~卑劣! 退屈に殺されるモノたち~
「なんにしても頭を撫でておいてあげよう」
と、ミーニャ先生は背伸びして俺に手を伸ばすので、パルとルビーを見た。どうぞお構いなく、といった感じのルビーに対して、パルはなんだか面白そうに俺を見ている。
「その感情はなんだ?」
「師匠が困っているのが可愛い」
「あとでお前も困らせてやる」
「やった!」
なんて会話を交わしてから俺はしゃがみ、ミーニャ先生に頭を撫でてもらった。
なんというか、人に頭を撫でられるのなんか久しぶりというか……前に俺の頭を褒める意味で撫でたのはいったい誰だったのか。
孤児院の先生だっただろうか?
それとも――勇者だっただろうか?
いやいや……
いやいやいやいや……
いくら勇者でも俺の頭を撫でるなんて行為はしてないはずだ。
たぶん。
う~ん……?
否定しきれないところが、あいつの魅力というか勇者だからこそ、というべきか。基本的には仲の良い親友というか悪友みたいなところがあったけど、ときどき勇者らしい側面を見せるときもあった。
その時に撫でられたような気がしないでもないが……
「よしよし、いい子だ」
「ありがとう」
なんにしてミーニャ先生に頭を撫でてもらって、俺はお礼を言った。勇者パーティとして感謝されることが多かったけど、そこに俺は含まれていなかったもんなぁ。神官が仲間になった頃には完全に別行動が多かったし、場合によっては集落にすら入らなかったこともある。
たまには他人から褒められるのも悪くない。
「どうあれ、この信仰を増やす方法は口外無用だ。サチ、君とナー神さまが最初で最後の実行者になる。まぁ、条件がここまで揃わないと無理に近いので試そうにも不可能に近いけどね」
ミーニャ先生は肩をすくめて苦笑した。
条件か……
「いや、ミーニャ先生。条件は割りと簡単じゃないか。たとえば釣りを司る神さまがいたとして……そんな釣り神さまへの祈りは釣りのポーズにすればいい。そうすれば信仰は無条件で上がるはず」
「いい提案だ、エラントくん。しかし、それはその通りだが、釣り神さまはすでに大神だ。加えて、釣り人は釣れない時に神頼みするものだろう? もう必要もないくらいに信者がいるぞ、釣り神さまには」
「存在しているのか、釣り神さま……」
盲点だった。
逆に言うと、分かりやすいポーズがある神さまは、すでに大神である可能性が高いのか。
酒の神リーベロ・チルクイレなど言わずもがな。
酒好きな者ならば信仰しない理由もない、大神中の大神だ。わざわざ『乾杯』を祈りと信仰のポーズにする必要もないくらいに常に感謝されている神さまでもある。
「問題は小神だ。まぁ小神さまなんて滅多に関わるものでもないし、サチが信仰しているナー神さまも稀有な存在でもある。地域限定の土地神さまぐらいなものじゃないかな。だからこそ今回の作戦は上手くいったとも言えるし、応用が効くとも言える。繰り返しになるが、死にたくなければ二度と利用するな。そういう神託が君たちにもたらされた、と思えばいいよ」
「分かった」
素直にうなづいておく。
むざむざ神さまにケンカを売る理由もないので、自殺の方法のひとつとして取っておこう。
それから俺たちはルビーと話を擦り合わせ、状況を確認した。ルビーはルビーで、ひとりの少年を救ってきたようだ。
リンゴという名のいじめられていた少年の名前を変えて、力を見せつける。
納得できないのなら、と当初の目的を提示したらしいのだが……
しかしルビーは考えたな。
「コンテスト方式とは一挙両得、というやつだな」
「うふふ、もっと褒めてくださってもいいんですのよ」
と、ルビーは頭を差し出してきたので、素直に撫でてやった。
「そうなんですか?」
パルは理解してなかったみたいだ。質問してきたので、ルビーの意図をちゃんと説明してやる。
「俺たちの目的はナーさまのエンブレムを設置することだ。子ども達の遊び場や孤児院に置くつもりだったのだが、複数個あるほうが良いに決まっている。数が多ければ多いほど、信仰の証みたいなものだ。更に製作者同士が競うようにすれば、そこに優劣が発生するのなら、完成するエンブレムは一級品を目指すはず。手抜きのエンブレムでは、やっぱり不安だからな。しっかりと想いも込めてくれるだろうし」
「えぇ。特にあの少年には期待していますわ。すけべドワーフたちも頑張るでしょう。負ければ、わたしを好きにして良い、という権利をあげましたので」
「えぇ!? 負けたらどうするつもりなの、ルビー?」
「まぁ、適当に遊ばれてきますわ。殺されはしないでしょう」
「逆に殺すなよ」
俺の忠告に、もちろん、とルビーはうなづく。
「ここはあくまで人間領の学園都市。無闇に騒ぎを起こせば師匠さんからどういう目で見られるか、理解しております。一刻も早く、信頼を勝ち取らないといけませんので。頑張りますわよ」
むぅ。
ルビーを信頼して良いのかどうか。本当のところ、微妙だ。
今回、少年を助けたことは喜ばしいし、素晴らしいと思う。
しかし、それは偽善になってしまっていないだろうか?
人間種のルールにのっとって、人を助けたに過ぎないだろうか。
もっとも――
そんなことを疑問に思ってしまっては、人間種の誰だって偽善者になってしまう。勇者だって、勇者として加護を受けたから勇者をやっているだけ。そう言えてしまう。
ましてや、人を殺してはいけません。なんていう超基本的な人間種のルールを俺は破っていることになる。
だったら、ルビーよりも俺のほうが悪いという可能性だってあるわけだ。
「う~む……ままならんな。どうやれば俺の信頼を勝ち取ってもらえるのか、その案が思い浮かばん。ともすれば、俺のほうが魔王に加担することになりそうだ」
「おすすめしませんわ。魔王さまを紹介してさしあげてもいいですが、殺されるのがオチです。魔王さま、人間種があまり好きではなさそうなので」
「だろうな」
そうじゃないと、人間種を滅ぼそうと魔物を送り込んでこないし、大地の半分を魔王領として支配しないだろうし。
「あと、そんなことを言うとパルが泣いてしまいますよ師匠さん。一番弟子を置いていくつもりですか?」
「ほえ?」
ルビーとふたりでパルを見るが……なんにも考えてなさそうだった。
「そうだな。こいつを一人前にするまでは裏切らないでくれよ、ルビー」
「その言葉だけでも嬉しく思います」
ルビーはにっこり笑った。
綺麗で美人な少女の作られた無邪気さ。
果たして、この笑顔はナーさまに届いたのかどうか。気になるところではあるが、確かめる術は無い。
「エンブレムができるのは一週間後か。それまで、まぁ適当に仕事でも探すか。パルはどうする? 冒険者でもやってみるか、それとも修行するか?」
「修行もしたいですけど、冒険者も楽しそうだし……う~ん、どうしよう」
「おっと、そうだったエラントくん」
俺とは別にサチと話していたミーニャ先生が思い出したように話しかけてきた。
いや、実際なにかを思い出したんだろう。
「学園長が呼んでいたぞ。見かけたら声をかけてくれ、と」
「学園長が用事か。どんな様子だった?」
「なにやら君が持ってきた案件に進展があったようで。残念ながら私の分野は協力できそうにないので切り上げてきたんだ。そしたらまた面白いことになっていたし、天界が大騒ぎしているし、ルビーくんから話を聞いている内に講義となってしまった。その流れで伝えるのを忘れていたよ。ごめんごめん」
まぁ、無理もないか。
「しかし、ミーニャ先生は天界とスムーズなやり取りができるんだな。ナーさまみたいに、小神の神官だとか……?」
「いや、知っているかもしれないが私は神さまが大嫌いでね。絶対に滅ぼしてやると誓ったら天界の王を名乗る神が声をかけてきたのさ。あの神さまも暇らしくてねぇ、しょっちゅう声をかけてくるんだよ。小神が跳ねよった、って嬉しそうに報告がきたんだ。ついでにエラントくんに監視が付いたことも教えてくれたよ」
「……なるほど」
なんていうか、もう、天界って地上とそんなに変わらなくないですか?
天界の王。
つまり、神さま達の王様ってことだよな? そんな偉大なる神が、たったひとりを懇意にして良いのだろうか。
いいわけないよなぁ、神さまなんだし。
なんというか平等であって欲しい。
個人的にはそう思う。
というか、神さまも吸血鬼も暇とか退屈っていう精神的な負荷に弱すぎない?
魔王もそれで倒せたりするんじゃない?
いや、さすがにそれは無理か。
はぁ……
「サチはどうする?」
「……まだまだ学んでいきます。ナーさまが救われたけど、もっと勉強しなきゃいけないので」
ふむ。
サチの人生目標は、まだまだ遠くにあるようだ。単純にナーさまを救うことだけが目的だったのではなく、神秘学そのものに興味があったのかもしれない。
そういう純粋無垢な感じが、ナーさまの目に留まったんだろうな。
「分かった。まだまだ学園都市にいるから、なにかあったら言ってくれ」
「……ありがとうございます」
問題ない、と俺は片手をあげた。
「いっしょにごはん食べようね、サチ。まったね~」
「失礼しますわ」
さてさて。
学園長の元へ行くとしよう。
なにか、腕輪に進展があったのかもしれない。
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