~卑劣! 祈ればアイデアが落ちてくる神殿~

 学園都市には神殿区というものがなく、主要な神さまを祀る神殿は街のあちこちに点在している。

 以前、勇者と戦士と共に訪れた時には光の精霊女王ラビアンさまを祀る光神殿には立ち寄ったが、その他の神殿には足を運んではいない。

 もとより、神殿に訪れる者は信者と地元の住民くらいなもので。

 学園都市に住んでいるからといって、全ての神殿に足を運んだことのある者などゼロに等しいはずだ。

 神殿区が無いのなら、尚更のこと。

 しかし、そんな神殿の中でも知識と知恵を司る神さま――シュレント・カンラ神殿は別だ。

 学園都市一番の大きさを誇っている神殿であり、それもまた嘘でも方便でもない理由がある。

 なにせ祈れば知識や知恵を与えてくれるかもしれないのだ。

 研究が行き詰った時や、なんとなく気分が乗らない時。

 そういった気分転換に神殿に訪れるだけで、素晴らしいアイデアを授けてくれる可能性はゼロではない。

 そうなれば寄付金も自然と増えていくし、神殿の規模も大きくなり、より多くの信者が訪れることができて、更に寄付金が増えていく。

 商人ならば笑いが止まらなくなり、抱腹絶倒間違いなしの正のスパイラル。

 学園都市にこれほど相応しい神さまもいないだろう。


「さて、知識神の神殿戒律はなんだったか」


 そこまで厳しいものではないはずだが、どうにも神さまというか天界に興味がわいてきたので、戒律も気になってしまう。

 勇者パーティにいるころは、それこそ俺は光の精霊女王ラビアンさまの信徒であり、勇者の祝福のおこぼれに預かっていたような立場だったので、他の神さまに興味なんぞまるで無かったのだが。

 パーティを追放された今となっては、心に余裕が出てきたのかもしれんな。


「これをプラスと捉えられればいいんだが」


 いかんせん、俺は卑劣な盗賊なわけで。

 いつまでも恨みを抱きつつ、ねちねちと賢者と神官を呪っていきたい所存だ。それぐらいは許してくれよ、光の精霊女王さま。

 せめて、あのふたりが勇者の邪魔だけにはならないように。

 それを呪う――いやいや、祈るばかりだ。

 むしろ神に祈るというよりも、人間種としての常識と尊厳に祈っているのかもしれない。世界を救うために勇者の助けとなるか、女として生きるために勇者を糧にするのか。

 そんなもの、世界に決まっているというのに。

 魔王を倒した後ならば、勇者もただの人間。恋愛をしようが子どもを作ろうが、しあわせな家庭を築こうが、それは自由なのだから。

 だから恋愛など……

 個人感情なんて、捨てなければいけないっていうのに……


「おっと」


 そうこう考えているうちに神殿に到着した。

 どうにも学園都市にいると勇者のことを考えがちになってしまう。やはり賢者がいた街だからかなぁ。


「ふぅ」


 ひとつ息を吐いて、気分を入れ替える。

 今は勇者よりも弟子とその友人を優先だ。

 加えて、俺はもう勇者パーティの一員ではないので、バリッバリに感情で動く。

 うん。

 よし。

 言い訳完了。

 神殿は、まぁ言ってしまえばどこの街もそう変わらない。

 大きいか小さいか、広いか、狭いか、その違い程度であって、大きな神殿は白い石作りの綺麗で荘厳な建物になっている。

 開閉式の大きな門はいつだって解放されており、信者を受け入れますとアピールされていた。

 お祭り騒ぎが日常の学園都市であっても、さすがに神殿の中では実験をしているわけでも授業をしているわけもなく、静かな空気が流れている。

 俺が足を踏み入れたとき、信者は何人かいたが。それぞれ奥の知識神の彫像に祈りを捧げていた。


「……」


 一応、俺も目を閉じて知識神に祈っておく。

 ――まぁ、返事はないよな。信者でもないし、神官でもない。もしかしたら、いま天界ではナーさまのことで忙しいのかもしれない。

 それを考えると、少しばかり痛快だ。

 さげすまされていた小神が大量の祈りでもって――しかも反則的な方法で――いきなり力をつけて、大神並みの信者数を手に入れたのだ。

 一種の逆転劇。

 それこそ、ナーさまはいじめられていただけに、さぞかし気分が良いだろう。

 今まで弱い者とさげすさんでいた者たちより遥かに強くなったのだ。いじめっこ神の顔が震えて歪んでいるのが想像に難くない。


「おっと……これは不敬か」


 あまり神さまをおとしてめていると、そのうち天罰がくだりそうだ。

 他の名も知らぬ神を下げて、知っている神さまだけを相対的に持ち上げるのは愚の骨頂。一番かっこわるく、情けない心構えでもある。

 卑劣と呼ばれた俺だが……

 それでも、醜くあさましくは成りたくないものだ。

 申し訳ない、小神さま達。

 せいぜいナー神さまに報復されないように、祈っておくよ。


「……よし」


 もう一度祈りなおしてから、俺は周囲をうかがった。

 目的は知識神に挨拶することではなく、あくまで孤児院だ。神殿に勤める……いや、務める神官がいれば話を聞きたい。

 できれば神殿長か神官長が都合が良いのだが……

 ふむ。

 神殿の中には若い神官が数人と、窓際に座って静かにたたずむおばあちゃん神官がいた。

 年齢的に、なんらかの役職を持っていても不思議ではなさそうだ。まぁ、エルフ神官とかドワーフ女性神官とかは、人間の俺ではまったく年齢は分からないんだけどね。


「もし、すいません」


 俺はそう声をかけると、おばあちゃん神官はにっこりと笑って立ち上がる。

 身長は低く、すっかりと腰が曲がってそうな印象のおばあちゃんだったが、背筋を伸ばしてピンと立つ姿はさすがの神官だ。

 なにより知識と知恵を信仰する者。

 その聡明な顔に、老いの陰りはひとつも見えなかった。


「はい、どうしました旅人さん」

「ここに孤児院があると聞いてやってきたのですが」


 俺がそう声をかけると、おばあちゃん神官からスっと笑顔が消える。


「なにか?」


 声が冷たい。

 これは……なにかありそうだな。


「いえ、俺はもともと孤児だったので。同じ境遇の子ども達に寄付をしたいと思いまして」


 そう言って、俺は銀貨を取り出した。

 もちろん金貨を寄付しても良かったのだが、この場合はむしろ怪しさが際立ってしまう。相手が警戒しているだけに、大金を見せるのは逆効果になる可能性があった。

 普通の旅人が寄付してもおかしくない程度の10アルジェンティ銀貨にしておく。何事も、ほどほどが一番無難というものだ。


「まぁまぁ、ありがとうございます」


 お金を見て――と言えば、ひどく現金な態度、とも言えるが……ここはひとつ、警戒を解いてもらえた、と表現するほうが良いだろう。

 なにせ、おばあちゃん神官の柔和な笑顔は、お金にがめつい悪徳商人のそれとは天と地ほどもかけ離れているのだから。


「旅人さんも孤児だったのに、こんなに寄付してもらっていいのかい?」

「えぇ、仕事をしつつの旅ですので。有り余るお金を持っていても、盗賊に狙われたらおしまいです。だったらちょっとでも良い事に使いたいと思いまして。孤児院に寄付すると、すこし救われた気分になります」


 嘘には、ほんの少しの真実を混ぜるのがポイントである。どの部分が真実かは、まぁ、語る必要もあるまい。


「立派な志だねぇ。ありがとうございます」


 おばあちゃん神官は神さまではなく、ちゃんと俺に祈ってくれた。

 あぁ、やっぱりこのおばあちゃんは良い人だ。

 寄付をしたのは神さまではなく、俺という個人の人間がやったこと。もちろん俺は神の使いでもなんでもないので、感謝するのは神さまにではなく、俺にするのが当然である。

 ときどきいるんだよね。

 良いことがあった場合は、すべて神さまのお陰だ。という神官が。

 寄付があったのも神さまの導き。不運があったのは、神さまからの試練。そういう自分の都合をすべて神に押し付けるタイプの神官は、もはや思考停止におちいっている。

 なにも考えずに生きるのは楽だ。

 神さまのせいにして生きるのは、もっと楽だ。

 それは理解できるが……世界を見ようともせず、すべてを神さまのせいにして生きる人生に、果たして意味はあるのだろうか。

 はなはだ、疑問ではある。

 そんなタイプの神官では無いおばあちゃんに安堵しつつ、俺はすこし探りを入れてみることにした。


「すいません。先ほど俺が孤児院のことを聞いた時に表情がくもったようですが……なにかあったんですか?」

「あぁあぁ、これは申し訳ないねぇ。この街の性質で仕方がないのよ」


 おばあちゃんは困ったように笑う。


「性質?」

「そうなの。実験に子どもを使いたい、という学園の生徒が多いのよ。もちろんお金は払うし、問題はない、って言うんだけどね」


 おばあちゃん神官はため息をついた。


「その安全は保障されているかどうかは分からないし、話を聞いてみても最近は理解が及ばなくなってきてねぇ。大人じゃダメなのかい、というと子どもじゃないと無理だ、とも言われるし。できれば、孤児だからという理由で、子ども達を使って欲しくないのよ」

「それは……確かに」


 仕事であれば、喜んで子ども達を生徒に任せられると思う。ただの労働力として雇うのであれば、なにも問題はないし、孤児院から卒業できる可能性も生まれる。

 しかし、実験となれば話は別だ。

 それは労働力ではなく、ただの道具として扱うという意味でもある。もしかしたら、道具よりも悪い使い方になるのかもしれない。

 大丈夫だ、という言葉の信頼は、それこそ無理だ。不可能だ。他人から言われる、ぜったいに安全だ、なんていう言葉ほど信頼の置けないセリフは無い。

 むしろ孤児を使う、という魂胆にこそ、安全が保障しきれていない事を証明しているような気がする。

 なにかあっても、万が一が起こっても。

 孤児だから、問題はない。

 そういう意識が、どこかにあるのかもしれなかった。


「すまないねぇ、旅人さん。また子どもを利用しに来た、と思ってしまって。勘違いして悪かったねえ」

「いえいえ、問題ありませんよ」


 まぁ、本音を言えば子ども達を利用しに来たんだけどね。

 こういう事態になっているのなら、あんまり切り出せないなぁ。エンブレムを置かせてもらうだけの予定だったんだけど、なんかこう、切り出せなくなってしまった。

 どうしようか。

 まぁ、ひとまず――


「よければ、子ども達に会わせてもらえますか? あ、別に遊びたいとかそういうのではなく、単純に遠くからでもいいので、見ておきたいだけです」

「ふふ、寄付してくださった旅人さんを疑ってませんよ。危ない人じゃないでしょ?」

「あ、はい」


 すいません、俺、ロリコンなんです。

 言わないけど。

 パルがいっしょじゃなくて良かったぁ。弟子を見る視線で勘付かれる可能性はゼロとは言い難い。おばあちゃんほど経験があれば尚更に。


「子ども達を見るのは問題ないんですけど……」


 こっちですよ、とおばあちゃんは歩みながら言った。


「いま、子どもたちはいませんよ」

「え?」


 どういうこと?

 と、俺は首を傾げるのだった。

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