~流麗! お花じゃなくて薬草と野草を摘む乙女たち~

 塩小屋で充分な休憩を取ったので、わたし達は再び街道に戻ってきました。


「よし、サチ。ひとつ神官魔法を使ってくれないかい?」


 ミーニャ教授の言葉に、サチは首を傾げる。


「……なんの魔法でしょう?」

「ペイシンティアをお願いするよ」


 なんの魔法か分かりませんが、サチは納得したようにコクンとうなづいた。そのまま魔法を行使するべく、魔力を練り、それが足元から吹き上がる。

 そして足元には二重の円が現れた。

 外側の円には文字らしき光が疾り、中央の円はナー神の聖印を象るように魔力が光となって現れ、魔法陣となった。


「わ、すごい」


 今までサチといっしょだったはずのパルが声をあげる。

 すごい、ということはナー神の格が上がったことによって変化が見て取れたのでしょう。それこそ、大きな変化があったのかもしれませんね。


「フィルド――ペイシンティア・クルトゥーラ」


 サチを中心にして、円環がわたし達を取り囲む。

 魔力の光、というよりも神の奇跡と言ったほうがいいかもしれない。

 まるで祝福を受けるような光が足元から昇り、スっと消えた。

 どうやら無事に魔法は発動したみたいですけど……


「なんの魔法だったのですか?」


 これといって身体に変化が感じらないので、わたしはサチに聞いてみました。


「……持久力とかスタミナアップの魔法。長期戦に挑む時に使う魔法だけど……歩くだけに使うには贅沢」

「「うっ」」


 わたしとパルは思わずうめく。

 神の奇跡を贅沢に使ってしまう立場になってしまうとは……やはり日光とは恐ろしい存在だと思います。


「ご迷惑をおかけします」

「が、頑張ります」


 是非、ナー神には太陽神に一言文句を言っておいて欲しいものです。

 というわけで、西の森までは根を上げるわけにはいかなくなりました。まぁ、そもそも森についてからが本番なので、疲れる訳にもいかないのですけどね。

 街道を馬車に追い越されつつ、すれ違う商人と挨拶しつつ、その後は何事もなく西の森へと向かう。

 師匠さんの姿はやはり見つかりませんでした。森に入れば尚のこと気配も視線も分からなくなるでしょうから、これ以上は探すのをやめて本来の目的である冒険者のお仕事を優先させたほうがいいでしょう。

 もっとも――冒険者として正式な依頼では無いのが少し悲しいですが。


「到着ですわね」


 西の森。

 まばらに生えている木は、森の奥に向かうにつれて密度が濃くなっているらしく、どこまで続いているのか見通せなかった。

 街道はそのまま森の中を突っ切る形になっており、舗装された部分は斬り拓かれている。

 さすがにこのまま街道を通っていては、魔物にも薬草や野草といった物にも出会えないでしょう。

 ですので、わたし達はある程度森の奥に進んだ段階で、街道から反れて本格的に森の中に入って行った。


「どちらを目指しましょう?」

「それなら」


 と、ミーニャ教授が提案してくれました。


「もう少し先に大きな川がある。お昼休憩も兼ねて、そっちを目指してはどうだろう?」


 反対意見もありませんので、わたし達は現在地からナナメに移動する感じで森の中を移動し始めた。

 さすがに街道から近い場所に薬草などは無く、魔物の気配はおろか野生動物すらいない。もう少し奥に入らないと、なにも見つからないのでしょう。


「――見られてる」


 森の中に入り、そろそろ街道が見えなくなった頃。

 パルがそうつぶやいた。


「人数は?」

「ひとり。敵じゃないと思う」


 ふむ。

 何者でしょう?

 師匠さんが視線を向けてきたのでしょうか?


「……同業者かしら? それとも魔物?」


 わたしの疑問に答えたのはクララスでした。


「冒険者の可能性もあります。依頼が無い冒険者は、だいたいここで狩りをして路銀を稼いでますので」


 クララスはさして不安もなくそう言った。

 冷静に答えているので、さしたる不安もなさそうです。

 どうやら街の外に慣れているみたいですわね。


「もしかしたら狩人研究会かもしれないね。確かそんな研究会が森に入り浸っていると聞いたことがあるよ。新しい罠の実験をしているそうだ」

「罠ってどんな?」


 ミーニャ教授の話にパルは質問する。


「聞いたことがあります。踏んだらガシャってなるトラバサミっていう罠。あれは足を痛めてしまうし、威力が高すぎると足を切断してしまうそうです。逃げられてしまう上に、余計に苦しめてしまう。食べる、という結果は相手の命を頂く事ですが、無駄に苦しめるのは許されることではありません。美味しい肉を頂くためには、必要な研究だと思います」


 クララスの熱弁にパルは、なるほど、と深くうなづいた。


「美味しいお肉、食べたいなぁ」

「分かります。ですが、肉料理って難しいんですよね……ワンパターンと言われてしまって」


 と、さっきまでキラキラとしていたクララスの瞳が曇ってしまいました。

 新料理、とは厳しいものですのね。

 そんなクララスは気分を落としながらも足元をちゃんと見ているみたいで。


「あ、これは薬草です。切り傷に効果があります」

「あ、こちらや食べられる野草ですね。洗って食べましょう」

「あ、こっちはお腹が痛い時にお茶にして飲むといいですよ。じんわりお腹が温かくなって、治ります。お腹が痛い時って神さまに祈りますよね?」


 という感じで、魔物や野生動物は見つかりませんが薬草はいっぱい見つかりました。

 ……お腹が痛い時って神さまに祈るんですね。知りませんでした。


「薬草や野草は全部採るんじゃなくて、ちょっとづつ貰っていきます。そうしないと全滅しますから」

「はーい」


 というわけで、野草や薬草を摘んではミーニャ教授のカバンに入れていく。冒険者らしい活動ではないですが、下水道掃除よりはマシでしょう。

 巨大ネズミや大きな謎の蟲と戦ったりするよりは穏やかな気分でいられるはず。

 そのままわたし達は川を目指して真っ直ぐに進んでいくと、森の裂け目のように木々が一直線に生えてない場所が見えてきた。


「川だ」


 パルが小走りにそこへ向かい、サチも追いかけていった。なんだかんだ言って、サチは冒険者なだけに好奇心が旺盛なのかもしれませんね。

 わたしとミーニャ教授、そして野草をつまみ食いしているクララスはそれを後ろから歩いて追いかけた。


「まぁ。想像以上に川ですわね」


 鬱蒼とした森を一直線に切り裂くような、非情に大きな川です。

 川幅はかなり広く、向こう側の森とは分断されているような状態でした。水量も多く、深さもあり、魚が泳いでいるのが見える。

 海が近いということもあって魚の種類も豊富なのか、川魚には見られないような赤色の魚も泳いでいた。良く探せば貝もいっぱいいるのかもしれませんね。


「あっちが街道ですのね」


 右側を見れば、わずかに橋があるのが分かった。川幅が広いだけに大型の橋が架かっていて、木に負けないくらい大きな柱が建っているのが見える。


「このあたりで休憩します?」

「……待って。こういう場合、近くに休憩場所があると思う」


 サチの言葉に、そうなの? とわたしとパルは聞き返した。


「……うん。冒険者は危険が少なく有利な場所で休憩する。……冒険者が多くいる森だったら、自然とその後が残ってるはず」


 その言葉に納得したわたし達は、橋がある街道とは反対側の、上流側へ向かって川沿いを歩いていくことにした。

 しばらく歩いていくと、サチの言ったことが正解だったのが分かる。


「おー! 休憩所だ」


 川沿いにあったのは、木の枝を立てたり組んだりして作った簡易屋根のある休憩所。焚き火をした後もあり、その近くでは川の流れが比較的穏やかになった支流のある場所だった。


「ここなら安全に水も汲めそうですわね。あ、魚も取れるかも」

「あ、はいはい! あたし魚を捕ります!」


 パルが手をあげて主張した。


「張り切ってますわね。お肉が好きだったんじゃないの?」

「師匠が、魚捕りは修行になるって言ってた。釣りじゃなくて、捕るほう」

「へ~、そうなんですね。師匠さんが言っていたのならわたしも挑戦してみましょう」

「じゃ、ここでお昼ごはんだね!」


 はーい、とみんなでうなづいて。

 わたし達は、みんなでお昼ごはんを作ることにしました。

 なんでしょうね……

 もしかしてこれは冒険ではなく――


「ハイキングなのでは?」


 まぁ、少なくとも薬草は採れていますし、失敗ではないでしょう。

 そう信じたいところです。

 はい。

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