~可憐! 水の流れに身を任せどうかしている~
みんなで森の中から枯れ葉とか枯れ枝を集めてきたら――
「火を点けますね」
クララスさんが魔法で火をつけてくれた。
冒険者セットの中には火打石もあるんだけど、やっぱり魔法のほうが早い。なにより、ぜんぜん疲れないので便利だよね。
あんまり使ったことないんだけど。
師匠には、火打石の使い方とかも覚えておいたほうがいい、って言われたなぁ。
「点火魔法は料理人にとって必須です。もっとみんなが手軽に魔法を使えるようになればいいのですが。目指すは主婦が気軽に使える『主婦魔法』の開発。料理が自動的に作れたり、掃除洗濯が簡単にできたりすればいいのですが……なかなか難しいものです」
新料理研究会って、メニューの開発だけじゃなくて、料理方法の研究とかもやってるのかなぁ。
料理魔法とか主婦魔法。
そんなのが本当にできたのなら、孤児の数も減るかも。
「……」
「どうしました、パル」
「なんでもな~い」
クララスさんはふぅふぅと息を吹きかけながら火を大きくしていくの見ながら、あたしは首を横に振った。
「火が安定してきましたのでスープを作りますね」
クララスさんが料理に取り掛かる。その間にサチとミーニャ先生、あたしとルビーに別れて他の食材を採取することになった。
クララスさんが言うには、浅瀬にいる小さい貝が出汁が取れて美味しいらしい。
「出汁ってなんですの?」
「貝を煮ることによって出てくる美味しいエキスのことです」
「エキス……体液のことでしょうか。つまり死体汁」
「言い方ぁ!」
クララスさんが珍しく怒った。
食に関しては、あたしより厳しそう。というか、あたしは厳しいんじゃなくて、むしろ緩い。死体汁もなんとなく理解しちゃったし。肉って言ってしまえば、動物の死体だもんね。
出汁を取る貝は、適当に川底をあさると取れるみたい。
簡単に獲れるみたいなのでサチとミーニャ先生に任せることにした。
あたしとルビーは――
「魚捕り! 師匠が修行に役立つって言ってたよ」
「そうなんですの?」
「水の中で静止して魚に意をけどられないように殺気を消す。狙いを定めたら、魚の速度よりも早く動かなくちゃいけない。『気配を消す』『意を殺す』『素早く正確に』という三つができないと魚は獲れないって師匠が言ってた。師匠はこれでめっちゃ修行したんだってさ」
「なるほど。魚って敏感ですものね」
気配を殺す、意を殺すのは盗賊スキル『隠者』の習得に必須。
素早く正確に投擲するのは盗賊スキル『ぬすむ』や『ぶんどる』の習得に必須。
他にも『鷹の目』『俯瞰の目』の練習にもなるって師匠が言ってた。
魚獲りは、すっごく修行にいいんだって!
あたし達は支流のようになっている流れの緩やかな川岸に移動して、そっと水の中を覗いてみる。
「お~、魚がいっぱい」
「取り放題、と一見して思えますが……そう簡単にはいかないんでしょうねぇ」
「簡単だと修行にならないもんね。がんばるぞー!」
というわけで、あたしはブーツを脱いで川の中に入る。流れがゆるやかなので、流されることはなかったけど、さっきまでいた魚はみんな逃げちゃった。
「では、わたしも」
ルビーはブーツを脱ぐと、その場で座った。で、足をピーンと伸ばしながら黒タイツをゆっくりと脱いでいく。
「なにしてんの?」
「師匠さんへのアピールです。どうです、セクシーですか?」
「ズルい……あたしも黒タイツ買う……」
「生足は生足でいいものですよ。わたしと同じだと、師匠さんの喜びが減ってしまいます。パルはぜひ、そのまま生足でいてください」
「師匠はどっちが好きかな~」
「両方好きに決まっていますわ」
「なるほど」
というわけで、ホットパンツを履き直したルビーといっしょも川の中に入ってきた。あんまり深くなっちゃうと絶対に取れないので、膝の下くらいまでの位置であたしは停止した。
もちろん、ザブザブって移動しているので魚はみんな逃げてしまう。
釣り竿とか釣り針とか持ってないので、仕方ない。
釣り糸は魔力糸でなんとかなるので、釣り針だけでも買っておいたほうがいいのかも?
でも今は修行のためにもなる『魚獲り』だ。
がんばるぞ!
ちゃんとできたら師匠に褒めてもらえて、頭を撫でてもらえるかも。
えへへ。
「ふぅ……すぅ、はぁ……」
ひとまず邪念を振り払って――あたしは出来るだけ気配を消した。
静かに静かに。
魚が寄ってくるまで待つ。ひたすら待つ。
あたしは川の中の石。石は水の流れに影響は受けるけど、自分の『意思』は存在しない。
ただ静かに、そこに『有る』だけ。
「……」
動かず、波や波紋が立たないように息を殺した。
近くではルビーが水の中で四つん這いになってた。あ~ぁ~、服が濡れちゃってる。あんまり気にしてないのは、ルビーが吸血鬼だからかな~。
もうすぐ暑くなる時期。服が濡れちゃってもそんなに寒くないから大丈夫なのかな。焚き火もあるし、乾かせばいっか。
大きな川だけど、飛沫があがるような音はしていない。静かに力強く流れていく川の、ほんの少しの音。
森の木々が風で葉っぱを揺らす音。
クララスさんが火を熾していて、ボゥと空気の鳴く音。
枯れ木がパチンと弾ける音。
そして――
「この小さな貝は、こんなに採れていいのかい? 自衛する気がまったく無いのが不思議だ。貝という硬い殻に覆われていることが、そんなにも生物をうぬぼれさせるものなんだろうか。この貝に神の慈悲は無いのかなぁ」
「……貝の神さまっているんですか?」
「貝を司る前に、私のような人間をゼロにして欲しいものだ。もしかしたらマイナー小神にいるのかもしれない。でも、狩猟の神や食の神にその地位を奪われているのだろう。ピンポイントで貝の採れた量に感謝する人間なんていないだろうからね」
「……ミーニャ先生、採り過ぎ」
「だってこんなに採れるんだもん。しかし、もう仕事が終わってしまったぞ。鍋はひとつしか無いんだよね。あぁ、ふたつあれば早くも実験ができたかもしれないのに」
「……ごはんを食べてからにしましょう。川の水を浄化しますね」
サチとミーニャ先生は、もう貝を採り終わったらしい。クララスさんの熾した火にかけて、神官魔法で浄化した川の水を使って料理を始めた。
そんな声を聞いている内に、魚が戻ってきた。
「――」
まだ。
まだ届かない。
もう少し……もう少し待って……
「――す」
呼吸をひとつしただけで、びくりと魚が逃げる。
失敗した。
もっと息を薄く、小さく、浅く、静かに、丁寧に。
波紋ひとつ立てないように、風と変わらないように、まるで石のように。
思い出す。
路地裏で生きていた頃。
たとえ、表の通りに出てきたところで、あたしの姿は誰の目にも留まらない。
まるでそのあたりの石ころになったように。
他人からも自分からも、あたしは何者でもなく、何者にも成らない。
無。
再び魚が戻ってくる。
意を決しそうになるのを我慢する。
無のまま。
石になったまま、あたしは投げナイフを構え――
「――!」
無呼吸からの足元へ、投げナイフの投擲した。
ジュブ、と水の鈍い音が聞こえて痙攣するように背びれを動かす一匹の魚。
「やった!」
ふぅ、と息を吐いてあたしは魚を投げナイフごと拾い上げる。それなりに大きい魚だけど、ナイフが刺さった状態で逃げられるほど生命力は強くない。
あたしは投げナイフごとクララスさんの近くの木に向かって投擲しておいた。
カツン、と木の幹にナイフが刺さって、魚が暴れるように主張する。
うん。
美味しそう。
「うわ!? え~、すごい……でもパルヴァスさま、もうちょっと頭のほうでお願いします。食べられるところが少なくなっちゃうので!」
「あ、はい」
え~。
さすがクララスさん。普通に獲っただけだとダメなんだね。
そういえばルビーは?
「えぇ~……」
気が付けばルビーはもうちょっと深いところにいて、なんかもう半分泳いじゃってるみたいな状態だった。まぁ、あたしのそばにいると同じタイミングじゃない限り、どっちかは獲れなくなるし仕方がないか。
「――やりましたわ!」
と、ちょっと呆れて見ていたら手づかみで魚を捕まえたらしく、ザッパーっと立ち上がった。そこそこ大きな魚で、ルビーの手の中で暴れている。
「あ、と、と、暴れないでくださいまし! ただでさえ流れる川はわたしの苦手ジャンルですのよ! ふん!」
落としそうになったルビーは岸に向かって魚を投げた。水の中に落としちゃうよりマシなんだろうけど、ちょっと笑っちゃった。
「クララス、任せましたわ! パル、もう一匹づつ獲りますわよ」
「うん!」
というわけで、また魚が寄ってくるまで静かに気配を殺して、あたしは投げナイフで、ルビーは手づかみで魚を捕まえた。
なんとなく『気配を消す』っていうのが分かった気がする。これを歩きながらやるとか、視線を向けていても気付かれずに出来る師匠ってやっぱり凄い。
スキル『隠者』を習得するのは、まだまだ難しそう。
でも、まぁ、それよりも!
「おっさかな、おっさかな~、んふふ~ふ~」
獲った魚はクララスさんが内臓を取ってくれて、枝に刺して、焚き火の周囲に固定した。
「先ほどの塩小屋で、ちょっぴり分けてもらった塩を使っています。新料理からは程遠い、まったくもって原始的な塩焼きですけど」
でもめちゃくちゃ美味しそう!
じわじわと火が魚を焼いていく。塩がいっぱい付けてあって、じゅわ、と水分が出てきたりするのを、あたしは体を揺らしながら見物した。
クララスさんには悪いかもしれないけど、魚って塩で焼いて食べるのが一番美味しそうに見えるんじゃないかなぁ~。
シンプルに美味しそうだもん。
獲れたてだから? 丸ごとだから?
切っちゃうと、また印象が違うのかも。
「で、ルゥブルムちゃんはどうして濡れると分かっていたのに服を脱がなかったの? というか、ブーツと黒タイツは脱いだのに、どうして服を着たまま水の中に入ったんだい?」
「わたしが聞きたいくらいですミーニャ教授。あぁ~もう、魚を獲ることが楽しくて気付けば水の中でした。楽しくてワクワクしていました。不覚です。というか、パルもどうして言ってくださらなかったんですの!」
ルビーは装備品と服を全部脱いで裸にブーツだけ。お尻は付けないで、焚き火のそばにちょこんと座ってた。
「あたしは自分の修行のことで頭がいっぱいだったもん。よく考えたらおかしいよね」
ケラケラと笑ったが、ルビーはくちびるを尖らせるだけだった。
かわいい。
魔王の四天王でこんなに可愛いんだから、魔王ってやっぱりロリコンなのかなぁ。
なんだっけ? 四天王で『陰気のアビエクトゥス』っていう子が妹みたいって言ってたから、やっぱり本当にロリコンなのかもしれない。
師匠と魔王。
話が合って意気投合したら、どうしよう。
やだな~、師匠が人間の敵になったりしたら。
勇者になってお姫様と結婚しちゃうのも嫌だけど、魔王になって世界中の可愛い女の子を好き放題にしちゃう師匠も嫌だ。
あたしだけで満足して欲しいなぁ~。
「そろそろ貝の野草スープが出来上がりです。まずは出汁の味を楽しんでくださいね」
クララスさんがみんなの器によそってくれたので、魚が焼ける前に野草スープを飲んでみる。
「あ、美味しい!」
「美味しいですわね、これ」
今まで飲んだことのない味だけど、なんか凄い独特の味だけど、すっごく美味しい!
「……こんな小さい貝なのに」
「簡単に獲れるのにここまで美味しいのは素晴らしいね」
サチもミーニャ先生も嬉しそう。
「野草も美味しいね。ちょっと硬いのがあるけど、食べ応えがあっていいかも」
シャキシャキって食感があって、これはこれで美味しい。
「もう少し煮たほうが良かったですか? きちんとした包丁があれば下処理もできたのですが、茎の表皮を削ることなくそのまま入れてしまったのが原因でしょう。失敗だったでしょうか」
「そんなことありませんわ。葉っぱだけでは物足りなさがあったでしょうが、茎のおかげで食感が生きております。肉が大好きなパルが満足しているのですから、問題ないでしょう」
「うんうん、美味しいから好き」
クララスさんの顔がパッと明るくなる。なんだかんだ言って、料理を作るのが好きなんじゃなくて、料理を食べてもらうのが好きなのかもしれない。
「魚も焼けましたね。どうぞ」
「わーい」
あたしは魚が刺さった枝ごと受け取ると、あちち、と指をぶんぶんさせながら、魚の背中にぱくりとかぶりついた。
まず塩味!
甘いかと思ったらしょっぱい! って感じた後に魚の美味しさがハフハフと口の中に伝わってきた。魚の味は薄いんだけど、それがたっぷり付けてある塩で際立つ感じ。
はふはふと焼き立ての香ばしいにおいと共に、魚の身を食べていく。
ルビーもサチもミーニャ先生も、美味しそうに魚を食べていた。そんなあたし達の様子を見てから、クララスさんも魚にかぶりついた。
「あぁ、とても美味しい」
ぽつりとつぶやく。
まだ悩みがあるかもしれないし、なんにも解決していないのかもしれない。
それでも、料理を美味しく作ってくれたのはクララスさんだし、道具も食材もゼロの状態からここまで美味しいのを作り出せたのもクララスさんのおかげ。
「すごいね、クララスさん」
「なにがですか?」
「料理が美味しい。貝の野草スープも魚の塩焼きも、すっごい美味しい。でも、これ以上の物を作ろうとしてるんだもん。それがすごいな~って思ったの。あたしなんて盗賊の修行してるだけでヘトヘトなのに。新しいスキルとか考える余裕なんてぜんぜん無いもん」
「そうですわね。これを超えるのは至難の業、というものですわ。悩んで当たり前、出来なくて当たり前。それで見た目も、と言われれば嘆くのも不思議ないですわ。誇りなさい。あなたは一流の料理人ですわ」
「そう、それそれ。ルビーって魔物なのにイイこと言うね」
「人の上に立つ身でしたので。これぐらいは言えます」
えっへん、とルビーは胸を張って自慢そうにしてるけど……全裸ブーツなんだよね~。あんまりカッコよくない。
「え……ルゥブルムさんって魔物なんですか?」
「えぇ。これでも魔王の直属の四天王でした」
「四天王……? え、冗談ですよね? え? 魔物ってしゃべるんですか? え、魔物?」
クララスさん。
せっかく瞳が輝いていたのに、ルビーのせいで曇っちゃった。というか、なんか現実を受け止め切れてないみたい。
「ルビーのせいだ」
「わたしのせいですの?」
「謝ったほうがいいよ」
「わたしが謝るんですの!?」
と言った感じで、楽しくて美味しいお昼ごはんでした。
師匠は今ごろ、なにを食べてるんだろうな~。携帯食かなぁ。ルビーの裸を見て喜んでたりして。あはは。
「……」
あたしも脱いだほうがいいのかな……う~ん……?
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