~流麗! 美少女と野獣の戦い~
がちん、と頭の中に響く音。
一瞬の浮遊感と共に視界がぐるりと縦にまわって、空と森の木が一瞬見えたと思ったら、地面に着地していました。
これを反射神経と言うのでしょうか。
それとも、日頃の行いが良く、ナー神の加護があったのでしょうか。
あごが割れそうなほど痛みと歯が欠けちゃいそうな衝撃が襲ってくる中で、わたしは立ち上がり大きくハンマーを振り上げた。
「乙女の、渾身の一撃ですわぁ!」
背中に張り付くパルを落とさんとばかりに暴れているサーベルボアに向かって、わたしは思いっきりハンマーを振り下ろした。
「ぴぎゅ!?」
という悲鳴と共に、ハンマーから手に伝わる確かな手応え。いくら巨大な動物と言えども、頭をハンマーで殴られて無事な生物はいない。
フラフラとよろめくと、サーベルボアは地面倒れた。ズズン、と巨体が地面を揺らすのは迫力がありますわね。
「おー! やったねルビー!」
「ざっとこんなもんですわ」
「思いっきり蹴られたくせに……」
「結果オーライです」
パルは着地しながら苦笑する。
サーベルボアの背中に刺さったダガーを引き抜くと、勢いよく振って付着した血と脂を飛ばした。
「うへぇ、ベトベト……でもどうして抜けなかったんだろう」
「背骨に引っかかっていた、とかじゃないんですの?」
傷口を覗き込むパルの後ろからわたしも見てみる。どくり、どくり、と脈打つように血が溢れてきているのですが……あまり美味しそうに見えなかった。
やっぱり血は人間種の物が一番のようです。
綺麗に精製された水に比べたら、川の水や海水は飲めたものではない。
そんな感じでしょうか。
同じ赤い液体と言えども、そういった差を感じているのかも。
「う~ん、血が邪魔で良く見えないや。背骨に引っかかったのかなぁ。硬い感触もあったし」
「刃は欠けてませんの?」
「うん。ほら」
「キラキラ光って……ファンシーな武器ですわね。悪趣味なダガーです。どこで拾いましたの、こんなの」
「師匠にもらった」
「素晴らしい武器ですわ。さすが師匠さん」
きっと名のある……いえ、銘のある武器に違いありません。キラキラと輝く刀身は美しいので、華やかなる師匠さんの人生を表しているようです。
そう。
わたしと師匠さんの輝かしい未来を見ているように。
「なんですか、パル。そんな目で見て」
「べ~つに~。あ、そうだ。吸血鬼って光が弱点でしょ。このダガーでルビーは倒せないの?」
「普通のダガーよりは痛いと思いますが……この程度の光属性付与では死なないと思いますよ? むしろ、光属性が付与された杭を心臓に打たれると容赦なく死ぬと思います」
「物凄いカッコ悪い武器だ」
「対吸血鬼専用の武器になりますわね。無論、そう簡単に心臓を……つらぬける……あわわわわ」
わたし、慌ててその場から逃げ出しました。
もちろんパルもいっしょに。
「ブルルァ!」
なにせ、サーベルボアが立ち上がりましたので!
「た、倒せてなかったのルビー!?」
「嘘ですわよね!? だって思い切りハンマーで頭を叩きましたのよ!?」
普通、そんな攻撃をくらってしまえば死んでしまうはず。
脳震盪を起こしていただけ、とでも言うようにサーベルボアは立ち上がった。怒りの鼻息は更に勢いを増し、突風のように砂を吹き散らす。
「ブモぅ!」
呼び動作も無く、ましてや合図なんてするわけもなく。
またしてもわたし達に向かってサーベルボアが突進してきた。
「ひぃ、首を切ってれば良かったぁ!」
「もう遅いですわぁ!?」
パルは横っ飛びで、わたしはその場でジャンプしましたが――
「ひっ!」
少しタイミングが遅かったみたいで、わたしの身体は再び上空にかち上げられました。今度は牙じゃなくて鼻の頭だったようです。下手に逃げていたらお尻に牙が突き刺さっていたかもしれません。
良かった。
本当に良かった。
でも!
痛みはなく、意識はあります!
「反撃ですわ!」
わたしは空中で大きくハンマーをふりあげて、地上で立ち止まったサーベルボアを狙いましたが――
「あらー、届かない!?」
「とう!」
そんなわたしにドロップキックを喰らわせてくる仲間がいました。素早く立ち上がったパルが、サーベルボアではなく、わたしに攻撃してきたのです。
わざわざ木を使って三角跳びをしてまで。
いえ、意図は分かります。
分かるんですけどね!?
「あとで覚えてなさい――ええええい!」
パルに押されて、なんとかハンマーの先端が届いた。
落下の勢いとわたしの振り下ろす力、それを完璧なタイミングで振り下ろす!
「ぴぎ!」
と、再びの悲鳴をあげるサーベルボア。
ハンマーのヘッドは見事に左側の牙に命中し、確かな手応えと共に牙を折ることができました。
「やっ――ぎゃぅ!」
で、着地に失敗。
わたし、屈辱的なポーズで……『大』の字になるように全身を地面に打ち付けた。
痛い。
ほんと、痛い。
「ぐるるるるぁ!」
あぁ、しかもしかも、怒ったサーベルボアに鼻頭で小突かれた。強制的にゴロゴロと転がされて、牙でもてあそばれるように身体を刺される。
痛い痛い痛い。
もう、どっち向いてるのか分からない~!
「こ、こっちだこっち! ルビーじゃなくてあたしを狙え!」
パルの声が聞こえるけど、サーベルボアの怒りはわたしにだけ向いているらしく、一向に小突くのをやめてくれない。
「ぐえ」
あ、しかも牙の先端でお腹を突かれ始めた。
マズイですわ。
下手をすれば刺さってしまうかもしれません。人間並みに能力が下がっている今、お腹に牙が刺さったら、どうなってしまうのでしょう。内臓とかこぼれちゃうんでしょうか?
というか、わたしに内臓ってあるんですの?
どっちにしろ――
「ひぃぇ~」
と、わたしは情けない悲鳴をあげるしかできませんでした。
「わわわ。え~っとえっと……そうだ!」
牙で跳ね飛ばされる途中でパルがなにをしようとしているのか分かった。マグを再び装備して、サーベルボアの背中に乗る。
パルはまるで鎖のような分厚い魔力糸を顕現させて、それを投げナイフに結いつけると――
「アクティヴァーテ!」
シャイン・ダガーの傷へ向かって、再び投げナイフを刺し込むパル。刺さる瞬間に加重を加えてより深く刺し込んだようですが……
「ぴぎいいいいいい!」
再びサーベルボアが暴れ始めました。
ようやくわたしは牙で小突かれるのから解放されましたが……
「うぐぐ。か、身体が、動きませんわ……」
ダメージの蓄積でしょうか。
吸血鬼の能力を失っている状態で、ここまでダメージを受けてしまうと、身体が動かなくなってしまうようです。
動くのは視線だけ。
ハンマーは……すっかり手の届かないところに転がっていた。落としたつもりはありませんでしたが、握力も無くなっているようです。
「完全な敗北のようですわね」
わたしは死にませんが。
もし、わたしが本当の人間だったら……師匠さんは泣いてくれるでしょうか。
「にぎぎぎぎ!」
パルはまだ頑張っているようですわね。
背中に刺さった投げナイフと繋がっている魔力糸を近くの木に結いつけています。もって数秒でしょう。
その間に出来ることと言えば――
「ナー神に謝ること、でしょうか」
この状況は天罰らしいので、謝ったら許してくれるかもしれません。
それこそ、神のみぞ知る、というやつでしょうか。
もしくは、天に祈るのみ。
「ルビー!」
パルはサーベルボアの動きを止めると、わたしの元にやってきた。なにをするのかと思いきや、わたしの口にポーションをねじ込む。
「これが最後のポーションだからね」
「んぐ、んご――げほっ、げほっ! も、もうちょっと優しく飲ませてくださいまし!」
なんとか身体が起き上がれるようになりましたが……
膝は震えているし、手に力も入りません。
パルも投げナイフを使い切った様子ですし、頼みの綱はシャイン・ダガーのみ。
「ひとつ提案があります」
サーベルボアを見ながらわたしは言う。
背中の投げナイフを外そうと、サーベルボアはしきりに身体を揺らし暴れている。次の瞬間にも、勢い良くこちらに走ってきたら、簡単に投げナイフは背中から抜けるでしょう。
もしくは、パルの魔力糸が耐えきれないと思います。
そうなる前に結論を出す必要があった。
「なに、ルビー」
「降参しません?」
果たして、わたしの提案に――
パルは答えました。
「――賛成」
と。
そう答えると同時に、サーベルボアと視線が合いました。確実な怒り、野生動物ですら分かる純粋な感情が、その視線には込められています。
殺す。
おまえを殺す。
単純明快ですわね。
そしてなにより、神における天罰の道具にされたことへの怒りもあるのでしょうか。
まったく。
ホント、神という存在は住んでいる場所といい、その態度といい、地上に存在している生きとし生ける者に対して――
お高くとまっているようですわ。
ふふ。
決めました。
わたし、ナー神に謝ろうと思っていましたが、やめておきます。降参してしまっては、それこそサーベルボアは無駄に傷ついたことになってしまう。
狩猟の神?
動物の神?
知ったことではありませんわ。
地上の命をなんだと思っているのでしょう。
まったくもって、気に入りません。
魔王さまが倒すべき存在は人間種なのではなく、神なのではないでしょうか。
だから。
だから降参するのは神ではない。
意地でも神に謝ってやるもんですか。
見てなさい、新米大神ナー。
これが運命というものに逆襲する、吸血鬼が持つ最後の手段ですわ!
「ぐるるるるるあぁ!」
咆哮するケモノ。
対して、わたし達は手を繋ぎました。
どうやらパルとは同意見のようです。
いっそ、清々しいほどの笑顔ですわね。
なので。
なのでいっしょに叫びましょう。
この思い上がった神の手先に成り下がった大いなるケモノに鉄槌を下してくれる唯一の方法。
「「助けて――」」
唯一にして、無二の存在。
「「――師匠!」」
果たしてわたし達のその声に。
「おぉ!」
師匠さんは答えてくれた。
突進してくるサーベルボアの上空から――降ってくるのでもなく、落ちてくるのでもなく、まるで稲妻が走るかのように襲来するひとりの影。
その一撃は単純にサーベルボアの頭を下げさせただけ。師匠さんの蹴りが、サーベルボアの頭を強制的に下げさせた。
しかし、それによりサーベルボアの牙が地面へと引っかかり、つんのめるようにして前転し、背中から倒れた。
「師匠!」
「師匠さん!」
「イイ線を行っていたが、油断があったな。その反省は置いておくとしてルビー」
「は、はい」
「真正面から戦い過ぎだ。騎士職でさえそこまでの勇気は無い。勇気と無謀は違う。防御を覚えろ。続いてパル」
「はい!」
「ルビーにつられて判断が荒くなっていたぞ。おまえはあくまで盗賊だ。卑怯で卑劣でえげつない戦い方をしてこそ、だ。例えば――」
師匠さんは一部分だけ太くなった魔力糸を顕現させると近くの石を拾い、そこにセットした。ちょっとした投石道具、スリングですわね。
ひゅんひゅん、と風を切る音を響かせ、師匠さんはスリングショットを繰り出す。その狙いは身を起こしたサーベルボアの眼球。
「ぴぎぃ!」
片目を潰されて、サーベルボアはその場に転げまわった。
「これだけで相手の死角が倍以上に増やせる。こうなってしまえば、ルビーが無警戒に近づいても攻撃される心配は減るだろう」
師匠さんは音もなく気配を希薄にしてサーベルボアに近づいていく。
そんなことができるの、師匠さんだけなのでは?
まぁでも、夜になって能力が回復した後だと、わたしでも出来そうですわね。
「野生動物は魔物と違って簡単には死なない。心臓を一撃で貫くか、首を落とさない限り、ある程度は動くと思っておいたほうがいい。しかし、まぁここまで巨大な野生動物を想定するとなると、攻撃方法に乏しいのは少し致命的だったな。仕方がない」
「師匠ならどうしますか?」
「こうする」
ようやく師匠さんが死角にいるのに気付いたらしいサーベルボアはびくりと身体を揺らした。
でも、もう遅い。
その首に師匠さんの投げナイフが刺し込まれ――
「フッ!」
という短い呼気と共に、もう一本。寸分の狂いなく投げナイフが重ねて刺し込まれる。その二本目のナイフの柄を、師匠さんが蹴り抜いた。
なんという正確さ。
なんという速さでしょうか。
恐ろしくも凄まじい、というべき攻撃は一瞬にして終わる。
「ごぼっ」
サーベルボアは血の息を吐き出し……その場で横になるように倒れた。首に埋まるようにして刺された投げナイフが、頸椎を破壊したのでしょう。
「「おぉ~」」
と、わたし達だけでなくサチやミーニャ教授、クララスも感心するように見ていた。
ていうか、サチはホントに援護もなにもしてくれませんでしたよね。
アレでしょうか。
ナー神に禁止されたのでしょうか。
まったく。
ほんとに神って酷いですわよね。聞こえていると思いますので、容赦なく言いますからね、ナー神。
性格悪いですわよ!
ちょっとは余裕を持って神らしい振る舞いをしてくださいませ!
ふぅ。
ちょっと満足しました。
「以上でレッスン終了だ。ちなみにこれで罰ゲームはチャラだからな」
「え~」
「残念ですわ」
不満の声をあげるわたしとパルを見て師匠さんは苦笑し、そのまま森の奥へと歩いていきました。
木の影を通った際、途端に見失ってしまったので、ホント盗賊って恐ろしい職業ですわね。
魔法でも生まれ持った能力でもなく。
技術として、スキルとしてそんなことができるのですから。
まぁ、なにはともあれ。
「良かったぁ~」
「疲れましたわ」
わたしとパルは、その場で仲良くぐったりと座るのでした。
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