~流麗! 煤で汚れた可愛い少年~
師匠さんから出されたミッション。
ナー神の聖印、エンブレムを作れる者を探すこと。
それはつまり――
「聖印を作ってこい、ということですわね」
言われたことだけをやっているようでは、まだまだ甘い。
わたし、これでも魔王領で四天王を務めていたくらいですので。優秀な部下が、どんな行動を取っていたかは、充分に把握しております。
もっとも――
部下が優秀過ぎて、わたしの仕事が全部なくなり、退屈で死んでいたわけですが。
「ミッションは楽勝、とノンキに考えていると、思わぬ穴に落ちてしまいそうですわね」
サチから教えてもらった三角形を基礎としたエンブレムを紙に描き記したわたしは、それをひらひらとさせつつ、学園校舎の中を歩いていた。
学園都市に到着してハイ・エルフたる学園長と仲良くなって以来、わたしは校舎の中を歩き回っていた。その際に鍛冶を研究している部屋を見たことがある。
熱と共にトンテンカンと金属を叩く音が部屋から漏れ出ていたのを覚えていた。
「あれは、確か――こっちだったかしら」
日々適当に歩いていたので、記憶に自信は無い。あの時は、トンテンカンという音に惹かれて歩いて行ったので、明確な位置は覚えていなかった。
「また、あの音が聞こえればいいのですが……」
残念ながら本日の校舎は、どこか静けさを感じる。もちろん爆発も起こってるし、今も遠くの方で悲鳴があがったのが聞こえてきますが。
「あ、また光った」
窓の向こう側で輝いたのは、青い光。
どうやったらあんな風に光るのか、はなはだ疑問ではあるけれど……
「今は師匠さんのミッションが優先だから。気にしている場合ではありません。うんうん」
と、わたしは自分に言い聞かせた。
以前のわたしなら間違いなく爆発地点に行ったし、青い光の正体を確かめた。きっと生徒たちは喜んでわたしに教えてくれるでしょう。
でも、今はダメ。
ミッションが優先です。
はい。
あぁ。
でも。
もちろん気になる。
「ダメだめダメだめ」
わたしは頭をぶんぶんと振った。
好奇心はある。きっと退屈を殺してくれるものが、あるはずだ。でもそれ以上に、師匠さんの役に立ちたい、という思いが好奇心を上回っていく。
それを自覚して。
わたしは自分の胸に手を当てた。
「こんな気持ちになるなんて思いもよりませんでした」
ちょっと胸のあたりが熱くて、それでいてワクワクしている感じ。
それでいて、なんだか不安な気分も混じっていて、ふわふわしていて、パルを思い出すとムカムカするけど、あの子はあの子で可愛いし、なにより師匠さんが大切にしている弟子なので、殺しちゃうわけにもいかない。
そんな複雑な気持ちが、わたしの中で『楽しさ』になっている。
感情の起伏がゼロに近かった魔王領での生活を考えると、なんて今は素晴らしいんだ、って思えた。
「うふふふふ――あっつ!?」
気が付いたら窓から差し込む太陽の光の中に突入していた。
右手が燃えちゃった。
いけないいけない、ぼ~っとしてたら灰になってしまうところでした。簡単なミッションでも、やっぱり油断してはいけないのは間違いありませんね。
わたしにとって、やっぱり人間領は命がけ、ということを改めて認識し直さないと。
「ふぅ、ふぅ……消えましたわね。危ないところでした」
こんなところで、こんなマヌケな死に方をしてしまっては、吸血鬼の名折れ、というやつですわね。
まったくもって厄介な弱点です。
太陽の光が当たった程度でどうにかなってしまう身体なんて、人間よりも、更に言ってしまえばハーフリングよりも脆弱な肉体だわ。ゴブリンやコボルトにも劣っていると言っても過言ではないでしょう。
「はぁ~……それにしても、どうしましょうか」
わたしは前に進みたいのですが、廊下が全て日なたになっていた。
ちょうど階段の踊り場とも言える場所なので、特別に窓を大きく作ったみたい。人間にとっては、さぞ気持ちの良い窓なのかもしれない。
「わたしにとっては、とても気持ち悪い窓ですけれど」
ふん、とわたしは鼻を鳴らす。
「影に入るか、天井を歩けばいいのですが……」
さすがに廊下ともあって人の目が多く、見られてしまっては吸血鬼と看破されて騒ぎになって、師匠さんに迷惑をかけてしまう可能性もある。
さっきは燃えてしまいましたが、学園内では人体発火現象はそれほど珍しくもないのか、あまり気には留められてないみたいですが……さすがに影の中にズブズブと沈んでいくわけにもいかない。
さて、どうしましょうか――
と、考えていると後ろからドンと押された。
再び日なたに入ってしまったわたしの頭は紅色の炎をあげる。
「あっ、わわわわ」
慌てて下がりつつ、頭の火を消す。
まったく、レディを後ろから押すとはどういう了見ですの?
「ご、ごめんなさいお姉さん。前があまり見えなくて」
「あら」
そこにはわたしより小さな男の子がいた。学園の生徒ではあるのだが、白衣は黒く染まっていて、少年の顔もススだらけになっている。
少年は大きな箱を持っており、その中には鉄くずが詰まっていた。そのせいで前が見えなかったらしく、わたしの背中を押してしまったようだ。
幸いにも頭が燃えたのは見られなかったらしい。不幸中の幸い、というやつかしらね。
「大丈夫でしたか、お姉さん」
少年が重そうに箱を持ち直すたびに、ガチャン、と中の鉄くずが音を奏でる。
あぁ。
これはチャンスですわ。
わたしの日頃の良さを見ていてくださいましたのね、どこかの神さま。もしかしたらナー神さまかもしれません。
感謝します、この幸運を。
「――わたしこそ、廊下の真ん中で邪魔していたみたいで。ごめんなさい。お詫びに手伝いますわ」
わたしは少年が持っていた箱をひょいと受け取る。
「あっ、重いからお姉さんには――え?」
わたしが軽々と箱を持つのを見て、少年はちょっと驚いていた。
ふふ、かわいらしい。
この程度の重さ、吸血鬼からすれば軽い物。片手でも運べる程度の重さですので、なにひとつ問題はありません。
「力には自信がありますの。どちらへ運べばいいでしょうか?」
「あ、はい。こっちです」
と少年が日なたを歩く影を利用して、わたしは先へ進むことができた。もちろん、少年は小さいので、わたしの身体のあちこちちょっと燃えたけど、まぁ、この程度ならば大丈夫。
一呼吸もしない距離を渡り切り、すぐに鎮火再生したので少年にバレた様子もない。
ふふふ。
これが昼間に活動する吸血鬼の実力ですわ!
「お姉さんスゴイですね! 冒険者の人ですか?」
「そうね、似たようなものです。旅人と言ったほうがいいかもしれませんが」
「そうなんですか!」
少年の言葉にうなづく。
あまり余計な嘘はつかないようにしないと、疑われると厄介です。それでも、少年の気を引くことには成功しましので、上手くいきそうですわ。
「あ、この部屋です」
「鍛冶師技術向上会、ですか」
「はい。僕は鍛冶師を目指してまして。修行中です」
「まぁ! なんという偶然でしょう!」
わたしがパっと輝いた笑顔を浮かべると、少年の頬が赤く染まった。
ちょっと驚かせてしまったみたいですが、ここは大げさな演技が必要なシーンですので、このまま進みましょう。
「ちょうど鍛冶をお願いしたい仕事があったのです。これを僥倖と呼ばずになにを僥倖と言いましょう。神に感謝、ですわ」
幸運を司る神は、果たしてなんという名前だったか。
まったく思い出せませんが、上辺だけでも感謝してあげたので大神たる座に逆に感謝して欲しいくらいです。
「仕事……ですか……」
「おや?」
わたしの表情とは裏腹に、少年鍛冶師の顔は沈んでしまいました。
なにか理由がありそうですわね。
「とりあえず中に入りませんか? いつまでもレディに重い荷物を持たせているのは、あなたの評判に影響します。わたしは構いませんが、あなたが嫌われるのは本望ではありませんよ」
「あ、はい。で、でも中は熱いので危ないですよ?」
「問題ありません。ドラゴンの吐息程度のブレスでしたら、耐えられますので」
まぁ、燃えちゃいますけど。
というか、魔王領を出て人間領に入ってからわたし、しょっちゅう燃えてますので。
スキル『熱耐性』ぐらいは獲得できたのではないでしょうか。
もしくは『忍耐』。
あまり嬉しくはありませんが。ただの我慢強くなっただけですし、熱さに鈍感、というと、ちょっとマヌケっぽくありません? 大丈夫? 師匠さんに笑われません?
少年が開けた分厚いスライド式の扉。熱風が廊下にあふれ出てくるが、やはりこの程度の熱ならば問題はありません。炉の中の燃える石を飲み込んだら危ないかもしれませんが、熱風程度でしたら大丈夫でしょう。
「どちらに置けばよろしいです?」
「あ、こ、こっちに」
少年が指定した場所に箱をガチャンと置くと、わたしは部屋の中を見渡した。
ゴウゴウと火が燃えさかる炉と、真っ黒になってしまっている部屋の中には、鍛冶に必要な道具がたくさん置いてある。もちろん材料である金属もたくさんあるのだが、それらはきっちりとしたブロック状の物が多い。
むしろ、こんなに材料があるのなら少年が運んできた鉄くずなんて必要ないのでは?
何に使う鉄くずなんでしょう?
「あ、あの、ありがとうございました」
「いえ、大丈夫ですわ。それより、どうして金属はいっぱいありますのに、あなたはこんな物を運んでらしたの?」
「あ、えっと……」
わたしの言葉に、少年はうつむく。
ふむふむ。
部屋に入る前の表情といい、今の様子といい、なにやら問題がありそうですわね。
「言いたくないのでしたら聞きませんわ。その代わり、わたしの仕事を受けてくださる?」
「え、ぼ、僕が?」
「はい。引き受けてくださらないのでしたら、その落ち込んだ理由をわたしに聞かせてください。仕事を受けるか、理由を話すか。どちらを取ります?」
これを『不自由な選択』というらしい。
悪い条件をふたつ提示されると、人というのはどちらかマシな方を選んでしまう、と。ハイ・エルフが楽しそうに教えてくれたので、使ってみましょう。
「ど、どっちか……」
「えぇ。どちらかを選んでください」
「う、うぅ……り、理由を話します」
「良くできました」
「あわわ」
わたしは選択することができた少年の頭を撫でてあげる。ひどく慌てて頬を赤く染めていますが……やはり炉の温度は人間種には熱いようですわね。
「なにかご褒美をあげませんと。なにがいいですか?」
「ご褒美……」
ごくり、と少年が生唾を嚥下した。
視線はちらちらとわたしを見たり、目を逸らしたり。
ははーん、分かりました。
少年の考えることなど、この元四天王たる元知恵の元サピエンチェに見通せないはずがありません。
余裕シャクシャクですわ!
「ふふ。遠慮しなくていいのですよ。わたしの身体が気になるんですね」
「え、いや、ちがっ」
「遠慮しないでください。わたしの身体――それはすなわちわたしの力。つまり腕力に期待しているのは明白ですわ。うふふ。見たいのでしょう? ほら、こんなハンマーも片手で軽々と持てますの。なんなら、その鉄のブロックも――」
「違う……」
「あれ?」
なんだか少年がガッカリと肩を落としてしまいました。
わたし、なにか間違ってました?
う~ん。
人間種をまだまだ理解できていないようです。
難しいっ!
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