~卑劣! あ、それもう終わってますよ師匠~

 少女とおばあちゃん神官はしばらく戻ってこなかった。

 その間、俺が孤児院の入口で待っていると、どうやら外から子ども達が帰ってきたらしく、わいわいと賑やかな声が聞こえてきた。

 それは少し懐かしい感じもする。

 まだ自分が子どもだった頃を思い出すような、そんな気がした。

 それとはまったく別に、どこか俺とは関係の無い『無責任な喜び』のようなものを感じる。

 あれかな。

 俺も大人になってしまった、ということだろうか。

 子ども達が楽しそうに笑っている。その声だけで、どこか平和を感じ、どこか嬉しくもあり、どこか頼もしさみたいなものも感じる。

 子どもは国の宝であり、世界の宝であり、人類種の宝だ。

 少年少女が笑っていられる世界こそ、大人が作っていくべき世の中である。

 あぁ。

 もう、世代の移り代わりを……あいつも感じているのかもしれないな。

 勇者としてはいつ世代交代が――


「あ、不審者だ!」

「おじさん誰ー!」

「旅人さんだ!」


 と、俺を指差す少年少女の声が聞こえた。

 不審者、おじさん、という単語を放った少年の顔は特定した。許さない。旅人さんと呼んでくれた少女の顔は一生忘れない。ありがとう。


「なにしてるの、旅人さん?」

「孤児院に寄付をしたんだ。ついでに案内をしてもらったんだが、具合の悪くなった女の子がいてね。案内してくれたおばあちゃんが付き添っているから、静かに待っているんだよ」

「そうなんだ!」


 と、子ども達は口の前に人差し指を立てた。静かにしよう、というジェスチャーは国だけでなく世代も問わないくらいには共通してるんだなぁ。

「ひとつ聞かせてもらえるか?」

 俺はしゃがんで子ども達と目線を合わせた。中には俺のことを怖がって近づいてこない小さな子もいるが、積極的に話かけてくれる年長者たちに話を聞く。


「最近、落ち込んでいる女の子はいないか? もしくは、大人を怖がるようになった子がいたら教えて欲しい」


 俺の質問を聞いた年長者たちはお互いの目を見て、なにか問題あった? みたいな表情を浮かべた後、ひとりの名前を出した。


「シスちゃんは?」

「あ、そうだ。最近シスちゃん元気ないよね」

「今日も遊びに行かなかったし」

「もしかして、具合が悪くなったのってシスちゃん?」


 子ども達からシスという少女の名前が出される。

 それ意外の名前は出てこないとなると……被害者はシスという名の少女ひとりだけ、と考えて良いだろうか。


「シスちゃんだけかい? 他に気になることがあったらなんでもいいから教えてくれ」


 ちらほらと意見は出るものの……被害者や犯人に繋がる情報は出てこないな。

 子ども達同士で話し合ってるが、やはりそれ意外に名前は出なかった。

 不幸中の幸い、と言ったらシスに悪いかもしれないが……被害者がひとりでまだ間に合った状態とも言える。

 いつ他の少女に手を出してもおかしくはない。

 早めに気付けたのは良かった。


「分かった、ありがとう。これで美味しい物でも食べてくれ」


 と、俺は少年と少女にそれぞれ銀貨を渡しておいた。


「うわ、すげぇ……銀貨だ……」

「い、いいんですか?」

「問題ない。ただし、ひとりで使うなよ。抜け駆けは無しだ。みんな、このふたりが独り占めしようとしたら先生に報告するんだぞ。俺がお仕置きにやってくるから、そのつもりでな」

「分かった!」

「はい!」


 と、少年少女たちはわーっと解散しつつ、孤児院の中に入って行った。各々、食堂のテーブルに座ったり、部屋の奥へ進んだり、外に残ってまだ遊んだり、とにぎやかになる。

 そんな声が聞こえてか、神殿のほうから神官の人が何人かやってきて、俺へと会釈した。

 得に不審がられている様子もなし、か。


「ふむ」


 それを考えると――犯人は寄付をすることによって、神官たちから信頼を得ていた可能性がある。もちろん憶測ではあるが。

 なにせ初見の俺ですら子ども達に近づいても警戒する様子は無い。

 不用心と捉えるか、それほど学園都市は平和な街だと捉えるのかは……難しいところだ。

 加えて、子ども達の信頼も神官を通して得ていた可能性がある。

 なにせ俺みたいなおっさんが銀貨一枚で子ども達と仲良くなれるのだ。しかもそれを寄付と言ってやれば、お金をもらう子どもにとっても後ろめたさもない正当性が生まれる。

 お金で釣り――

 お金で縛った――

 そう考えるのが妥当だろうか。


「旅人さん」


 いろいろと思考をしていると、おばあちゃん神官が戻ってきた。努めて柔和な笑顔を浮かべるおばあちゃん神官は視線を少しだけ離れた場所にあるベンチを示す。

 子ども達がいない、その場所を視線で示したということは、聞かれたくない話なんだろう。

 俺は黙っておばあちゃんの後ろを付いていき、ふたりでベンチに座った。

 遠くからみれば、大人の雑談に見えるだろう。

 そんな雰囲気を出しておく。


「旅人さんの言うとおりでした」

「やはり……」


 おばあちゃんは深くうつむくようにため息をつき、俺は大きく天を見上げるように息を吐いた。


「旅人さんの見識に感謝します。私たちでは見逃していたかもしれません」

「いえ、たまたまです」


 なぜ知っているか、と聞かれないだけありがたい。


「あの子は大丈夫ですか?」

「すべて話してくれて、泣き出して。ようやく眠りについたところです。旅人さんを放っておくことになってしまってごめんなさいね」

「いえ、彼女を優先させるのは当たり前ですよ。気にしないでください」

「優しいのですね、旅人さんは。全ての人が、あなたみたいな優しい人ばかりだったら良かったのに」

「……えぇ」


 卑劣と呼ばれ、勇者パーティから追い出されたような人間だが。

 知らないでいる事実はそんなものだけど、それでも俺のことを優しいと言ってくれる人がいてくれるのは、嬉しいものだ。

 無論、全人類が俺のようになるのは問題がいろいろと有り過ぎるけど。


「女の子はシスという名前ですか?」

「えぇ。子ども達から聞いたんですね」

「他に犠牲者がいないかと思って。具体的なことは言ってませんがフォローをお願いします。すいません」

「いえ、どちらにしろ、やらないといけないことですから」


 全ての少年少女から聞き取りは必須だろう。

 遅いか早いか、それだけの話だ。勘の鋭い子どもならば、ぜったいに何かあったと勘づくし、そこにシスという少女が関連するのは明白になる。

 孤児院という集団生活であるがゆえの処置、と考えらえるか。幸いなことに、俺の孤児院時代には経験しなかったことだ。

 もっとも――

 他人のことを気にする余裕など、あの時は無かった。

 仲の良い、あいつとふたりで生き残るので精一杯。なので、誰かが減っていたり、誰かが帰ってこなかったりしても、気が付いてないのかもしれなかった。

 孤児の死体が路地裏で転がっていたって、誰もそれを事件にしないのだから。


「それで、犯人の特徴などは答えてもらえました?」」

「えぇ……聞いてきましたけども。まさか旅人さん……」

「はい。ちょっと犯人を探してみます。特徴を教えていただければ嬉しいのですが」

「旅人さんにそこまでしてもらわなくても……」

「なに、ちょっとした暇つぶしですよ。このまま旅に出るのも、学園都市に住んでしまうのも、解決しないままでは寝覚めが悪い」


 俺は肩をすくめた。


「で、聞かせてもらえますか?」

「えぇ、分かりました。ですけど、無理はしないでくださいね。犯人は大きな体をした男で、白髪の短い髪だそうです。色黒で、年齢は『おじさん』とシスは表現していました」

「ふむ……種族は『人間』で?」

「えぇ、そうですね。大きな体と言っていましたからドワーフでもハーフリングでもないでしょう。エルフの耳の話も出ませんでしたし、有翼種や獣耳種の特徴も言いませんでした。そこから分かるのは、おそらく人間だと思いますよ」

「大きな体をした色黒の白髪。そしておじさんか」


 良かったぁ、白髪じゃなくて。


「その特徴を持った男で、孤児院に寄付をした者はいませんか?」

「寄付ですか」


 はい、と俺はうなづく。


「寄付してくれる人は、無条件で優しくて良い人。なんて考えがありませんか?」


 俺の言葉に、おばあちゃんはハッとこちらを向く。


「学園都市は平和だ。魔物が少ないから、みんな笑顔で生きていける。さぁ、それでは――俺は本当に旅人でしょうか。旅人の姿をしているだけで、実は別の神を崇拝する狂信者であり、学園都市一番の知識神殿を妬んで子ども達を惨殺しに来た。今はその下見で、寄付金さえ払えば簡単に中に入れたし、毒を仕込もうと思えばいつでもできた。なんて可能性はゼロではないですよね」

「……ひどい冗談をおっしゃられるのですね。心臓に悪いです」

「申し訳ない。それでも、必要な警戒だ。平和ボケは悪いことではない。でも、せめて子ども達を守る程度には警戒して欲しい。寄付をしてくれる住民の中に、シスの語った特徴の人間の男がいるかどうか、思い出してもらえますか?」

「……誰とも言い切れませんが、その特徴であれば覚えがあります」

「それは?」

「――漁師の方です。身体の大きい、というのは筋肉質という可能性がありますし、色黒ではなく、日焼けをしているのではないかと……」


 おばあちゃんは苦しむような表情を浮かべた。

 無理もない。

 寄付をしてくれる、もしかしたら無実の人間を思い浮かべているのかもしれないのだ。

 それは失礼を通り越して悪徳とも言える思考。

 無論、盗賊ならば当たり前に持っている思考でもある。

 つまり。

 人を疑う、ということ。

 まったくもって、おばあちゃんには申し訳ない気分だ。

 だが――

 だが、だ。

 それは必要な行為であり、それを思考し、実行するのが盗賊の役目。

 清廉潔白であり――

 聖人君子であらなければならない勇者。

 人々を救うために、勧善懲悪を成し遂げるための存在とならなければいけない。

 だからこそ。

 俺みたいな汚れ役が必要だった。

 必須だった。

 必要不可欠だったんだ。

 あいつの隣には、もう俺は必要ないかもしれないけれど。

 それでも俺のような考え方は、まだまだ世の中に必要とされているみたいで。

 あぁ。

 そこが、すこしばかり……悲しいな。


「分かりました。俺は少し、漁師を調べてきます」

「あまり無理をなさらないように。知識神のご加護がありますように」

「ありがとうございます」


 いま、神さま連中は大忙しで、俺のことなんか見てられないと思うけど。

 それでもお願いします、知識神さま。

 俺ではなく、少女を……シスの心の安寧を、どうぞよろしくお願いします。

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