~卑劣! 最上階で再会、際会するのは最上位かい~
パルに聞き込みの訓練をしてもらいながら、俺とルビーはその後ろを付いていく。その間もルビーは楽しそうに周囲を見渡していた。
長い黒髪がせわしなく左右に揺れる様は少しばかり面白い。美人系美少女なのだが、どこか無邪気さを感じさせる。
非常に、ロリババァらしさ、を感じるのは言うまでもない。
うんうん。
素晴らしい。
ルビーは魔王領を退屈で飛び出したそうなのだが……物珍しそうに周囲を見渡す姿を見ると、嘘ではないようだ。
それくらい楽しそうにキョロキョロとあちこちを見ていた。
なんなら、天井の染みさえも興味深く観察している。
しかし――
そう考えると、逆に魔王領が気になってくる。
どれだけ無機質で遊びの無い場所だったのか。なにも変化が訪れないほど、決まり切った日常になってしまっていたのか。
それとも、ルビーの周囲だけがそうだったのか。
魔王領のイメージは、人間種が魔物によって虐げられているイメージがある。言ってしまえば人間をオモチャにして遊んでいるようなイメージだ。
しかし、ルビーにはそんな様子は無かった。また吸血鬼という種族ながら、血にこだわっている様子もなく、人間を食べ物と捉えている様子もない。
そのあたり、魔物という分かりやすいイメージからは外れているのは確かだ。
だからこそ退屈を感じていたのかもしれない。
ルビーには、おいおい話を聞けたらいいのだが……
「師匠、分かりましたよ~」
おっと。
パルが『ミーニャ神秘研究会』の場所をピンポイントで場所を特定できたらしい。パルの話術が上がったのか、それとも容姿が有利に働いたか。もしくは、その両方か。
美少女っていうのは楽でいいよね。
とりあえず相手が男ならば確実に話を聞いてくれるので。
俺なんか屋台のおばちゃんにお金を払って、ようやく情報をもらえるっていうのに。男なんかに声をかけてみろ。最悪、嘘の情報を掴まされて整合性を取るのに一苦労してしまうのが目に見えている。
「よし、案内してくれ」
「分かりました」
というわけで、パルに先導してもらいミーニャ神秘研究会を目指した。他の研究会とは違って、実験とかそういうのは無縁そうだが……果たして……?
「こっちです」
パルは階段を上がっていき、俺はそれに続いた。どうやら最上階までやってきたようで、窓から見える景色はかなり高い。
もちろん窓から差し込む太陽の光をルビーは避けるために端っこにいる。ちょっと不便だが、影にいて直接日光に当たらなければ問題ないっていうのは、反則な気がするなぁ。
「なんですか、師匠さん」
「いや、明るいから大丈夫なのか、と思って」
「優しい……お気遣いありがとうございます。その気持ちだけで魔王さまの忠誠心が吹き飛びました」
軽い忠誠心だなぁ、まったく。
「心配には及びません。この程度の光で消滅してしまうほど弱くはありませんので」
「それを聞いて安心……どころか、逆に不安だ」
「うふふ」
ルビーはイタズラ娘のように笑った。
やはり彼女を倒すには、相当な準備と作戦と実力が必要らしい。
今すぐ窓から放り投げようにも、今の俺の実力では不可能だろう。実力がまったく足りていない。
と、窓の外を見ながら思う。
学園校舎の最上階からの景色は、都市全体を見渡せそうな勢いだ。しかし、それ以上に中央の樹が高くそびえ立っている事実。天井を突き破った枝葉が窓からも見えるので、ちょっとクラクラしそうになる。
廊下にも枝葉が伸びていて、なんていうか、こう、普通ではない感覚に襲われる。どちらかというとダンジョンの雰囲気にも似ているかもしれない。
見上げれば、まだまだ樹は上に高い。
遠目から見て樹の高さを理解しているつもりでも、やはり間近で見ると違った印象を受ける。
そんな最上階を樹の枝と葉っぱを避けながら廊下を進んでいくと――
「あ、サチ!」
こじんまりとした部屋にサチがひとりで座っているのを発見した。机に座っていて、なにかを書き記しているようだ。
部屋の中にはサチしかおらず、誰もいない。
いくつか机と椅子があるだけのシンプルな部屋なのだが、壁にある本棚には、その全てを埋め尽くされるほど分厚い本が並んでいる。
そのどれもが神さまに関する資料なのだろうか。
俺にはさっぱりと分からない言葉が並んでいるのだが……
それ以上に気になるのは……
やはり……
「し、師匠……」
「うむ……」
「わたしが言うのはなんだけど……パルの友達って、その……独特ね」
部屋には確かにサチしかいない。
しかし、そこにもうひとり――いや、ひとりと言って良いのだろうか? それとも一体というべきか……白い人形がサチの少し前方の机の上に置かれていた。
もちろん普通の人形ならば問題ない。
そう――
つまり、普通の人形じゃなかった。
なんていうのかな。
端的に表現するならば『怖い』だろうか。
もしくは、不気味。
おそろしく不器用かつ丁寧に作られた、という矛盾に一歩足を踏み入れるかのような感想が第一に浮かぶ人形だ。
丸い身体に棒だけの手足。髪の毛の無い顔にはボタンで作られた両目があり、口は布に切れ目が入れられていることで表現している。だが、そのせいで中の綿が見えていて、なんというか怖い。
そんな白い人形が机の上にちょこんと乗せられており、まるでサチを監視するかのように座っていた。
そう。
なんとなく、監視している、ということが分かること事態が不気味な事この上無い。
「サチ、会いに来たよ。勉強してるんだね。……あれ? おーい、サチ!」
パルが声をかけてもサチは返事をしなかった。
無視してるわけじゃなくて、どうやら聞こえていないようだ。
いわゆる過集中状態。周囲の音を排除して、作業に没頭している。
「仕方がない。入らせてもらおう」
外から声をかけても気付いてもらえないのであれば、中に入るしかない。スライド式の扉を開けて、パルが中へと入った瞬間――
俺たち三人は一気に緊張感を高め、各々の武器を構えた。
俺は投げナイフを、パルはシャイン・ダガーを。そしてルビーは部屋の隅へ飛び上がり天井にくっ付いて爪を伸ばした。
なにせ――動いたのだ。
人形が。
こっちを見て、確実に俺たちに視線を向けた。
「……あ、パルヴァス。ごめん、気付かなかったわ」
「さ、ささ、サチ。あの、に、人形は何?」
「……え? 神さまだけど?」
「「「は?」」」
なんでもない風に答えるサチに。
俺たち三人は、理解不能をこれ以上ないってほどに短い言葉で言い表した。
は?
神さま?
「……師匠さんもいたんですね――ひぃ!?」
過集中のせいか、視野狭窄状態だったようで。サチはワンテンポ遅れて俺に気付くが、更に遅れて天井にへばりつく吸血鬼に気付いたらしい。
そりゃ悲鳴をあげるよな。
天井のすみっこに美少女が牙を剥いて威嚇をしていたら。
ちなみに人形も天井を見上げている。怖い。マジで動いているんだけど。
というか神さまってどういうこと?
「あれは味方だ、サチ。君が襲わない限り襲ってこないから安心して欲しい。ルビー、この子はパルの友人で神官だ。どうか落ち着いてくれないか?」
「……わ、わかりました」
サチは納得したようだが、果たしてルビーは如何に?
落ち着いてられないのは理解できるが、どうか落ち着いて欲しい。
言葉が通じるのであれば、尚更に。
それが無理ならば、いよいよルビーを殺す方向で対策を練らないといけないのだが――
「ふぅ。ごめんなさい。少々取り乱してしまいました」
ルビーは天井から着地すると、こほん、と咳払いしつつ、俺の後ろに隠れた。おどおどと隠れる姿は、それこそ見た目の年齢通りと言えるかもしれない。
かわいくもあるのだが……
なんだろうな。
どうして魔物なのに人間臭いんだろうなぁ、まったく。
俺の殺意というか、ルビーを殺す方向に意識を持っていく、というのを阻害されてしまう。
おっさんの吸血鬼だったら、遠慮なく、なんの躊躇もなく殺せるんだけど。
美少女っていうのが邪魔するんだろうか。う~ん……
あ、いやいや、それよりも――
「サチ、あの人形なに?」
俺が悩んでいる間にパルが聞いてくれた。
「……だから、神さま」
しかし、返ってきた答えは同じだった。
「詳しく説明してくれないか、サチ。えっと、神さまっていうのは君が信仰している神さまのことかい?」
こくん、とサチは大きくうなづいた。
と、同時に人形もこくん、と大げさな動作でうなづく。
「もしかして、依り代」
ルビーが俺の後ろでぽつりとつぶやいたのに対して、
「……それ」
と、短くサチは答える。
「依り代?」
「……神さまの身体の代わり。地上に降りてくるには、神さまはいろいろ難しいらしいんだけど、依り代があれば楽になるって先生に教えてもらった。……だから、神さま」
なるほど。
と、納得するわけにはいかなかった。
しかし、いやいやいや、と否定するには目の前で動く人形が説明できない。
「ホントに神さまなんだ! おぉ~、すごい」
俺とルビーが警戒するのに対してパルはお気楽に人形に近づいていった。我が弟子ながら、スゴイ。俺にはとてもじゃないが無理。
だって本当に神さまだったら畏れ多いし、神さまじゃなかったとしたら恐れ多い。
「よろしくね、神さま!」
パルは人形を持ち上げるが――
「あいたー!?」
人形は思いっきりパルを殴った。いや、ぜったい痛くないだろうけど、痛いって言ってしまうパルの気持ちは良く分かる。
「なんで!? 神さま、なんで!?」
「……その状態だと神さまはしゃべれないから分かんないけど……たぶん、簡単に触るな、ってことだと思う」
「えぇ~、そうなんだ。神さまごめんなさい」
そう言いつつパルが机に戻してやると、よろしい、と言わんばかりに人形はうなづいた。
なんだろう。
やっぱりマジで神さまなんだろうか。
「信じられないわ。神さまが、こんな簡単に降ろせるわけがない。幾人もの神官で儀式を行って、ようやく数秒程度。ましてや依り代を用意するのも途方もない技術と知識と魔力が必要なはず」
ルビーの言葉に俺もうなづく。
人形は、見たところ普通の布で作られた簡素極まる物だ。そこに魔術的な要素も神がかりな奇跡も見当たらない。
それこそ、俺が装備している聖骸布のような力は、微塵も感じられなかった。
「……だからこそ、問題なのです」
サチはそう言った。
この有り得ない状況だからこそ問題がある、と。
確かに異常だ。
普通ではない状態だ。
「どういうことだ? 説明してくれないか、サチ。時間はあるし、もし手伝えることがあったら言ってくれ。お金を払っておしまい、では少しばかり寂しすぎるから。なにか俺たちに出来ることはないか?」
そう伝えてみる。
サチは俺の言葉を受けて、神さまの人形を見た。その人形の動きは首を横に振るもの。その意味は拒絶かと思ったが……どうやら違うらしい。
サチは意を決したように口を開く。
「……神さまを助けてください」
そう、俺に告げるのだった。
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