~可憐! 名状しがたい冒涜的な実験~

 お昼ごはんの魚と貝の野草スープを食べ終わる頃には、ルビーの下着がようやく乾いていた。

 インナーとぱんつだけ履いたルビー。

 なんか堂々としてるので、そういう種族みたい。絵本で見たことがあるアマゾネス。確かジャングルの中で生きる女戦士たちで、男の人に負けないくらいムキムキだった。

 でもルビーは肌が青白くて細いので、なんか病的に見える。

 冒険者からは正反対な感じ。

 それこそお姫様とか貴族のお嬢様って言われたほうが納得できるよね。


「ルゥブルムさん、ルゥブルムさん。お願いがあります」


 そんなルビーにクララスさんが話しかけた。

 イマイチルビーが魔物っていうのをクララスさんは信じてないような気がする。まぁ、最初からマグを装備したルビーに出会っていたら、あたしだって吸血鬼って信用しないと思う。

 だってたぶん、今ならあたしでも勝てそうだし。


「貝殻をハンマーで砕いてください」

「えっと。別にかまいませんが……なんにするんですの? 食べられるんですか?」

「貝殻は粉々にして撒くと、植物が良く育つんです。いつも野菜を売ってくださる農家の人にプレゼントしようと思ったので」

「そんな効果があるんですのね。分かりました。では、皆さまの貝殻を集め――あら?」


 ルビーがあたしの食べた後を見て、首を傾げた。


「パル。あなた魚の骨と頭はどうしました?」

「食べたけど?」


 あたしがそう答えると、みんながあたしの顔を見た。


「え、みんな食べないの? あ、チキンの骨のほうが食べ応えがあっていいから比べちゃう感じ? でもでも魚の骨も味とかしないけど、食べないともったいないよ。頭は苦いから前は苦手だったけど、慣れれば大丈夫!」

「チキンってあれですよね、これくらいの骨がある棒状のアレ」

「それそれ。気を付けて食べないと口の中が血まみれになるよね~、あはは」


 と、あたしは笑ったけど、みんな笑わなかった。

 あれぇ?


「パル。それはどこで食べてました?」

「え、食堂のゴミ捨て場とか」

「なんでゴミ捨て場にチキンの骨とか魚の骨とかが捨ててあると思います?」

「ん? ……あぁそっか! 普通は食べないんだ!」


 なるほどぉ!

 食べきれないから捨ててるのかと思ってた。

 だって路地裏だとチキンの骨とか取り合いになるくらい豪華な物だもん。滅多に手に入らなかったから、みんな好きなのかと思ってた。


「さ、常識の知らない野生欠食児は置いておいて。貝を砕きましょう」

「食べられるのになぁ~」


 あたしのつぶやきに反応してくれたのは、サチだけでした。


「……美味しい物、いっぱい食べられて良かったね」

「うんうん! でも、みんなでいっしょに食べるのもあたしは好き。いっつもひとりだったし、盗られるんじゃないかって警戒してたから」


 せっかく見つけた骨も、路地裏では早く食べないと奪われてしまうかもしれない。でも、慌てて食べると砕けた骨が口の中に刺さる。

 周囲を警戒しつつ、慌てず急いで食べる。

 なかなか難しかったなぁ~。


「よし、パルヴァスちゃんの笑えない面白い話はそれくらいにして。サチ、さっそく実験といこうか。幸いにも、ルゥブルムちゃんの服が乾くまでここを動けそうにないし」


 笑えない面白い話!?

 あたし、笑ってもらうつもりで話したわけでも、面白い話をしたわけでも無いんですけど!?


「……なにをするんですか、ミーニャ先生」

「このお鍋でポーションを作ってみよう。そして、それを沸騰させて蒸発させた時に何が残るのか実験だ」

「……お鍋でポーション」


 サチが自分の持っていたお鍋を見下ろした。

 さっきまで貝の野草スープを作っていたお鍋であり、冒険者セットの基本に含まれている安物の鍋。何度か使っているので、黒くコゲてるところもある、神聖さの欠片も無いお鍋。

 どう見てもポーションが作れるように思えなかった。

 あたしはベルトに引っかけるように装備していたポーションの瓶を手に取って、ミーニャ先生に聞いてみた。


「ポーションって、こういう瓶で作られるんじゃないんですか?」


 使うたびに師匠が買ってくれるポーション。

 だいたいどこの神殿で買っても同じようなデザインだから、こんな瓶じゃないと作れないと思ってたんだけど……?


「その通りだよ、パルヴァスちゃん。ポーションの瓶は、どこか荘厳さというか、貴重さを感じるデザインにされている。それは、言ってしまえば神さまにちゃんと感謝するように、ありがたみを感じるために、そういったデザインにされているんだ」


 怪我が治ったり、スタミナが回復したり、魔力が回復したり。そういった神さまの奇跡をより感じられるように、とデザインされているんだ。

 ってミーニャ先生は語る。

 でも、なんとなく分かる。

 ポーションがバケツに入れられて売られてたら、なんか嫌だもん。神さまの奇跡っぽくないし、なんか遠慮なくがぶがぶ飲んじゃいそう。

 どんなに怪我が治ったりしても、なんか神さまに感謝とかしないような気がする。


「でも、それは神殿の都合だよね。神さまに感謝するように冒険者をうながす。それは、酷く言ってしまえば商売的な話だ。よく考えれば信仰にも作り方にも影響しない。鍋で作ろうがバケツで作ろうが、雨水が貯まった水たまりで作ろうが、ポーションはポーションなんだから。スタミナ・ポーションであろうとも、マインド・ポーションであろうとも、ね」


 なるほど~、とあたしとサチは納得した。

 さすがミーニャ先生。

 神さまをうらんでるだけあって、容赦がない。


「ところでポーションってどうやって作るんですか? 魔法?」

「では、実際に作りながら説明しよう。サチ、まずは鍋に水を汲んでくるんだ」

「……はい」


 こっくん、とうなづいたサチといっしょに川で水をお鍋いっぱいに入れてくる。ちゃんと貝のスープが残らないように洗っておいたので、たぶん大丈夫。


「で、不純物がいっぱい含まれているので、まずは魔法で浄化する」

「……分かりました」


 ふぅ、とサチは一息いれて、お鍋を地面に置く。サチの足元に光の聖印が現れて、魔力が神官服をはためかせた。


「ミィノース」


 今日、二度目の浄化魔法。

 前に使った時は、サチが魔力切れでマインドダウンしちゃったんだけど……ぜんぜん平気っぽい。

 ナーさまの神格が上がったからか、それともサチが成長したからか。でもたぶん、その両方じゃないかな~って思う。

 お鍋の中に変化は分からないけど、たぶん小石とか砂とか、目に見えない汚れとかが消えたんだと思う。


「よろしい。では、サチ。ナーさまにお願いしてみよう」

「……なにをお願いするんですか?」

「ポーション作ってください。って、聞いてみてごらん」

「……分かりました」


 サチは目を閉じて、少しうつむくようにして静止した。

 普通の神官だったら、たぶんこの程度じゃ神さまは答えてくれないと思うけど。もっともっと頑張って祈らないといけない気がするんだけど。

 ナーさまの神官ってサチしかいないから、会話し放題なのかな~。

 あたしも光の精霊女王ラビアンさまに声をかけてもらった事もあるし、意外と届くのかも?


「ん~……」


 ラビアンさまラビアンさま。

 あたし、師匠と結婚したいです!


「――うわぁ!?」

「ど、どうしたんだい、パルヴァスちゃん!?」

「ら、ラビアンさまが……光の精霊女王ラビアンさまから声が……」

「ほほー! なにを祈ったんだい? 九曜の精霊女王は気まぐれだからね。自然崇拝以外の言葉は目立つのかもしれない。返事があるのは稀に良くある、なんて狂った言葉を聞いたことがあるよ。で、パルヴァスちゃんは光の精霊女王になにを祈ったの?」

「師匠と結婚したいです、って聞いてみた」

「返事は?」

「がんばれ、でした」

「あはははははははは!」


 ミーニャ先生が爆笑した。

 ゲラゲラエルフのルクスさんを思い出すぐらいに、笑ってる。ルクスさん、元気かな~。今日も笑ってそう。


「……あの、ミーニャ先生。ナーさまから許可が出ました。……というか、ナーさまも笑い転げてます」

「え、なんで?」


 気になったので、思わず聞いちゃった。


「……鍋でポーション作るとか馬鹿なんじゃないの、って。しかも沸騰させたり、蒸発させるなんて、神の価値も地に落ちたな、って。……すごく楽しそうだった」

「まさに、地に落ちた、だね」


 あたしとサチは空を見上げた。

 天界ってどこにあって、どうやって人間を見てて、どうして声が届くんだろう。

 不思議なことばっかりだ。

 そんなお空の上に住む神さまの価値が『地に落ちた』ってなると、相当だよね。

 なんてサチと話してたら、ミーニャ先生が復活した。


「ふぅ。地に落ちてきたら全員を一発づつ殴ってやるのにね」

「……ナーさまは殴らないでくださいね」

「もちろんだよ、サチ。ナーさまは殴る側だよ。間違いなく」


 イジメられてたみたいだし、そうだよね。

 あたしみたいに、天界には路地裏みたいな逃げる場所があったのかなぁ。あ、そういう意味では、地上が路地裏みたいなものか。

 ナーさま、結構降りてきてたよね。

 天界にいるのが嫌だから、地上にいたのかもしれない。


「よし、ナー神さまの許可が出たのでポーションの製作といこう。サチ、回復魔法を使うようなイメージで、魔力を高めてくれるかい? 本来なら祭壇にポーションの瓶を置いて祈りを捧げるのだが……今は祭壇が無いので、手に鍋を持って祈ってくれるかな」

「……直接?」

「そう、直接手にお鍋を持って」


 なんとも微妙な顔をして、サチはお鍋を持つ。そのまま神官魔法を使うように息を整えて、サチの足元に魔力の輪っかが浮かび上がった。

 ナーさまの聖印。

 その光が維持されたまま、サチは目を閉じて祈る。

 魔力が足元から昇っていき、サチの神官服がバタバタと風に揺れた。さっきの浄化魔法より、よっぽど魔力の動きが激しい。

 凄く神聖な雰囲気――なんだけど……


「お鍋を持ってるせいで、物凄く面白い雰囲気になっちゃってる……」


 ゲラゲラエルフには見せられない光景だった。

 たぶんルクスさん。

 これ見たら、笑い死ぬと思う。

 あと、後ろで吸血鬼がひたすらハンマーで貝をコンコンコンコンやっているのも合わせて、めちゃくちゃ面白い状況だし。

 神聖さと滑稽さが混じって大変なことになっちゃってる。

 たぶんルクスさん、耐えられない。

 危なかった。

 こんなところで長生きのエルフが死んじゃうところだった。


「――ふむ、天界でもちょっとした騒ぎになっているようだ」


 お鍋をもって神妙に祈りを捧げるサチを見守っていると、ミーニャ先生が神さまから声をかけられたみたい。


「あ、神さまの中の王様でしたっけ? その神さまも見てるんですか?」


 大勢の神さまに見られてるって思うと、なんかちょっと緊張しちゃう。


「ナー神さまの初めてのポーション作りだからね。わりと大神の中でも溶け込めているようだよ、ナーさまは。跳ねっかえりの小生意気な小娘として人気らしい」

「え~……」


 ちょっとちょっとナーさまぁ。

 せっかく大神になったんだから、大人しくしましょうよぅ。じゃないと、またイジメられたらどうするんですか。仲良くしてくれる人……じゃないや、仲良くしてくれる神さまとは仲良くしていいと思うんだけどなぁ。

 頑張って、少しでも勇気を出して手を差し出したら。

 ぎゅっと掴んでくれるかもしれないのに。

 師匠みたいに、優しくてカッコ良くて、超ステキな神さまだっているかもしれないのに。

 もう。

 素直になれないなんて、しょうがない神さまだな~。

 って、思いました。

 ちなみにこの時に思ってたことはナーさまに聞こえてたらしく、あとで怒られることになるだけど……

 心の声が筒抜けになるなんてズルい!

 あたし達ばっかり理不尽だ!

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