~流麗! 夜は無敵の吸血姫さま~
サーベルボアをなんとか狩猟し、休憩している間にサチとナー神がもう一度ポーションを作っていました。
「……残ってた瓶の方にいれておくね」
「わーいありがとう、サチ。あとナーさま」
ポーションを使う原因になったのはナー神なんですけどね。
それを忘れているのか、パルは両手をあげてポーションを受け取った。
こういう可愛い態度を取っているほうが神も油断するのでしょうか。まぁ、この心の声も聞こえている可能性が高いので、なんとも言えませんが。
そもそも地上に住む者の声が聞こえるどころか心の声まで聞こえるとなると、天界は非常にやかましく、うるさいのでは?
「まぁ、知ったことではないですけど」
わたしはそう言って、立ち上がる。
休憩している間にすっかりと日が落ち、夜がやってきた。
冒険者としては、野営の準備もできていませんし、帰るにしても遅い時間。つまり、致命的なミスを犯していますが、それはあくまで普通の冒険者の話。
そう、夜です。
憎き太陽は地平線の彼方に沈み、愛すべき月が顔を見せました。
光と太陽の精霊たちは姿を消し、月と闇の精霊たちが活動を開始します。
そう。
つまり、わたしの時間がやってきました。
「ふふふ。今ならはぐれゴブリンどころかサーベルボアも一撃で殺せますわ。魔王さますら倒せそうな気分です」
「ほんと?」
「ごめんなさいパル。調子に乗りました」
意地悪で言ってきたのではなく、ホントにそうなのかどうか純粋に質問してきたパルの視線が痛かった。
魔王さまに勝てるんでしたら、四天王なんかやってません。
きっと別の魔王になっていたでしょう。
それはそれは退屈で面倒だったに違いないので、やっぱり魔王さまより弱くて、四天王程度に納まっているのが一番良かったと思います。
まぁ、四天王としての仕事をとっくの昔に部下に任せきりで、あまつさえ放棄してしまいましたので今更な感じではありますけど。
「よし! 二回目の粉ができたぞサっちん。ナー神粉だ。ナーシンコと名付けようと思うけど、どうかな?」
「……ナーさまの汁の粉で、ナーシルコはダメですか?」
「シルコか。おしるこ、というとなにやら良い語感があるね。では、ナー・シルコと仮称しておこう。では、次のポーションを……あれぇ!?」
ミーニャ教授は驚いたように周囲を見渡した。
「いつの間に夜になっていたんだ?」
視野狭窄もいいところですわね。
お鍋の中身に夢中になって、周囲が見えてなかったミーニャ教授。学園都市の人間を見ていて思いますが、人間種ってわりと夢中になると愚かになる者が多くありません?
賢者と呼ばれているハイ・エルフもそうですけど。
新しい発見というのは、人をこうも愚者に変えてしまうのでしょうか。
天才とバカは紙一重。
どこかで聞いたこの言葉は、真実のようですわね。
「さっき日が沈みましたよ。そろそろ帰りませんか?」
クララスは心配するように周囲を警戒していますが、これが正しい反応ですよね。
闇夜は人間種が恐れるもの。
だからこそ魔物が闇の中から生まれて、人を襲う。
そういう呪いが蔓延しているのですから、クララスがおっかなびっくりと森の闇を見渡すのは滑稽でもマヌケでもなく、ましてや弱い者の証明でもありません。
生存する意思のある者。
人間種として正しい姿です。
どちらかというと、ミーニャ教授が間違っている。こういう人間が、まっさきに魔物に殺されて頭から食べられてしまうんでしょうね。
「心配しなくても大丈夫ですわ、クララス。ここからはわたしに任せてください」
そう言うと、わたしは影から大型のオオカミを三匹、眷属として顕現させる。闇夜に溶ける黒いケモノではなく、ワザと月夜に栄える銀色オオカミにしておいた。
「お~、でっかい犬だ。名前とかあるの?」
驚くサチとクララスですが、パルはオオカミに近づいて頭を撫でた。
物怖じしない子ですわね、まったく。
「犬ではなくオオカミです。名前はありませんわ。オオカミではなくサーベルボアでも可能ですが、顕現しなれているオオカミを選びました。サチとクララスとミーニャ教授は乗ってくださいな。学園都市まで走って帰りましょう」
「あたしは?」
「走りなさい。修行ですわ」
「えー!?」
「ほら、わたしはサーベルボアを持ち上げて走りますので文句を言わない。置いていきますわよ」
よいしょ、とわたしはサーベルボアを持ち上げる。
ケモノ臭いですが、まぁ我慢しておきましょう。オオカミの上に三人がまたがったのを確認すると、わたしはトコトコと走り始めました。
「これくらいなら付いてこれるでしょ、パル」
「はーい」
不満そうですわね。
まずは川沿いにそって橋を目指し、橋に到着すると学園都市に向かって街道を進む。もうすっかりと日が落ちていることもあって街道に人も馬車の姿もなかった。
もちろん普段から人の気配があるので魔物の姿も見当たらない。こんな堂々とサーベルボアを持ち上げながら走っても悪目立ちする心配はないでしょう。
「あはは、これはいい。夜風が気持ちいいね。夜にこんなスピードで走ると気分がいいのは大発見だ。これは神も知らない真実だよね」
「……楽ちん」
「あわわわ、はや、速い、速いですよね、これ」
眷属の上の三人は、まぁ大丈夫でしょう。
「ひー、ひー。つーかーれーたー。ルビー、乗っけてよぉ」
わたしの隣を走りながらパルが弱音を吐いてくる。
「ヘトヘトになっていたほうが師匠さんは褒めてくれると思いますわ」
「う……も、もうちょっとだけ頑張る」
「その意気です」
走りながらしゃべる元気がある時点で、まだまだ大丈夫だということを分かっていないようですわね。
しばらく走り続け、そろそろ学園都市の明かりも大きくなってきたなぁという頃合いでストップし、ここから先はサーベルボアを引っ張っていくことにしました。
さすがに街中で吸血鬼の振る舞いをするには悪手ですし、師匠さんといっしょに街中を歩けなくなるのは不本意です。
「基本的にはわたしが引っ張りますので、皆さんは引っ張ってるフリをしてください。パル、最後の仕事です。魔力糸を出してくださいな」
「ひぃ、ひぃ、と、盗賊使いが、荒い、よ~」
ひとりだけ疲れ果てているパルには申し訳ありませんが、魔力糸を顕現してもらって、それを適当にサーベルボアに巻きつけた。
そのままずりずりと引っ張った状態で学園都市に向かって歩いていく。程なくして舗装してある道はレンガ敷きへと変わり、学園都市の敷地内まで戻ってきた。
「クララス、商業ギルドはどっちですの?」
「あっちです。案内します」
とりあえずサーベルボアを売りませんとね。
大通りをズリズリと引っ張っていき、クララスの案内のもと商業ギルドへと移動しました。
さすがにこんな大物を引きずっていれば嫌でも目立つもの。昼夜を問わずお祭り騒ぎな学園都市であるせいか、余計に人目を引いてしまっているようですね。
「こいつは大物だな。嬢ちゃん達は冒険者か?」
と、声をかけてくるドワーフの男。
一瞬、恰幅の良い人間かとも思いましたが、どうやら高身長なドワーフらしく、立派なヒゲを掴みながら声をかけてきた。
「えぇ、そうですわ。商業ギルドの方かしら?」
「おぅ。商業ギルドのマスターをやってるドカティ・ボードだ。仕事が終わって帰ろうと思ったんだが、それどころじゃ無さそうだな」
「手伝っていただけます? 女の子に重い荷物を持たせるなんて、紳士たるドワーフの振る舞いとは思えませんわ。ほら、この子なんて汗びっしょり」
と、パルを示しておきました。
ちなみに他の三人は汗ひとつかいてませんけど。
「おっと、こいつは失礼した、美しいお嬢さん。むさい男たちで良ければ手伝わせるぜ」
「働く男はステキですわよ?」
「かかかか! 俺に嫁がいなけりゃ今すぐ結婚を申し込んでいたところだ」
そう言ってギルドマスターはドカドカとドワーフらしく、走っていきました。ドカティという名前は、この走り方から由来したのでしょうかね。
まぁ、ドワーフってみんな走るのが苦手ですので、偶然でしょうけど。
「ひぃ~、も、もう休んでもいい?」
と、ここでパルが音をあげて座り込んでしまいました。
「お疲れさま。頑張ったな、パル」
「えへへ~、師匠に褒めてもらっ――うわぁ!?」
……いつの間にか師匠さんがパルの隣に立ってて、パルの頭を撫でていました。
吸血鬼たるわたしの能力がフルで活かされている状態で気付かないとは……師匠さんは本気で気配を隠していたようですわね。
やはり師匠さんは恐ろしいほどの盗賊スキルをお持ちのようで。
おいそれと貞操を奪うのは難しそうです。どうすれば師匠さんに気付かれず夜這いをすることが出来るのか。
そんなことを考えていると、大通りを屈強な男たちがこちらへ向かって来ました。もちろん先頭には商業ギルドマスターのドカティがいて、ドカドカと走ってくる。
「おっしゃいくぜー!」
「おー!」
と、男たちは軽々とサーベルボアを持ち上げると、そのまま走って運んでいく。師匠さんのスマートな肉体もステキですが、屈強な男たちの盛り上がる筋肉もステキですわね。
「よし、勘定はギルドでやるんで付いてきてくれ。代表は……おっと、クララスもいるのか」
「あ、はい。お世話になっています」
「クララスがいるんなら話が早ぇ。あのアホみたいにデカいサーベルボア、どっか欲しい部位はあるか? それ以外は全部売っちまうつもりでいいかい?」
「では、背中の後ろの美味しいところを少し頂けたら……いいですか?」
ちらりとこちらを見るクララス。
「もちろん問題ありませんわ。夕飯にふるまってくれるのでしょ?」
「はい、そのつもりです」
「お肉!」
パルが復活しました。
師匠さんよりも肉を選びそうで怖い反応ですわね。
「ははは、了解だ。時間が少し掛かっちまうが、ギルドで待っててくれ」
「早く、早くお願いします、ドカティさん!」
「任せとけ、ちっちぇ嬢ちゃん!」
そう言ってドカティは再びドカドカと走り出した。
楽しそうですわね。
というわけで、わたし達は商業ギルドに向かうことになりました。
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