~流麗! 昼まで短し、歩けや乙女たち~

 冒険者ギルドの受付に情報を聞きましたところ、学園都市付近で魔物が出没するのは――


「地下の下水道か、西の森だそうですけど……どちらに行きます?」

「「ぜったい西の森!」」


 と、元役立たずのミーニャ教授とちょっと前まで役立たずでしたクララスが主張しましたので、西の森に行くことになりました。


「下水道では薬草や食べられる山菜などは採れませんので!」

「明るいところじゃないと神官魔法のハッキリとした効果が検分できないかもしれないからね」

「あ、そんな理由……わたし、てっきり不潔なところは嫌なのかと」

「「それもある」」


 さすが元役立たーズですね。

 まぁ下水道はすでに他の冒険者が潜っている可能性もありますので、ここは素直に西の森に向かいましょう。

 大きなネズミや巨大なゴキブリを退治しても魔物の石は手に入りませんものね。

 というわけで、冒険者必須行為の『荷物点検』を見よう見まねでやってから、わたし達は学園都市の西側へと出ました。

 大通りからそのまま街道に続くみたいですね。

 海岸沿いを真っ直ぐ続いている道で、往来も多くあるようです。馬車がいくつもすれ違っており、その程度には広い道ではあるみたい。

 およそ魔物や盗賊といった危険からは無縁にも思える道がまっすぐ伸びていました。

 目標地点である森は遠くに見えており、まだまだ遠い。

 そこまでは馬車でも乗っていったほうが良かったのではないか……なんて思いつつも気楽な散歩もいいものですわ、と気分を切り替えて歩いていきました。

 しかし――


「この状況で師匠さんの姿が見えないのは、ちょっと驚きですわね」


 わたし達を尾行しているはずの師匠さん。

 現在地は、森からも遠く学園都市からもそれなりに離れた場所。

 地面に多少の起伏はあれど、木がまばらに生えていたりしますけど、これといった隠れる場所もなく。人通りは多いとは言え、師匠さんの姿ならすぐに見破れるぐらいの自信はある。

 それでも師匠さんがどこにいるのか、わたしにはサッパリ分かりません。


「海の中とか?」


 パルは海を見渡すけれど、さすがに無理がありますよね……船はいくつか見えるけれど、師匠さんが乗っているとは思えないし、尾行に船を使うにはあまりに不安定過ぎるはず。


「木に隠れてるわけでも船でもない。海の中とも思えませんし、師匠さんはいったいどこからわたし達を見ているのでしょうか?」

「う~ん……師匠が言ってたんだけど、尾行って必ず後ろからつけてるだけじゃないって。対象の行き先が分かっている場合、先回りすることもあるって言ってたよ」

「なるほど。では、後ろから追い抜いていく馬車に乗っている可能性もあるということですね」

「よし、それも注意して見てよう」


 わたしとパルは乗り合い馬車に乗っている人物や商人の馬車に注意しつつ西の森へ目指して歩いていく。

 周囲に無警戒になってしまっていますが、こんなところで魔物が発生すれば街道は騒がしくなるはずですし、危険な野生動物も同じく騒ぎが起こるでしょう。

 安心して師匠さんの尾行を看破できるはず!

 と、息まいていたのですが――


「はぁ、はぁ……あ、歩くのがこんなに苦痛とは思いませんでしたわ」

「ひぃ、ひぃ、疲れた~」


 わたしとパルが元役立たーズより先に根を上げました。


「……慣れない装備で張り切るから」


 サチの言う事も、ごもっとも、です。いえ、決してハンマーが重かったわけではなく、わたしの場合は日光なんですけどね。

 まだまだ克服したとは言えないほど、ジリジリと体力を削られているみたい。

 ホント、見た目通りの小娘になってしまったのですね、わたし。


「体が重いぃ~」


 ちなみにパルは、加重に耐える体力がまだ無いようです。普段の生活はそこそこ慣れたようですが、長距離移動はこれが初めて。

 師匠さんの言うとおり、冒険者をやってみて良かったと思います。なかなか今まで通りに動くのは難しそうですわね。

 ひぃひぃはぁはぁ、とわたしとパルは立ち止まってしまいました。


「あ、塩小屋がありますね。あそこで休憩しませんか?」

「塩小屋?」


 クララスが指し示したのは、海岸沿いに建つ一軒の背の高い建物。風車が付いていて、シンプルな煙突からは煙がポワンポワンと優しい感じで出ていた。


「塩小屋ってなぁに?」


 パルの質問にクララスは答える。


「塩を作っているんですよ。海から海水を汲んで、蒸発させて塩を作っています。風車の動きとか見ていて面白いですよ」

「ほへ~、塩って海から作れるんだ」


 街道近くで座り込むよりはよっぽど目立たないだろうし、なにより師匠さんの予想を裏切れるかもしれません。

 あと、ホント休憩しないとダメっぽいので、わたし達は西の森より先に塩小屋に向かうことにしました。


「ひぃ~、砂浜が無理ぃ~」


 塩小屋まであと少し、というところでパルがダウン。

 さすがに体が重い状態で砂の上を歩くのは無理があるというもの。

 マグを装備解除して、うひょ~、と軽やかに砂浜を駆けていく様子は、ちょっと羨ましかったです。


「おやおや、お嬢ちゃん達よく来たねぇ。休憩? えぇえぇ、どうぞ休んでいって。いまお茶を淹れるわね」


 塩小屋ではお婆ちゃま達が働いていました。

 といっても、仕事はあまり無いみたいでお茶を飲みながら世間話をしつつ、塩を蒸発させる火の番をしている、という感じかしら。


「おぉ~。なんか凄い」


 風車が回転することによって、そこに繋がったロープが連動して木桶が動く。それは海に繋がっていて、海水を汲んでくる仕組みになっていた。

 更に木桶は自動で傾き、鉄板の上に屋根のように並べられた葉っぱ付きの木枝を通してポタポタと雫となって落ちる仕掛けになっていた。

 鉄板の上で蒸発した塩は定期的に回収されて、不純物を取り除かれるフルイに掛けられる。


「こうやって塩って作られるんですね。わたしの領地では岩塩でしたので、面白いですわ」

「おや、貴族様なのかい? それじゃぁこんな安物のお茶を出したらマズかったかねぇ」

「いえいえ、そんなことありませんわお婆ちゃま。領地での生活が退屈でしたので、逃げ出したきましたの。高級なお茶よりも、お婆ちゃまが淹れてくださったお茶のほうが美味しいに決まってますわ」

「うふふ、そうかい?」


 もちろん本音です。

 部下が丁寧に淹れてくれた紅茶も美味しいですが、お婆ちゃまが淹れてくれた素朴な緑茶も普通に美味しいですからね。


「へ~、蒸発したら水に溶けてる塩が残るんだ。泥水が乾いたら土が残るみたいな感じ?」

「例としては最悪ですが、その通りです」


 わたしとサチ、そしてミーニャ教授はお婆ちゃまといっしょに座って休憩していたが、パルとクララスは楽しそうに見学をしていた。

 パルの疑問に答えたり解説するクララス。食べ物に関して研究しているだけあって、調味料の作り方にも詳しいようです。


「この塩小屋での作り方は、まだまだ不純物が混ざる方法ですね。綺麗な真っ白な塩はできませんが、その変わり大量に安価で作れます。ここの塩を更に水に融かして、もう一度蒸発させることによって更に不純物を取り除く方法もありますし、他にも時間は掛かりますが太陽の光で蒸発させる天日干しの方法なんかもありますよ」

「そうなんだ~。いっぱい作り方があるんだね~。……あ、ねぇねぇクララスさん」

「はい、なんでしょう? 新しい料理のアイデアでも浮かびました? 是非とも教えてください!」

「あはは、違うよぅ。水を蒸発したら、中身が残るんだよね」

「はい、そうです」

「じゃぁさ、ポーションを蒸発したら何が残るの?」

「え……?」


 パルの一言に、クララスは黙り込んでしまった。

 いえ、クララスだけではありません。わたしの隣でお茶を飲んでいたミーニャ教授の動きもビタリと停止しました。


「……なんという不敬なアイデア」


 サチがそう言うのも理解できる。

 ポーションの作り方はわたしも知っています。

 それは、神さまに祈ること。神さまの奇跡によって、ただの水が傷を癒したり精神力を回復したりする奇跡の水に生まれ変わるのです。

 冒険者には必須のアイテムであり、命を助けるアイテムです。

 それを蒸発させるまで火にかけるだなんて。

 なんて。

 なんて――


「なんて冒涜的なアイデアなんだ!」


 ミーニャ先生の瞳がキラキラと輝きました。

 そりゃ神さまを恨んでいるのですから、無理もない。神さまへの祈りによって奇跡がもたらされる水を、実験と称して台無しに出来るのですし。

 なによりそこに残る物が『何か』。

 この『何か』が果たして、神の奇跡と言えるものかどうか。神秘学を研究しているのであれば興味が湧き出てきて仕方のないこと。


「パルヴァスちゃん、天才って言われない!?」

「ときどき言われる!」

「素晴らしいな!」


 あっはっは、とミーニャ教授は笑った。そしてぶつぶつとなにやら考えを言葉に出しているようですが……なんとも理解しがたい早口な上に小さな声なので内容はまったく分かりませんでした。


「あ、あたし、何かマズイことでも言っちゃった?」

「……あまり普通の人の前では言わないほうがいい。神官が聞いたらたぶん、めちゃくちゃ怒られる」

「う……ごめんなさい。えっと、サチは怒らない?」

「……う~ん?」


 サチはなんだか曖昧に首を傾げました。

 別に問題ないのか、それとも問題ありなのか。

 それこそ、実際にやってみて結果が出ないことには判断できないと思う。

 なにせポーションが蒸発して残る『何か』は、それこそ具体的な神さまの奇跡である証拠になりますものね。

 それが残るのであれば、別にポーションを沸騰させようが蒸発させようが問題はないはず。


「ふ~む、これは楽しみだねぇ」


 ミーニャ教授は、さっさと帰ろうとでも言い出すのかと思いましたが……意外にも落ち着いた様子でお茶を飲んでいた。


「……早く実験したいのでは?」


 サチが聞くが、ミーニャ先生は首をブンブンと横に振った。


「街中で出来るわけがないじゃないか、サチ。いくら私でも、それくらいの常識は持っている。このまま森の中まで行ってこっそりと実験しようじゃないか。冒険者セットに鍋はあったよね?」

「……あります」

「よろしい。ふふふ、ポーションを蒸発させたら残る物は何かなぁ。液体が残れば面白い。粉が残れば、それもまた面白い。一番面白いのは何も残らないことだね」

「そうなんですの?」

「神の奇跡など無かった、と言える結果じゃないか」


 あっはっは、とミーニャ教授は笑う。

 ちょっと狂気が混ざっているんじゃないかしら。

 そう思いつつ、ドン引きしているお婆ちゃまたちに微笑みつつ、わたしはお茶の残りを美味しくいただくのでした。

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