~卑劣! その紅き名を呼んで~

 学園長に腕輪のことを相談したら、吸血鬼が付いてきた。

 しかも俺より強い。

 なんのことは分からないと思うが、そんな意味不明で説明しても鼻で笑われた挙句、信用してもらうのは不可能な事実。

 できれば夢魔であってくれた方がどれだけ良かったか。

 いまだに信用できない現実だった。

 というわけで――


「どういうつもりだ?」


 と、聞いてみると……吸血鬼は真っ白なほっぺたを少しだけ赤く染めながら俺の視線から逃げるようにパルの後ろへと隠れた。


「なんであたしの後ろに……ちゃんと師匠と話しなさいよ、吸血鬼ぃ」

「吸血鬼ではない、小娘。わたしには師匠さんに頂いたルゥブルム・イノセンティアという素晴らしい名前がある」

「あたしにもパルヴァスって名前があるんだから、小娘って言うな」


 がるるるるる、とにらみ合う小娘と吸血鬼。

 おかしいな……本来、パルなんかとケンカみたいなものが成り立つはずが無いんだが。相当に力を抑えてくれているはずなのに、どうしてルゥブルムはパルのレベルまで下げているんだろうか……


「パルを殺さないでくれよ、ルゥブルム」

「分かっています。理解しています。あ、あの、師匠さん。それでですね……」


 なにやら言いたいことがあるのか、ルゥブルムはもじもじと指を合わせていじりつつ、ちらちらと俺の顔を見上げてきた。

 恐ろしく可愛いので、やっぱり夢魔にやられてるんじゃないのか、俺。

 と、思わなくもない。

 まだ太ももの違和感が残っているので、夢でないのが確実なので、これはこれで嬉しい。後ろでパルがにらんでいるので、怖いけど。


「その……わたしの名前も、えっと、あ、愛称っぽく呼んで欲しいのですが」

「贅沢! そのままフルネームで呼ばれてたらいいじゃん、ルゥブルム・インセンティブ!」

「誰がインセンティブよ、誰が!」


 インセンティブ(動機)ね。

 まぁ、言い得て妙な揶揄だ。動機を教えろ、動機を。みたいなパルの文句かもしれない。知ってる単語を当てはめただけかもしれないが。

 アレかなぁ。

 仮に、だ。あくまで仮なので思い上がっている訳ではないぞ。

 ルゥブルムは完全完璧に俺にゾッコンであり、ガチ惚れしたとして、だ。自分で言ってたアレだけど。思い上がりもはなはだしいけど。仮にそうだとして。

 パルを殺してしまうと、俺が悲しむ。ぜったいに俺の心は手に入らなくなってしまうので、パルは殺さない。

 そんな心理がルゥブルムの中で働いているのかもしれない。

 そう考えると、パルと同レベルに落として仲良くケンカをしているのは理解できる。

 理解できるが……

 おそろしく人間臭くないか、この吸血鬼?

 本当に魔物なのか、この吸血鬼?

 いや――

 いや、逆か?

 逆なのか?

 俺の持っている女性のイメージでは、好きな人物が同じになった場合、つまり同じ人を好きになった場合は、相手を蹴落としてでも恋愛を成就させようとする感じがあった。

 実質、勇者をめぐって賢者と神官は表向きは仲良くしているが、その裏ではあまり親密とは言えない。それこそ同じパーティの仲間というのに。宿の部屋を同じすると、少々問題があった気がする。

 覗いたわけではないが、聞こえてくるんだよね……ケンカしてる声が。勇者は聞こえないフリをしていたし、戦士は肩をすくめていた。

 もっとも――

 賢者と神官、共通の敵である俺への対処が目下の目標だったらしく。

 ふたりは結託して、俺を追い出すことに力と知恵を注ぎ――

 そして成功したのだ。

 おかげ今、俺は可愛い弟子と吸血鬼に囲われてロリコンとして栄華を極めている。

 まぁ、それは冗談だけどさ。

 今頃は賢者と神官が醜い争いを勃発させているかもしれない。

 戦士よ、がんばって勇者を守護ってくれ。できれば騎士に転職して、勇者がガードしてやってくれ。俺がいなくなった分、おまえだけが頼りだ。

 遠いこの地で、俺は願っているよ。

 戦士の胃が持ちますように、と。

 おっと考えがあらぬ方向へ旅立ってしまった。

 とにかく、ババァともなると好きな相手を無理やり奪うのが常識のはず。それを考えるとルゥブルムは大人しく俺の言う事を聞いてくれているようだ。


「ダメですか、師匠さん。ルゥブルムという名前はステキですし、この世に存在するどんな名前よりも優れているのは分かっていますが。みだりにフルネームで呼ばれるのは、その、愛し合う時だけにして欲しいのです」


 なんかとんでもないことを吸血鬼が言い出した。


「――分かった。分かったので、発言はキレキレの物ではなく、ほんわか柔らかいものにしてくれ。で、ルゥブルムの愛称か。ふむ……ルゥだとちょっと男の子っぽい気がするし、ルーブは可愛くないな。まぁ、単純になってしまうがルビーっていうのはどうだい?」

「ルビー! ステキです!」


 無難中の無難とも言える愛称だが。

 どうやら気に入ってくれたようだ。

 ルゥブルム――ルビーの紅い瞳がキラキラと輝き、頬を両手でおさえている。

 魔物っていうのは、名前に特別な思いでもあるんだろうか。


「むぅ~。師匠、どうして吸血鬼に優しくするんですか? 敵ですよ、敵。ぶっ殺してくださいよぅ」


 そんなルビーに対して、パルはご機嫌ななめの様子。


「いや、おまえは見てないかもしれないけどな。ルビーは俺より遥かに強いよ。殺す方法はたくさんあるけど、今すぐは不可能だ」

「ほへ~。ルビーってそんなに強いの?」


 あ、本人に聞くんだ。


「戦ってみますか?」


 あ、ルビーも受けるんだ、その戦闘。


「もうすぐ夜明けだぞ。大丈夫か?」

「多少の日光ぐらいでは消滅しません。お気遣い、ありがとうございます。それでは、行くわよ、パール」

「誰がパールだルビー」


 宝石コンビ、ここに誕生。と、俺が思った瞬間には――パルが地面に倒れていて、その上にルビーがちょこんと座っていた。


「あれ?」

「ざっとこんなもの、というやつです。師匠さん、褒めてください!」


 パルは痛みを感じてないようだ。

 つまり無傷。

 そんなパルの背中に座って、褒めて褒めてとルビーは瞳を輝かせていた。どことなく、犬のしっぽがブンブンと振られているようにも見えなくもない。

 しかし――


「いや、怖ぇよ。なんだよ、それ。どうやったんだよ、それ。俺にも見えなかったぞ。こわっ」

「えー!?」


 褒められると思っていたのに怖いと言われたルビーは驚きの声をあげた。

 全力で移動したのとは違うし、パルが地面に倒れる姿すら認識できなかったし、速度を出してパルを倒したのであれば確実にダメージが入っているはずだが、パルは痛みを感じていないってことは別の方法を取っているはず。

 ということしか分からん。

 どう考えても次元の違う攻撃――あ、そうか。


「そうか、亜空間か!」

「おや、さすが師匠さん。もう見破られるとは思いませんでした。さすがは盗賊といったところでしょうか。わたしに相応しい殿方であるのは間違いないですわ」


 ゾクリ、としそうなほどな笑顔。

 看破されなかったことよりも、一撃で見破った俺への喜びが、強者としての悦びに代わっている。

 腐っても吸血鬼、ということか。

 紅い瞳の金色の環が混じっている。怖い。


「ん? お、おい、ルビー!」

「どうしました、旦那さま?」


 急に結婚したことになってるぞ!?

 いや、そんなことよりも――


「燃えてる燃えてる! 朝日が、太陽が出っ!? おま、ちょ、頭が燃えてるぞ!」

「あら」


 吸血鬼って日光をあびると燃えるんですね。普通の炎じゃなくて、色の濃い紅色の炎がゆらゆらとルビーの頭から発生していた。


「わわわ、ルビーが! どどどどどうしましょう師匠!?」

「隠せ隠せ! 壁になるぞパル!」

「はい!」


 というわけで、朝日からルビーを守るためにパルといっしょに壁になる。なんだかんだ言って、パルも協力するんだな……イイ子だ。あとで頭を撫でてやろう。


「ど、どうするんだルビー。このままではおまえが――」

「心配無用です。しばらく旦那さまの影の中にいますので。用事がありましたら、いつでも声をかけてください。魔王さまの暗殺だろうが、パルの着替えの手伝いだろうが、なんでも言ってください。それでは、おやすみなさいませ。愛しの旦那さま」


 そう言って――

 吸血鬼ルビーは俺の影の中にずぶずぶと沈んでいった。

 俺の影って、亜空間にでもつながっていたんだろうか……怖いよ。

 吸血鬼、なんて恐ろしい存在だろうか……


「パル」

「……なんですか、師匠」

「俺は、どうすればいい?」

「とりあえず、あたしと結婚しましょう」

「殺されない?」

「どっちが?」

「ふたりとも」

「…………師匠」

「なんだ?」

「あたし、強くなります!」

「おう。頼んだ。俺も、もっと強くなるよ」

「はい! がんばりましょう!」


 ということで。

 俺とパルは、もっともっと強くなろうとお互いに誓いあったのだった。

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