~卑劣! あぶないケムリと孤児院の情報~

 学園校舎から出た俺は、弟子と友人が仲良く手をつないで歩いていくのを見送った。


「ふむ」


 問題は無さそうかな。

 どちらかというとパルよりもサチのほうが心配だったが……天界で神さま達に何が起こっているのか分からない以上、こちらからは出来ることはない。

 運を天に任せるのではなく――

 天を運に任せるしかない。

 皮肉というか、天界もまたこの世界を構成するひとつの要素だった、とも言うべきか。


「いったい何に祈ればいいのやら」


 運を左右するのは、果たして神さまなのかどうか。

 それも怪しくもあるが。

 この際だ。


「ラックを司る神に祈るというのが正解なのかもしれない」


 もちろん聞いたことがない神さまなので、存在するのならば、の話だけど。


「ふぅ」


 俺はため息をついて気分を入れ替えておく。

 神さまの世界も大変なのだ、ということは理解できた。

 その影響が人間にも波及するということも。

 もしもサチに何か影響があっても、出来ることがないので見守るしかない。というのが本音だが……いきなり神の威光で輝き始めたりすると困るだろうなぁ。

 なんらかの対策は立てておいたほうがいいかも?


「なによりここは学園都市だからなぁ」


 興味深い現象だ、と一部に過激な生徒たちに捕まってしまう可能性は否定できない。サチに危険が迫ると、ナーさまからの具体的な天罰が降り注ぐ可能性もあるわけで。


「余計な仕事が増えなければいいが」


 まぁ、そのあたりはパルがなんとかしてくれるだろう。

 と、信じたい。

 果たして我が弟子は、どれほど成長しているのか。学園都市に到着するまで、それなりに訓練を積んだが……やはり実戦が少ないのがネックだ。


「次はひたすら魔物と戦闘するか……それともサバイバル訓練として独りで放り出してみるか」


 うむ。

 後者は可哀想なのでやめておこう。

 この先、パルが独りぼっちに成ってしまうことは無い。と、思う。サバイバル訓練も必要だが、知識だけ与えておけば記憶してくれるだろう。

 安全な水の作り方くらいは実践しておけば充分かな。

 と、今後のパル育成計画を考えつつ、俺は学園校舎を出て盗賊ギルドへ移動した。開店前の店で符合を合わせて倉庫からギルドの入口に入る。

 薄暗い部屋の中は、またうっすらと煙がただよっていた。

 本日のにおいは、妙に頭の奥にスっと入り込むような気がする……


「お、パルパルの師匠だ。おっす~」

「やぁ、タバ子じゃないか」


 有翼種のタバコ開発少女が、だらりとテーブルにほっぺたを乗せながらタバコをくゆらせている。煙の発生源というよりもにおいの発生源に近い。

 見ればテーブルの上には様々な薬草や薬品が並べられていたが……

 ちょっとだらけ過ぎじゃないか?

 それとも、やっぱりヤバイ成分のタバコでも吸ったのか?

 これ以上はパルに近づけないほうがいいかもしれんな。


「ちょっとー!? ぜったい名前おぼえる気ないでしょ! もぅ~、せっかくイイ男なんだから、レディの名前くらい覚えておいた方がいいわよ」

「イイ男?」

「あ」


 しまった、という感じでタバ子は口を抑えた。

 つい本音が出ちゃった~、なんて様子を見せているが――


「いや、俺もちゃんとした盗賊だ。その程度の色仕掛けには引っかからんぞ」

「ちっ」


 いま、思いっきり舌打ちしたな。

 これだから十六歳以上のババァは困る。見た目がファンシーで若作りをして可愛いが、たぶん二十歳も越えてないかもしれないが、こいつはババァだ。間違いない。


「今日はパルパルどうしたのよ?」

「別の任務中だ」

「ひどいことしてないでしょうね」

「するわけがないだろう。可愛い弟子だぞ」

「アンタの弟子って時点でひどいことなのよ。うぅ! もう! アタシにも優しくしろよー!」

「なんでだよ……」


 情緒不安定だな。

 やっぱり危ない煙なのかもしれない。できるだけ吸わないようにしておこう。


「あとで遊んでやるから大人しくしてろ。ギルドマスターはいるか?」

「いやらしい意味で遊んでくれるなら教えてあげる」

「あ、いいです」

「なんでさー!」

「いや、だって嘘だろ」

「なんで嘘だって決めつけるわけ? アタシが本気で惚れてるかもしれないじゃん。じゃん?」


 疑問形にされても困る。


「その時点で嘘なんだよ。俺がモテるわけないだろ」

「確かに」


 お互いに納得できる結論は出た。

 悲しいが。


「というか、タバコになにを混ぜたんだ? 危ない成分の入ったタバコに子どもが手を出したらどうするつもりだ。あまり感心しないぞ」

「ちょっと楽しくなりたかっただけよ。大丈夫。幻覚は見えてないし売るつもりもないわ」


 ぜんぜん大丈夫じゃないな……まったく……

 ほどほどにな、と声をかけて俺は奥のカウンターへ向かった。


「「こんにちは、エラントさま」」


 タバ子とそんなやり取りをしてたものだから、当然ギルドマスターたるイウスとシニスのふたりが声を合わせてほほ笑んだ。

 はてさて、今はどっちがイウストラム(右)でどっちがシニストラム(左)なのか。名前と合致していない立ち位置に推測する余地は無かった。

 せめて分かりやすい特徴でもあればいいのだが、服装も見た目も完全に同じ。まさに盗賊たる『騙し』の最高峰とも言えるふたりだ。

 もっとも、双子ではなく三つ子であり、分かりやすい真ん中の子は本日は不在のようだ。


「仕事を所望でしょうか?」

「それともイークエスの処遇でしょうか?」


 ふむ。

 どちらも用件とは違うが、もののついでだ。


「せっかくなので後者を教えてくれ。情報料はいるかい?」

「エラントさまは当事者ですし、アレはすでに人としての権利は失っていますので。情報は無料で提供します」


 ……その言い回しで、なんとなく察しが付くというもの。


「学園都市における罪人の扱いは酷く簡単です」

「実験をしたい研究者たちがウヨウヨいますので、引く手あまた。表の実験から裏の実験までありますので」

「そんな生徒たちに高く売れます」

「イークエスを買い取ったのは……さて、どんな研究会でしたかね」


 うふふ、と右と左はそろって笑う。

 ここから先は有料、ということか。


「それだけ聞ければ充分だ。恐らく、死んだほうがマシなんだろうな」


 俺の言葉にふたりは否定しなかった。

 つまり、そういうことだ。

 表の実験、とやらでも酷いことになりそうな気がするが……裏の実験ともなると、マジでヤバイ気がするな。夜な夜な善良な住民が減っていなことを期待するしかない。


「イークエスの件、というかこの学園都市での罪人の扱いは理解した。せいぜい捕まらないようにするよ。ところで、学園都市に孤児院なんてものはあるか? それこそ、子どもを捨てるという罪を背負うことになりそうだし、あまり考えられないが……」


 罪人の扱いが酷い、ということはそれだけで抑止力となる。誰だって牢屋に入れられることは覚悟できるが、それ以上の酷い目に合うのは嫌に決まっているし、それが何か得体の知らないことになるというのは、恐ろしい。

 そういう意味では、良い処分とも言えるのだが……

 しかし、それを考えると子どもを捨てるとは、やはり考えにくい場所であるのは確かだ。なにより平和であるし、仕事が多くある都市でもある。

 もしかしたら学園都市には孤児そのものが存在せず、孤児院なんてあるはずがない。

 そういう期待もあったのだが――


「残念ながら、どんなに平和であろうと孤児はいます」

「ですので、孤児院もしっかりあります」

「そうか」


 淡い期待は見事に砕かれた。

 もっとも――

 神さまの住む天界にもイジメがあるみたいなので。人間種と魔物が住む世界に、孤児がいない場所など、あるはずもないか。

 それこそ期待するほうがバカ、とも言えるかもしれないが。

 孤児が『実験』に使われていないだけ、まだ救いがある、とも言えた。


「すまない、孤児院の場所を教えてもらえるか?」

「お安い御用です。そう、お安い」

「分かってるよ」


 俺は素直に提示された情報料を払った。まぁ、この程度の情報だと二束三文と言ったところで情報価値は安い。

 子どものおこづかいでも買えそうな料金だ。

 リンゴ一個とそう変わらない。


「つまり、ここに不随する孤児院の情報は無いってことか」

「はい。裏で子どもを実験にまわしている、なんて黒い噂や神官が夜な夜な邪悪なる神に祈っている、なんていう情報はこれっぽっちもありません」

「安心してください。ごくごく普通の孤児院です」

「言い方が不穏だなぁ」


 ふふ、とふたりは笑う。

 盗賊だけに、冗談の種類が悪質だ。なまじ美人ということもあって、よりそれが際立ってしまうのは、なんとも言えない気分になってくる。


「孤児院は知識と知恵を司る神の神殿に付属しています。学園都市で一番大きな神殿ですので、寄付も多く、孤児の扱いはまともですよ」

「引き取るのであれば身辺を明かす必要があります。『妻役』をご所望でしたら、お声がけくださいませ」

「いや、そういうわけでは――」

「はいはいはい! 妻役やります!」


 スキル『ウサギの耳』でも使っていたのだろう。

 タバ子が立候補した。


「他人の情報を盗み聞きするのはルール違反だぞ! あと妻役は必要ない」

「ちぇ~」


 そう言ってタバ子はどっかりと椅子に座ったあと、そのまま後ろへばったりと倒れた。


「大丈夫か、アレ……」

「「いつものことですから」」


 それはそれで、どうなんだ?

 俺はため息をつきつつ、盗賊ギルドを後にするのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る