~流麗! 信者が増えて格が上がり、ざまぁ展開な天界~

 祈りのポーズは、手を合わせることでも両手を天に掲げることでも、ましてやひざまづいて頭を下げることでもなく――

 笑顔になること。

 それは、形骸化してしまった祈りや祈りの言葉を逆手に取った大胆な方法……いえ、大胆不敵な方法と言えることだった。

 まさに盲点。

 発想の逆転というよりも、発想の無敵化とも言える画期的な案。

 あぁ。

 まさに、まさに。

 わたしが好きになった男は、魔物であるわたしに対して少なくとも信用はしてくれているだけでなく――

 こんなにも天才的な発想ができるだなんて!

 好き。

 好き大好き。

 ちょー愛してますわ!


「なにやってるの、ルビー?」

「神に感謝しているところです」

「あ、そう」


 恋敵に変な目で見られても平気。

 師匠さんの愛さえあるのなら、わたしは何をされても生きていけますぅ。

 ……こほん。

 さて、気を取り直して。


「とりあえず、やってみてください」


 わたしはサチに頼んでみる。

 今までナー神への祈りは、ただ立っているだけと彼女は言っていた。

 それは恐らく、正しい祈りの形なんでしょう。

 決まった形もなく、ましてや模倣でもなく、ただ唯一の信者がただひとりの神を想って祈る形に、ポーズもなにもあるはずがない。

 むしろ有ってはいけなかった。

 どこかニセモノ染みた、どこか雰囲気だけの祈りのポーズがゆえに、それこそ形骸化してしまって、信仰が薄れていた可能性だってある。

 だからこそ、ナー神は頻繁にサチという人間に声をかけ、地上に降りてきていたのかもしれない。

 何者にも影響されないように。

 その姿、そのものが信仰の対象であるように。


「……わかりました」


 半信半疑、と言った感じでサチはうなづく。

 無理もない。

 天才的な師匠さんの発想と言えど、それは机上の空論のまま。

 本当に上手くいくかどうかは、やってみないと分からない。

 わたしも半信半疑だし、提案した師匠さんもまた、本当にそれで効果があるのかどうかは疑っている。

 それでも――


「……えっと」


 戸惑いながらも、サチはにっこりと笑った。

 無垢なる笑顔、無邪気な笑顔には程遠いぎこちない作り笑顔。それでも、それが祈りなのだから仕方がない。

 だってこれは、手を合わせる行為と同じなのだから。

 そこにホンモノもニセモノも無いはずだ。


「これで、無垢と無邪気と司るナー神への祈りは笑顔、ということが決定しました。いま、この瞬間から、世界中で無垢なる子ども、無邪気な子どもの笑顔はすべてナー神への祈りであることになります」


 そうわたしが宣言した瞬間――

 ぶわり、とサチの足元から風が舞い上がった。

 いえ、風ではなく……魔力。それも、極上の純粋なり力……言うならば『神通力』。


「これは――!」

「うわ、すごい!?」


 師匠さんとパルも驚いている。ただ風が舞い上がっているだけなのに、サチの姿が輝いて見えるほど神の気配が近い。

 いや、大きくなった、というべきでしょうか。

 ビリビリと感じる神の気配に、肌が焼かれていく。神威ともいえる純粋な力はそれこそ、わたしのような魔物にとってはマイナスとなる。


「あら?」


 というか、ホントに肌が焼けていた。無垢と無邪気って太陽に通じるのかしらね。笑顔がまぶしい、みたいな表現を人間種の書いた本で見たけれども、そういうこと?


「師匠さん、ちょっと背中をお借りします」

「あ、あぁ」


 さすがに皮膚をすべて焼かれるわけにはいかないので、師匠さんの後ろに隠れた。この程度の神威で消滅することはないけれど、皮膚を全て失った不気味な姿を師匠さんに見せるのは失礼だし、怖いだろうし、嫌われたくないので避難する。

 と、同時に師匠さんの背中にぴっとりと引っ付くわたし。

 えへへ。


「これは避難です。仕方がないのです。かよわい吸血鬼をかばってくださるなんて、なんて心の広い師匠さんなんでしょう」

「それはいくらなんでも通じないと思うぞ、ルビー」

「てへ」

「可愛いなぁ、おい。わらわの冗談を笑わぬとは不敬な殿方じゃのぅ、と言ってくれ」

「え、はい。わらわの冗談を笑わぬとは不敬な殿方じゃのぅ」

「うむ」


 師匠さんは満足そうにうなづいた。

 ときどき……師匠さんが理解できないところがあるのですが。

 これがミステリアスな魅力というのでしょう。

 ステキですわ。

 しばらく師匠さんの背中にくっ付いて――もとい、隠れていると、サチから溢れ出てくる神威は多少マシになってきた。


「……おさまってきた」


 サチがつぶやく。

 彼女自身もなにが起こっているのか理解できてない様子だが、それでも感じていることはあるようですわね。


「だ、だいじょうぶ、サチ?」

「……えぇ。ナーさまが、力の制御が難しいって言ってる。……信者がわたしひとりだから、力が全部わたしに向いちゃってるみたい」

「つまり、格が上がった、ということか」


 師匠さんの言葉にサチは、そうみたい、とうなづいた。


「思い付きで言ってみたんだが、想定以上の効果を発揮したみたいだな。やり過ぎだったか?」

「いえ、そんなことありませんわ師匠さん。いいじゃないですか、ひとりの神が救われたのです。しかも、虐げられていたような弱い神が師匠さんのアイデアひとつで。人生、いえ神生大逆転です。こうなってしまっては、アイデアを発案した師匠さんを神レベルと認めないといけないですわ。吸血鬼のわたしが心酔してしまうのも無理もない」

「こじつけじゃないか」


 順番が逆だろ、と師匠さんはわたしの首根っこをつかんで、ひょい、とサチの前に出した。


「きゃぁ!? あっつ、あつ、師匠さん、ま、まだ、至近距離はあついです!」

「皇族の姫のような感じで言ってくれ」

「え? はい。あついのじゃぁ、わらわにはまだ早い、あつ、あついです師匠さん!?」


 ひぃ、と叫びつつわたしは再び師匠さんの後ろに隠れた。


「やはり良いものだ」


 師匠さんはひとりで喜んでた。

 なにが良いのか、ちょっとわたしには分かんないです。


「とりあえずあたしもお祈りするね。あははははは! あははははははは!」


 そんなわたしを見て、パルがゲラゲラと笑った。

 むぅ、馬鹿にした笑い方!

 それぜったい祈りになってないからね!


「しばらく待機するしかないな。ルビー、俺の影に入ってろ。どんな影響があるか分からん」

「分かりました」


 まだ安定しないようで、サチは光ったり治まったり、神威が上がったり下がったり、と不安定な様子でした。

 人間種には問題ないみたいなので、わたしは師匠さんの影に沈んでおく。さすがに影の世界まで届かない……と、思ったけど多少の影響はあるみたい。

 影の中にいてもピリピリと身体が焼けるような刺激が届く。

 もしかして太陽神の関連ではなく、無垢や無邪気は『破邪』に通じる力があるのかもしれない。なんか子どもってそういうの見抜く力があるっぽいし。

 学園都市を目指す旅の途中でも、影の中に沈んでいた時、通りがかった赤ん坊がこっちを見ていたりした。

 無垢なる者、無邪気なる者には破邪の力があると言えるかも。

 そうして、またしばらく待機していると、ようやく制御に成功したらしく神威は消えていた。


「どうなりました?」


 わたしは師匠さんの影から頭だけを出す。

 そこはちょうどパルが座ってる足の間だったらしく、思いっきり頭を掴まれた。


「ルビーのえっち!」

「股を開けて座っているパルも、どうかと思いますけど?」

「む。じゃぁ閉じる!」

「ひゃぁ!?」


 パルの太ももに思いっきり頭を挟まれた……師匠さんが物凄くうらやましそうな顔をしている……って、サチも同じような表情をしてるのは、アレかしら。

 あの子もそうなのかしら?

 どうりで悩んでいるわけですわ。

 すっかり無垢でも無邪気でもなくなってしまっているんですもの。時間の問題だったのかもしれませんわね。


「あはは、ルビーの顔ぶさいく」

「ひゃひゃひへふははいまひ」

「なんて?」

「ふんっ!」

「うぎゃぁ!?」


 とりあえずパルは吹っ飛ばして、わたしは師匠さんの影からずぶずぶと這い出した。


「あんまり暴れるなよ、ふたりとも」

「パルに言ってくださいまし」


 師匠さんは困ったように肩をすくめた。


「どうやら落ち着いたようですね。ナー神はなにか言ってますの?」

「…………今なら、大神にも勝てそう。って言ってます」

「ぜったいに辞めさせてください。というか、聞いてますかナー神! そんなだからいじめられるんですよ!」


 今すぐ消滅するつもりですか、あの小神!?


「……うるさい、と言って落ち込みました。ナーさまいじけてます」

「かわいい神さまですね、まったく」


 師匠さんも苦笑したところで、パルが戻ってきた。


「ひどいよルビー」

「最初にわたしの顔をブサイクにしたのはパルですから、おあいこです」

「ぶぅ」

「それよりサチ。もう一度ナー神に降りてきてもらえますか? 先ほどまでは弱い力しかなかったので、まともな会話もできませんでしたが、今の状況ならハッキリと会話できるはず。ぬいぐるみなんて、もう必要ないでしょう」


 それこそ『降臨』できるはず……と、思ったのだが。


「……わかりま――あ、あれ? な、なんか、まわりに捕まったそうです。…………えっと、どこかへ連れていかれてるみたいで、あ――」


 サチは上を見上げた。

 思わずわたし達も上を見上げるけれど、そこには天井しかない。


「……ナーさまの声が途絶えました」

「な、なにかあったのか? 俺、やっぱりマズイことしちゃったか?」


 師匠さんがオロオロとうろたえている。

 かわいい。

 サチも、どうしよどうしよ、と慌てている。

 かわいらしい。


「落ち着いてくださいまし。大丈夫ですわ。きっと格が上がったことによる影響が天界にもあったのでしょう。ふふ、いい気味ですね。虐げられていたものが、昨日までいじめられている弱い少女神が、ある日とつぜん、強大な力を手に入れる。いじめっ子たちをぶちのめす力を手に入れる。きっと今頃ナー神は思っているでしょう。ざまぁみろ、と」


 弱き物が力を持つとどうなるか。

 そこにあるのは報復だ。虐げられた者は、必ず復讐を果たす。

 感情があるのなら間違いない。

 いじめがあるのですから。

 報復もあってしかるべき概念ですわ。


「気持ちは分かるが。人間くさい神さまだなぁ」

「神さまなんて、所詮はそんなものです。感情があるんですもの。いじめがあるんですもの。立場が入れ替わった瞬間に覚える悦楽など、人間と同じです。むしろ逆じゃないでしょうか」

「逆?」


 えぇ、とわたしはうなづいた。


「神さまが人間に似ているのではなく、人間が神さまに似ているんですよ」

「そういうものか?」

「そうですよ。だって魔物のわたしが言うんですから、間違いありません」


 もっとも――

 それは詭弁もいいところですけど。

 と、わたしは肩をすくめるのでした。

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