~卑劣! 無垢と無邪気を司る神~
白き不気味な人形の中に、神さまが入っているという。
そしてサチは俺に言った。
「……神さまを助けてください」
その言葉を聞いたパルは俺を見上げる。もちろん、パルに懇願される前に俺の結論を告げよう。
意味は理解していない。
だが、状況は理解している。
だから俺はサチへ、堂々と告げた。
「任せておけ」
内容も知らないし、神さまを助けるなんて無理と無茶を合わせて無謀な話だ。
勇者ならまだしも一介の盗賊には、それこそ『神殺し』に匹敵するくらいに無理難題な話だと思う。
それでも。
それでも、だ。
困っているたったひとりの少女を救えないで、なにが大人だ。なにが魔王を倒すために旅をしてきた勇者パーティの一員だ。
まぁ、今では『元』だけど。
なんにしても、ここでうなづくことが出来ない大人など、ただの年を取っただけの子どもに過ぎない。
人類を救う気概があった者が、たったひとりの少女を助けられないなど言語道断でもあるわけで。
誰も見てないけど、誰に怒られるわけでもないけど、光の精霊女王ラビアンさまですら俺を見限っているかもしれないけれど。
それでも、サチを助けてあげる努力くらいは、させて欲しい。
弟子の友達くらい、カッコつけて助けてあげると豪語する権利くらいは、まだ俺にはあるはずだ。
そうだろ、勇者パーティ諸君?
そうだろ、我が親友。
俺だって――
俺だって誰かを助けたかったんだ。でも、勇者ほどの力もないし、賢者ほどの知恵もない。戦士ほどの勇気も無かったし、神官ほどの魔力もなかった。
ただの盗賊だ。
ただの卑劣な技だけができる、卑怯な男だ。
それでも。
勇者の隣に立てるぐらいには、正義の心を持ってたつもりなんだ。
「……いいんですか?」
サチの言葉に、俺は深くうなづく。
「あぁ。なにも知らないし、なにも分からん。でも、サチが助けてくれと言うのであれば助ける。それぐらいの縁はあるだろ?」
「……はい」
サチは少しだけ笑って、うなづいた。
その後ろで、なぜか人形に入っている神さまはフンという感じで顔をそむけたが……頭が重すぎて机の上にコロンと転がる。
不気味なのは変わりないが……見慣れると可愛いのかもしれない。
夜中に出会うと、たぶん絶叫してしまうと思うけど。
「それで、サチが信仰する神さまはそこの依り代に入っている人……じゃなくて。えっと、神さまでいいんだよな?」
はい、とサチは答えて転んだ神さまを抱え上げた。
「……私が信仰している神さま。名前はナー。ナーさまです」
「ナー?」
シンプルな名前なだけに、まるで聞いたことがないと確信できる。あまり熱心に神さまについて調べたことはないが、それでも主要な神さま達の名前は自然と耳に入ってくる。
ナー。
シンプル過ぎる名前は、逆にインパクトがある。もちろん人の名前だと忘れてしまうが、それが神さまというのなら、逆に記憶に残ってしまうはず。
やはり記憶に無いということは、今まで一度も耳にせず聞いたことがない神さまの名だと言えた。
「パル、聞いたことあるか?」
「いいえ、一度もありません。初耳です」
パルが聞いたことがないのであれば、やはりマイナーな神さまなのだろう。間違いなく小神だろうな。
「ルビーはどうだ?」
「魔王領であっても、その名前は聞きませんね」
「そうか」
魔王領、という言葉にサチと神さまは反応するが……まぁ、あえて説明する必要はないだろう。わざわざ別の問題をサチにぶつける必要はあるまい。
「それで、ナーさまはどんな神さまなんだ? あ、いや、なんですか?」
さすがに本人……本神? を目の前にしては、言葉遣いを丁寧にしないと怒られそうな気がしたので言い直しておく。
でもやっぱり不気味な人形に入っているので、威厳というか、なんというか、そういうのをまったく感じられないので、非常にやりにくい。
「……ナーさまは『無垢』と『無邪気』を司る神さまです」
サチの説明に、なるほど、とパルはうなづいた。
俺も納得する。
それは以前、サチが語った嘘の『戒律』。
肌を見せないこと。
異性と仲良くしないこと。
そのふたつの意味が、つながった。
無垢と無邪気とは、すなわち『子ども』に通じる。むしろ幼さの象徴でもあるのが無垢と無邪気ではないだろうか。
神さまであるナーさまが無垢と無邪気を司るのであれば、神官であるサチもまた無垢で無邪気であろうと努力するのは、当然と言えば当然だ。
だからこそ、サチは『子どものまま』でいようとしたに違いない。
子どもとはすなわち、恋をしないこと。
大人とは――なんだろう?
俺には、大人の定義が分からないが、それでもまぁ、性行為とか、そういうのは大人なことだと分かるので、そのあたりか。
まぁなんにしても、子どものままでいる事がサチにしてみれば神官でいられる絶対の条件であり。
それがあの偽戒律となったわけだ。
しかし――
逆に考えると無垢だからこそ、無邪気だからこそ、異性と仲良くできる気がするし、肌を見せても何も感じない、とも言える。
幼児たちは、なんの恥ずかしさも感じることなく人前で裸になるし、男女仲良くお風呂にも入れるし、他人の裸を見てもなんにも思わない。
恐らく……恐らくだが、サチ自身がもうすでに、無垢と無邪気から成長してしまっている状態だ。むしろパルに感じる幼さのようなものが無垢とも感じられるくらいに。
心が成長してしまった危機的状況。
だからこそ、彼女は自分に課したのではないだろうか。
肌を見せないこと。
異性と仲良くしないこと。
それらふたつの『偽戒律』によって、自分を守っていたんじゃないだろうか。
大人になってしまわないように。
それ以上、心が成長してしまわないように。
「ナーさまは、子どもの神さま?」
パルの質問に、果たして答えたのは人形に入ったナーさま自身だった。
ふるふる、と首を横に振る。
「……あくまで『無垢』と『無邪気』を司るのがナーさま。だから別に子どもだけを救う神さまじゃないわ。……大人でも、無邪気な人っているでしょ?」
神さまの代弁者、それこそ神官の真の姿であり、その務めを果たすようにサチはパルの質問に答えた。
「あ、うんうん。師匠もときどき可愛いもんね」
「え!?」
俺が、そうなの?
と、思わずパルを見てしまったが、大丈夫です、という強気な表情。なんだそれ、なにを言いたいのかさっぱり分からん。
どういうことだ、とルビーを見ると――
「分かる」
と、なぜか神妙にうなづいていた。
分かるんだ……えぇ……
「え~っと、つまり、俺もナーさまに助けられてるってことか?」
「……いいえ」
サチは目を伏せて首を横に振った。
「……無垢と無邪気を司っているだけで、そこに恩恵がありません。無垢なことも、無邪気なことも、それは心の中の動きなので……そこに介入できるのは神さまであっても無理です。……それができるのは邪神になってしまいます。無垢も無邪気なことも、それは当たり前なことだから」
サチは顔をあげて言う。
「……無垢と無邪気に、恩恵は与えられません。ナーさまは、ただ見守るだけの神さまになってしまっていて。……ナーさまは小神です。生まれたばかりの神さまです。だから信者なんていません。力の弱い、神さまです。……だから、私しかナーさまを知らないから、こんな小さな依り代に降りることができる……降りてしまえるほど、弱い神さまです」
そうか。
そういうことか。
弱いからこそ、小さいからこそ、簡単に降ろせる。
単純な装置で、地上に降りてきてもらえる。
逆転の発想というよりも、これが出来てしまう事こそが、悲しい現実でもあるかのような。
真っ白で不気味なデザインの人形に、入ってしまえるのが。
なによりも、ナーという威厳もなにも無い名称の意味さえ表しているような気がした。
「それで?」
と、ここでルビーが口を開く。
悲痛なサチの表情とは違ってひょうひょうとした感じでルビーは聞いた。
「それで何が問題なのでしょう? 何を助ければ良いのですか?」
あぁ、確かに。
神さまの弱さは聞いた。ナーさまの問題を知ることができた。
でも、それは助けられることなんだろうか? 神さまをレベルアップさせる方法とかがあったりするんだろうか?
「……このままでは、神さまは消えてしまいます」
「え?」
その驚いた声はパルだったかもしれないし、ルビーだったかもしれない。俺も同じく驚いたので、聞き取る余裕もなかった。
「神さまって消えるの?」
ルビーの質問に、ナーさま本人がうなづく。
「……信仰する者がゼロになった時、神さまは天界を追放される。……それは、同時に神さまの死を意味しています」
「サチ。天界からの追放は、いつ知ったんだ?」
「……私が冒険者になる前です。それを知ったから、この学園都市に来るためにお金を稼ぐ必要がありました。……師匠さんのおかげで、かなり早く学園都市に来ることができたけど」
「具体的な方法が無かったか」
こくん、とサチはうなづいた。
もしも助ける方法があったのなら、この話を俺たちにする必要はない。その方法だけを伝えればいいだけだ。
根本から事情を話した理由はただ一つ。
神さまを助ける方法が、無かったから。
悲痛なるサチの表情がなによりの証明だった。
「いま書いてるのは、なに?」
パルがサチの手元を覗き込む。なにかを必至に書き写していたようだが……?
「……神秘学の研究成果を記した本。読むだけじゃ覚えられないから、書いてた」
「なるほど。神の世界、天界とはあまり良い場所ではなさそうですね」
そう言ってルビーはナーさまを持ち上げた。もちろん、それはナーさまが拒絶するべき相手だが、それを許さないほどにルビーの力は強い。
それこそ、神の奇跡を持っていても彼女は倒せないだろう。
大神であったとしても、神下ろしの秘儀を持ってして、ようやく対抗できるかどうか。それほどに力量差がある。
それに気付けぬ神さまではあるまい。
カクン、と力が抜けるように依り代を弛緩させた。
「ん? 中身が消えたようですけど――うわっ!?」
部屋のすみっこに、いつの間にか黒い少女が現れていた。そこだけが、まるでこの世界から切り取られたようにも感じる。
世界から隔離された空間に、黒の少女が立っていた。
ルビーと同じような黒い服装ではあるが、そのイメージは正反対とも言える。ルビーを黒と紅と表現するならば、この少女のイメージは黒と青だろうか。
ぼんやりとした輪郭に、確固たる意思を感じる。
俺は以前にその姿をジックス街で見たことがあった。
そうか。
やはり、彼女が――
「ナーさまだったか」
依り代から出てしまった小神ナー。
そんな彼女が、ジロリとルビー……ではなく、俺をにらむのだった。
え?
なんで!?
なんで俺がにらまれてるの!?
俺、なにかしちゃいました!?
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