~卑劣! 俺の考えたサイキョーの必殺技~

「――というわけで、冒険者になってみようと思います。よろしいでしょうか?」


 宿に戻ってきたパルとルビーから報告というか、相談を兼ねた提案を聞いた。

 なにやらパルにお金を借りたらしく、それを返すために冒険者になりたい、とルビーは言う。

 なんとも吸血鬼らしくないと言うか魔物らしくないと言うか……まともなお金の稼ぎ方を提案してきたものだ。


「問題ない、ぞ。それこそ、マグの有効性を、確かめて、おくのも、重要、だ」

「おぉ~、あはは。師匠すごいすごい」


 パルの重さが大幅に増大したので、試しに肩車をしてスクワットをしてみた。

 いつもの体重では少し物足りないが、ここまで重くなったパルはなかなかの負荷。しっかりと腰を落とし、ゆっくりじわじわと腰を落としたのもあってか、たったの二十回で限界がくる。


「おおお、っくくぅ、がああああああ!」


 で、そこから五回。

 限界の一歩先こそが、成長への第一歩。

 なかば悲鳴にも似た声をあげつつ、俺はスクワットをやり遂げた。

 そう。

 なにせ美少女の太ももを合法的に触っていられるのだ。これは修行だから。これは訓練だから。これは鍛錬なのだから。

 と、自分に言い訳ができる。

 素晴らしい!

 はっはっはっは!

 ……いや、ダメだ。

 このままでは俺はダメになる。やめよう。腕立て伏せの背中に乗ってもらう程度にしておかないとダメだ。

 ロリコンとしてダメになる。

 イエス・ロリー、ノー・タッチの原則は守らなくてはならない!


「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……」

「大丈夫ですか、師匠?」


 パルをおろし床に這いつくばるダメでロリコンな俺に声をかけてくれるパル。なんて優しいんだ。こんな師匠で申し訳ない。


「はぁ、はぁ、問題ない。ふぅ……やっぱり少し身体がナマってる気がするなぁ」


 勇者パーティにいた頃は、毎日が緊張感の連続だった。マジな話として一秒とて油断はしていなかった。いや、油断をできる余裕が無かった、というのが真実か。

 戦闘に至っては、それこそ一撃で死んでしまうような領域。

 当たれば即死の攻撃を掻い潜り、オトリとなって隙を生み出したり、バックスタブで急所を突いたり。

 一戦一戦を限界まで振り絞っていたあの時と比べて、今は穏やかに過ごしている。命の危険などまったく感じたこともない生活が戻ってきた。

 それは喜ばしいことだけど。

 その代わり、『戦闘の勘』が弱っていく。ヒリヒリとしたあの空気感と、限界ギリギリではないと身に付かない戦闘の高揚感。

 あくまで感覚の話だが……下手をすれば、もう二度と取り戻せない可能性もあった。

 ルビーが協力してくれたおかげで、そのあたりの感覚が衰えるのを止めることができるだろうが……さすがに上げることは無理だ。

 死の恐怖、もしくは死と隣り合わせでは無い限り、それらの感覚が元に戻ることはないだろう。

 経験値は増えるが、格が上がるわけではない。

 だからこそ、それを補う意味で筋力の増強は必要だ。

 まぁ、やり過ぎてスピードが落ちるのは注意しないといけないが。


「師匠は充分に強いですよ。それ以上強くなってどうするんですか?」

「ルビーに勝てないようじゃ強いって言えないだろ。まぁ、そのルビーも弱くなってしまったが……どうなんだ?」


 日光をマグによって克服したルビー。

 その代償に、強さが人間並みになってしまった。


「ふふ、見てください」


 そう言うと、ルビーはパチンと指を鳴らす。

 彼女の影から現れたのは、眷属であるオオカミとコウモリ。オオカミはちょこんと彼女の隣に座り、コウモリはバサバサと翼を打ち立て、天井にぶら下がった。


「どうやら太陽が沈めば能力は元に戻るようです。影にも沈めますよ」


 ルビーはオオカミといっしょに俺の影へとズブズブ沈んでいった。遅れてコウモリも天井から飛び込んでくる。まるで水の中の獲物を捕らえるように、そのままちゃぽんと影の中へと消えていき、入れ替わるようにルビーが顔を見せた。


「太陽の光を浴びると弱り、夜が来ると復活する。そんな感じか」

「そのようですわ。洞窟に入ったりするとどうなるか、試したいところではありますが」

「ふむ。そのあたりの確認も冒険者のついでにしておくといいな」


 分かりました、とルビーは影から出てきた。

 俺とパルがお金を出して買ったルビーの装備と服。真っ黒だけど、胸当てだけが白く輝くように目立つのは、なかなか様になっている気がするなぁ。

 そして黒タイツ。

 ふむ。

 いいな、黒タイツ。

 貴族の令嬢が時々履いてる白タイツ。あれってどうなの、なんかあんまり可愛くないんじゃない? って思っていたが……

 なかなかどうして、スラリと細い美少女が履くとタイツも良い物になるんだなぁ。

 いや、黒か。黒がいいのかもしれない。

 白タイツってどうにもボヤっとしてる印象を受ける。酷い言い方をすると、なんとなくペドペドしい。つまり、少女ではなく幼女、もしくは童女が履いているイメージがあった。

 それとは違って黒タイツは良いかもしれない。

 もしくは――ルビーが履いているからこそ、素晴らしく見えるのだろうか……

 う~む……しかし、良いものだ……!


「どうしました、師匠さん。わたしの足になにか?」

「いや、なんでもない……というわけでもない。ひとつ気になったのだが」

「はい」

「武器は必要じゃないのか?」

「あ」


 冒険者になるのはいいが、それは日中に活動するわけであり、まさか素手で戦うわけにもいくまい。

 それを考えると、ルビーもなにか武器が必要だ。


「まぁ、このあたりでは魔物は少ないし、危険な野生動物も早々と遭遇しないだろう。自分の特性にあった武器を考えておけばいいさ」

「分かりました。どうしましょうか、剣は持ったこともないですし……」


 ルビーは腕を組みながら考えている様子。

 まぁ、吸血鬼だしなぁ。武器を持って襲ってくるイメージはまったく無い。力や、それこそ魔力が強いのだから当たり前だが。


「あぁ、そうだ。パル、マグを貸してくれるか?」

「ほえ?」

「ひとつ技を思いついた」

「え、え、どんなですか?」

「上手くいくかどうか分からないので、テストしてみよう。ルビーも来てくれ」

「分かりました」


 というわけで、俺はパルとルビーをつれて宿の庭に出る。

 あまり広い庭ではないが、そこには何本か木が立っており、ちょっとした柵の代わりになる目隠しに使われているようだった。


「これは徒手空拳での基本となるのだが……相手を殴る際、当たる寸前までは力まず、インパクトの瞬間に力を込めるというものがある。ルビー、ちょっと防御してくれ」

「殴られましょうか?」

「……いや、ちゃんと防御してくれ」

「残念です」


 なにが残念なのかサッパリ分からないが、知らない人が見たら俺が弟子のひとりを殴っているように見えるので勘弁してもらいたい。


「当たるまでは拳を軽く握り、当たる瞬間にギュっと握る」


 パンッ! と、俺の拳を受け止めたルビーの手が小気味良い音を立てた。


「これは蹴りでも同じ。当たるまでは力を込めず曲げた状態で、当たる瞬間に足を伸ばす」


 ルビーの顔面を狙った上段蹴りも、彼女は難なくガードした。


「当たる瞬間が大事。っていうのは分かりましたけど……それがどう関わってくるんですか師匠?」

「うん。それを投げナイフとマグで応用できないかと思ってな。まずは、普通に投げる」


 俺は投げナイフを木に向かって投擲した。

 スコ、と軽い音が鳴り、投げナイフは木に刺さる。


「次に全力で投げる!」


 俺は力を込め、思い切り振りかぶって投げナイフを投擲した。コントロールへの意識を最低限に抑えた、威力重視の一撃だ。

 ガッ、という鈍い音が響き、投げナイフは一本目の少し上に刺さる。 

 それを確認するために木へと近づいて、パルといっしょに見る。


「こっちが普段通りに投げたナイフの刺さり方。で、こっちが全力投擲の刺さり方」

「当たり前ですけど、全力で投げた方が深く刺さってます」

「うん。それじゃぁマグを貸してくれ」


 俺は元の位置に戻ると、パルから受け取ったマグを装備した。

 もちろん、最大限に気を付けて装備したので……顔面から地面に落ちることはなかった。

 しかし――


「ぐっ、これは……キツイな」

「師匠でもしんどいですか?」

「あぁ。だが良い鍛錬になる。素晴らしい着想だ、パル」


 と、俺はパルの頭を撫でたのだが……


「あだだ、し、師匠、痛いです」

「すまん……優しく撫でるって難しいんだな……」


 ふんわりとパルの頭に手を置いたつもりだけど、全然ふんわりになってなかったようだ。

 まぁ、それは置いておいて。


「インパクトの瞬間に力を込めれば威力が上がる。ということは、投げナイフが刺さる瞬間に重さを加えれば――」

「威力が上がる?」

「やってみよう」


 俺はいつも通りを意識しながら、加重状態の肉体で投げナイフを投擲した。そのまま人差し指と中指を立て、一直線に飛んでいく投げナイフをターゲッティングする。


「アクティヴァーテ!」


 木に刺さる一瞬手前で、俺はマグの加重魔法の対象を自分から投げナイフへと移行させた。

 身体がフッと軽くなると同時に、ガッ! という重い音が庭に響く。


「お~、成功ですよ師匠!」


 パルが走って確認に行き、俺とルビーは歩いて木まで移動した。

 三本目の投げナイフは俺の狙った通りの場所――一本目のすぐ隣に刺さっているが、二本目と同じくらいに深く刺さっていた。

 どうやら狙い通りの結果になったらしい。


「俺じゃなくておまえが使うんだぞ、パル。これをそのまま使ってナイフの威力をあげてもいいし、それを見せておいて二発目には投げナイフではなく相手そのものに加重を掛けてもいい。なんなら、発動させるキーであるアクティヴァーテと叫ぶだけで実際には発動させず、フェイントとして警戒させても良い。上手くいけば相手のバランスを崩せるだろう。フェイント、ブラフ、虚と実は織り交ぜて戦えば、戦闘の幅が広がるだろう。以上が俺が思いついたポンデ……なんだっけ? まぁいいや。ポンデ腕輪の使い方だ」

「ポンデラーティですよ、師匠」


 そうそれ、と俺は苦笑する。


「腕輪ですので、ポンデ・リングでよろしいのでは?」

「えぇ、ちゃんと名前で呼んであげようよ。ルビーのは常闇のヴェールでかっこいいじゃん。常闇リングってカッコ悪くない?」

「……カッコ悪いですわね。ちゃんと呼びましょう。ポンデラーティですよ、師匠さん」

「分かった分かった。というわけでパル。ちょっと練習しよう」

「はい!」


 マグを利用した新しい攻撃。

 無事に成功したので、パルにも習得してもらいたいところだ。もしかしたら魔力糸にも応用できるかもしれない。

 鎖のように重くすれば、魔力糸を直接相手にぶつけてダメージを与えることや、投げナイフ無しでの直感的な運用ができるかもしれない。


「ま、それは追々だな」

「う~ん、刺さる瞬間って難しい……ちょっとルビー、刺さってくれない?」

「いいですわよ」

「えいっ! アクティバーテ!」

「タイミングが早いですわ。胸ではなく重みで沈んでお腹に刺さってます」

「あらら」


 ……いや、もう、絵ずらが最悪ですけど!?

 まぁ、仲良く修行してるのでいいか。

 周囲の視線は無し。宿から見られてる様子も無い。

 女の子が遊んでいる声だけが聞こえている感じなので、まぁちょっとの間ぐらいは大丈夫だろう。


「ルビー、少し動いてやれ。パルは足を狙ってみろ」

「「はーい」」


 本来なら絶対にできない実施形式の修行方法だ。

 この際、積極的に利用させてもらうのも悪くはないだろう。

 もちろん。

 誰にも見られない、という条件だけどさ。

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