~卑劣! あぁ小(女)神さま~
小神ナー。
以前、ジックス街で外壁に書かれていた聖印。三角の形を主とした、稀有なそれを発見した際に――パルは怒られた、と言っていた。
その情報をもとに確認しに行った際、黒いワンピースを来たツインテールの少女に出会った。
酷く曖昧で、はっきりと認識できないような姿は……やはり依り代なしで顕界できないからだろうか。
あの時と同じように。
部屋のすみに、黒髪をツインテールにした黒ワンピースの少女……いや、小女神ならぬ小神さまが顕現している。
認識のブレというべきか。それとも、そこにいるはずなのに焦点が合わないというべきか。
ナーさまの姿は、ひどく曖昧にしか捉えることができなかった。
分かるのはツインテールと黒いワンピースというぐらいで、あとの情報はまるで頭が処理しきれない。理解しようとするのを本当がブレーキをかけてしまう。
これで小神ならば、いったい大神が降臨したらどうなってしまうのか。
一抹の不安を感じるが――
それよりも、だ。
間近に神さまがいるという衝撃。
たとえそれが小神であろうとも、それを神さまだと認識してしまったら最後。俺の身体は、自分の命令を聞かずに、ナーさまの命令を待つという状態にされてしまっている。
今すぐナーさまが命令すれば、すぐさま実行してしまうような……高揚感にも似た心持ちになってしまった。
いや、でも、しかし――
ナーさまは間違いなく、俺をにらんでいる。
うまく認識できてないが、それでも確信を持って言える。
俺、にらまれてる。
なんというか、まったく身に覚えの無い無実の罪を糾弾されているような気になってしまう。これでもサチには優しくしてきたつもりなのだが、なにが悪かったのだろうか?
俺がそう疑問に思った瞬間――
「放っておいてって言ったのに」
ナーさまは、そう一言。
それだけを言って、消えてしまった。
あぁ。
そういえば。
確かに、ジックス街でそう言われた。なにも悪いことはしていないので、これ以上関わるな。
そうナーさまに言われていたのは確かだが……
「しまった……見事に神さまの言葉を無視したことになるのか」
そりゃ睨まれても無理はない。
というか、天罰がくだっていないあたり許されてるんだろうけど……それでも、黒髪ツインテール神に嫌われている、と思うとなんだか心が苦しい。
いや、でもぜったい可愛いよな、ナーさま。
うん。
ロリコンである俺の直感が告げている。
ぜったい美少女だ、と。
ハッキリと認識できるわけではないが、相当に可愛らしいと思える。なにより釣り目で勝気な表情は、こう、睨まれるだけでゾクゾクとしそうなほどに――
「フン!」
「ぐはぁ!?」
なぜかルビーの拳が俺の腹に叩き込まれた。意識を失わないギリギリの威力に加減してあり、俺は脂汗を流しながらその場にうずくまった。
「る、ルビー……なぜ俺の心を……ぐぅ……」
「どうやら吸血鬼にも神のお告げは可能なようです。師匠さん、あなたの心の声はナー神に聞こえているみたい。不敬だから殴っておいて、と言伝がありました。パルも聞こえた?」
「師匠ごめんなさい。あたしにも神さまの声が聞こえました……サチは?」
「……聞こえました。なので、一応信者なので、私も……」
うずくまっている俺のあたまを、ペシン、と軽くサチが叩いた。
ありがとうございます。
「じゃ、あたしも」
パルは俺の頭をふんずけた。
さすが、俺の一番弟子。素晴らしい。ありがとうございます。
「す、すいませんでしたナーさま……も、もう考えません」
「……今度考えたら殺す。神さま舐めんな。だ、そうです」
「あ、はい」
そりゃ心の中で祈ったら神さまに声が届くんだもんな。そりゃナーさまのことを心の中で考えたら、ナーさまに届くに決まっている。
不敬でした。
ほんとすいませんでした。
「師匠、ナーさまになんて言ったんです?」
「可愛いなぁ、ツインテールと黒いワンピースが最高だな、と思っただけ」
パルに頭を踏まれたまま、俺は答えた。
ようやくお腹の苦しさがやわらいだ気がする。凶悪な一撃だった。もうちょっと腹筋を鍛えてなかったら内臓ごと口から吐き出していたかもしれない。
そこそこ腹筋も鍛えておいて良かったと、今日ほど思ったことはない。
「師匠ってば、本当にロリコンだよね。ていうか、師匠は黒髪が好きなんだ。しかもツインテールがいいんだ。むぅ」
パルの足に込められる力が上がった気がする。
「ふふふ。勝った」
「あ、ルビーがいつの間にかツインテールになってる! あたしも、あたしもツインテールにする!」
え、なに、パルとルビーもツインテールにしたの!?
見たい! 俺も見たいです!
あ、でもパルが踏むのをやめてくれない……顔をあげられないというか、あげるのはもったいないかもしれない……美少女に踏まれる機会なんて早々とないから、これはこれで素晴らしく貴重な体験。
ツインテールなど、いつでも見れる!
「……パルヴァス。そろそろ師匠さんから足をどけて」
「もういいのかな?」
「……私の信仰するナーさまは優しい神さまだから。もう許してる」
「はーい」
あぁ、パルが足をどけてしまった。貴重な体験はここで終わりのようだ。
しかし天国は続いている。
パルとルビーがツインテール美少女になっていた。
素晴らしい。
「……プリモ・アイディ」
神官魔法の中で最下級の回復魔法。
サチが俺のためにそれを使用してくれたのは大変に嬉しいことだが、なにより発動したことによって神の奇跡が代行されたことを示している。
つまり、ナーさまが許してくれた、ということだ。
良かった。
殴られて叩かれて頭を踏まれただけのことはある。その程度で許してくださるとは、ナーさまは器の大きい心の広い神さまであることは間違いない。うん。
「ありがとう、助かった」
ふぅ、と俺は息を吐き、ひっくり返りそうになった内臓をさするようにお腹を触った。たぶん、拳の痕がくっきりと残っていたに違いない。
「……あの、それで。さっきの師匠さんへの攻撃も見たんだけど、る、ルビーさんって……何者ですか?」
サチがチラチラとルビーを見ながら俺にこっそりと聞いてくる。
ルビーは視線に気付いているようだが――パルとツインテールの見せあいに興じているフリをしてくれた。まぁ、バラしてもいい、ってことだろう。
「話せばややこしくなるので簡潔に言うと、彼女は吸血鬼だ」
「……えぇ?」
まさか俺に惚れて付いてきてる、なんて言うわけにもいかないし。
その辺、ナーさまにでも聞いてくれるとありがたい。ホンモノの吸血鬼であることは神さまが証明してくれるだろう。
「とりあえず、めっちゃ強くて何でもできる女の子って思っててくれたらしい。あ、でも、太陽の光に当たったら消滅するので」
「……とりあえず、分かりました。……たぶん」
神妙にサチはうなづいた。
そう言うしかないよね、というのが分かるので俺もうなづいておいた。
「それで、ナーさまを助ける方法だが。簡単に言ってしまうと信者を増やせばいいのか?」
「……はい。そうでした。……ナーさまを助けて欲しいです。ナーさまの存在を認知して、祈りを捧げてくれる……そんな神官か信者が増えてくれれば」
もちろん神さまの信仰とは、神官の数ではない。
信仰しているのならば、たとえ神官でなくても信者であるには間違いなく。それこそ小さな村でさえ作物の収穫があった際には豊穣神に祈るし、新酒が完成した時には酒の神に祈る。
そういう当たり前があるからこそ、大神は大神でいられると言っても過言ではない。
もっとも――それとは少し違うのが自然を司る精霊女王たちだろうか。
火水木金土日月光闇。
九柱の精霊女王は、神さま達とはまた別の存在と言われているのだが……まぁ自然に感謝するのは人間種だけでなく動物もそうだし、魔物だってそうなのかもしれない。
そんな精霊女王によって勇者が加護を受けるので、魔物と魔王は除外されるかもしれないけど。
なんにしても、神さまがその存在を維持してくれる分かりやすいバロメーターが神官の数というわけなんだろう。
あ、いや、ちょっと待てよ。
「神殿はどうなんだ? 仮に俺が巨額の投資をして大きな神殿を立てた場合は、どうなる?」
「……神殿は神官がいる場所で、分かりやすい信仰の象徴があるだけで、必ずしも必要ではないです。……大きな神殿があっても、興味が無かったら入らないですよね、師匠さん」
「言われてみれば、確かに。ラビアンさまの神殿だから訪れるわけで、わざわざ知らない神さまの神殿に用事なんて無いな」
神殿は人が集まる場所、と思ったが――人が集まるからこそ神殿が建てられた、というわけか。発想が逆になっていたらしい。
「『無垢』と『無邪気』に感謝なんて。それらに感謝する人間なんて、それこそ俺くらいなものだからな」
「……ロリコンの人が信者になってくれるでしょうか?」
なんか、すがるような目でサチが俺を見てくるのだが、求めているのはロリコンということで、なにやらとてつもなく危ない空気がただよってしまう。
危険だ。
このままだとサチがロリコンのおじさんを求めてしまう。
「無理だ。ロリコンとは隠すべき性癖だろ? 俺みたいなおっさんが神官として勧誘してみろ。どう考えてもアウトだ」
「……はい」
ちょっとは否定してくれてもいいんだが……残念ながら納得されてしまった。
「そういえば、ナーさま信仰の戒律は何なんだ?」
「……ありません。ナーさまは戒律など必要ない、とおっしゃっています。……むしろ、無垢と無邪気は、戒律の正反対に位置している気がするので、余計に」
なるほど確かに。
戒律とは、みずからを律する物だ。対して、無垢や無邪気といった概念は、自分を律することの対極に位置している気がする。戒律が無いという話もうなづける。
「しかし、信仰すれば神官魔法が使えるわけだろ。そのあたり冒険者ならありがたく信仰するんじゃ……いや、冒険者など欲まみれだな。そんな仮初の信仰で魔法を与えられるわけもないか」
「……むしろ、神さまの立場が余計に悪くなります」
「ん? 立場?」
「……はい。ナーさまは、その、天界でいじめられているそうで……」
「――ッ」
俺は大きく息を吸って、天を仰ぎ、顔にぴしゃりと手のひらを打ち付けた。
天界とは……神さまたちの生きる世界であり、それはそれはしあわせな世界だと思っていた。
思っていたんだ。
でも――現実は違ったらしい。
たとえ神さまであろうとも、そこに知恵があり、思考し、知識があり、能力に優劣があり、大と小に別れているのならば。
そりゃ迫害もある。
いじめも、起こってしまうんだろう。
「……余計なこと言うなって、ナーさまに怒られました」
サチが苦笑する。
気軽に降りてきてる神さまだな、とは思っていたし、なんならフレンドリーに人間に語り掛け過ぎてないか、とも思っていたが……なるほど、サチが心の拠り所となっているのならば、理解できる。
加えて、俺に放っておいてと言ってきた意味。
あまり他人を信用していない、というか、恐らくナーさまは見た目通りの年齢なんだろう。そう考えると、俺はナーさまより年上となる。
ナーさまは自分より長く存在している者を信用できないのかもしれないな。
それにしても――
「聞きたくなかった真実だなぁ。天界は、それこそ天国みたいな場所だと思っていたのに」
「……気持ちは分かります。けど、それも知っておいて欲しかったので」
サチの言葉に俺はうなづいた。
知らずに神さまを助けることもできるけど、知っておいた方が良い情報だ。たぶん、ほとんどの人間種が知らない事実なんだろうな、これ。
そこんとこ、どうなんですか光の精霊女王ラビアンさま。
あなたの力でどうにか助けてあげられないんですか!
「……」
返事は無い。
これは俺が神官ではないからか。
それとも声が届かなかったのか。
「はぁ……」
難しい問題だな、とため息をついた時――
「なにを落ち込んでいるんです、師匠さん」
「ルビー?」
ツインテール遊びにひと段落したからか、ルビーはにっこり笑って俺を覗き込んだ。
「無垢と無邪気。そんな信仰を増やすなんて簡単ですよ」
そう言って吸血鬼は――
頼もしくも怪しく、紅い瞳を輝かせるのだった。
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