~流麗! わたしに良い考えがあります~

 人間という生き物は、時に神さまに祈る。

 それは魔王領にいる時から知っていたし、何の意味もないことをわたしは理解していた。

 なにせ、神さまは助けてくれないから。

 もし本当に祈りが届いて助けてもらえるのなら、魔王領に人間種はいないはず。

 もし本当に神さまに祈る意味があるのならば、全ての人間は救われているはず。

 でも、そうはなっていない。

 魔王領で人間種は飼育されているし、食べられているし、奴隷となっている。

 彼らの祈りが通じていないことは明らかだ。

 それでも『神』と呼ばれる存在は実在しているし、『天界』と呼ばれている世界があって、そこで生きている生き物であるのも知っている。

 どうやって天界に行けるかはわたしも知らないけれど。

 英雄と呼ばれる人間や、強くなり過ぎた者を天使が迎えに来るらしい。

 はてさて。

 その知識は、わたしが元から持っていたものだったか……それとも、誰かに教えてもらったものなのか……もう分からなくなっていた。

 それはともかく――


「わたしに良い考えがあります」


 信仰を増やす方法。

 特に『無垢』と『無邪気』を司るナーと呼ばれる新米女神を助けるのは、文字通り赤子の手を捻るより簡単でしょう。


「……本当ですか?」

「えぇ。初めましてサチ。わたしのことは気軽にルビーと呼んでください。師匠さんに名付けてもらいましたので。是非」

「……は、はぁ」


 なんとも曖昧な感じでサチはうなづいた。

 おかしい。

 もうちょっと理知的な子かと思ったんだけど、そうでもないのかしら?


「……ルビーさん。それで、どうすればいいんですか?」

「あせらないでサチ。少なくともあなたの情報では、今すぐナーが天界から追放されることはない。そうですね?」

「……はい」


 今度はしっかりハッキリとサチはうなづいた。

 うんうん。これこそ理知的なやり取りだ。パルとは違って感情ではなく理論で話せる相手と思って間違いない。

 サチはいい子ね、とあたしは彼女の頭を撫でようとしたけれど――ビクリ、とサチの身体が震えたのでやめておいた。


「信頼を得るのは難しいですね」

「……ごめんなさい」


 気にしていません、とわたしは笑顔を作っておいた。

 もちろん、牙は見せないように。

 優雅にエレガントに笑ってみせるのも、必要な技術ですもの。

 それこそ『無垢』と『無邪気』とは正反対の笑い方かもしれない。


「さて。信仰とは、言ってしまえば伝統です。村祭りや収穫祭など、その最たるものでしょう。大昔から続いているので、ただ何となく、そういうものだから、と続けている。人間の命は短いですから。ドワーフは偏屈ですし、エルフは人見知りです。なので、何となく祭りを伝えている人間のなんと多い事か。でも、形だけの祭であっても、それが『祀り』でなくとも、祈りと信仰は届いてしまうものです。それの数だけを大神などと大げさに語っている天界のルールは知ったことではありませんが、ならばこちらもそれを利用しましょう」


 わたしの説明にパルが、まつり? まつり? と首を傾げている。

 まったく。

 祭りと祀りの意味も知らないなんてあんぽんたんなお子ちゃまですわね。

 なんて思ったら師匠さんに説明してもらってる。

 うらやましい! そうか、そういう手もあるのですね!

 無知を演じることによって、師匠さんに可愛い子だなぁ、と思ってもらえる権利を得られるってことよね。

 不覚。

 さすが師匠さんの一番弟子……やるわね。


「……つまり、ナーさまへの祈りを日常化させる、ということですか?」

「そのとおりですわ。あなたはパルと違って賢いのね。撫でてあげましょう」


 ここは師匠さんに優しさアピールする場面だわ!

 ということで、わたしはサチの頭を撫でてあげました。いい子いい子。なでなで。

 今度はちゃんと宣言しておいたのでサチは逃げずにあたしに撫でられてくれた。ちょっとこの子のほうがわたしより身長が高いので背伸びしないといけないけど、まぁ、カッコは付きませんけど意味はあったでしょう。

 って、意外と嬉しそうね、この子。


「スキンシップが足りてないのかしら? 撫でられるのは女の子の特権でしてよ」

「……ルビーさんが綺麗なので」

「ん? わたしが綺麗なのと関係あるの?」

「……なんでもないです」


 サチは、ぷい、と横を向いてしまった。

 むぅ。

 でもまぁ褒められたみたいだし、問題ないでしょう。


「それは分かったが、ルビー」


 師匠さんがパルに説明を終えたらしく、わたしに言ってきた。


「伝統にしてしまう、という事だと思うが……それができれば苦労はしない、という話だろう。そもそもにして無垢と無邪気を意識させた祈りなどを形骸化させるなんて、不可能に近くないか?」


 さすが師匠さん。

 結論が早い。

 でもサチもその考えに至っていたらしく、うんうん、とうなづいている。

 パルだけは、ほへ~って感じで事の成り行きを見守っていた。というより師匠のことを観察している感じかしらね。

 わたしは一通り師匠さんとパルの関係、師匠さんとサチの関係、そしてパルとサチの関係を観察し終え、ある程度の関係性の予想を付けたので、ゆっくりと語り始める。


「祈りは裏と表です。それは感謝でもあるし、ある種の打算的な願いでもあります。パル?」

「なぁに?」

「師匠さんが神になったとしましょう。パルが祈るとき、なにを思いますか?」

「え? えっと美味しい物を食べたい、とか」

「このように、祈りの意味を理解していない人間は大勢います。それは祈りではなく願望ですわ、パル」

「あれ?」

「ですが、これこそ祈りの正体です。祈りと願いは表裏一体。感謝を込めて祈りつつ、次のお願いごとを神さまにしているのです」


 ならば――、とわたしは続ける。

 ここからが本題です。


「太陽を司る神さまに太陽の恩恵を想い、感謝する。それが極当たり前の祈りですが……では、どうでしょう。太陽そのものが太陽神に祈った場合、それは成り立つと思いますか?」

「たとえ話の規模がデカイな」


 師匠さんが苦笑する。

 それでも否定せずに考えてくれているみたいで、わたしの中の好感度が天井あたりをツンツンと刺激していってしまう。

 好き。

 いますぐ師匠さんの血を舐めたいけど、我慢します。はう。


「……表裏一体とは、そういう意味ですか」

「えぇ、聡明なサチ。結論から申しますと、無垢なる者、無邪気なる者に祈らせれば良いのです。それはもう、本来の祈りと変わりありません。『それそのもの』が『それ』に祈りを捧げているのです。それを信仰と呼ばずになんと呼ぶのでしょうか」

「あぁ、理屈は分かった。『子ども』を司る『子ども神』を思って子どもが祈るだけで、その意味が成り立つってことだろ? しかし、本当にそれは信仰と呼べるのか?」


 師匠さんの疑問も分かる。

 だからこそ、最初の話に戻るのだ。


「師匠さん。お祭りは惰性でやっていると言ったじゃないですか。食事の前に手を合わせる文化があると聞きます。食材となった動物に感謝しているのか、それとも食の神に祈りを捧げているのかは分かりませんが。それでも、それはすでに陳腐なものと化していませんか? 本当の意味で祈りを捧げているのは、おそらく神官だけ。戒律を守り、信仰している神に向かって本当の祈りを捧げているのは、神官だけ」

「確かにそうかも」


 あら、パルが援護してくれるとは思わなかった。なにかしら祈りに思うところがあったのかしらね。

 それとも『食』の話が出てきたから、感じたことなのかもしれない。


「ですのに、大神は大神を名乗っています。力有る神と成っているのです。小神とは違って、簡単に地上に降臨できない程度には、大きくなってしまっているのは確かです。もちろん絶対数は大神の神官が多いに決まっていますが、やはりそれだけでは小神と大差がつくとは思えません。そう考えれば、形骸化した祈りでも届く。手を合わせる程度で食の神に信仰が集まる。それが正しい祈りでなくとも、惰性で続けてる程度でも神の力になる。なってしまう。それがわたしの考えです」


 もちろん、それは実証した話ではない。

 魔王領における神とは、それは魔王さまであった。絶対神なる魔王さまのことを祈っていたし崇拝していたし、畏怖していた。

 でも、人間の中には魔王以外の神に祈る者も多かった。特に、死に瀕した場合に祈るのは神の場合が多い。子どもの場合は母親を呼ぶことがスタンダードだったが、年齢が上がるに連れて神さまに祈る言葉が増えた。

 もしも『命乞いを司る神』がいるのならば、魔王領における祈りはすさまじい力を持つはずでしょう。

 わたしは残念ながら神さまに興味もなく、ましてや魔王さまに祈りを捧げるのも退屈だったので、魔王領から逃げてきたわけだけど。

 それでも神さまの在り方というか信仰システムは、いろいろと思考の楽しさがある。逆転の発想というのだろうか、物事を逆に捉えてみるのはわたしの好きなところでもあった。

 祈りを逆転させる。

 信者が祈りそのものであるのならば、きっと――


「……名前を呼ぶだけでも力になる」


 サチの言葉に、わたしは力強くうなづいた。


「否定する要素が無いので俺には判断できないが……サチ、ナーさまはなにか言ってるか?」

「…………分からない、と」

「あたし達じゃダメなの? ナーさまを思って祈ればいいんでしょ?」


 パルの言葉にわたしはうなづいた。


「やってみたらどうでしょう、パル。あなたはそれこそ無垢なにおいが残っています。ひどくイビツですけど」

「なによぅ。これでも処女なんだから」

「それがイビツだと言っているんです。なんですか、処女だから無垢だなんて考えは浅はかですよ。ユニコーンだって鼻で笑います。バイコーンに蹴られて死んでしまいなさい」

「師匠、バイコーンってなんですか?」

「熟女なババァが大好きな変態みたいな馬だ」

「へ~」


 なんか酷くバイコーンの名誉が傷つけられた気がしましたが、わたしは師匠さんが大好きな少女なので気にしないことにしました。バイコーンの知り合いもいませんので、大丈夫でしょう。たぶん。

 というか、その説明だとユニコーンの説明も最低な物になってしまいますが……


「え~っと、祈り祈り……サチ、ナーさまへ祈るのってどうやればいいの?」

「……真っ直ぐに立って、目を閉じて。それでナーさまを思っているわ」

「それでいいんだ。手を合わせたりしないの?」

「……わたしはしてない」

「ふむ。足りませんわね」

「……足りない?」


 えぇ、とわたしはうなづく。


「分かりやすいポーズが必要です。いまナーさまの為に祈っていますよ、という分かりやすいシンボルです。手を合わせるのでもいいし、ひざまづくのでも構いません。なにか分かりやすいポーズを決めましょう」

「……ポーズ。手を合わせますか?」

「こう?」


 パルとサチが手を合わせるポーズをとって祈り始めるが、いや待て、と師匠さんが止めた。


「無垢と無邪気を司る神さまへの祈りだろ。そのポーズは逆に無垢と無邪気から遠い。酷く恣意的に感じる。だから、こういうのはどうだ?」


 と、師匠さんはにっこり笑った。

 かわいい。


「どうしたんですか、師匠? なにか良い事でもありました?」

「察しの悪い弟子だな。祈りのポーズだよ。笑顔だ。無垢と無邪気を司る神、ナー。新米女神さまへの祈り方は、笑顔だ」


 あぁ。

 そうか。

 その発想は――


「師匠さん! 天才って言われませんか?」

「はっはっは! ときどき勇――友人にも言われたぞ。おまえ天才だな、って」


 なんのことは分かっていないパルとサチ。

 そんなふたりに師匠さんは言った。


「今後、無垢で無邪気な子どもが笑った場合――それを全てナー神への祈りとみなす。だってそれは祈りのポーズなのだから。信仰する存在そのものが、神さまへの祈りのポーズを取っているんだから。それはもう、信仰以外のナニモノでもないはず」


 師匠さんのその言葉に。

 その結論に。

 下手をすると、暴論にも似た結論に。

 果たしてパルとサチは――


「「ええええええ!?」」


 と、驚きの声をあげるのでした。

 もちろん、今ごろ天界でも。

 あの可愛らしい神さまが驚きの声をあげてることでしょう。

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