~卑劣! 駄々をこねるのも可愛い年頃~
パルとサチと合流し、情報として得ていた子ども達の『遊び場』というところを確認しに行った。
そこは海の近くの、ちょっとした倉庫跡とでも言うべき場所だろうか。
大きく朽ち果てた錆びだらけの骨組みだけになってしまった屋根の無い建物の跡と、その前に舗装された地面がある程度の敷地に広がっている。
「倉庫というよりは製造所のような感じか?」
詳しくは分からないが、感覚的にそう思えた。もちろん、骨組みしか残っていないのでなんとも言えないが……もしかしたら船を作っていたのではないか。
ただの勘だけど、そう思えた。
「おぉ~、魚がいる。美味しそう……」
「……まず食べることなのね」
パルとサチが覗き込んでいるのは敷地横の海。舗装された地面から剥き出しの岩場になっていて、すぐ横の海に繋がっている。座ってのんびりと釣りができそうな雰囲気だ。
しかし、子ども達が遊んでる最中に落ちたら危ないのでは、と覗いてみると――
「浅いな」
「これなら溺れる心配は無さそうです」
パルの腰あたりまでの深さしか無い海だった。
「油断するな。人間、足首までの深さで溺れ死ぬこともあるそうだ」
「えっ!?」
「まぁ、俺も聞いただけの話だけどな。なんにしても水とは怖い。海ならば、尚の事だ」
分かりました、と神妙にうなづくパル。
いい子だ、と頭を撫でておいた。
遊び場には他に特筆すべき事は無く、すぐに確認も終えた。
ナーさまのエンブレムが完成したら、骨組みだけになった建物の二階部分に設置しておけば……まぁ、たぶん、きっと、それなりの意味は成すだろう。
「情報としては充分だな。帰るぞ、パル、サチ」
「は~い」
「……はい」
味のある舗装された地面に描かれたラクガキに見送られながらその場を後にすると、乗り合い馬車に乗って孤児院まで戻ってきた。
今回乗ったのは小さなタイプであり、どうやら速度に特化した造りを模索しているらしい。そのかわり乗り心地は犠牲になっているようで、跳ねる跳ねる。
ちょっとおしりが痛かった。
「孤児院のおばあちゃんに報告したいんだが……パルとサチ、頼めるか?」
「師匠じゃダメなんですか?」
「たぶん被害者の女の子に説明することになる。ホントに犯人だったかどうか、その子にあの男の特徴を伝える必要があるんだ。そうなるとやっぱり男の俺ではな。というわけで、頼めるか?」
「分かりました! え~っと、君を酷い目に合わせた変態はあたしとサチでやっつけたよ! って感じでいいですか? それとも優しい方がいいでしょうか?」
うっ……
それはたいへん難しい問題ですね……どうしましょうか?
「……それでいいと思う。ダメだったら私がフォローするわ」
おぉ、さすがナーさまの神官。
心強い!
信仰する神さまがレベルアップすると、神官もレベルアップするのだろうか?
この場合は精神性だけど。
サチがひとつ大人になったような気がしないでもない。
というわけで、知識神の神殿に入り、おばあちゃん神官を呼んでもらって、先ほどの経緯と弟子であるパルとその友人であるサチとして紹介した。
「まぁまぁ、こんな可愛い子が犯人を……危なかったねぇ、怖かったねぇ」
「あわわ」
おばあちゃん神官はパルをぎゅっと抱きしめた。パルは最初こそ驚いていたが、すぐに笑顔になってどこか誇らし気だった。
そうだよな。
強くなることは必須だが、自尊心っていうのも鍛えておかないといけない。それは自信に繋がるし、自信があるのならば向上心にも繋がる。
俺にはまったく無いものだから……パルには是非とも持ってもらいたい。
プラスして、誰かを助ける喜びというか、正義の心っていうのかな。
「……正義か」
正しいとされる行い。
それが正義、と言えるだろうか。
例えそこに下心があったとしても。
例えそこに思惑があったとしても。
例えそこに打算的な計算があったとしても。
それを、正義と呼んでいいのだろうか。
難しい。
難しいけれど――
誰かを助けるってことは、誰かが助かったということだ。
決して悪いことじゃない。
卑劣と呼ばれようが、卑怯と言われようが。
それでも、誰かを助けて感謝されるのは嬉しいことなんだから。
「頼んだぞ」
「はい!」
パルとサチを見送って、俺は再び孤児院の入口で待つことにした。孤児院の中では、食堂を利用して子ども達が勉強をしているようだ。
文字の読み書きや数字の計算を習っているらしい。
そうだよな、そういう知識があれば冒険者だけでなく商人になるという選択肢も生まれてくる。加えて、なにかひとつの分野に興味が出て特化すれば、学園が受け入れてくれるだろう。
少なくとも孤児だからといって除外される心配はない。
どちらかというと、あの無闇に爆発を起こしている連中と同族になってしまうほうが心配だ。是非ともマトモな研究者になってもらいたい。
かと言って学園長もマトモかと問われれば首を傾げるしかないが。
そんな勉強をしている少年少女をしばらく眺めていると、パルとサチが戻ってきた。
「どうだった?」
「やっぱり、あのおじさんが犯人だったみたいです」
そうか、と俺はパルの頭を撫でてやる。
「あの子は大丈夫そうか?」
「……たぶん、立ち直れると思います。ナーさまの加護を約束しました。……今なら、できると思います」
「なるほど」
無垢と無邪気を司るナーさまなら。
いつか心が傷ついた少女に、笑顔を取り戻せるかもしれない。
もちろん、神さまに頼り切るのはよろしくないので、人間種である俺たちもしっかりと頑張らなくてはならない。
それでも――
「神さまの保障があるのなら、なんとかなりそうだ」
「……はい!」
サチは力強くうなづいた。
やっぱり、ひとつ大きな心配から解放されただけに、精神的に成長したようだ。
ナーさまと共に強くなっていく神官。
それは、神さまと信者の関係として最適なものじゃないかな。
「そろそろ戻るか。ついでに何か食べよう」
「あたし、お肉が食べたいです」
「……ホットドックが、えと……食べたいのですが」
ふむ。
珍しくサチが希望を述べたので、ホットドックにした。
と、思ったら――
「やっぱり師匠はサチのほうが好きなんだ!?」
我が愛すべきバカ弟子が不満を叫んだ。
「なんでそうなる!?」
「だって、あたしの希望聞いてくれないもん! 師匠の裏切者ぉ!」
「いやいや、待て待て待て。ホットドックのソーセージも肉だろう。パルの希望も含まれていrるから別にいいじゃないか」
「え、パンですよ?」
「え?」
「え?」
ホットドックってソーセージがメインであって、ソーセージは肉だよな?
「……パルヴァスはホットドックをパンだと思ってるの?」
「え、だってだって、サンドイッチってパンでしょ? パンの中にクリームが入ってるクリームパンって、クリームじゃなくてパンでしょ? つまり、パンに何か挟んで食べても、パンの中になにか入れても、パンはパンでしょ?」
「「……確かに?」」
俺とサチは首を横に傾ける。
納得できるような、できないような……?
でも確かにスープにじゃがいもが入ってようが肉が入ってようが、スープはスープだ。肉と呼称できるかと問われれば、やっぱり違う気がする。
いや、しかし――?
「うわーん、なにその仲良しポーズ! あたしも混ざりたいぃ」
「おまえは何を言ってるんだ」
「師匠とサチが仲良しなのがくやしい」
「いい加減にしろ、パル。じゃぁなんだ、俺とサチが仲悪いほうがいいのか?」
「うっ……す、すいませんでした師匠。サチと仲良くしてください」
「よろしい」
ようやくパルのワガママが治まったので、よく我慢できた、とパルの頭を撫でてやった。
「……師匠さんはパルヴァスを甘やかし過ぎ」
「「え? そう?」」
「……仲良し。……でもいろいろ自覚無し」
サチが呆れるように肩をすくめた。
俺とパルは顔を見合わせて、首を横に傾ける。
奇しくも、パルの願いが叶ってしまった。
そんなことをしつつ、屋台でホットドックを買って食べつつ、俺たちは学園校舎に戻るのだった。
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