~可憐! ふたりだけのベッドなのに!~

 あたしと師匠は逃げるように部屋に戻って、ふたりで大きく息を吐いた。


「はぁ~、危なかった」


 師匠の髪から、まだポタポタとしずくが落ちてる。あたしも大急ぎで身体を拭いたけど、まだまだ濡れているところがあるので服が張り付く感じで気持ち悪い。まだあたしの髪もまだ濡れてて、べっちょりと背中に張り付いていた。

 ちょっと前は……路地裏で生きてた頃は、こんな風になるのはいつものことだったし、まったく気にならなかったのに。

 やっぱり、あたしはもう二度と師匠と別れて生きていくのは無理だと思う。

 だから――


「師匠。髪の毛、拭いてあげます」


 師匠にいっぱい愛されるようにならないと。

 がんばるぞー!


「ん? じゃぁ頼むか」


 師匠はどっかりとベッドに座ったので、あたしはベッドに飛び乗って師匠の頭をガシガシと拭いてあげた。


「よし、交代だ」

「はーい」


 今度はあたしが座ろうと思ったんだけど――


「待て待て、ベッドが濡れる。って、服も濡れてるじゃないか。脱げ」

「それは命令ですか、師匠!」

「嬉しそうにしてんじゃねーよ。お願いじゃなくて命令だ。ぐしょぐしょのベッドで俺は寝たくないんでな」

「ぶぅ。あたしよりベッドの方が大事なんだ」

「そりゃそうだろ」


 と言われてしまった。

 がっかりだよ、師匠!

 あたしは服を脱いで師匠に背中を向けた。さっきのお風呂で慣れちゃったのか、師匠はぜんぜん照れる様子とかなくって、普通にあたしの頭を拭いてくれた。

 今生一度の使いどころ……もしかして、失敗した?

 うぅ。

 大丈夫! 師匠は動揺してるけど、きっと我慢してるだけ。その証拠にチラチラと視線が泳ぐ瞬間がある。うん。大丈夫。めっちゃ効いてる。今なら勝てそう!


「やっぱり髪が長いってのも考え物だなぁ。濡れた時に重くなるし、行動を阻害されてしまうかもしれん。デメリットが大きいか」

「短くてもあたしはいいですよ?」

「本当はその方がいいんだが……パルの髪は綺麗だからな。言ってしまえば貴族的なんだ」


 貴族的?


「貴族らしいっていうイメージだ。金髪だから貴族っていうのは安易だし、例外の方が多いけどな。それでも絵本に出てくる分かりやすい貴族と言えば金髪だ。で、そんな貴族の娘ってのは髪の毛を伸ばしている者が多い」


 言われてみれば、確かに、って思った。

 ジックス街の領主さまの娘さまも髪は長かった。貴族は髪を伸ばすのが義務なのかもしれない。


「いつか役に立つ、と思ってるんだが……そのいつかが来ない可能性もある。悩ましいものだ」

「あたし、貴族になるんですか?」

「情報収集で貴族の娘に変装してパーティ会場に潜入。なんて仕事も有るんだ。俺にはぜったいにこなせない仕事だが、パルには可能だろ? むしろ髪が長いからこそ回してもらえる仕事と思ってもいい」

「えぇ、できるかなぁ」


 貴族のフリなんて、ちょっと難しそう……


「パーティ会場だから、料理がいっぱいあるぞ。しかも食べ放題だ」

「ぜひ! ぜひ、その仕事をあたしにやらせてください」


 ポコンと軽く叩かれた。


「喰い放題会場じゃないぞ、パル。料理を目の前にして我慢する場面だ」

「生殺しじゃないですか」

「はっはっは。一番高そうなのだけ食べてこい」

「えー、全部食べたいですよ~」


 貴族のパーティなんだから、ぜったい美味しい物ばっかりのはず。それなのに一番高そうなのしか食べられないのは、すっごくもったいない。気がする。うん。

 でも一番高い食べ物ってなんだろう?

 やっぱり見たことない物かな。知らない物って貴重な食べ物のはずだから、数が少なくて見たことない料理が、きっと一番高いと思う。

 いつか、そんなお仕事を師匠といっしょにできたらいいな~。


「よし。これぐらいでいいだろう。あとは寝てる間に自然に乾く」

「はーい」


 あたしはそのままベッドに飛び込んだ。


「こら、服を着ろ――って、濡れてるんだったな」

「師匠も裸で寝ましょうよ」

「ダメだ。マジで我慢できなくなる」

「いいじゃないですか。あたし、ずっと覚悟はできてるんですよ? ほらほら、娼婦になって潜入する仕事とかもあるじゃないですか、たぶん。その時に、他の人にもらわれちゃいますよ?」

「そんときゃ俺がもらう」

「……どうしてそこだけ迷いがないんですかぁ! だったら今すぐもらってください!」

「いーやーだー!」


 といって師匠はベッドの上に寝ころぶと布団をかぶってしまった。

 子どもか!?

 でもかわいい。

 ちょっと照れて、嬉しいけれどちょっぴり困るよぅ、っていう師匠の表情が見れた。

 うひひ。


「じゃ、くっ付く程度はいいですよね!」


 あたしも布団の中にもぐりこんで、師匠の腕に抱き着いた。こういうのって、抱き枕って言うんだっけ。

 師匠の腕に抱き着いて眠れるなんて、こんなにしあわせなことって無いよね。


「う……お、ぉぉぅ……うん、だいじょうぶ。俺は問題ない」


 師匠がなんか微妙なうめき声をあげたけど、大丈夫っぽい。

 えへへ。

 ベッドもやわらかいし、布団もサラサラしてて裸で寝るのって気持ちいいかも。なにより師匠に抱き着いて眠れるっていうのが、なんだかとっても嬉しい。

 そんなことを考えている内に、あたしは眠りへと落ちていった。まどろんでいる間は、本当にしあわせで、気持ちいい。現実か夢か分からなくなっていく感覚っていうのかな。

 別に寝ている間に師匠にいろいろされちゃっても、ぜんぜんオッケー、なんて思いながら。

 あたしは師匠の腕にぎゅ~っと抱き着きながら眠りに落ちていった。


「ん……んぅ」


 どれくらい時間が経ったのかな?

 なんだか動きがあったので目が覚めた。

 外はちょっとした暗さで、部屋の中がすでに薄暗い。寝ている間にお昼を越えて、もう夕方になっちゃったっていうのが分かる。

 お腹すいた……朝ごはんもお昼ごはんも食べてないや。


「――んぅ……あ、あれ、師匠?」


 師匠の腕ってこんな細かった――


「吸血鬼!?」


 師匠だと思って抱きしめてたのが、いつの間にか吸血鬼と入れ替わっていた。なんという変わり身、なんて酷い結末!


「ふあ~ぁ、うるさい……んぅ――あれ!? 師匠さんは!?」


 ルビーも目を覚まして驚いてる。

 あたしへの嫌がらせかと思ったけど、ワザとじゃないっぽい。

 どういうこと?


「パル、師匠さんはどこへ行ったの?」

「あたしが聞きたいよ、ルビー。というか、なんでルビーがいっしょに寝てるのよ」

「師匠さんの影の中でも良かったけど、部屋の中だったら大丈夫そうなので出てきた。そしたらふたりで気持ちよさそうに寝てるから、わたしも寝てただけよ。パルの反対側で」

「む。師匠はそれ許したの?」

「そうよ。わたしが出てきても驚きもせず受け入れてくれたわ。ところで、どうしてパルは裸なのよ? 寝るときは裸で眠る主義なの? 痴女なの? えっちなの?」

「吸血鬼に言われたくない。師匠といっしょにお風呂に入ったから、そのまま眠っただけ」

「お風呂!?」

「ふっふーん。いいでしょ」

「み、見たの、パル。その、し、師匠さんのアレ、見たの?」

「うん」

「おぉ……も、ももも、もしかして、その、師匠さんは上を向いてた?」

「うん」

「ど、どうだった?」

「凄かった」

「わぉ」


 どれくらい? って聞かれたので、これくらい、と手で示した。


「なるほど。ここまで」


 ルビーはベッドの上に座ると、自分のお腹に手を当てた。あ、そっか。そうなるのか。と、あたしも自分の下腹部に手を当ててみる。


「うわ、マジで」

「大丈夫そう、パル? わたしは正直、不安だが?」

「処女なの」

「え、うん。だってまわりは魔物ばっかりだし」

「あぁ」


 そっか。そういえば、そっか。


「魔王とかの相手とかしてるんじゃないの?」

「魔王さまはぜんぜん。そういう感じじゃなかったっぽい。でも、どうなんだろう。趣味が違う感じかも?」

「魔王はロリコンじゃないってこと?」

「そうね。どちらかというと、大きい方が好みだったと思う。いや、もしかしたら人型じゃなくてスライムとか、ケモノが好きだった可能性も否定できないわ」

「おぉ。さすが魔王」

「人知を超えてるって感じよね。さすが魔王さま」


 やっぱり魔物の王様ってだけに、そりゃ普通の人間みたいなのが好きなわけがないよね。そう考えるとルビーが相手にされなかったのも分かる。

 吸血鬼って、すっごく人間っぽいもん。


「なんだ、起きてるのか」


 そんな話をしてたら、音もなくドアが開いて師匠が入ってきた。

 ルビーといっしょにめちゃくちゃびっくりしたあたしは、思わずベッドから降りて隠れてしまった。

 ちなみにルビーは天井のはしっこまで飛び退いてた。


「師匠、心臓に悪いです」

「すまんすまん。起こしたら悪いと思って。屋台でいろいろ買ってきたぞ。ルビーも食べるか? それとも血しか受け付けないとか?」

「いえ、普通の食べ物も食べられます。味覚も残っていますので、楽しめます。血は、それこそ嗜好品の類でしょうか。コーヒーとか紅茶とか、タバコと同じニュアンスですわ」

「なるほど」

「ほへ~」


 師匠とあたしは納得するような、良く分からないような返事をした。ついでに服が乾いていたので、あたしは着替える。いつまでも裸だったら風邪ひいちゃいそうだし。


「あとパルとルビーが仲良さそうで安心した。俺がいない間になにかあったのか?」

「な、なんでもありませんわ。ねぇ、パル」

「うんうん。大きさとか魔王の話してただけ」

「そ、そうです、魔王さまの話で盛り上がってました」

「魔王か」


 師匠はなんか神妙な顔をした。

 やっぱり師匠ともなると魔王とかも気にするんだなぁ。あたしにしてみれば、ホントに遠い世界の話で、人類と魔王が戦っているなんてイメージはあんまり無い。

 魔物の被害とか、襲ってくるのは知ってるけど。

 魔王を倒すために勇者と呼ばれる神さまから祝福を受けた人がいて、その人が頑張っているのは知っているけど。

 勇者って呼ばれてる人たち。

 でも、やっぱりなんだか遠い世界の話な気がするなぁ。

 あたしは生きていくだけで精一杯だし、師匠に盗賊の訓練とかしてもらうだけでも大変だから。

 人類を救うとか、魔王を倒すとか。

 そんなのぜんぜん考えられない。


「ところでルビー」

「なんですか、師匠さん」

「その話し方なんだが。別に敬語でなくても構わんのだが?」

「話し方ですか。そう言われても、わたしは好きで話してますので。別に無理などしておりませんよ」

「そうか。じゃぁ、ひとついいか?」


 なんでしょう、とルビーはようやく天井から降りてきた。師匠に言われて、なんだかちょっぴりワクワクしたような表情。

 師匠とお話できて嬉しいって思ってるのかな。

 むぅ。


「わらわは人の子など孕みとうなかったのじゃ~、と言ってくれ」

「は、はぁ……わ、わらわは人の子など孕みとうなかったのじゃぁ……」

「おぉ~! あれ?」


 喜んだのは師匠だけでした。

 あたしとルビーは良く分からなかったです。はい。


「おかしい。ロリババァでは鉄板のセリフのはずなのだが……」


 そう言いながら、師匠は腕を組んで考え込むのでした。

 あたしは師匠が買ってきたチキンを食べ始めてました。

 ルビーだけが、


「いったい、なんですの?」


 と、首を傾げていて、ちょっと面白かったです。

 チキンおいしい。

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