~流麗! 前衛1・中衛1・後衛1・役立たず2~

 学園校舎、最上階。

 中央樹の枝葉が張り巡らされた比較的新しい区画の中にある『神秘学研究会』。

 神を研究するのに『神秘学』とは、また意味が違っているんじゃないかしら?

 なんて疑問は口には出さず、わたしはにこやかに冒険に賛成するミーニャにくすくすと笑った。

 背中に背負っているのは冒険者セットかしらね。ハーフ・ハーフリングという種族の特徴である小さな身体に、なんとなくピッタリと合うバックパックを背負った姿が、ちょっと可愛らしい。


「冒険? いくいく、私も行くよ! なにせ小神から大神からスピード昇格した神さまなんてこの世にいないからさ。サチの神官魔法にどれだけの違いが発生しているのか、この目で確かめておきたい。物凄いパワーアップしてるのか、それとも違いは無いのか。それを確かめるだけでも価値があるからね!」


 と、ミーニャ教授は嬉しそうに語る。

 反対に、あまり賛成ではないのがサチの方で、少しばかりその状況が面白かった。


「サチ、冒険者はもうイヤになった?」

「……そうじゃなくて」

「うん?」

「……もうお別れする気でいたから。何度もいっしょに会ってしまうと……その、もっと悲しくなっちゃうから」


 そう言って、チラリとパルを見るサチ。

 目は口ほどに物を言う、なんて言葉を聞いたことがあります。いろいろな感情が漏れ出ていますよ、サチ。


「気にすることないよサチ。いつでも遊びに来るし、サチも遊びに来たらいいよ。だって、この部屋じゃないと勉強できないことないよね? 神さまはいつだってお空の上にいるんだし」

「……パルヴァスは気楽でいいわね。好きよ」

「あたしもサチのこと好き!」


 女の子同士の友情は美しいものですが……ちょっとサチの言う好きとパルの言っている好きの意味が違うような気がして。

 わたし、ちょっぴりドキドキしてしまいます。

 もちろん、それを指摘するような野暮はしません。

 サチの言う、別れがより寂しくなってしまう、というのも充分に理解できますしね。


「ミーニャ教授。あなたは神官魔法をどれくらいが使えますの?」


 そんなサチとパルの仲良しごっこは置いておいて。

 人類種最高の研究機関において、神秘学を研究しているとなれば。相当なレベルの神官魔法が使えるのかもしれない。

 聞けば最高位の神官魔法には攻撃魔法が存在し、魔物を一瞬で消滅させることができると聞いたことがあります。

 まかり間違ってもそんな魔法には巻き込まれたくはありませんので、しっかりと注意しなければ。


「いや、私は神官じゃないからね。神官魔法は基本の応急処置魔法も使えないよ」

「え?」


 いや、でも確か――


「神の声が聞こえると仰ってませんでした?」

「声が聞こえるのと奇跡代行を許してもらえるのとでは違うんだルゥブルムちゃん。君はパルヴァスちゃんと仲良しだけど、パルヴァスちゃんの武器をいつだって貸してもらえるとは限らない。サチと仲良しでも、サチの下着を貸してもらえるかというと、許してもらえない。そんな感じかな?」

「あたしは貸すよ~」

「……わたしも」


 武器はともかく下着を気軽に貸すっていうのもどうなんですか、サチ。節操が無いとナー神にも嫌われてしまいますよ?


「ケチくさい生き方をしていますわね、神とやらは。そんなだから天界で神さま同士のイジメがあるんですよ」

「あ――聞こえていたみたいだよルゥブルムちゃん。あ、ルゥブルムちゃんって呼んでいい?」

「今さらですか。きちんとルゥブルムと呼んで頂けておりますので問題ありませんが……聞こえていたとは?」

「神さまに。君の幸運値を5下げる、と神さまのお告げがあった」

「偉大なる神におかれましては、崇高なるわたしの祈りを捧げたいと思います。是非、その神の真名を御教え願いませんでしょうか?」


 いつかぜったいぶっ飛ばしてさしあげますわ。


「ふふ。冗談だってさ。ゴッドジョーク」

「悪質極まりないジョークですわ……」


 というか、本当にヒマですのねミーニャの相手をしている神は。そんなだから邪教が流行したり、神に恨みを持つような人間種が生まれるんです。

 ちょっとは世界平和を祈って欲しいものですわ。

 まぁ、魔王の手下だったわたしが言うのもなんですが。

 神がしっかりと働いていたら、わたしの領土にいる人間種が救われてしまって、魔王さまにひたすら怒られたかもしれませんので、まったくもって強く言えませんが。


「よぅし、というわけで出発だー!」

「おー!」

「……おー」

「なんでミーニャ教授が仕切っているんでしょうか」


 妙なパーティができあがってしまいましたね。

 前衛はもちろんわたしで、中衛はパルが担当し、後衛にサチという構成を考えていましたが……まさか役立たずがひとり追加されるとは思いませんでした。

 戦闘になった場合、守らないといけませんよね?

 ホントに役立たずじゃないですか?


「ところでパルヴァスちゃん達の師匠って今日は何しているの?」

「尾行の訓練をするんだって。どこかであたし達を見張ってるっぽいんだけど……う~ん、ぜんぜん見当たらないね。師匠を見つけたらご褒美があるよ!」

「……ご褒美」


 サチはキョロキョロと見渡すけれど、もちろんその程度で見つかるような師匠さんではないでしょう。

 ここまで来る時にもそうでしたが、師匠さんの気配どころか視線すらも感知できない状態です。

 ホントに尾行されているのかどうか……少し気になるのは確かですわね。


「師匠さんを見つけ出してみましょう」

「そんなことできるの、ルビー?」

「一度しか使えない手ですが、任せておいてください。では、サチ。少し耳を貸してくださいな」

「……はい」


 わたしはサチの耳に口を近づけて、こっそりと策を伝えた。


「……んっ」

「敏感ですのね」

「……ご、ごめんなさい」


 この娘は大概アレですよね、やっぱり。

 パルだけじゃなく、わたしでもいいのかしら? 吸血鬼という正体を知っているくせに、なかなかの豪胆でもあるようで。ミーニャ教授も狙っているのかしら。興味深い。

 ふふ。

 冒険者をやるだけのことはあるようです。欲深く、未知を開拓するという意味では、間違いなくサチは冒険者でしょう。

 というわけで、そんなサチの行動力の速さに期待した作戦です。


「行きますわよ。3、2、1、ゼロ」


 カウントゼロでわたしは素早くパルの後ろへ回り込み、羽交い絞めにした。それとほぼ同時にサチの手がパルの胸を鷲掴みにする。


「ひぎゃああああああああ!?」


 という叫びは痛さではなく、驚きからでしょう。

 しかし、インパクトは抜群。

 かわいい女の子同士が、ちょっとえっちにジャレあっている光景は、師匠さんにはたまらないはず!

 さぁ、師匠さん!

 どこから視線を通しているのか、看破させてもらいますわ!


「――あ」


 発見しました。

 というか、無茶苦茶ですわね……師匠さん。

 まさか窓の外。

 外壁に張り付いた状態で監視しつつ尾行していたとは……恐れ入りました。

 しかし、さすがの師匠さんと言えども、こんな美味しい光景を見逃すはずもなく、しっかりと視線を合わさせて頂きました。

 大通りで5秒間のハグ決定です。


「ていうか、師匠落ちてったけど大丈夫?」


 さすがのパルも気付いたようで、わたしが羽交い絞めを止めると窓へ近づいていった。わたしも窓から覗いてみると……


「死体はありませんわね」

「ルビー、酷いこと言ってる」

「冗談ですわ。吸血鬼ジョークです。神さまのより、よっぽど可愛げがあると思いません?」

「思わないよぅ」

「魔王さまには笑ってもらえたのですけどねぇ」

「余計に酷い」


 なんて会話をしつつ、わたし達は学園校舎を出た。

 まずは冒険者ギルドに行くか、もしくは武器屋さんでわたしの武器を調達するか。そのどちらから実行しましょうか、なんて会話をしていると――


「あぁ、お嬢さん! お嬢様! やっと見つけましたパルヴァスちゃん! いえ、パルヴァスさまぁ!」


 と、ひとりの女性がパルにすがり寄ってきた。


「ななな、なになに!? あ、新料理研究会の人だ。またなにか試食? いいよ、なんでも食べる~」

「いえ、違います。違うんです、聞いてください!」

「え、なになに?」

「料理とは、それは日々を生きる上で重要なことです。お腹がいっぱいになれば、それでいい。なんて考えでは、しあわせになれません。美味しい物を食べてこそ、その日のしあわせを噛みしめて、ベッドの中でゆっくりと眠れるものです。料理とは、しあわせを表すものなのです!」

「は、はぁ……うん」


 そう女性が語るのは理解できる。

 魔王領では、人間に料理を作らせていた。それが人間の唯一の仕事であるかのように、人間に求められていたのは料理でした。

 魔物は何も生み出せない。

 もちろん、それは知能や知性の問題でもある。言う事を聞かず暴力で理解させるしかないゴブリンに、食材を切り分けて料理をしろ、なんて言っても無理なこと。

 知能の高い魔物にしても、知能が高いからこそ料理なんてしない。

 言ってしまえば、魔物にとっては味よりも質。獣耳種や有翼種の肉が、生きてようが死んでようが生だろうが焼いてあろうが、きっちりと料理されていようが関係なく同一の美味い物として語られていた。

 だからこそ、人間が必要だった。

 料理をさせる存在が魔王領においては不可欠だった。

 魔王さまが何を考えていたのかは分からないけれど、とりあえず人間を殺し尽くすメリットは無く、料理人としてそこそこの扱いはしていたと思う。

 逆に言えば、料理にはそれぐらいの価値がある。

 この女性が言うように、しあわせを感じられる程度には、その意味がある。


「ですが! ですが! 誰も食べてくれない料理に意味があるのでしょうか? どんなに美味しくとも誰もが手を出さない料理は、冷めてしまったからあげのような物ですよね!」

「からあげは冷めても美味しい」


 パルが堂々と否定した。

 凄い。

 泣きつく女性を堂々と否定するなんて、なかなか非情なところを持ち合わせているようですわね、パル。さすが盗賊。卑劣と呼ばれているだけはある職業ですわ。


「失礼しました。そうですね、からあげは冷めても美味しいです。わたしが間違ってました」

「それで、どうしたの?」

「あ、そうでした。それでですね、新料理研究会の会長が言うんです。料理は味だけじゃない。見た目も重要だ、と。それは分かるんです。でも、それだけじゃないって思いませんか?」

「あ~、この前の白くてトロトロとした、美味しいスープのこと?」


 それです! と女性。


「あれが完成した姿なんです。あの食材の一番美味しい料理法のはずなんです。それを否定されたようで、わたしは悔しくて、悲しくて……でも、もう、どうしようもなくて……」


 めそめそと女性がパルに掴みかかったままうなだれた。


「ふむ。落ち着きたまえ、新料理研究会員くん。神さまは言っているよ? あせる心は足を踏み外させる、とね。もちろん怠惰な心は足を鈍らせるものだ。どうだい、君もいっしょに私たちと来てみては? 新しい世界を覗いてみるのも一興だ。机の上にしがみついても、厨房の中に引きこもって空っぽの鍋を混ぜ続けても、良い答えは絶対に出てこないぞ」

「そ、そうでしょうか……」

「うんうん、いっしょに行こうよ! 楽しいよ」

「は、はい……えっと、ところでどこへ行くのですか?」

「冒険だよ!」

「はい?」


 こうして、役立たずがもうひとり増えました。

 前衛ひとり、中衛ひとり、後衛ひとり、役立たずふたり。

 大丈夫でしょうか、このパーティ。

 魔王さまに四天王として任命されて、領地を任される時よりも不安な気がします……

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