~流麗! 密着しつつ手を握りあって見つめ合ったりする競技~

 やんややんや、とドワーフたちは騒ぎ立て。

 頃合いのテーブルを取り出すと、炉の前にどっかりと置いて。


「さぁ、いつでもいいぞリンゴちゃんたち」


 ドワーフリーダーは肘を付いて、わきわきと指を動かした。

 さすが器用さが種族の中でも群を抜いているドワーフ。

 それぞれの指が、まるで独立したかのようにわきわきと動いていますわね。

 気持ち悪い。

 そんなテーブルを取り囲むようにドワーフたちは円状に並んで、わたしとラークスくんが逃げないようにと囃し立てる。

 どうやら――自分たちが負けることなど微塵も予想していないみたい。

 まったく。

 いくら魔王領から一番遠い最南端の場所とは言え、危機感というものが欠けている様子。今すぐにでもわたしの領地に連れて行き、奴隷として働かせたいところですが……

 まぁ、そんなことをしてしまっては師匠さんに裏切者として敵対してしまいますから。

 ここは穏便に、清く正しく美しく、正真正銘真正面から正攻法で叩き潰してあげましょう。

 もっとも――

 わたしとしましては、ラークスくんに華を持たせてあげるつもりですが。


「どうしたリンゴちゃん。怖気づいちまったかな? なんなら姉ちゃんだけでもいいんだぜ。オレがたっぷりお手手をにぎにぎしてやろう。空いた方の手がすべっちまって身体に触れても怒らないでくれよ? なんせ勝負の世界だ。なにが起こっても不思議じゃねぇしな」


 ゲラゲラとドワーフたちは下品に笑う。

 まったくまったく。

 審美眼は優れているっていうのに、精根の根っこの部分がスケベですわね。

 わたしの容姿を褒めるのであれば、もっとストレートに言ってくれたらいいですのに。わざわざ遠回りに褒めるなんて、逆に下心が表面に出てきてしまっているじゃないですか。

 ちらちらと恥ずかしそうに見てくるラークスくんの、なんと奥ゆかしいことか。師匠さんの視線と似ていて、なんと可愛らしいことでしょう。

 やはり殿方はベッドの上でケモノになってこそ美しいと言えますわね。

 ……まぁ、本で読んだだけなので経験はありませんが。

 だってほら。

 周囲は魔物ばかりだったし……初恋が現在進行中ですので。

 まぁ、そんなわたしの処女事情はさておきまして!


「行きますよ、ラークスくん。頑張りましょうね」

「は、はい……」


 おっかなびっくりとラークスくんはテーブルに肘を付いて、ドワーフリーダーと手を組み合わせた。


「わたしは後ろから……あ、両手を使ってもいいかしら?」

「いいぜ。もう何をしたって自由だ。なんならオレを直接妨害をしてくれてもかまわないぞ。脇をくすぐろうが、大事な部分を触ろうが、姉ちゃんの自由だ」

「大した自信ですわね。それでは遠慮なく両手は使わせてもらいます」


 ラークスくんを後ろから抱きしめるような形で、わたしは手を伸ばした。少年の手を上から覆いかぶさるようにして、片手を添えて、反対側の手を自分の手首に置く。


「ぁぅ」


 やっぱり後ろから抱きしめてるみたいになったので、ラークスくんが小さく悲鳴をあげたけれど、ドワーフたちの声にかき消された。


「スタートの合図はどうしますの?」

「姉ちゃんがやってくれていいぜ。オレはいつでもオーケーだ」

「分かりました。ラークスくんも準備はいいですね?」

「は、はい」

「では……よーい、スタート」


 ――あら。

 腕相撲っていうのはスタートが肝心な競技と記憶していたのですが……どうやら、このドワーフは様子見から入ったようですわね。

 ラークスくんとわたしの力を見極めた上で、それ以上の力で圧倒的な勝利を目指すつもりでしょうか。

 では、より絶望感を味合わせてあげましょう。


「んぎぎ……!」

「んっ!」


 というわけで、わたしは一生懸命に力を入れていますよアピールをした。ほんとはラークスくんの手を握ってる程度の力しか入れてませんが。

 師匠さんに可愛いと思ってもらえるように、演技力も磨かなくてはいけません。

 素で可愛いパルには負けたくありませんので。


「ふはは、どうしたどうした。ぴくりとも動いてないぜ」

「にぎぎぎぎ!」


 ドワーフリーダーの言葉に奮起するようにラークスくんは力を込めたみたいだけど、それでもやっぱりぜんぜん動かなかった。

 腕の太さも倍ほどありますし、仕方がないこと。

 それでも精一杯頑張るラークス少年の、なんて健気なことなんでしょう。

 この心が1ミリでもドワーフたちにあれば、わたしも素直に人間種の素晴らしさに感銘を受けたというのに。


「おら、そろそろ終わりにしようぜリンゴちゃん。あとは姉ちゃんとオレたちのお楽しみタイムだ」


 げはははは、と笑いながらドワーフリーダーが力を込めた。ジリジリとわたし達の腕が押されていってしまう。


「う、うぐぐぐ!」

「あぁ、このままでは負けてしまいますわ。ラークスくん、がんばって!」

「は、はい! んぐぎぎぎっぎぎぎ!」


 あくまで主人公はラークス少年です。

 ということを印象付けて、わたしは力を少しだけ込めた。


「おっ、やるじゃねーかリンゴちゃん。はっはっは、頑張れよー、いつまでも持つかな」


 少し押し返したのを見てドワーフリーダーは笑う。周囲のドワーフたちも、やいのやいのと盛り上がった。


「おら、そろそろ終わりにするぜ」


 ドワーフリーダーがそう笑いながら力を込めた。そのタイミングを狙って、わたしも少し力を入れる。一見すると、微動だにせず、なにも変わらない状況が続いた。


「ん?」


 そこに異変を感じたドワーフリーダーは更に力を込める。で、わたしも力を入れる。それを二度ほど繰り返して、ようやくおかしいことに気付いたようだ。

 あぁ、情けない。

 一度で気付けないとは思っていたが、何度も繰り返してようやく気付くなんて。

 なんて鈍感な男なのでしょう。

 なんと愚鈍なドワーフなのでしょう。

 手先が器用な種族という特性が聞いて呆れますわ。

 師匠さんがどれだけ素晴らしかったか、それを語りたい欲求が生まれてくるほどです。

 なにせ、師匠さん。

 初見はおろか、わたしを一目見ただけで判断されました。

 それがどれほど素晴らしいことなのか、対比するにもおこがましいほど、このドワーフは鈍いようですわね。


「おら、どうした。もういいぞ、やっちまえ!」

「遊んでないで、終わらせろよ。へへ、遊びはそのあとだからな!」

「ひゅー! 待ちきれないぜ!」


 周囲のドワーフも気付いてないらしく、声をあげている。

 そんな野次にも似た声があがりますが……時間が経つにつれて段々と静まりかえっていった。

 なにせ、ドワーフリーダーが必至の形相になってきましたので。


「お、おかしい、どうなってやがる。なんで、なんでビクともしねぇんだ!?」


 顔を赤らめるほど力を入れていくが、ジリジリと押されていく様子に狼狽しはじめるドワーフリーダー。


「もうちょっとです、ラークスくん。がんばりますわよ!」

「は、はい! んぎぎぎぎ!」


 わたしはわたしで一生懸命ラークス少年を支えているフリを続けました。ちょっとでも油断すると、ラークスくんの手を握りつぶした上でドワーフリーダーの腕をへし折りそうになってしまうので、気合いを入れて力を制御しないといけませんからね。


「待て、まてまてまてまて! おかしい! インチキだ!」


 そう叫ぶドワーフリーダーの腕がミシミシと軋むような音が聞こえた。どうやら本気の本気のようで、肉体が物理的な悲鳴をあげ始めたみたいです。

 ふふ。

 でも、今さら加減なんてしてあげられませんので。


「うがあああああああああ!」


 最後の気合いと共に叫ぶドワーフリーダーの手甲を、まるで真綿で絞め殺すように、ジリジリとテーブルに付けてやりました。


「わー、やりましたわラークスくん。わたし達の勝利です」

「はぁ、はぁ、はぁ……あ、ありがとうございます、ルビーお姉さん」

「いえいえ、ラークスくんのおかげです。さすがわたしの見込んだ殿方ですわ」


 いい子いい子、とわたしはラークスくんの頭を撫でてあげましたが……


「インチキだ! こんな結果、ぜったい嘘に決まってる!」


 ドワーフリーダーが声をあげて抗議してきた。


「あら、どんなインチキを使ってると?」


 わたしは両手を見せる。

 手品師が良く使う袖の長い衣装ではなく、今日はパルと同じような袖の無い服にしているので、種も仕掛けもないことは明白です。


「ぐっ……も、もう一度だ!」


 ドワーフリーダーがテーブルに肘を付く。


「仕方がありませんわね。ラークスくん、いけますか?」

「は、はぁ」


 もう一度、同じように手を組んで――


「よーいスタート」


 と、わたしが声をかけると同時にドワーフリーダーの手をテーブルに叩きつけた。


「がっ!?」


 という悲鳴をあげて転がるドワーフリーダーを見て、わたしは思わず笑ってしまった。


「どうしたのです、大げさに転がって。あぁ、足がすべってしまったのですね。それならば仕方がありません。足場が不安定で力が入らなかったのでしょう。場所の有利で、わたし達がなんとか勝てたみたいですわね。うふふ」


 なんて笑ってみせる。

 もう周囲のドワーフたちも黙ってしまった。

 なにが異常か。

 誰が異常なのか。

 ようやく理解したようです。


「やっぱり穴で石を掘ってるドワーフと、学園都市で鍛冶の腕を磨いているドワーフの違いは、腕相撲程度では分かりませんでしたね。残念です」


 その両者にどれほど差異があるのかわたしはまったく理解する気もないですが。


「ですが、やっぱりラークスくんが優れているというわたしの考えは間違いなさそうですね。これからはもっと大きい顔をしていてもいいんじゃないですか、ラークスくん。あ、でもおヒゲを生やして顔を大きくするのはおススメしませんわ。今のままの顔が一番可愛らしいもの」

「いや、そんな……」

「り、リンゴは関係ないだろ! お、おまえが、おまえの強さが異常なだけだ!」

「リンゴ? そんな人はここにいませんよ?」

「そ、そいつが――」

「ラークスですよ、あなた達より優れているラークスくんです」


 わたしの言葉にドワーフは言葉が詰まる。

 それでも、ドワーフはわたしに言った。


「ら、ラークスじゃなく、おまえが強いだけだ。だから、腕相撲の結果とか、関係ない」


 憎々しげにドワーフはそう告げた。

 そう。

 それです。

 わたしが聞きたかったのは、その名前です。

 よろしい。

 ようやく少年の名前をラークスと呼びましたね。


「ふふ。では、こういうのはどうでしょう? ここは鍛冶師の研究会でしたわよね」

「あ、あぁ」

「それでは、わたしが指定した物を作ってくる、というのはどうでしょう。その出来栄えで優劣を付けようではありませんか。もちろん審査は第三者にお任せしますので、ヒイキもありませんわ。どうです?」


 わたしはリーダーをふくめ、ドワーフたちを見渡した。

 もちろんラークスくんも含めている。


「か、鍛冶勝負ってことか?」

「そのとおりです。そうですね、剣や鎧を打つのでは経験に差が出ますから、誰も見たことがない物を作るほうが純粋な勝負になりそうです。少々お待ちください」


 と、わたしはテーブルの上にポケットから取り出した紙を広げる。


「さらさらさら~っと。はい、こんなデザインでどうでしょう?」


 もちろん描くフリをしただけで、紙にはあらかじめ三角形を基礎とするデザインが描いてありました。

 そう。

 ナー神のエンブレムです。

 三角形を基礎とする聖印は珍しいので、これがまさか神のエンブレムだと気付く人もいないでしょう。


「このデザインの形通りの物を作ってきてください。大きさは問いませんし、複数個あっても問題ありません。材質も材料も問いません。とにかく良い物を作ってきた者が勝者です。ドワーフの威厳があるのでしたら、もちろん参加しますわよね?」


 わたしは挑発するように周囲を見渡した。


「ラークスくんは強制参加です。いいですね?」

「は、はい。もちろんです!」


 あら。

 意外と闘志がみなぎっているみたいですわね。


「では、勝者にはとびっきりのプレゼントを用意します。ついでにお望みであれば、わたしを好きにしても構いませんわ。煮るなり焼くなり、奴隷にするなり。あなたの望みを叶えましょう。期限はそうですね……一週間後でどうでしょう?」


 問題ない、とドワーフたちとラークス少年がうなづく。


「ふふ。皆さま、やる気になっていただけて嬉しいですわ。そうですわよね、いつまでも腕っぷしの強さだけでリーダーみたいな顔をされていたのでは面白くないですもの。そう、ここは鍛冶の腕前を磨く場所なのですから」


 わたしは、そう言ってニヤリと笑った。

 どうやらこのドワーフたち。

 末端までもが腐っているわけでは無さそうですわね。


「それでは皆さま、ごきげんよう」


 わたしはそう言って部屋を後にする。もう、軽々と重い扉を開けて驚く者はいない。それよりも、わたしが残したデザイン画に殺到していく者たち。

 ふふ。

 良い物ができるといいですわね、ナー神さま。

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