~可憐! あたしにとってそれは、死と同義のこと~
師匠といっしょに宿に戻ったあたし達は、すっかり日が昇ってしまっているのにも関わらず、あくびをした。
師匠といっしょに大きな口を開けてあくびをするのは、ちょっと嬉しかった。
でも。
やっぱり、不安が襲い掛かってくる。
それは、すぐ近くに吸血鬼がいることじゃなくて。
すぐ近くに、師匠を奪ってしまう相手がいることでもなくて。
師匠が、あたしに興味を無くしてしまうことが。
怖かった。
さっき、思わず助けてしまった。頭から燃えだした吸血鬼を――ルビーを見て、あたしは驚いて太陽の光をさえぎるように動いてしまった。
それが、なんだかモヤモヤする。
自分で自分が分からない。
だって、ルビーは師匠をあたしから奪ってしまう存在だ。だったら、あのまま太陽の光で燃え尽きれば良かったのに、って思う。
でも、そんなことになったら――たぶん、師匠は悲しむと思う。
師匠は優しいから、相手が吸血鬼だったとしても普通に相手してるから。
だって。
路地裏で生きてきたあたしを、ブラフだけで、実力もなんにもないくせに、偶然で師匠の正体を暴いただけのあたしを、ちゃんと真っ直ぐに見てくれる人だったから。
だからきっと。
吸血鬼のルビーも、ちゃんとルビーっていう『ひとりの存在』として見てると思う。
だから。
だから。
だから。
「師匠」
あたしは、床に足を折りたたんで座る。確か、『正座』って言われる義の倭の国の座り方。
そして、そのまま床に両手を付いた。
「どうしたパル……顔をあげてくれ」
「師匠、今生一度のお願いがあります」
あたしは、そのまま床に額を付けるようにして頭を下げた。
仁義を切るのと同じく、商人がやってた方法。切羽詰まった、鬼気迫る表情で、商人たちが床に這いつくばるようにしていた方法。
『土下座』と呼ばれる相手への最上のお願いの仕方。
今生一度っていうのは、一生に一度のお願い、という意味だ。
あたしは、それをここで使う。
使ってしまう。
今、使わないと手遅れになる気がしたので、躊躇なくそのカードを切った。もう二度と師匠にお願いは聞いてもらえないかもしれないけれど。そんなことよりも、大事なことだと思ったから。
だから。
あたしは、師匠にお願いをする。
「ど、どうしたんだパル。本当に……」
師匠が膝をついて、あたしの肩に手を当てた。それでも、あたしは頭を上げない。お願いを聞いてもらえるまでは、額を床に付けたままにしないとダメだと思う。
「師匠、お願いを――あたしのお願いを聞いてください」
「分かった、聞く。なんでも聞いてやるから、頼むから頭をあげてくれ。弟子のそんな姿を見たくない」
あたしは頭をあげた。
「そんな情けない姿なんですか、これ」
「いや、なんというか物凄く申し訳ない気分になってくる。俺が悪いことをしている気がして落ち着かない」
師匠が困ったような表情であたしを見るので、笑いそうになっちゃった。
やっぱり師匠は優しい。
優しいから、やっぱり怖い。
あたしより、他の誰かを平気で選びそうな気がして。あたしがもう大丈夫だって判断されたら、また別の誰かを助ける気がして。
それが怖い。
師匠の隣に知らない女の子がいるのが怖いんじゃなくて――
師匠の隣に、あたしがいないのが……怖い。
あたしは、きっともう独りじゃ生きていけない。
もう二度と路地裏には戻れない。それは贅沢を知ってしまったからじゃない。普通の生活を知ってしまったからじゃない。
誰かと一緒にいることに、師匠といっしょにいることに、こんなにもしあわせを感じてしまっているのだから。
だから。
だから。
だから。
あたしは願う!
永遠に、師匠の隣にいる最初の一歩を!
「師匠、あたしといっしょにお風呂に入ってください!」
「断る」
「えー!?」
間髪入れずお断りされちゃった。
「さっきなんでも聞いてくれるって言ったのにー!?」
「いや、それはダメだろパル。ダメっていうのは別におまえが悪いんじゃないぞ。いや、以前ならば大丈夫だったが、今はほら、パルも健康的な身体になっただろ? まだ細いけど。でも、その、ほれ。今は、ヤバイ。重ねて言うが、おまえが悪いんじゃなくて、俺が悪くなってしまうから」
「師匠は悪くないです。あたしが悪いんです。だから、お願いします!」
あたしはまた頭を下げた。勢い良く下げたせいで、ごちん、と床にぶつけちゃったけど、そのまま我慢した。
「ホントにどうしたんだ、パル。さっきも無駄にルビーに突っかかるし……殺されても不思議じゃなかったぞ。彼我の力量差くらい分かっただろうに」
師匠はあたしが頭をあげないのを感じてか、あたしの前にどっかりと座った。そのまま説得するつもりだけど、あたしは頭をあげない。お願いを聞いてもらうまで、ぜったいに頭をあげないもん。
「はい。でも、あそこで負けたら……ルビーに負けたら、あたしは死にます」
「どうして?」
「……師匠に捨てられたら、あたしはもう生きていけません。ルビーに師匠を取られちゃったら、もう、あたしは生きていけないからです」
「……俺がおまえを捨てるわけないだろ。逆に聞くよ。おまえを捨てるような師匠でいいのかい?」
「嫌です」
「だろう? 俺はおまえを最後まで面倒みてやる。たとえルビーのスキルで操られたとしても、最後までおまえは捨てん。ぜったいにパルは、パルだけは守り切ってやる。だけど、もしもおまえが俺のことを見限るのなら、追いかけはしないよ。パルが俺を嫌いになっても、許す。それは覚えておいてくれ。嫌われない内は、ずっと一緒にいてやるよ。俺はロリコンだけど、おまえがババァになったとしても、捨てはしない」
「……師匠の言うババァって何歳ですか?」
「16歳だ」
「……師匠、いろんな人に殺されますよ?」
「逆だ。殺されそうになったから、16歳より上はババァなんだよ」
「えぇ~……」
師匠の語る目がマジだった。
なんだか良く分からないけど、とりあえず、師匠は師匠で苦労してるんだなぁ、って思った。
「とりあえず、おまえはなにも心配する必要はない。俺が突然モテモテになって貴族の娘とか王族の姫に言い寄られたとしても、おまえは捨てない。光の精霊女王ラビアンさまに誓ってもいいし、裏切ったら遠慮なく後ろから刺してもらっても構わない。だから、あせんな」
師匠はそう言いながら頭を撫でてくれた。
いつも通り優しくふんわりと撫でてくれるので、師匠の言葉に嘘は無いと思う。
それでも――
「お風呂はやっぱりダメですか?」
と、あたしは聞いてみた。
「むぅ……いや、是非とも入りたい。パルといっしょにお風呂に入りたい。間違いなく、今を逃すとぜったいに後悔する。だが、その、ほれ。おまえに軽蔑されるんじゃないかと思って怖いんだ」
「あたしが?」
あたしは頭をあげて、師匠に聞いた。
そう、と師匠はうなづく。
「だってなぁ。ぜったい反応するぜ?」
「あたしとしては嬉しいですけど?」
「……ホントに?」
「はい。だって、大好きな師匠に女として認められてるってことですよね」
「この場合、女として認めているのかどうかと言われれば違うような気がしないでもないが。ロリコンだし。というか、風呂は男女別の共同風呂しかないぞ? 近くに個人風呂なんか貸してくれる場所あるかなぁ」
あ、やった。
師匠は、もう一緒に入ってもいいっていう感じになってる。
ここは押せ押せだ!
「あたし、男風呂でもいいですよ。こんな朝みたいな時間にお風呂に入る人なんていないから、貸し切りです! ぜったい! たぶん!」
「えぇ~、誰か入ってきたらどうするんだよ?」
「修行です修行。男の人に見つからないように脱出します!」
「ちょっとした露出プレイじゃねーか」
なんですか、それ?
と、あたしが聞いたら師匠がなんでもない、と目をそらした。たぶん、めっちゃえっちなことなんだと思った。
露出プレイ……はだか? 裸でかくれんぼする感じ?
「うーん……よし、ほんとにいいんだな、パル。ここでおまえに嫌われたら、俺の方こそ立ち直れないからな!」
「はい!」
じゃぁいくか、と師匠はあたしを抱え上げた。しかも軽く、ひょい、と担ぐように。
あぅ。
実はいつだって土下座を強制終了させようと思えばできた、ってこと?
でも師匠優しい。ちゃんとあたしの話を聞いてくれたし、ちゃんとお風呂に入ってくれる。
にへへ、と師匠に抱えられたまま部屋を出て廊下を移動する。すれ違った商人さんにギョっとした視線を向けられたけど、気にしない気にしない。
「気配察知」
「はい……誰もいません。男湯も女湯も、からっぽです」
「よろしい。ついでに足音感知」
「えっと……はい、誰も近寄ってくる人もいません」
「お風呂の中でも集中してろよ?」
「分かりました!」
というわけで、師匠とあたしは男湯の脱衣所に入った。あんまり広くなくって、お風呂も小さそう。あんまり大勢で入ることを想定してないのかもしれない。
「……」
「……」
で、あたしと師匠は服に手をかけたまま、なんとなく止まってしまった。
うん。
なんか、めちゃくちゃ恥ずかしい……おかしいな、師匠の前で裸になったりするの、平気だったはずなんだけどな……
「よ、よし、俺から脱ぐか」
「さ、さすが師匠。男らしい」
というわけで、あたしは師匠が脱いでいく様子をじ~っと見た。あんまり筋肉の無いイメージの師匠だけど……脱いだら、それなりに引き締まっているんだよね。かっこいい!
あと、初めて師匠の師匠を見ちゃった。
むふ。
「脱いだぞ」
「は、はい。次は、あたしですね」
というわけで、ドキドキしながらあたしも服を脱いだ。
なぜかブーツがちょっと引っかかって脱ぎにくかったけど。なんなのブーツちゃん。あたしが師匠とお風呂に入るのがダメなわけ?
君もあたしみたいに大人の女に成長したまえ、はっはっはー。って気分で思いっきり脱いだ。なんとなくブーツちゃんが抗議してるような気がするけど、知らない知らない。
「……」
「…………おぉ」
なんであたしが、おぉ、って言ったのかは師匠の名誉に関わるので説明しません!
「えへへ」
「ほ、ほら、さっさと入るぞパル」
「はい、師匠!」
というわけで、師匠といっしょにお風呂に入ります!
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