~卑劣! 君が望むえいえいおー的マジックアイテム~

「是非、作ってもらいたいものがあります」


 そう言ったのはルビーだった。

 なにやら真剣な表情であり、どこか懇願する様子でもある。およそ魔王直属の四天王とは思えない、それこそ年頃の娘が親にお願いをする姿にも似ていた。

 もっとも――

 そのお願いの内容は、そんじょそこらの両親では叶えられない類のものだが。

 なにせ世界初とも言われる技術の試作品だ。現状、どんなにお金を積んだところで手に入るものではない。

 ご近所に売られている麗しいドレスをおねだりするのとはワケが違う。


「吸血鬼のお願いか。ふぅむ……申し訳ないがルゥブルムくん。内容によっては却下せざるを得ないぞ。なにせ君は人類の敵だ。魔王より名を与えられた四天王のひとりだ。大切な友人として君の自由を認めているし、君に殺されたって文句は言えない立場に私はいる。裏切者と指を刺されようが仕方がない、と思っている。それでもだ。それでもだよ、ルゥブルム・イノセンティア。何事も限度があるように、君に加担するにも限度がある。ある程度の融通はするつもりだけど、それでも私の独断と偏見と思い付きで、君の願いは却下する。それでも良いと思うのなら、君の願いを言ってくれ」

「分かっているわ、ハイ・エルフ」


 ルビーは自覚するようにうなづいた。

 現状、ルビーは武器もアイテムも持っていない。それは強者の余裕だからとも言えるが、元より必要無いというのが現実的だ……

 なにせ、吸血鬼とは恐ろしく力の強い魔物である。

 単純に剣を振るよりも、みずからの爪で切り裂き、拳で殴りつけ、脚で蹴るほうがよっぽど効果的と言える。むしろ吸血鬼の力に耐えうる剣を作るほうが難しいのではないだろうか。

 そういう意味では――

 やはり、魔物にはアイテム製作という概念が欠如しているように思えた。

 魔物にあるのは『武器』と『防具』だけ。

 つまり、暴力に関連する道具しか作られていない。

 まぁ、魔王領に入る前に勇者パーティを追い出されたので、本当のところは分からない。もしかしたら、魔王領に住む魔物は当たり前のようにアイテムを使っているかもしれないが。

 今のところ、アイテムを使う魔物は見たことがない。

 まぁ、武器や防具が魔物を倒すといっしょになって消滅するので、もしかしたらアイテムも持っている可能性も否定できない。

 どうして武器と防具といっしょに人間領に魔物が発生するのか、どうして武器や防具といっしょに消滅するのか。

 それらはまだ謎のままだ。

 だからこそ、魔物と道具の関係性は非常に興味深いものではあるのだが……是非ともルビーに質問してみたいことのひとつでもある。

 しかし、おいそれと踏み込んでしまってはルビーに疑われる危険性が未だに大きい。いったい彼女の好感度はどれくらい高いのか。俺の立ち位置はどのへんにあるのか。

 サッパリ理解できてないままだ。


「わたしが欲しい魔法効果は単純なものよ、ハイ・エルフ」


 そう言ってルビーは人差し指を立てた。


「この空間みたいに、いつでも闇にいるみたいな感じにして欲しいの。太陽の光がわたしに届かないような物が欲しいわ。わたしは昼間でも、太陽の下であっても、師匠さんといっしょに外を歩きたいの」

「ほぅ」


 学園長は目を細める。

 ルビーの意図は単純だ。

 自分の最大の弱点である太陽の光を無効化したい。

 それはどう考えても――


「却下だ」


 うん。

 俺もそう思う。

 吸血鬼の最大にして最高の弱点である日光。

 その弱点を無効化するだなんて、どう考えても人類にメリットはない。むしろ危険度をあげるばかりであり、とんでもないバケモノを生み出すことになる。


「ただし、条件付きで認めよう」


 しかし――俺の考えとは裏腹に学園長はニヤリと笑った。


「条件?」

「試作品であることは伝えたと思うが、改めて言っておこう。まず作られるのは机上の空論を形にしたものだ。完成品に見えて、穴だらけで足の長さがそろっていないガタガタの椅子みたいなもの。座れるかもしれないが、座った途端に足が折れて倒れてしまい、頭を打って死んでしまう可能性は否定できないだろう」


 まぁ、言いたいことは分かるが……もう少しマヌケではない例え話は無かったのだろうか。

 受け身を取れ、受け身を。と、言いたくなったが我慢しておく。

 話の腰を折ると、余計に話が長くなるのが学園長というか、話の長い賢者に共通する事項だと思うので。


「まずは罪人に付けさせてテストするつもりだったが……ルゥブルムくんが願う『闇』。その条件ではいまいち人間では効果を計れない。逆にルゥブルムくんが被験者となってくれたほうが分かりやすい。成功すれば、君は日光の下に出れる。失敗したとしても吸血鬼が燃えるだけ。というわけだ、ルゥブルムくん」


 この場合、成功しても失敗しても、人類側にメリットがある。

 ということか。


「わたしが実験台になればいい、ってことですね」

「それでも構わないのなら、望み通り常闇のベールを君にプレゼントしよう。保障は何も無いし、例え失敗して君が炎上してしまっても、うらみっこ無しだ。逆上して人間領を飛び出し、魔王領に戻ることになっても、私は君のことを永遠の親友だと思っているので安心してくれたまえ」

「なにひとつ安心できませんわね、それ……」


 学園長は肩をすくめて苦笑した。


「さぁ、どうする? その条件を呑んでくれるかな吸血鬼?」

「えぇ、問題なく飲み干しますわハイ・エルフ。もし失敗しても、製作者もあなたも、人間すらもうらみません。どんな結果になろうとも受け入れます。ついでに他の実験台に使って頂いても問題ありません。この吸血鬼の身体が役に立つのであればどうぞ自由に、なんでも使ってくださいませ。これで師匠さんの信頼が得られるのであれば、安いものですわ」


 ルビーは俺を見て、にっこりと笑った。

 まぁ……まだ俺が疑っているというか、信頼していないことはバレているようだ。強者相手に騙しきる、というよりも四天王という部下を使う立場だったルビー。人心掌握的な能力は、それこそ優れていて当たり前だろう。

 もっとも――

 この場合は人心掌握ではなく、魔心掌握であるが。

 魔物の表情が読み取れるのだ。より表情が浮き彫りになる人間種の表情など簡単に読まれてしまうんだろうなぁ。


「了解したよ、ルゥブルムくん。遠慮なく君を実験台に使わせてもらおう。なぁに、ワザと失敗して君を燃やすような愚か者ではないことを証明してみせよう」


 まぁ、燃えたとしてもすぐ日陰に入れば滅びることが無いので大丈夫だろうけど。

 それでも、他にどんな作用が発生するかは分からない。闇をまとうだけでなく、他の能力が封じられる効果が発生しなとも限らないわけで。

 そういう意味では、罪人よりもよっぽど信用できる証言が得られるか。


「ではパルヴァスくんは何かあるかな? どんな魔法が欲しい? 盗賊クンといつでもラブラブになれる魔法かな?」


 あるのか、そんな魔法!?

 催眠か誘惑か、それとも催淫か……

 なんにしても耐えられるわけがないので辞めて欲しい……


「……あたしは、強くなりたいです!」


 その言葉に俺はパルを見た。

 パルはパルで、何かを考えていたらしい。

 力強く学園長に告げた。


「ほぅ、強くなりたい。強さを求めるのかい、パルヴァスくん。ならば力を上げるか、それとも攻撃力をあげるか、なんなら集中力を上げるという選択肢もある。単純に言ってしまえば、速度を上げても防御力を上げてもいいし、肺活量を上げることすら強さには直結するだろう。跳躍力ですら強さに繋がるかもしれない。だが、それらを全て統合した欲張りな上げ方は少々おススメしない。効果が分散してしまって、それぞれの効果が薄くなってしまう。ほんのわずかに力があがって、ほんのわずかに速度があがり、ほんのわずかにジャンプ力があがった程度では、総合力はほんのわずかしか違わない結果になってしまうだろう。もちろん無意味とは言わないし、最後の最期にできる底上げとしては良いかもしれない。でもパルヴァスくんのような発展途上な女の子にはおススメしないな。君はもっと自分の可能性を探っていくべきだろう。という訳だが、君は何を選ぶ? 力か、速度か、それとも別の何かか? どの能力を上げたい?」


 強い、にも種類がある。

 速い、にも種類がある。

 攻撃力が高いにしても、それは筋力があるから高いのか、それとも武器の扱いが上手いから高いのか、はたまた速度があるからこそ、なのか。

 答えはいくつもある。

 そのどれを選択しても強くは成れるが……自分に合った方法ではないと、あまり効果が無い可能性もあった。

 ここは慎重に選ぶべきだが……


「はい! あたしが欲しいのは――」


 果たしてパルの選んだ答え。

 それは、俺の予想を遥かに上回る……というか、斜め上でもなく、下手をすれば下回るどころかマイナスなんじゃねーか!?

 と、驚くような答えだった。

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