~流麗! お姉ちゃんに任せて~
なんだか知らないけれど、少年の期待に答えられなかったみたいなので。
わたしはガッカリとハンマーをおろした。
少年には軽々と扱えない大型の武器にも似た巨大な金槌。これを片手で持ってみせる、なんて芸当は少なくとも人間にはできないことだと思ったのだけれど。
期待に答えるっていうのは難しいものです。
やはり魔物で吸血鬼たるわたしと、人間の少年の考えていることに乖離は大きいようですね。
師匠さんの理解力や空気を読む能力がいかに優れていることか。
わたしの考え方もしっかりと理解されているし、理解できるように努力をなさってくださっているので。
あぁ、ステキです。
好きな殿方がわたしのことを考えてくださっている。
それだけで心がときめいてしまう。
でも。
ときどき――皇女さまのマネを要求するのはサッパリと理解できませんが。
あれ、なんなのでしょうね?
師匠さんだけが、とても喜んでいるのが気になるところ。
おっと。
今は少年の問題でしたわね。
「それでは理由を話していただけますか、少年くん」
「あ、はい」
そういえば名前をまだ聞いていませんでしたね、と思いつつ彼のことを少年と呼んでみたけれど……意外と気にしている風では無さそうね。
それよりも少し嬉しそうな感じがあるのですが……果たして?
「僕は、その……ドワーフと違って人間なので、力が弱いです」
「そうですわね。それも大人ではなく子ども。まだまだ成長途中ですので、弱くて当たり前ですわ」
「はい。でも、先輩方は僕をバカにして……その、力を付けるためだ、とか、努力が足りないからだ、と言って……僕にインゴットや道具を使うことを禁止しました」
「まぁ!」
わたしは驚いて、思わず声をあげてしまった。
力が弱いことをバカにするだなんて……なんて無意味なことをするのでしょう。
だって、ドワーフ族が力が強い種族で当たり前のことだし、人間の子どもは力がそこまで強くないのは生まれ持っての種族差でしかない。
逆に言ってしまえば、ドワーフ族は走るのが遅いので、ドワーフの子どもを走るのが遅いとバカにするようなもの。
そんな種族差を揶揄するのであれば、わたしのような吸血鬼と比べても良いということになってしまいます。
わたしから見れば、人間種などすべて非力。
太陽の下で嬉しそうに活動する、とんでもなく愚かな種族。
ということになってしまいます。
別種族を見下したバカにしているようでは、学園都市の名が泣きますわ。
「そんなものは無視してしまいなさいな。直接、暴力を振るわれているわけではないのでしょう?」
「はい……でも……」
「でも?」
「僕は、その……名前も変わっているので」
「名前? そうなんですの? あ、そういえば自己紹介がまだでしたわね。わたしの名はルゥブルム・イノセンティア。近しい者からはルビーと呼ばれています。あなたも特別にルビーと呼んでもいいですよ」
「ルゥブルム・イノセンティア……る、ルビーお姉さんの名前、カッコいい」
「うふふ」
そうでしょう、そうでしょう。
もっと褒めてくれてもいいのよ?
と、わたしは少年の頭を撫でてあげる。師匠さんに付けて頂いた名前を褒めるなんて、なんて素晴らしく、理解のある少年なのでしょう。
いい子いい子、とわたしは頭を撫でてあげました。
「それで? あなたのお名前はなんというのかしら?」
「リンゴ……」
「え?」
「リンゴ・ハーブゥルです」
「リンゴちゃん? あら、わたしてっきり男の子とばっかり。ごめんなさい」
「いえ、ち、違うんです。僕は男です。男なのに、リンゴっていう名前なので……」
リンゴ少年は、段々とうつむいてしまった。
なるほど。
名前が可愛いというコンプレックスがあるのですね。しかも、それと相まって力が弱いとバカにされれば、それはもう自尊心が砕かれていても不思議じゃないですわ。
でも確かにリンゴという名前は、殿方に付けるにはあまり相応しくないのかもしれない。
親の考えはわたしには理解できませんが。
拡大解釈して推察するに、リンゴとは果実でもあり、赤く大きな実のなる木。そういう立派で目立つような人間になって欲しい、という思いと、食べるのに困らないように、と名付けられた可能性は――無い、とは言い切れないでしょう。
しかし。
やはり少年には少々というか、非常に酷な名前とも言える。多感な時期にこの名前で過ごすことは、それこそ美少年でさえも難しいのではないでしょうか。
名前でからかわれてしまう可能性を考慮しなかった両親の、ちょっとした罪を背負うことになってしまうのが子ども。
というのは、少々皮肉の効いた罰なんでしょうね。
もっとも――
一番悪いのは、親から与えられた名前を本人ではなく、他人がけなす事ですが。どういう理由であれ、他人をバカにして良い理由は存在しない。
それが人間種であろうとも、魔物であろうとも。
「顔をあげなさいな、少年」
わたしは優しく彼の頭を撫でながら、さとすように語った。
「名前など他人を識別する記号に過ぎません。わたしはルゥブルムという名ですが、ルビーとも名乗っています。名前が優れているからといって、その人が優れているわけではないですよね。逆も同じですわ。名前が可愛いリンゴだからといって、あなたは可愛い女の子ではなく、立派な鍛冶師を目指す少年ではありませんか」
「で、でも」
「あら、言い訳をするのでしたら、それを拒絶するということ。つまり、あなたは少年であることを否定するつもりですか? もちろん、あなたが可愛らしい服を着たいというのであれば、わたしは惜しみなく協力をするつもりですが」
「ち、違う! 僕は、僕は立派な鍛冶師になりたい……なりたいんだ。でも……でも、一度でもバカにされちゃったら、それをひっくり返すなんて無理だよ」
ふむ。
確かにそうですわね。
一度付いてしまった決着を、その判定をひっくり返すのは文字通り『至難の技』というものです。
魔王さまより四天王の座を頂いたわたしですが、その地位を狙っている者はたくさんいました。
でも残念ながら、その地位をいくら目指したところで、わたしが席を譲らない限りひっくり返りはしない。わたしが死なない限りは空席になることはないでしょう。
それこそ、魔王さまを裏切って人間領で楽しんでいるわたしが、未だに『知恵のサピエンチェ』であり、四天王という地位を保っているぐらいなのですから。
決着がくつがえることは、やっぱり『よっぽど』のことなんでしょうね。
「あなたの言う事は、ごもっともな話、というやつですね。ですが、それに甘んじているようではダメです。手のひらと膝が地面に付いたからといって、うつむいてばかりでは何も見えませんわ。せめて顔をあげなさいな。せめて視線だけでも高く保つことですよ、少年くん」
「視線を……」
えぇ、とわたしはうなづいた。
「退屈だと諦めてしまっては、見えるものも見えなくなります。外に飛び出す考えすらも浮かばなかったでしょう。バカにされているからといって、バカになる必要はないのです」
「……でも」
リンゴ少年は、うつむいてしまった。
まぁわたしの言葉程度で立ち上がれるのであれば、今ごろドワーフたちを凌駕するほどの自尊心に溢れている人間でしょう。
そうではない。
そうではないのだから、誰かの助けが必要なのです。
「ひとつ、反逆してみましょう」
「反逆……?」
わたしの発した言葉が衝撃的だったのか、リンゴ少年はちょっと驚いている。
そんな彼の表情を見て、くすり、とわたしは笑いながら一つ目のアイデアを伝えた。
「リンゴ、という名前はくつがえりません。すでに魂に刻まれているでしょうから、あなたが今すぐゴーストになったとしても、神になったとしても、個体名はリンゴのままです」
「は、はぁ……え、ゴースト? 神?」
「それはたとえ話ですよぅ。いいですか、リンゴくん。わたしの名前を言ってみてください」
「え、えっとルゥブルム……」
「はい。そしてもうひとつは?」
「ルビー?」
「その通りです。ぜひルビーお姉さんと呼んでください」
「は、はぁ」
「というわけで、リンゴくんも愛称を付けましょう。なにか好きな名前はありませんか?」
「じ、自分で付けるのですか?」
そんなこと言われても、とリンゴくんはキョロキョロと周囲を見渡すばかりでアイデアは出てこなかった。
さすがにハンマーや炉と名乗るわけにもいきませんよね~。
「ふ~む、仕方ありませんね。リンゴ、に近い名前は……ラークス、というのはどうでしょうか?」
「ラークス?」
おや、ご存じないようですわね。
「旧き言葉でリンゴという意味を持つ言葉ですよ、ラークスは。リンゴちゃんと呼ばれるより、よっぽど音の響きはカッコよくありませんか?」
「ほ、ほんと? リンゴってラークスっていうの?」
嘘じゃありませんよ、とわたしは苦笑した。
「ラークス……ラークス、ラークス! な、なんとなくカッコいい響き! ぼ、僕はラークスと名乗ってもいいんだ。だって、だってリンゴだから。リンゴとラークスは同じ意味だから、いいんだよね!」
「えぇ、もちろんですわラークス少年。どうやら気に入ったようですわね」
「うん!」
良かった良かった、とわたしはラークスくんの頭を撫でてあげる。
少し胸のつかえが取れたのか、彼は嬉しそうに笑った。
ふふ。
たったこの程度のことで膝を付いていたなんて、やっぱり人間種は面白いですわね。魔王領を抜け出して人間領を旅して、そしてこの最南端の学園都市までやってきた甲斐があるというものです。
なにより師匠さんに出会えたことも嬉しいですが。
それ以上に、人間という存在の悲喜こもごもが見れたというのが、わたしにとっては多いに得るものがありました。
なにより退屈を殺してくれる。
人間の感情というものは、飽きるとは思えないほど千差万別にわたしを楽しませてくれる。
「あぁ、いいですわいいですわ。楽しいですわ、ラークス少年」
「えへへ、ありがとうルビーお姉さん」
と、その時――
入口の扉が無遠慮に開いて、数人のドワーフが顔を見せた。
「おんや。はっはっは、見ろ! リンゴちゃんが女を連れ込んでるぜ」
ニヤニヤとした髭面のドワーフたち。
黒く染まっていない『白い制服』を着たラークスくんの先輩方が戻ってきたみたいですわね。
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