~卑劣! マジックアイテムのその先へ~
「結論から言おう、盗賊クン。こいつはマジックアイテムには成れない」
学園長の、その言葉に――
「そうか」
俺は、ひとつ息を吐いた。
期待はしていなかったが……それでも、もしかしたら、という希望があった。マジックアイテムが自由に製作できるようになれば、それこそ勇者のサポートも万全に出来る可能性だってあったわけで。
そんな期待がすべて夢の泡となって消えてしまっては……
さすがにため息がこぼれてしまう。
「おっと。なにを落ち込んでいるんだい、盗賊クン。私はまだ結論を述べただけだぞ?」
「……ん? なんだその矛盾に満ちた言い回し」
うつむきかけた顔をあげて見れば、学園長はニヤリと愉快そうな表情を浮かべていた。どことなくイタズラを仕掛けた少女にも見える表情だが……この場合は、新しいオモチャをもらって、はやる気持ちを抑えつけるワクワクした少年と同じ表情と同じだろうか。
「私は、この腕輪がマジックアイテムになれるかどうか、の結論を言っただけに過ぎない。この私が、話が長くなるのでそのうち誰も話を聞いてくれなくなる位に会話好きなこの私が、簡潔に完結たる結論だけを述べると思ったのかぃ、盗賊クゥン」
イラっとした。
正直、イラっとした。
あの勝ち誇ってる偉そうなハイ・エルフの眉間に、限界までチャージしたデコピンを叩き込んでやりたかった。
いや、やろう。
是非とも、やってやろう!
「師匠、殺意が漏れてます。学園長の膝がちょっと震えてますよ」
「あわわわわわ」
どうどう、と馬をあやすようにパルが俺の肩を撫でてくれた。
ガクガクとマジでビビってる学園長を見て溜飲をさげるとしよう。
「…………よし、落ち着いた。申し訳ない、学園長」
「いや、私が悪かった。だからそんなに怒らないでおくれよぅ」
分かった分かった、と俺はうなづく。
気持ちがぶり返さないうちに、さっさと話を先に進めて欲しい。それでなくとも話が長いっていうのに。というか、そのせいで誰も来なくなるって、ちょっと悲しい事実は知りたくなかった気がする。
まぁ、みんな自分の研究で忙しいもんなぁ……
「こほん。では、改めて話を続けるとしよう。いいかい? あ、はい、さっさと続けます。この腕輪はマジックアイテムには成らない、というよりも、『成れない』と表現した方が正しい。正しい意味での『役不足』というやつさ。どれだけ弱い効果を不随しても、その時点でもうマジックアイテム以上になってしまうことが明白だ。どんなに役に立たない魔法を付与させたとしても、もうそれはマジックアイテムではない。マジックアイテムに成りようが無い。つまり、こいつはアーティファクトだ。遺跡からわずかな確率で発見される古代遺物。冒険者たちが血眼になって探す唯一無二のお宝。おめでとう、盗賊クン――君は、神々が残した遺産の答えを見つけた。古代遺産は、いまこの瞬間より、古代では無くなる。ただの現代技術に成り下がる。それが私の見解だ」
「……は?」
あまりの言葉に、俺は言葉を失った。
古代遺物?
古代遺産?
マジックアイテムではなく、アーティファクトだと?
「そ、それは……マジなのか?」
「あくまで、私の見解だ。もしかしたら実現しないかもしれない。もしかしたら見当違いなのかもしれない。だが、少なくともマジックアイテムに収まって良いはずがない。だいたい、こいつを作るだけでもどれだけの宝石が消費されていると思っているんだ盗賊クン。費用に対して効果が低ければ、それでは意味がない。大量の宝石を消費して出来たことがタバコに火をつける程度の炎では割りに合わない。足元を照らすだけの光を照射するのでは意味がない。街ひとつを飲み込む炎であったり、洞窟全てを照らしだし、かつ、洞窟内のマッピングを完了させて紙に印字する、くらいの感覚でいなければ」
「で、できるのかそんなこと?」
「分からん」
学園長は完結に言って、腕輪を掲げるように見る。
「ここから先は研究だ。なにができるか、なにができないのか。トライ&エラーというやつだな。ただ確実に言えるのは、なにかの種にはなっている。ここから芽が出るのは確実に分かるのだが、どんな花が咲くのか、どんな実をつけるのかは今の段階では何も分からん。急くな、というのが今できる答えだな。いや。いやいやいやいや。いや、我々は急くぞ! ゆっくり歩いてたまるものか! こんな面白そうなモノをゆっくり悠長にニヤニヤとながめてられるのは今が最後だ。明日の朝からは大忙しになるぞ。そうだな、まずはいくつかサンプルが必要になるから、その製作をするのが最初か。くくく、もう我々に寝る間は与えられない。寝ている暇がもったいない。いや、眠れるか? 眠れるものか。眠れるはずがないだろう!? ふふふ、はははは、ははははははは! さぁ、さぁさぁさぁ始めるぞ、始めよう、初めてを始めようではないか! まずドワーフの技術研究者を呼ぶのと、大量の宝石を買い付けなければならないな。なら最初にやるべき指示は――」
「その件だが」
俺はぶつぶつとひとりで盛り上がり始める学園長の言葉に割って入る。
「すでに手配している。おそらく、数日中にサーゲッシュ・メルカトラという宝石商が学園都市に大量の宝石クズを売りに来るはずだ。本人か関係者かは分からないが」
「盗賊クン!」
「なんだ?」
「君は天才と言われてないのかい? いや、むしろ私が言うね! 君こそ賢者だ。君こそ天才だ! 誰だ、あんな嫉妬深い女を賢者だなんて言ったヤツは。盗賊クンはこれから賢者を名乗るといい! ついでに私の処女もくれてやる! これはお礼だ、是非とも受け取り給え!」
「ぜったいに断る」
「あ、はい。いやいや、しかし良くやった。良くやってくれた。すぐに関係者に話を通してお金をかき集めておくよ。あぁ、こうしてはいられない。今だ、今から動くぞ。なにが明日の朝からだ。我慢できるはずないだろう。よし、他になにか私に言っておくことはあるか? ないな、ないだろう。よし、なにかあったらまた連絡するので――」
「あ、はいはい学園長!」
パルが手をあげたので、学園長はピシッと指をさした。
「はい、なんだねパルヴァスくん」
「サチはどこにいますか?」
「彼女は神秘学の権威である『ミーニャ神秘研究会』のミーニャくんに任せている。その名で探せば場所を教えてくれるよ。もう無い? 無いな。よし、それではちょっと人類種の歩みを一歩進めることにしよう! あっはっはっは! なにが古代遺産だ! なにが神々の遺物だ! ついに我々はあいつらに追いつく日が来たぞーぅ! あっはっはっはっはっは、げほっ! げほっ、んぐぇ!?」
なんか、最後にムセながら学園長は走って去っていってしまった。
「なんだろう……相当に盛り上がってたな」
「師匠、学園長って神さまに恨みでもあるんです?」
「分からん。しかし、ありそうだよな」
ときどき、言葉の端々に感じられる学園長の神さまへの文句。
昔、神さまたちは地上にいたらしく、そこで大きな功績を残したり英雄となった者たちが神さまとなって天上の世界に昇った、という言い伝えがある。
ということは、過去――
学園長と神さまは同じ時代を生きていたということになる。
もしかしたら、神さまに知り合いがいるのかもしれないので、俺たちが感じているほど、神さまを、凄い、とか、ありがたい、とか思ってないのかもしれないな。
ちなみに光の精霊女王ラビアンさまは、そういった地上にいた人類種族ではなく、自然を司る光精霊の頂点に位置する者なので、正確には神さまじゃない。
とかなんとか。
言い伝えとか伝承とか、おとぎ話とか。それらが入り交じっていて何が真実なのかは俺たちには分からない。だからこそ、サチが求めた『神秘学』というものが存在しているのだが。
「詳しい話は、それこそサチに聞いてみるのが良さそうだな」
俺は肩をすくめておく。
遥かなる太古から生きてきたハイ・エルフ。
そんな彼女が、地上にいる頃の神さまたちと何があったのか。どんなやり取りをしていたのか。
気にならないと言えば嘘になるが……女性の過去を詮索したり、暴いたりするのはよろしくない。
それくらい童貞の俺にだって分かる。まぁ、規模がぜんぜん違うし、もしかしたら個人の話じゃなくて歴史の話になりそうだけど。
「ふあ~ぁ……」
そんな歴史に思いを馳せそうになっていると、パルが隣で大あくびした。
どうやら、愛すべき我が弟子は、太古の浪漫より、三大欲求の方が上らしい。得に食欲が凄い。性欲は……どうなんだろう? なんだかんだ言って、無さそうなんだけどなぁ。やけに誘ってくるのが怖い。
「うぅ。師匠、眠くなってきました」
「もうすぐ朝だが……仕方がない。まぁ、やることも全てやったし、寝るか」
「はーい」
「分かりましたわ」
俺とパルとルゥブルムは宿に戻るために並んで歩きはじめ――
「忘れてた!?」
「吸血鬼ぃ!?」
俺とパルは、しれ~っといっしょに帰り始めた吸血鬼に驚くのだった。
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