~卑劣! ハーフ・ハーフリングのミーニャ~

 ホットドックの便利なところは歩きながら食べられること。

 屋台の売り物は基本的には食べ歩きができる物が多いが、ホットドックは特にその点が優れているようにも思える。

 なにより手軽に作れることで店側にも利点があるのだろう。どこの街に言っても、必ずあるのがホットドックの屋台だ。

 逆に村や集落ではホットドッグ屋台を見かけないので、街が発展している証と言えるかもしれない。

 もっとも――

 村や集落では手の込んだ美味しい豪華なホットドックが食べられる可能性があるので、一概に屋台のホットドックが優れているとは言えない。


「んふふ~、美味しい」


 肉を希望していたパルも、たっぷりケチャップをかけてもらってご機嫌な様子でホットドックを楽しんでいる。機嫌が良くなったみたいでなによりだ。


「……あむ」


 サチは、あんまり大口を開けたくないようで。かじるようにちょっとづつホットドックを食べていた。

 はてさて。

 美味しそうに口を大きく開けて食べるパルも可愛いが、淑女らしく食べるサチも可愛い。


「うむ」


 やはり女の子は可愛い。

 ババァには出せない魅力が満点だ!

 ホットドックの味以上に、いろいろと満足させてもらった。

 ありがとうホットドック屋さん。

 ごちそうさまでした。

 俺とパルとサチの三人だけで楽しむのは、あとでルビーに怒られそうな気がしたので、彼女の分と、プラスでサチの先生であるミーニャの分も買っておいた。


「しかし……ハーフ・ハーフリングか……」


 サチに教えてもらったミーニャ先生の話は……まぁ、想像するだけで『想像を絶する人生』を歩んできたのが分かる。

 なによりハーフリングが子育てしているのを見たことが無いというか……そもそもハーフリングの子どもってどんなのかも分からない。

 赤ちゃんすら見たことがない。

 妖精種らしく、生まれた時から成人体だと言われても、なんら不思議ではなかった。

 それぐらいの落ち着きもなく定住もしない、イタズラばかりしている種族であり、寿命が不明で、全員が事故死していると思われている種族。

 彼らの命を軽くみてる訳ではないのだが……いかせん、ハーフリング自身が命を軽くみている節があるので、もう他種族からは何とも言えない。


「ハーフリングだから仕方がない」


 で、済まされてしまう。

 やたらと冒険者に成りたがるし、やたらめったら罠に興味を示し、適当に解除して発動させて、仲間を危険にさらして笑いながら死んでいく。

 偏見だけど、事実そういう種族なんだから仕方がない。

 ミーニャ先生の父親は――

 そんな落ち着きの無い種族の女性と恋愛して、尚且つ子どもを産むところまで引き留めていた。

 なんて。

 なんて!

 なんて素晴らしい男なんだ!

 そしてなにより――


「うらやましい……!」

「んぅ? どうしたんですか、師匠。もっとホットドック食べます?」

「あ、いや、なんでもない」


 ハーフリングは合法ロリと呼ばれてい――いや、なんでもない。


「……」


 サチがなにか言いたそうな目でこっちを見ている。視線にはたぶん『侮蔑』のような意味が込められている気がして、なんだか怖い。

 いや、まぁ、事実的には、その視線が示す通りなのだから――ミーニャ先生が迫害を受けるのも仕方がない。

 ひとつ間違えれば、俺だってミーニャ先生の父親を攻撃する。攻撃してしまう。攻撃せざるを得ない状況に追い込まれてしまう。

 同調圧力。

 もしくは、同族嫌悪……

 否、たとえ同属であろうとも、やっぱり身の保身が優先されてしまう。

 石を投げなかったモノは同質である。

 それを疑われて、同じく石を投げつけられるのは怖い。


「……」


 こっそりとため息を吐きつつ、学園校舎の最上階に戻ってきた。先ほどサチがいた部屋まで移動すると、中に気配を感じる。

 すでにルビーが戻っているのか、と思いつつ扉を開けると――


「以上のことから、神と勇者は同一視されるのを剥離させ、別物とすることになったんだ」

「なるほど、勉強になりますわ」


 ルビーが講義を受けていた。

 なにやら気になる勇者という言葉が聞こえてきたが……それよりも、ルビーの前に立っている少女に見える人が、ミーニャ先生、だろうか。


「お、帰ってきたなサチ。それからパルヴァスちゃんと、その師匠だね。こちらのルゥブルムさんから話は聞いている。ナー神の信者を爆発的に増やすことに成功したそうじゃないか!」

「……ただいま戻りましたミーニャ先生。その、お世話になったばかりで解決策を模索してくれていたのに。……ごめんなさい」


 やはり彼女がミーニャ先生のようだ。

 身長はハーフリングのように低く、パルとそう変わらない。うすい青色、水色というよりも紫色に近い鮮やかな髪は短く切っていて、活発さが見て取れる。

 くりくりと大きな瞳もまたハーフリングらしい、髪と同じ青系統の爽やかな色。

 唯一、彼女がハーフ・ハーフリングと分かるのは耳の形だろうか。

 ハーフリングはエルフのように尖った耳をしている(エルフより短い)が、ミーニャ先生の耳は人間と同じ形をしていた。

 雰囲気も、今は興奮しているから慌ただしく見えるが、それでもハーフリングよりは遥かにマシといえるし、落ち着いているようにも見える。

 ハーフ・ハーフリングという世にも珍しく唯一とも言えた存在が、このミーニャ先生なんだろうな。

 さすが多種多様な人間種が集まる学園都市だ、と言えなくもない。


「気にしなくていいよサチ。問題がひとまず解決したんだ、喜ぶべきだし謝ることではない。おっと、それよりもだ。君がナー神を救った師匠さんだね」


 よろしく、とミーニャ先生は小さな手を差し出してきた。

 俺はよろしくと言いながらその手を握る。小さい手だった。しかも柔らかい。かわいい。


「エラントです」

「ほぅ、変わった名を名乗るんだね。ふふ、よく無事で帰ってきてくれた。いや、名前のおかげかな?」

「え?」


 うんうん、とにこやかに笑うミーニャ先生の言葉に、俺は首を傾げる。


「エラントくんが示した信仰方法は、ちょっとした裏技というか外法だ。あれがまかり通ってしまうのなら、天界の情勢がひっくり返ってしまう。いわば天変地異を引き起こすトリガーとでも言えるだろうか。というわけで、君たちがその方法を伝聞しないかどうか、さっきまで監視されていたよ」

「は?」


 俺は思わず空を見上げた。

 あ、天井だった。

 もちろん空が見えたところで天界なんか見えるはずが無いんだけど。そもそも天界って空にあるのかどうかも知らない。絵本とかでは太陽に住んでたり、小説では月にあったりするそうだが。

 いやいや、それよりも――


「だ、誰が監視を、というか、いや、本当に?」

「神官ではない君に言葉を届けられるのは自然を司る精霊女王たち、特に光の精霊女王ラビアンは君を懇意にしているらしいじゃないか。そんな情報は神さま達も得ているそうだが、くひひひ」


 なにが面白いのかミーニャ先生は忍び笑いをしたぞ。


「九曜の精霊女王たちに頼みを聞いてもらえず、伝言が不可能。天界はさっきまで大パニックだったらしい。エラントくん達が他の誰かに信仰方法の話をしようものなら、神を一柱犠牲にしてでも君たちに具体的な天罰を下す予定まで立てていたよ。さっさとナー神を解放してサチに伝えればいいのに。神さまっていうのは、あんまり合理的な集団ではないようだね」


 またしてもミーニャ先生は笑うが……

 その内容は暗い。

 あえて形容するなら『暗黒微笑』とでも名付けようか。神さま相手にふてぶてしいというかなんというか……

 いや、まぁ、サチに聞いていた通りかもしれない。

 ミーニャ先生は神さまに恨みを持っている。

 それその通りの反応を見せられると、納得するしかなかった。


「なんにしてもエラントくんにパルヴァスくん。この事は口外しない方がいい。もっとも、君たちが新しい神に出会い、その神を使って天界を混乱させたいのではあれば、その限りではないけど」

「いえ。肝に銘じておきます。パルも分かったか?」

「あたし、まだ死にたくないです」

「よろしい」


 と、ミーニャ先生はパルの頭を撫でて俺に向いて手を伸ばした。


「ほら、エラントくんもしゃがんでくれないと頭が撫でられないよ」

「俺は別に」

「遠慮するな。私のほうが年上なんだし」

「あ、だったら尚更いいです」

「なんで!?」


 ミーニャ先生が驚きの声をあげた。そんなに驚かれることなんだろうか?


「師匠は――もが」


 余計なことを言おうとした弟子の口はふさいでおく。そう何度も俺の性癖をバラせると思ったら大間違いだぜ、パル!


「……ロリコンなので」

「サチー!?」


 弟子の友人が裏切った。

 さすがにサチの口をふさぐのは、ちょっとなんか、遠慮してしまう距離感があるので。


「あはは! なんだエラントくんはそういう趣味なのか……はぁ……私の父親と同属か……はぁ……悲しみの連鎖は断たなくてはならないというのに……」

「いや、ちょっと待った。言い訳するつもりはないが、それでも言わせて欲しい」

「なんだい、ロリコンくん」

「エラントと呼んで欲しい」

「失礼、エラントくん」

「ミーニャ先生のお父様は、相当にステキな男だったのではないか。俺では、ハーフリングの女性に恋をしたところで彼女の心を射止める自信など欠片も存在しない」


 自由奔放で一か所に留まることをしない。

 そんなハーフリングの女性の心を掴む方法など、まるで想像できなかった。

 むしろ神さまに恋するほうがよっぽど気が楽かもしれない。


「曲がりなりにもミーニャ先生のお母さまはお父様と恋をしたわけだろ。いや、恋じゃない。恋愛だ。愛だ。愛なんですよ。ハーフリングを相手に愛を成就させた。そんな奇跡みたいな話は、そう簡単に起こらないことは神さまを研究なさっているのなら明白なはず」

「エラントくん。君は言い訳が上手いな」

「いや、えぇ、まぁ」


 盗賊ですので、ハッタリと言い訳は得意です。


「もしもハーフリングがもう少し分かりやすく僕たちのような性癖の歪んだ者に恋をしてくれるのならば。それこそ、ミーニャ先生のようなハーフ・ハーフリングは大勢いたと思いますよ。結果から言えることではありますが」

「ふ~ん。なんにしても分かったよ」


 にやり、とミーニャ先生は笑った。


「私の父親が迫害されるのも無理はない。ロリコン必死だな!」

「うぐっ」


 ぐぅの音も出ない言葉だった。

 見事に言い訳失敗である。

 なによりミーニャ先生が可愛いので、威力は抜群だ。

 俺は大きく天をあおぎながら神さまに心の中で訴えてみる。

 あぁ、俺を監視している神さま。

 どうか、俺がロリコンになった原因である賢者と神官に天罰を与えてください。

 お願いします。

 逆恨み?

 そうだよ、知ってるよ、分かってるよ!

 ちくしょう!

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