~流麗! VSホブゴブリン~
上面が平たくなっている岩を見つけて、わたしとクララスはコンコンコンとハンマーで貝殻を叩いていました。
近くではパルとサチ、そしてミーニャ教授がなにやら盛り上がりつつポーションを製作しているようです。
「コツがつかめてきましたわ」
ガンガンガン、と大きく打ち付けるのではなく、ヘッドの近くを持ってコココココと細かく叩いていく感じでしょうか。
黒い貝ですのに、叩いて粉々にすると白くなるんですのね。
少し不思議な感じがします。
「そういえば料理にポーションは使わないんですの? 食べたら回復する料理として、それなりに需要がありそうですが」
コツを掴んでくると、雑談する余裕が生まれてきましたので、わたしはクララスに聞いてみました。
新しい料理を研究しているということは、あらゆる食材を試しているはず。
ポーション料理、というものを聞いたことがないのでクララスに聞いてみた。
「あ、はい。以前にスタミナ・ポーションを仕上げとして使用した『スタミナ・サラダ』や、食前酒に混ぜた『スタミナ・カクテル』を作ったことがあります。でも、大失敗でした」
「あら、どうしてですの?」
「旦那さま達の元気が有り余ってしまい、奥様方からの悲鳴というか批判が多かったので……」
「え?」
「ですが、お世継ぎに悩む王族や貴族の奥様には評判が良く、開発費と謝礼金がたっぷりもらえましたのが幸いでしょうか。結果的にはプラスになりましたが、好評でもなく、ましてや公表できない点では新料理研究会としては大失敗です」
「……ちょ、ちょっと詳しくメニューを教えて頂けません? いえ、これはただの好奇心ですので、深い意味は無いんですよ?」
師匠さんに食べさせてあげれば、一撃かもしれませんので!
「なるほど。もしかしたら娼館にも売れるのかもしれませんね。学園都市にはあまり娼館がありませんので、ちょっと別の街に行ってみたいところです」
「誰が娼婦よ、誰が。あ、別にわたし娼婦を馬鹿にしているという訳ではないですよ? 立派なお仕事だと思っています」
そんな雑談をしつつ、貝殻を砕いていると――
「あら」
森の奥から不機嫌な気配。
見れば一匹の魔物がこちらを発見し、いやらしい笑みを浮かべました。
「パル、敵ですわ!」
「え? うわ、ホントだ! めっちゃ油断してた!?」
パルは慌ててわたしの横に並び、クララスを守るように立った。
「クララスさんは後ろに下がってください。サチ――は、ポーション作りでお祈りの最中だった。えっと、どうしよう?」
あわわわわ、と逃げたクララスを確認しつつパルは首を傾げた。
「パルヴァスちゃん、ルゥブルムちゃん! お鍋はぜったいに死守ね、死守!」
ミーニャ教授は余裕そうですわね。
さすが神に恨みのある女。
魔物程度ではうろたえませんか。
「しっかりしてくださいまし、パル。相手はただのゴブリン……じゃなさそうですわね。あれ、なんですの?」
「えー!? 魔物の領主だったんでしょルビー。なんで知らないの?」
「あんなの魔王領にいませんでしたよ?」
ゴブリンっぽいのは確かなんですが、ゴブリンより大きい個体。
突然変異で生まれた個体?
「あれ、ホブゴブリンだよ。ゴブリンって集団でいるけど、ホブゴブリンは独りで行動してることが多い。はぐれゴブリンって言われてたのがホブゴブリンって言われるようになった。って、魔物辞典に書いてあった」
なるほど。
やはり突然変異の個体のようです。
普通のゴブリンとは違って少し大型で、肌の色も濃くなっている。ケモノの革を服にしているようですがボロボロで、酷く痛んだ斧を装備している様子。
細い手足のゴブリンとは違って、ホブゴブリンはそれなりに筋肉が付いていた。はぐれゴブリンというよりも、集団で生きる意味が無いゴブリン、という感じかしらね。
つまり、独りでも充分に生きていける能力がある。
それなりの強さがあるようです。
「ぎぎぎぎ」
ホブゴブリンは笑いながら黒に近い紫色の舌を出す。唾液がしたたる様は、なんとも下品極まりない光景ですね。
すぐに襲い掛かってくるのではなく、こちらを見てニヤニヤと様子を窺っている姿は……なんというか、そこはかとない不快感を抱かせた。
どうやらわたしのことも人間と思っているみたいです。
これもやはり日光によって能力が失われた弊害でしょう。
もっとも――
ゴブリンに、人間領にいる四天王、なんていう特殊な状況が理解できるとは思えませんが。
魔王領にいる時もゴブリンはバカでしたから。
人間を殺すな、というのに平気で殺そうとするのですから。知能が低く、行動力のある愚か者は扱いがホントに難しいですよね。
ですが、だからこそゴブリンは集団でいるのが当たり前だった。
そう――
「魔物領では強い魔物が多くいましたので、『はぐれ』になる余裕なんかゴブリンになかったわけですね。ゴブリンと言えば下っ端の代表みたいなものですから。人間領で特別に生まれた個体なのでしょう。無知だからこそ、『はぐれ』ることが出来た、とも言えますが」
それにしても、どうして襲って来ないのでしょう?
ニヤニヤとわたしを見ていますよね?
何か理由でもあるのでしょうか?
「ルビーはそのままで戦うの? 大丈夫?」
「え? あぁ、忘れていました」
そういえばわたし、下着だけの状態でした。まだ上着もホットパンツも乾いていませんので、インナーとぱんつだけでしたわ。
それでわたしの姿を見てニヤニヤとしているわけですか。
ゴブリンのくせに素晴らしい美意識ですわ。
思わず見惚れてしまうのも仕方のない話です。ふふん。
ですが……それだとゴブリンという種族は、ゴブリンのメスをどういうつもりで見ているのでしょうか? 申し訳ありませんが、わたしゴブリンのオスとメスを生殖器以外で見分ける自信はひとつもありません。
それくらいに同じ顔であり、あまり整った顔立ちの種族とは言えませんので、少し気になってしまいますね。
それはともかく。
「はぐれゴブリン程度、防具が無くても充分でしょう」
「レベル5じゃなかったっけ?」
「そんなに強いんですの? わたしとパル、サチを合わせても3じゃないですか、やだー」
「大丈夫だいじょうぶ。ただの目安だから」
そう言ってパルが投げナイフを投擲しました。殺気を感じさせるヒマのない不意打ち気味の先制攻撃ですが――
「あら?」
ホブゴブリンは斧で防御。カコン、と弾かれて投げナイフは地面へと落ちました。
「ちょっと、ほんとに強いですよ。勝てます? 師匠さんを呼んだほうがいいのでは?」
「だ、大丈夫! あたし達なら勝てるって! たぶん!」
「力強い曖昧さですわね!」
仕方がありませんので、前衛らしくわたしは突撃しました。走りつつ、大きく息を吸い込んでハンマーを振りかぶる。
「えい!」
思いっきり振り下ろした一撃。
さすがに防御できるような威力と重さではありませんので、ホブゴブリンは後ろに下がって避けました。
すぐ反撃しようと、こちらへ一歩進んでくるホブゴブリンですが――
「やああぁ!」
わたしの肩を蹴って飛び上がったパルがそのままホブゴブリンを空中から蹴りつける。その見た目以上に重いパルの一撃にホブゴブリンはたまらず後退した。
えぇ。
加重状態で踏まれましたのでね、わたしもその場で膝を付いてしまいました。
あの子、いま体重どれくらいですの!?
「吸血鬼を足蹴にしたのは、パルが初めてですよ!」
「あはは!」
素早く立ち上がったわたしはパルの横を走り抜けつつ、今度はハンマーを右側へ構えて、思い切りフルスイングした。
それをバックステップで避けるホブゴブリンですが、避けられるのは織り込み済み。
「パル!」
「任せて!」
一回転。
わたしは大きくハンマーを振り、ホブゴブリンの前でハンマーの流れのままに回転した。
もちろん、それには大きな隙が生まれてしまう。
背中を向ける瞬間は、やっぱりゾっとするほどに怖い。
ですが、
「ふッ――アクティヴァーテ!」
練習したパルのマグ連携、投げナイフと加重魔法の連撃によりホブゴブリンの足を止めた。
投げナイフの威力を上げるのではなく、ホブゴブリンに発動させたようです。
「ギ!?」
突然の体の重さに奇妙な声をあげるホブゴブリン。
鈍くなった身体では、投げナイフを斧で弾くのが精一杯でしょう。
もちろん、パルはホブゴブリンの顔を狙っていますので。ホブゴブリンは自分の斧によって自分の視界をふさぐことになった。
「えええええい!」
というわけで、一回転して戻ってきたわたしのハンマーはホブゴブリンの脇腹にクリーンヒット。
「フギャ!?」
という悲鳴と共に吹っ飛んでいくホブゴブリン。
体が『く』の字になっており、そのままの形でゴロゴロと転がっていきましたが、そんなホブゴブリンに追いつく脅威の素早さを見せたパル。
「とどめだ!」
仰向けに倒れたホブゴブリンの喉に投げナイフを刺し込み、間髪入れず足を踏み下ろした。
容赦のないトドメの一撃。
流れるような連携でもあり、パルの見た目と幼さを感じる普段の言動からは想像もできないような鮮やかな攻撃でした。
「よし!」
それでも油断することなくパルは後ろへジャンプ。
距離を取ろうとして――
「ふぎゃ!?」
と、倒れました。
奇しくもホブゴブリンと同じ悲鳴をあげたのか、なんともパルらしいと言いますか。
どうやらタイミング悪く加重魔法が自分に戻ってきたみたいですわね。もしくはホブゴブリンが絶命したので、対象消失ということで効果が戻ってきたのでしょうか。
なんにしても難なくホブゴブリンに勝てました。
レベル5という相手でも問題は無かったようですが……
「パル」
「あいたたた。あはは、ありがとう」
わたしはパルの手を掴み、立ち上がらせました。
「あなた強いのね」
「え? そ、そう?」
「はい。みくびっていましたわ。さすが師匠さんの一番弟子なだけあります」
「あたし、みくびられていたんだ……」
と誤魔化すように笑うパルをあたしはギロリと睨みつけました。
「ふむ。ふむふむふむ」
いろいろとパルの装備品を観察しますが……やはり考えられるのはひとつ。
「そのリボン」
「ほへ?」
「そのリボン、怪しいです。お風呂の時はおろか寝る時でさえ外しませんよね。なにか理由があると思っていましたが……怪しいというか、もう明白です。そのリボンになにか秘密がありそうですわね。そういえば師匠さんが装備しているマフラーというかマントというか、あの赤い布。わたしと師匠さんが運命の出会いを果たしたあの時、赤から黒に変わりましたが……パルちゃん、なにか知らないですか?」
「あー、あたしナンにもシらないデスよ」
パルはリボンを抑えながら首をブンブンと横に振る。
「語るに落ちてますわ! 言いなさい! それ、師匠さんから貰ったものですわね! なんか凄いアイテムでしょう!」
「知らない知らない! あたし何にも知らない!」
そう言ってパルはサチの後ろへと逃げました。
神を盾にしようとするとは、見上げた根性ですわね。
まぁ、いいですわ。
「あとで師匠さんに教えてもらいますから」
「あはは……」
あの布。
分けてもらえるのでしたら、わたしも貰いましょ~。
おそろいです。
強くなりたいのではなく、おそろいになりたいので。
いつでも師匠さんの温もりを感じていたい。
パルの強さの秘密って、もしかしてそれでしょうかね。分かります分かります。わたしも師匠さんの一部を身につけていたら百倍は強くなれる気がしますから。
「えっと、師匠さんは……あっちですわね」
実は血を吸っているので、師匠さんの位置は大体分かってしまうわたし。
ちょっとだけ。
ちょっとだけ位置が知りたくなりましたので。
「あら」
気配も視線も無いけど、近くにいらっしゃいますわね。ホント、盗賊スキルに優れた人ですわ。実力を考えますと人間種の中でもトップクラスではないでしょうか。わたしの部下でも、ここまで優れた者はあの子くらいなものでしょうか。
でもせっかく位置が分かったのですから、少しイタズラをしてあげましょう。
「ちゅ」
と、わたしは師匠さんに投げキッスをしておきました。
ふふ。
今ごろ、慌てて位置を変えていることでしょう。
可愛らしい姿が目に浮かびますわ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます