~可憐! 師匠と裸のお付き合い~
お風呂はそんなに大きくなかった。
湯舟には五人も入ったらぎゅうぎゅうになっちゃう大きさで、体を洗う場所も三人くらい。もともと大勢で入るようには作られてないみたい。
窓がひとつあって、外からの明るい光が差し込んでいた。
明るい内のお風呂って、なんか変な感じっ。
「ほれ、洗ってやる」
「わーい」
というわけで、あたしはちょこんと座って、その後ろに師匠が座ったと思ったらいきなり頭からお湯をぶっかけられた。
「ぷはぁ!? なにするんですか師匠!?」
「油断してただろ」
「ぶぅ」
かかか、と笑う師匠にくちびるを尖らせつつ、あたしはそれでも気分が良かった。だって、師匠がイタズラみたいな感じで遊んでくれてるし、なにより師匠がいっしょにお風呂に入ってくれたことが嬉しい。
もちろん、気配察知は続けている。
この場合……見つかったらヤバイのはあたしじゃなくて、師匠だし。うん。男の人って、こういう時でも立場が弱くなっちゃうのは、ちょっと不思議だよね。本当ならあたしが痴女だ~って怒られるはずなのに。
「こんな長い髪を洗うのは初めてだ。なんか傷みそうで怖い……普通でいいのか?」
「普通でいいですよ? あたしも師匠の髪、洗いたいです」
「じゃぁ、交代で洗うか」
「はーい」
師匠の手つきは、ちょっとおっかなびっくりって感じであたしの髪を洗ってくれた。もともとギチギチに傷んでたあたしの髪なので、そんなに丁寧にしてもらわなくても大丈夫なんだけどなぁ。
「う~む……おぉ……ほほぉ……」
「なんですか、師匠?」
「いや、今まで他人の髪を洗った経験などあんまり無いからなぁ。女の子なんて、マジで初めての経験だし。なんとなく新鮮な気持ちなんだ」
「その割りには元気ですよね?」
「言うな。というか、あんまり見るなよぅ」
「くひひ」
師匠は文句言いつつも、優しく撫でるように洗ってくれる。
良いことをした時とかしか撫でてもらえないので、いっぱい師匠に頭を撫でてもらってるみたいでちょっと嬉しい。
ざっぱーん、とお湯で泡を流して、師匠と交代した。
「えへへ~、師匠の髪~」
「なにがそんなに嬉しいんだ?」
「あたし背が小さいから、師匠の頭の上とか見えないんです。寝てる時とか、師匠すぐ起きちゃうし。でもこれで、師匠の見てないところは無くなりました。完璧ですっ!」
「そいつは良かったな」
師匠はちょっと照れてる。かわいい。
わしゃわしゃと師匠の髪を洗っていく。あたしの髪ともサチの髪とも違う感じがして、師匠が言うとおり、なんかちょっと新鮮だった。
「流しますね」
「おう」
ざっぱーんと頭からお湯をかけて泡を落としたら、そのまま師匠の体を洗ってあげる。
「あわあわ~、ふふふ~ん。師匠、前はどうします?」
「ぜったいにやめてくれ」
「はーい」
残念。
師匠の背中は、すっごく硬くて筋肉質だった。見た目は細い感じなんだけど、最低限中の最大限っていう感じ。盗賊の理想なのかも?
体が大きくなっちゃうと、どうしても素早さが落ちる。屋根とかに登るのにも、体が重いと不利だ。あと、大きくなっちゃう分だけ隠れられなくなっちゃうし、なにより被弾面積が増える。
師匠はそのギリギリのラインを保っているのかもしれない。
やっぱり凄いなぁ。
なんて思いながら師匠の体を洗い終わると、今度はあたしが洗ってもらえる番になった。
「こ、これぐらいの力でいいのか?」
「はい。気持ちいいですよ、師匠」
「そ、そうか」
なんで頭は大丈夫で体に触れることになったら、途端に挙動不審になっちゃうの師匠?
さっきまで普通だったのになぁ。
やっぱり師匠ってば、ホンモノのロリコンなんだ……
「師匠、前も洗ってください」
「う……えぇ……」
「こんなチャンス滅多にありません! 慣れましょう。何事も経験ですよ、師匠。経験しているのとしてないのとでは、物凄い差が生まれます! もしロリコン貴族の屋敷に同じロリコン仲間として潜入した時に、女の子をいっしょに触りましょうってなった時にどうするんですか。手つきが童貞みたいって怪しまれますよ?」
「そんな美味しい仕事――そんな頭のおかしい仕事、あるわけないだろ」
美味しいって言った!
いま美味しいって言った!
というわけで、あたしはくるんと素早く体を反転させた。ふっふっふ、師匠ってば油断していたからあたしの動きに付いてこれなかったよね。
勝った!
「はい、師匠。洗ってください」
あたしは両手を広げて、どうぞ、と師匠にアピールした。
隠す必要なんてどこにもない。
あたしの全部を、師匠に知ってもらいたいもん。
「う……わ、分かった……」
「んふふ~」
というわけで、前も師匠に洗ってもらいました。
途中、あたしはそ~っと師匠の師匠に手を伸ばしたけど、叩き落されました。残念。でもさすが師匠。油断してるようでまったく油断してない。見習わなくちゃ。
「ありがとうございます、師匠。お湯に入りましょ? って、どうしたんですか、手を見て」
「いや。女の子ってやっぱりめちゃくちゃ柔らか――何でもない。俺は今、生まれてきたことに感謝してるが、同時に苦しみを感じている。喜びと達成感と申し訳なさと我慢しなきゃ、という思いで頭が破壊されそうだ」
「別にいいんですよ、我慢しなくて」
「そうだが……そうなんだが……!」
師匠はひとしきり苦しんだあと、大きくため息をついてからお湯に入る。
「ちなみにこれはバスタブとか湯舟っていう名前だ。お湯に入る、では通じない場合があるので覚えておくといい」
「はい、師匠」
というわけで、バスタブ? 湯舟? の真ん中に師匠と並んで肩までお湯につかって、ふへ~、とふたりで息を吐いた。お互いの裸が、ちょっと不明瞭になった感じで、ようやく落ち着いた感じかなぁ。
あと、窓から太陽の明るい光が入ってきてて、お湯がキラキラと反射してる。そんなお風呂に入るのって、ちょっと特別な感じがした。
いつも夕方とか夜に入ってたし。
ちょっと特別な、師匠とのお風呂。
あたしはぜったいぜったい、永遠に忘れない!
「さて、そろそろあがるか」
「は~い――ッ!?」
あたしと師匠は顔を見合わせる。
脱衣所に誰か入ってきた! さすがに足音は分からなかったので、脱衣所に入ってくるまでは師匠も気付けなかったみたい。
気配数は、ひとり!
「師匠!」
「落ち着け、落ち着け!」
あたしと師匠は静かに叫びながらオロオロと周囲を見渡すけれど、隠れる場所は無い。天井を見るけど、あまり高くないし狭いから視線に入っちゃう。盗賊ギルドのイアさんっぽく隠れるのは無理そうだ。
考えている間にも脱衣所に入ってきた人は服を脱ぎ終わったらしく、もう浴室の扉が開いてしまう。
ので!
「もぐれ!」
「はい!」
大きく息を吸って、あたしはお湯の中にもぐった。ごぼごぼと音が響く湯舟の中で、くぐもった音として扉が開く音が聞こえた。
「先客がいるとは思わなかった。朝風呂とは兄ちゃんも趣味がいいねぇ。貸し切りのところ申し訳ない」
「あ、あはは。いえいえ、構いません。少し徹夜してしまいましてね。ズレ込んだだけですよ」
良かった。
あたしがいるのはバレてないっぽい。
師匠と入ってきた人の話をお湯の中で聞きつつ、あたしはもぐったままゆっくりと底の方を移動していき、師匠の後ろにまわった。慌ててもぐったので、息はそんなに続かない。けど、慌てて動くと波がたっちゃうから危ない。
ギリギリまで息を我慢しつつ、後ろに回り込めた。
そして、師匠の背中にぴったりと付いた瞬間――
びくぅって師匠が震えた。
「ん? どうしたぃ、兄ちゃん」
「いえ、ちょっと古傷が傷みまして」
「なんだ兄ちゃん、冒険者かい?」
「いえ、旅人です。魔物に襲われて太ももを怪我しましてね。ときどき、不意に痛むんですよ」
「難儀だなぁ。まぁ、俺も人の事は言えないか」
「そちらも?」
「あぁ。商人をやってるが、若い頃は護衛を雇う金も無かったのでね。ポーション代をケチったらこのザマさ」
入ってきた人は商人をやってる人みたい。どうやら傷が残ってしまっているのかな。商人さんが古傷自慢をしている間に、あたしはゆっくりと師匠の後ろでお風呂から顔を出す。
ぷはぁ。
あ、師匠がちょっと胸を張って身体を大きくしてくれてる。ありがとう師匠。好き。
「俺はもう上がりますので。どうぞ、ごゆっくりしていってください」
「おう、ありがとよ兄ちゃん。急かしたようで悪かったな」
「いえいえ、ちょうど良いタイミングでしたよ」
そう言って、商人さんがざっぱーんとお湯を流す音が聞こえた。量的に頭を洗ってるはず。
今がチャンス!
と、師匠と呼吸を合わせて立ち上がった。
大丈夫、音はひとつだけに聞こえてるはず。
足音を合わせる技術は……まだ無いので師匠の背中にあたしはぴったりとしがみついたまま、湯舟から出た。
「素数だ、素数を数えるんだ……」
なにか師匠がぶつぶつ言ってた。え、なに? なんかヒントなの?
分かりません、ごめんなさい、このまま師匠にしがみついたまま脱出します!
「お先に失礼します」
「おう」
ちらりとみたら、頭を洗ってる商人さんは獣耳種の人だった。猫耳っぽかったけど、ちょっと大型な気がする。しっぽも立派だったし。ライオンかな。虎かも?
脱衣所までバレずに脱出したあたしと師匠は、はぁ~~~、と大きく息を吐いた。
「よし、手早く出るぞ。髪は部屋で拭いてやる」
「はい」
そそくさと体を拭いて、そそくさと服を着たら、隠れるように自分の部屋に戻るのでした。
はぁ~。
危なかったけど、楽しかった!
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