜひ作りましょう!」
あ、復活した。
クララスさんの震えながら持っていた包丁がピタリと止まる。正直、めちゃくちゃ怖かったんだけど、止まったのなら大丈夫そう?
とりあえず本人が意識しないウチに料理を始めちゃおう!
「パル」
「はい、師匠!」
「手は洗えよ」
「はーい」
というわけで、井戸の水でじゃぶじゃぶ手を洗ってから、クララスさんといっしょに料理を始める。
まぁ、あたしは命令するだけ、だけどね。
「まずはサーベルボアのお肉をサンドイッチのパンくらいの大きさに二枚、切ります」
「はい」
さっきまで震えて切れなかったクララスさんがテキパキとお肉を切っていく。ひとり二枚のちょっと分厚いお肉がドドンと並んだ。
「いい感じに焼きます」
「分かりました、いい感じですね!」
分かるんだ……と、師匠とルビーとサチがツッコミを入れた気がしたけど無視します。
「焼けたら、そのお肉をベーコンで巻いていって、カリカリになるまで焼きます」
「薄くスライスしたベーコンですね、了解です」
クララスさんはダッシュで貯蔵庫からベーコンを取り出すと、あちちち、と言いつつお肉にベーコンを巻いていく。
ここはあたしでも手伝えそうなので、いっしょにベーコンを巻いて鉄板の上に並べた。
「なんか嫌な予感がしてきましたわ」
「俺もだ」
「……はい」
なんか見学している人がいろいろ言ってくるけど、忙しいので何にも聞こえない。
うん。
ぜんぜん聞こえない。
「ベーコンがカリカリに焼けたら、からあげをもらってきて、お肉で挟みます!」
「はい!」
新料理研究会の人がひたすらからあげを揚げているので、クララスさんといっしょにちょっともらってきた。
で、それをお肉とお肉で挟む。
「完成!」
「完成ですか、パルヴァスさま!」
「うん! これぞあたしが死ぬまでに食べてみたかった料理!」
その名も――
「肉サンドイッチ!」
「馬鹿だろ」
「馬鹿ですわ」
「……馬鹿ね」
「あれー!?」
おおむね、不評だった!?
「美味しそうだと思うんだけどなぁ……」
「いや、めちゃくちゃ美味そうではあるんだが。なんだろう。俺にはちょっとキツイ。冒険者は喜んで喰うんじゃないか?」
「わたしも美味しそうとは思いますが、なんでしょう……乙女的に食べるのが少し恥ずかしいような気がします」
「……バカっぽい」
う~。
サチが一番シンラツな気がするぅ~。
「とりあえず食べましょう。冷めたら味が落ちる気がしますので」
クララスさんは否定するわけでもなく、むしろ食べてみたい感が出てる。さすが新料理研究会の人。話が分かる~ぅ。
「いただきまーす!」
というわけで、みんなで肉サンドイッチを食べました。
「まぁ、美味しいよな」
「美味しいですわね」
「……最初だけ」
やっぱりサチが一番シンラツじゃない!?
でもまぁ――
「にへへへへ、お肉だお肉~。美味しい~!」
どこを食べてもお肉!
カリカリのベーコンが食感が良くて、それを噛みちぎると分厚いステーキ肉があり、それといっしょに中のからあげを噛むと、じゅわっと油が溢れてくるように肉の味が口の中にいろいろ広がる。
あつい内にガツガツと食べる超ボリューミィな新料理!
あたし的には大大大満足なお肉サンドイッチでした。
「けぷ。うぐぐ、師匠~、おんぶ~」
「おまえ、また食べ過ぎて……ルビーとサチの分まで喰うからだぞ」
「の、残すのもったいないし」
「しょうがないなぁ、まったく。マグは使ってないだろうな」
「使ってたら吐いてます」
「ぜったい吐くなよ!」
というわけで、師匠におんぶしてもらって宿まで帰りました。
冒険者の一日。
のんびりみんなでハイキングしたみたいで、楽しかったです!
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