~卑劣! くらやみ殺気と試作の思索~
最上階から最下層へ。
再び中央樹の根本に移動する際、活気に溢れていたドワーフ達とすれ違った。
「ふむ」
もしかしたらさっきのドワーフたちが中心になって『腕輪』に関する新しい技術を開発しているのかもしれない。
それはともかくとして、徐々に喧噪が遠のいていく薄暗い空間を歩いていくと、ルビーの不気味さが増していくのはなんでなんだろうな。
暗さと吸血鬼の恐ろしさは比例するのかもしれない。
逆に言うと、日光に当たらなくてもルビーの能力は減衰していると考えるべきか。
もっとも――
減衰しているからといって勝てる見込みはまったくないが。
「ルビー」
「はい、なんですか師匠さん?」
「ちょっと殺気を俺に向けてくれないか」
「別にかまいませんが……?」
首を傾げながらもルビーは俺に殺気を――
向けられた瞬間に息が止まった。
正確には、心臓が止まってしまった錯覚、だろうか。空気が一瞬にして凍り付き、風のひとつひとつが鋭利な刃となる。
まるで時間が停止した中で首を絞められたと言えばいいだろうか。
視線にすら毒が仕込まれているような感覚に、俺はすぐさま降参の旗をあげた。
「っく。はぁ……わ、悪かった」
呼吸が停まっていたわけではない。
なのに一瞬にして息苦しさを覚えて、俺はあえぐように空気を吸った。
「いえいえ、この程度であればいつでもご要望ください。パルも大丈夫ですか?」
「うぅ」
ルビーの言葉に、パルが逃げ出していたことにようやく気付いた。どうやら俺への殺意に中てられたらしい。天井近くに張り付くようにして逃げていた。
やるじゃないか、パル。
ちょっとした突起に魔力糸を絡めて身体を持ち上げているようだ。とっさに顕現させたようなので毛糸みたいな魔力糸になっているが、強度は充分。
成長しているんだなぁ、我が弟子は。
それに比べて俺はダメだ……弟子の存在すら気にかけられないほど、恐怖で身体も思考も縛られてしまった。
殺されないと理解していても、この体たらくだ。
実際に襲われたとなれば、パルを置いて本能のままに逃げ出した可能性もある。
こいつは肉体だけでなく精神面も鍛えないといけないようだ。
勇者パーティに足手まといと言われたが……実際にその通りだったとは、まったくもって笑えない。
「ところで、いきなり殺気を要求されましたけど。どういう了見ですの?」
天井から飛び降りてきたパルを抱っこで受け止めているとルビーが聞いてきた。
「いや、暗闇に近づけば近づくほどルビーの存在感が増していったんでな。ちょっとした興味というか、思い付きというか。理解したのは、ルビーは自然体だったってことだ」
もしかしたら闇の中で俺を狙っているんではないか。
みたいな感覚を感じたのだが……どうやら吸血鬼としての特性みたいなものだろうか。やはり明るい場所では自然と吸血鬼としての能力みたいなものが減衰していると考えても良さそうだ。
しかし殺気を送られただけでこの始末。
暗闇ではルビーに視線を送られただけで逃げ出したくなるかもしれない。
慣れてはいけないが、慣れないと不都合があるかもしれんな。
「相変わらず信用して頂けてないようで。あぁ、はやく仲良くなりたいものですわ。先にパルから仲良くなったほうがいいかしら。将を射んと欲すれば先ず馬を射よ、と聞いたことがあります。どう思います、師匠さん?」
「俺に聞くのか……ほれ、パル。おまえと友達になりたいそうだぞ、ルビーが」
抱きかかえていたパルをルビーに差し出した。
「え、とっくに友達じゃないの?」
「それ以上の関係になりたいですわ」
「えっ!?」
結果。
パルは逃げるようにして俺の後ろ、俺の身体を伝って逃げた。
器用だな。
どこか蟲の魔物を想像させる動きだったが。
「うふふ、逃げられてしまいました。パルと仲良しになるのも難しいですわね。あぁ、人間を理解するのは不可能なのかしら。魔王さまが滅ぼそうとしている理由も理解できますわね~」
「そういう冗談はやめてくれ。こわい」
うふふ、とルビーは笑いながら先を歩いて行った。
俺とパルは、はぁ~、と大きくため息をつく。
「師匠」
「なんだ、素晴らしく可愛い弟子よ」
「魔王を倒しましょう」
「お、おう……え、どういうこと?」
「魔王を倒したらルビーも師匠を認めて大人しくなってくれます!」
「俺が倒すのか」
「師匠だったらいけます! 勇者? っていう人にも師匠だったら余裕で成れますよ」
「成れるかなぁ、勇者」
「魔王を倒した人が勇者なんですから、師匠もいけますよ」
あぁ、逆転の発想か。
勇者が魔王を倒すのではなく、魔王を倒した者が勇者である。
間違ってはいない気がするが……さすがに精霊女王の加護もなく、それをやってのけるの不可能な気がするなぁ。
むしろ勇気ではなく蛮勇であり、勇者ではなく蛮族である。
そんな気がする。
「そんときゃパルが手伝ってくれよ。勇者には仲間が必要なんだから」
「はい、任せてください!」
頼むぜ、本気で。
その時に、おまえの横に立っているのが俺じゃないかもしれないけど。俺はおまえの後ろでバックアップをしているかもしれないけれど。
「勇者の隣は任せたぞ、パル」
「はい!」
……本人から了承の返事はもらえた。
果たして、その勇者は俺なのか――それとも、あいつなのか。
そのどちらにしても、パルには……
あぁ。
まったく。
だから俺は卑劣と呼ばれるんだろうな。
ま、こんな口約束は反故にされたところでどうでもいいか。ルビーにビビってる程度では、魔王の前に立つことすら不可能。
そういう意味では、良い練習になる。良い訓練でもある。
さすがに前を歩くルビーから視線とか、そういったものは感じない。
ようやく背中から降りてくれたパルと歩きながら中央樹の根本までやってきた。
「ん? やぁやぁ待っていたよ盗賊くんにパルヴァスくんにサピエンチェ……おっと、いまはルゥブルムだったかな」
いつものように真っ白な学園長だが……目の下にはクマがあった。
あまり寝ていないのか、それともまったく寝ていないのか。どちらかというと後者な気がしたので、俺はスタミナポーションを投げ渡した。
「ん? なんか飛んできた?」
しかし学園長には見えていなかったようで、スタミナポーションは彼女の後ろにすっ飛んで行った。本がたくさんあって、それがクッションになって割れずに済んだようだ。
良かった。
あまり安い物ではないので、そんなマヌケな状況で無駄にはしたくない。
「師匠、かっこ悪い」
「カッコ付けようとした俺が間違いだった」
くすくすと笑いながらルビーは落ちたスタミナポーションを拾って、学園長に手渡す。
「ルビーと呼んでください、ハイ・エルフ。あなたとわたしの仲じゃない」
「あ、スタミナポーションか。ありがとう、盗賊クン。それじゃぁ遠慮なく呼ばせてもらうよ、ルビーくん」
んくんく、と可愛らしく喉を鳴らして学園長はスタミナポーションを飲む。が、なかなか飲み終わらないな。
飲み込むのが遅い。
ロリババァのくせに可愛いなぁ、まったく。
「ぷはぁ! 五臓六腑に染み渡るとはこのことか。まさかスタミナポーションが美味しいと思う日がくるとは思わなかったよ。今度から常備しておくことにするか。それとも、都度、神殿から買い付けた新鮮なものが美味しいのだろうか。ん、待てよ。そもそも水に祝福してポーションが作られるのであれば、果汁ジュースを祝福したら、もっと美味しいポーションができるんじゃないだろうか。名付けて小児用ポーション。小さなお子様から飲めるポーションを開発してみるのはどうだろうか!?」
相変わらず独り言が多いが……今日はちょっとテンションがおかしい……今も俺たちに語っているのではなく、あくまで独り言だった。
「小児用ポーションを開発するのは賛成だが、その前に俺たちへの用件はなんだ?」
「おっと、そうだった」
学園長は猛烈な勢いで紙になにかをメモすると、それを近くの本の間に挟んだ。
適当な行動に見えるが、それら全てのメモの位置を覚えているのが学園長の賢者たる所以だろうか。
「ついさっき、大量の宝石が手に入った。どうやら、どこかの誰かが事前に話を通していたようでな。開発に必要なのは、安価で廃棄しても良いクズ宝石だ。クズ宝石なんていうと怒られそうか。宝石の欠片だ。本来、売り物でもないはずのそんな物を、なぜか売りつけてくる商人がいたんだ。不思議な話だと思わないかね、盗賊クン」
「ほぅ。それはタイミングがいいな」
どうやら、俺の目論見は見事に当てはまったようだ。
「というわけで、盗賊クン。なぜかは知らんが、私は君に更なるお礼をしたい気分で満ち溢れている。奉仕の精神に目覚めたといっても過言ではないだろう。今度メイド服を用意するので、なんでも命令してくれ。子どもを産むくらいまでなら拒絶せんぞ」
「断る」
「断るなよぅ。私は本気だぞ! いや、でも今は忙しいので落ち着いた時の話だ。身重になってしまうと研究ははかどらないからな。暇な時にしてくれ。うん。まぁ、冗談はさておきだ。実際に君の機転には感謝するよ。ドワーフたちがウズウズして、宝石強盗を慣行しそうな勢いだったんだ。逆に言うと、鉱石研究会はビクビクとおびえていた。もっとも、宝石を売りに来た商人と意気投合したらしく、楽しそうに盛り上がっていたけどね。というわけで、私たちはさっそく試作品作りに入った。というわけで、無作為に試作品を作るのも芸が無い。いくつか余裕があると思うので、なにか魔法効果が付属した欲しい物はあるかい?」
なるほど、試作品か。
俺たちを呼びつけたのは、そのリクエストを聞きたかったのかもしれない。
「それはどんな効果でも可能なのか?」
「不可能なことは多々ある。例えば、魔物を一撃で殺す効果、とかは無理だ。それができるのであれば苦労はしない。魔法使いはこの世でもっとも恐れるべき存在になるだろう。まぁ単純に、この世に存在する魔法を込められる、と思って欲しい。もちろん、試作してみたら無理だった、ということも考えられるが」
なるほど。
しかし、その条件が可能ならば……もしかして――
「わたしもひとつ欲しいのですが」
俺が思案しているうちに、ルビーが手をあげた。
「是非、作ってもらいたい物があります」
不気味ではなく。
ましてや笑顔でもなく。
まるで懇願するような表情で。
ルビーは、願い出るのだった。
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