~可憐! 商業ギルドで買い取り査定~

 商業ギルド。

 あたしの人生では、ぜんぜん関係しないから絶対に行かない場所と思ってた。

 商人になんか慣れるわけないし、子どもが近寄ったら怒られる場所、みたいなイメージがある。

 それでなくても、あたしは路地裏で生きてたので商人からはコボルトとかゴブリンを見るような目で見られていた。

 でも、それはそのまま正解だった。

 商業ギルドは夜だというのに、人がたくさん働いていて、なんかお金とか商品とかを持った商人がそれなりに残ってる。

 なにかを売りに来たのか、それとも買いに来たのか。

 それは分からないけど、あたし達の姿を見ると不機嫌と不可解な感情がこもった視線がチラリと向けられる。

 場違い、という視線なのかな。

 それとも詐欺とか強盗とかを警戒してるような視線なのかもしれない。

 路地裏で生きていた時に向けられていた視線と同じ雰囲気がして、ちょっと落ち着かない。

 そんな視線ばっかりだけど、中には不快じゃない視線も混ざってる。

 好意……ではなくて、好機かな。野生動物が獲物を見つけた時に見せる視線に似ている。

 ちらりと視線の主を見てみれば途端に外される視線。

 盗賊の中でも、あまり仲良くなれそうにないタイプだと思う。


「……むぅ」

「気付いたか、パル」

「詐欺師の視線です。あたし、騙されやすそうですか?」


 師匠が、くくく、と忍び笑いをしながら頭を撫でてくれた。

 褒められてるんだけど、否定はされない。

 つまり、あたしって騙されやすそうに見えるんだ。

 ちなみに師匠には、なんだあいつ、みたいな視線がいっぱい刺さってる。女の子ばっかりの中にひとりだけ男だからかな。

 師匠のモテモテハーレムパーティ。みたいな感じで見られてるっぽい。


「ふひひ」


 なのでルビーが調子にのって師匠の腕に自分の腕を絡ませた。


「む」


 ズルい!

 ということであたしも師匠の腕に絡ませる……んだけど、身長差があるせいで、なんかあんまりそれっぽく見えない……

 ルビーはギリギリ恋人っぽく見えるけど、あたしはなんか親子っぽい気がする!

 あたしとルビーに、ここまでの差があるとは!


「勝ちましたわ」

「負けてないよぅ」


 と、吸血鬼とにらみ合っているとギルドマスターのドカティさんが両手にお肉の塊を持って戻ってきた。

 相当急いでたのか、汗が湯気みたいに背中から漂っている。

 なんか強そう。


「ふいー、待たせたなクララス。良い部位を持ってきたぞ」

「こ、これは素晴らしい……!」


 お肉の良し悪しは分からないけど、ピンク色と白色の層になっている断面を見て、クララスさんはわなわなと震えながらお肉を受け取った。


「お、重い!?」


 ドカティさんは軽々と持ってたけど、クララスさんにとっては重すぎたみたい。膝から崩れそうになるのをドカティさんがサッと支えた。


「わたしが持ちますわ」


 見かねてルビーがお肉の塊を受け取る。

 ひょい、とドカティさんよりも軽々と持ち上げるのは、ちょっと異様な光景なので。お肉の大きさもあってか、周囲の商人たちがザワザワとルビーを見ている。


「美人なだけでなく力持ちか。ますます嫁に欲しくなった」

「わたし、浮気する人は嫌いですわ。一途なタイプが好きですの」

「くあぁ~、そいつは残念だ。俺は今の妻にゾッコンだからな。一途は一途だが、美人なお嬢ちゃんには届かないか。そっちの金髪の嬢ちゃんはどうだい?」

「あたしはお肉に一途です!」


 素晴らしい! と、ドカティさんはゲラゲラと笑った。

 ホントは師匠が一番ですよ! と、視線で師匠に訴えておく。分かってる、と師匠は苦笑してあたしを見てくれた。

 通じ合ってる。あたしと師匠、ちゃんと通じ合ってる!


「こんな大きいお肉は初めて見た。いっぱい食べられるよね」

「がはははは、そりゃこんなデケぇサーベルボアの肉は滅多に見ねぇからな。牛だってここまで大きくならねぇよ。森の主だったかもしれねぇな、こいつは」

「森のヌシ?」


 あたしは思わず聞いてしまった。


「動物ってのは、自分の縄張りを持ってるヤツが多い。いわゆる活動範囲だな。こんだけデケぇってことは相当に縄張りが広く、めちゃくちゃ強い。森の王様ってところだろ」

「そうなんだ。森の王様を殺しちゃったけど……いいの?」


 あたしは、もしかしてとんでもないことをしちゃったんじゃないか、と師匠を見た。


「無闇に殺したのでは悪い。だが、しっかりと命は頂く。それで問題はない。むしろ異常な個体を間引くことによって健全化する、とも考えられる。森の王様のせいでビクビクとして生きていた他の動物が、これからは普通に生きていけるんだ。悪いことじゃないだろ?」

「なるほど。悪い王様だったんですね」

「う、う~ん……?」


 あたしの一言に、師匠だけでなくみんなが首を傾げてしまった。


「あれ? なんか間違ってました?」

「……合っているような、違うような」


 サチも珍しく困っている感じで言ってくる。ちなみにミーニャ先生は商業ギルドに寄らず、学園長に報告すると言って、なんか笑いながら馬車に乗り込んで帰ってるので、この場にはいない。

 神さまの意見もちょっと聞きたかったかも。


「あのサーベルボア、ギルドで全買い取りでいいのかい、美人の嬢ちゃん?」


 結論は出そうにないのでドカティさんが話題を変えた。


「はい、全て買い取ってください。こちらの薬草もお願いしますわ」

「その場合、商業ギルドに所属していないってことで、ちょっとばかし安くなっちまうが……問題ないか」

「問題ありません。でも、色を付けてくれると嬉しいですわ」

「色っぽいお誘いだが、残念。ヒイキしたとあっちゃぁ他の美人に怒られちまう。もうちょっと嬢ちゃんがデカけりゃ心が動いたかもしれねぇな」

「あら、どこが大きいといいんですの?」

「財布だな」


 ルビーは肩をすくめた。


「わたしの負けですわ。次があるのなら、大き目の財布を用意することにしましょう」


 そんなルビーを見てドカティさんはドカドカと満足そうにギルドの奥へ歩いて行った。さすがドカティって名前だけある。うん。


「ちょっと思ったんだが、ルビー」

「なんですの、師匠さん」

「コミュニケーション能力、高いんだな」

「うふふ。これでも領主ですので。仕事を部下に任せて、領民とお話するのが好きでした。まぁ、それも飽きてしまったのですが」


 だって遠慮して本音が聞けないんですもん、とルビー。

 確かに貴族とか王様に冗談なんか言われても上手く返せる気がしないなぁ。あとルビーは吸血鬼だったので、会話に失敗したりすると殺されそう。

 そういう意味では、会話するだけで楽しそうっていうルビーの姿は分かる気がする。


「うらやましい話だな」

「あら、師匠さんも普通に話ができているのでは? 特に問題がない気がしますが……」

「まぁな。だが失敗した……いや、なんでもない」


 師匠は苦笑しつつ、話をごまかした。

 それは、師匠がジックス街に帰ってくる前の話だと思う。でも、師匠が話したくないんだったら、きっと聞かないほうがいい。

 あたしも、孤児院にいた時の話はしたくないし。


「ほれ、美人の嬢ちゃん。今回の買い取りの合計だ。端数は切り上げといたぜ」


 こっちにドカドカと歩いてくるのが面倒なのか、ドカティさんは受付カウンターの奥からルビーに向かってコインを二枚投げてきた。


「あら、たったの二枚です……の……えぇ……?」


 飛んでくる二枚の硬貨。

 あたしも、まさかとは思いつつルビーの手のひらを覗き込む。

 そこにあったのは金貨一枚と分厚い銀貨一枚。

 1アイリスと100アルジェンティ。


「こ、ここ、こんなに!?」


 あたしが驚いていると、クララスさんが覗き込んできた。


「あ~、こんなものですよ。良品種の牛を一頭まるまる買うと、だいたいこんな物です。あとはサーベルボアの牙が武器に加工できるので、それなりに価値があるのと、薬草はオマケ程度のものですね。妥当な金額です」


 特に驚きもせずクララスさんはそう言った。


「ま、まぁ滅多に狩れる部類の大きさじゃないしな。運が良かったんだろう……あ、ナーさまのお礼だったか」


 師匠もちょっとビビってるので、やっぱり予想外の値段だったんだなぁ。

 というか、ありがとうナーさま。

 あたしがルビーに借したお金が一瞬で戻ってきました。

 ちょっと借金があるってことでルビーに大きい顔ができる、なんて思ってましたけど。計画が丸つぶれです。

 でもありがとう、ナーさま。


「ちょっと両替してもらいますね。パルにお金を返しますので。しばらく借金生活と思ってましたので、なんか驚きですわ。身体を売るネタで師匠さんをイジろうと思ってましたのに」

「なんかポロっと聞こえたぞ吸血鬼」

「なんでもありませんわ、師匠さん。うふふ」


 ルビーの計画も丸つぶれになったみたいなので、ナイスですナーさま!


「……ナーさまが調子に乗るので、それ以上はやめてパルヴァス」

「え、あ、はい」


 サチはナーさまのお母さんなんだろうか。

 でもやっぱり、あたしが思ってる事とか考えてる事がナーさまに伝わるんだなぁ。こういうのも信仰の力に加わってたらいいんだけど。

 でも、世界中の子どもの笑顔が祈りになってるんだから、今さらって感じもする。


「はい、パル。お借りしていたお金です」

「ちょっと多いよ? このくらいの計算もできないの、吸血鬼?」

「借りた恩を上乗せしただけですわ、貧乳」

「ひどくない!?」

「ケンカを売ってきたのはそっちですわ、ちんちくりん」

「ぐぬぬ……師匠~、ルビーがいじめるぅ~」


 と、あたしは猫なで声を出して師匠に抱き着いた。


「おいおい」


 師匠はちょっと困った顔をするけど、あたしを引き剥がさないし、ちょっと嬉しそう。

 ふははは。

 あたしの勝ちだ!


「や、やりますわね小娘が」

「えへへ~」


 そんなあたし達を見て、師匠がなにかを思いついたみたい。


「ふむ。ルビー」

「なんですか、師匠さん」

「わらわを愚弄するとは人間風情が、と言ってくれ」

「わらわを愚弄するとは、この人間風情が!」

「おぉ~」


 喜んだのは師匠だけでした。

 やっぱりちょっと、このルビーになんか皇族言葉っぽいのを言わせるのだけは。

 良く分かんないです、師匠!

 レベル高いッス!

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