~卑劣! 決着後の到着、着実に確実に~
犯人は漁師の疑いが強い。
となれば、調べるのは街の南端に位置する海方面だろう。
「ギルドに情報収集を依頼してもいいが……」
まずは自分の目で確かめてないと、依頼の出しようもない。どのような情報が欲しいのかは、漠然としたままでは把握できまい。
なにが必要な情報で、どんな情報が欲しいのか。
方向性だけでも決めておくと、速度と精度が向上する。初速は遅れてしまうが、それを挽回するに値するはず。
ひとまず俺は学園都市の南を目指し移動する。
学園都市では乗り合い馬車が無料で運行しているので、見つけたら乗ってみるのも良いが。
まずは歩いて移動するべきだろう。
「子ども達が馬車で移動する可能性もあるが……やはり行動範囲は狭いはず」
理路整然と作られた他の街とは違って、学園都市は無秩序を体現したような街だ。入り組んだ街の様子は、それこそ死角が多い。
大通りからは予想もつかないほど暗く奥まった場所もあるはず。
それらを犯行現場と考えるのならば、むしろ無限に存在しているとも言える状況だ。
「地道に探すしかないか」
まぁ犯人は俺と同じロリコン。
悲しいし、あんまり誇れることではないが……自分ならばどう動くか、という犯人の思考はトレースしやすい。
子どもを誘いやすい場所。
多少の声が漏れても大丈夫な場所。
そして、一目につかず犯行に及べる場所。
それらの条件に合致する場所を探すのは、むしろ盗賊の本分と言えるかもしれない。
「暗殺よりは難しいが」
相手を殺すだけならば簡単だ。
しかし、少女に手を出すのならば、もっともっと条件が厳しくなる。
「土地勘が必要となってくるか」
そのような場所を簡単に見つけられ、判断できるほどの取捨選択ができるのは、やはりその土地に住む者だからこそと言える。よそ者である俺に、初見で判断するのは難しかった。
「いざとなれば……」
犯人はロリコン。
パルやルビーをオトリとして使えば、早々としっぽを見せる可能性もなくはない。
あまり使いたくない手段だが、それも視野に入れつつ探索してみるか。
大通りから外れ、死角の多い路地などを探しつつ南下していく。子ども達の行動範囲を考えると、それも考えにくくなった距離を移動したところで大通りに戻ってきた。
「う~む」
残念ながらそれっぽい場所は見つからなかった。
俺が犯人ならば、と選ぶ場所はそれなりに発見できたが、そこに子どもが入り込むとも限らないし、誘導する方法はそれこそ無い。
「それを考えると馬車で移動した先だと考えた方が無難か」
住民とは言え、学園都市の隅々まで知っているわけではない。ならばこそ、自分のテリトリーで犯行に及ぶ可能性が高いか。
そうなれば街の南側が犯行現場であり、犯人の住む場所とも言える。
大通りには随所に乗り合い馬車の停留所があり、ちょうど馬車が停まっていた。馬車は学園で開発されている物で、俺が勇者たちと訪れた頃とは形も大きさも違っていた。
日々是修行也、とは義の倭の国の言葉だったか。ひびこれしゅぎょうなり。それと同じく、日々これ新開発なり、と言える学園都市らしい馬車なのかもしれない。
大型で、馬が四頭も引く馬車だ。子ども達が乗り込んで移動しても不思議ではないな。
「いっそ海まで行ってみるか」
南に向かう馬車に乗り込むと他の乗客もいた。
生徒であったり、住民であったり、主婦だったり商人だったり。その中で子どもの姿が無いのはすでに孤児院に帰ってきたからか、もしくはまったく見当違いなのか。
しらばく待っていると馬車は動き出し、南へと向かうのだが……
乗り心地凄いな。
クッション性がいい、というべきなのか。それとも車輪が優れているのだろうか。速度変化による前後の揺れは感じるものの、上下の揺れをほとんど感じない。舗装されている地面の性質も高そうだ。
そんな感心をしつつ馬車に揺られて南の端までやってきた。
ほのかに香る潮風になつかしさのようなものを覚えつつ、俺は馬車を降りると御者席の男に話を聞く。
「すまない、少しいいだろうか。孤児院から調査を依頼されてね」
「ほう、なにかありましたかな?」
嘘には少しの真実と混ぜるといい。
こうやって切り出すと、疑いもなく話を聞いてもらえやすい。
「子ども達の動向を調査しているんだ。この馬車に孤児院の子ども達を乗せたことはあるだろうか?」
「えぇ、たまに乗せますよ。暴れたり騒いだりせず大人しい子たちなので、特に邪険にされている様子はないですな。良い子たちばかりですよ」
「ほう、それはなにより。やはり子ども達は海で遊んでいるのでしょうか?」
「暑い日には、海の飛び込む子もいるようですが。だいたいはこの近くで遊んでいますよ」
「そうですか。なるほど、ありがとうございます」
俺はお礼を言って、軽く手をあげる男に頭を下げる。
やはり子ども達は海で遊ぶことも多いようだ。
魔物も少ない場所だし、子どもが騒いでいても迷惑にならないほど広大な砂浜だ。むしろ遊び場として推奨されているのかもしれない。
そう思いつつ、海を目指して歩いていると――
「ん?」
なにやら人だかりが出来ていた。
祭り的な雰囲気ではなく、どうにも剣呑だ。なにか新しい物を生徒が実験している様子はなく、どうにも不穏なものを感じた。
近寄ってみると、なにやら女性陣の嫌悪した表情が多い。反対に男たちには嘲笑に近いというか、呆れるというか、そういった表情だった。
どうにも女性に対する行為をやらかしたかのような感じか。
痴漢でも捕まったのだろうか?
と、当たりを付けたところで見知った姿を発見する。
「パル」
「あっ、師匠!」
パルとサチがそこにいた。
「なにがあったんだ?」
ここにふたりが居るということは、少なくとも無関係ではないだろう。パルの性格から考えて、食べ物関連以外には首を突っ込むとは思えないし。あと、余計なことをしようとしたらサチが止めるだろうし。
「おじさんが襲ってきたので倒しました!」
えへへ~、とパルは笑って言う。
「んぅ?」
状況がさっぱり分からないので俺はサチを見た。
サチはうなづいた。
つまり、間違ってない、ということだ。
「物取りか何かなのか?」
俺は人々の隙間から倒れているおじさんを視認する。なにやら白目で泡を拭いて倒れていた。生きてはいるようだが意識は無さそうだ。
「いえ、性的な意味です」
「性的な意味……ちょっと詳しく聞かせてくれ」
なにやら悪い予感と共に、偶然性を疑いたくなるような気がしたので、俺は少し離れた場所にパルとサチを連れ出し、ふたりから話を聞く。
なぜか近くで見ていたおばさん達が俺を見てひそひそと話してる。
なぜだ。
俺は保護者だぞ。
これだから年上は困る。
それはともかく、俺はパルとサチから何があったかを聞き出した。
「――というわけであそこを蹴っておじさんを倒しました。倒れた後も、何回か蹴っておいたので大丈夫だと……どうしたんですか、師匠。顔色が悪いです」
「いや、問題ない」
えぐい。
この幻痛は男でしか味わえないだろう。
過去の経験が襲い掛かってくるといっても良い。
脂汗が額に浮いてくるのを必至に抑えつつ、サチにも聞いてみたが。
「……パルヴァスの説明で間違っていません」
なるほど。
本当に性的な意味で襲われただけだったようだ。
「まぁ無事でなによりだ。パルは不自然な状況を見抜いていたようだし、環境を利用しての攻撃も素晴らしい。サチも臆することなく攻撃できたし、魔法も使用せずに対処できたのは凄いぞ。よくやった」
「えへへ~」
「……ありがとうございます」
パルの頭を撫でてやる。サチも満足そうな表情を浮かべているので、褒められて嬉しくないわではなさそうだ。けどまぁ、頭を撫でると怒られそうなのでやめておこう。
そんな風にふたりに話を聞いていると、どうやら犯人が意識を取り戻したようだ。
状況が理解できたのか、途端に声を荒げだして騒ぎ始めた。
「俺はやってねぇ! 襲われただけだ! ガキ共に騙されて金を取られた!」
と、見え見えの嘘を付き始めた。
筋骨隆々の日焼けした肉体。
加えて、白髪。
どうみても漁師であり、そしてパルやサチを襲ったロリコン野郎。
条件は、まぁそろっているよな……
「師匠、どうしたんです?」
「ちょっとな……」
俺は首を傾げる弟子と友人を伴いつつ、暴れる男の前に立った。
「ひとつ質問したい」
「な、なんだてめぇ!」
「孤児院に寄付をしなかったか?」
「お、おう、そうだ。俺はちゃんと孤児院に寄付してる! 子どものために寄付してるんだ。な、なんなら神官に聞いてみてくれ! 俺は善良だ! なにもやってねぇ!」
「そうか。ではシスに覚えはあるか?」
「――そんな名前の子は知らねぇ」
「誰が人の名前だと言った?」
「あ――」
男がそう答えた瞬間、俺は犯人の顎を拳で殴りぬいた。一応、視線誘導のスキル『隠者の指先』を使用して、認識の外から攻撃を慣行したが……そこまでする必要は無かったか。
カクン、と意識を失う男はそのまま周囲の男たちに支えられる。
漁師だからといって、防御力が高いわけではないらしい。
「そいつは間違いなく黒だ。俺は孤児院から依頼されてきた。さっき俺が言った女の子の名前は他言無用で頼む」
「わ、分かった。助かったよ旅人さん」
声が聞こえた範囲の男たちに俺はそう告げると、人だかりの中から脱出した。
「師匠」
「なんだ?」
「カッコ良かったです」
「そうか?」
「サチもそう思ったでしょ?」
「……はい」
「サチが言うんだったら、間違いないか。ありがとう」
「えぇ!? なんでサチの言葉だったら信じるんですか師匠~ぉ!?」
「いや、だってなぁ」
怒る弟子の頭を撫でつつ、俺は少し息を吐く。
ひとつ間違えた未来の俺の姿は、もしかしたら連れていかれるあの男と同じだったのかもしれない。
卑劣と評された男の末路としては、あっちの方が相応しいとも言える。
でも。
でも――そうは成らなかった。
そうは成っていないのだから、弟子に感謝しないといけない。
「犯人確保。俺はなにもしてないが、これにて一件落着だな」
「あ、ごまかしてる。師匠、あたしはごまかされませんからね。あたしのこと、もっと信用してくださいよ」
「だって、おまえ。俺のこと好きなんだろ?」
「はい!」
「俺から見ればパルはいつだって可愛い。それと同じで信用ならん」
「むぅ~……ん? それって愛の告白ですよね、師匠?」
「おう」
「好き」
「俺も」
「……なんだこの師弟」
という、なんだか懐かしいやり取りをして。
俺とパルとサチは、連行されていく男を見送るのだった。
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