~卑劣! ようやく本題に入れたよ~

 パルは自分の頬をおさえて転がっている。

 ルゥブルムは、なにやら両手を自分の胸に当てて、なにかを噛みしめるように天を仰いでいる。

 ふたりの少女……いや、正確にはロリとロリババァはしばらく放っておくとして――


「盗賊クン、ようやく本題かな?」

「覚えていてくれたようで何よりだ」


 にっこりと笑う、というよりもワクワクするような表情で学園長は俺に話しかける。


「やはり君は素晴らしいよ。退屈に殺されることが無くなった私の人生だが、それでも時々は思うことがあるんだ。あぁ~、刺激が欲しいなぁ~、と。別に辛い物を食べて転げまわったり、毒を飲んで苦しみを味わってみるのもいいのだが、さすがにそれでは美しくない」

「美しさっていうより、それはもう末期なのでは?」


 ハイ・エルフが滅びた理由が見え隠れしている気がしないでもないが、そんな理由で絶滅したのではハーフリングを笑えない。いや、誰もハーフリングを笑ってないけど。

 むしろ好んで罠に飛び込んでいく無鉄砲さは、冒険者として称えられるべきなのかもしれない。そこで死んじゃったら終わりだけどさ。


「なに、私はまだ正常さ。狂ったら、もっと楽しそうにしていると思うよ。それこそ、ハイ・エルフらしくハイな薬を飲みながら」

「冗談でもやめろ」

「もちろんジョークさ」


 そう言われてしまっては納得するしかない。

 俺は肩をすくめつつ、本題であるところの腕輪を外し、学園長に渡した。

 パルの『成長するブーツ』を作った時に余った材料で作った腕輪。俺の魔力を貯蓄するような形となっているが、残念ながらこれだけでは無意味な装飾品となっている。


「こいつを観てくれ」

「ふむ。これが盗賊クンが私のところに来た理由か。どれどれ?」


 俺はこの腕輪を――いや、この製造方法における完成品をマジックアイテムとして利用できると思っている。

 だが、それはあくまで俺の予想に過ぎない。雰囲気的に、そうなるんじゃぁないかな、という感じだ。

 しかし、半ば確証を持っている。

 盗賊としての勘というわけではなく、勇者パーティとして人間領をいろいろと旅してきて、各地で多くの人と交流を持ってきたからこそ、の勘だ。

 しかし、さすがに専門的な知識も経験もないので、手っ取り早く知識の集大成である学園長に聞いてみようと思ったのだ。

 それが、学園都市に来た一番の理由でもある。まぁ、イークエスの件はついでのような物といったら、彼への精神的ダメージを更に与えられるかもしれないが、もういいだろう。


「これは……うわ、気持ち悪ッ!?」


 しばらく観察していた学園長だが……腕輪を自分の二の腕に当てた瞬間、顔を歪めて離した。で、腕輪は人差し指と親指で挟んで持っている。

 うぅん……

 なんだろう……

 魔力が他人の物だから馴染まないっていうのは分かっていたつもりなんだけどな。宝石商のサーゲッシュ・メルカトラ氏に気持ち悪いと言われた時は、まったくぜんぜん心に響かなかったのだが……

 やっぱりアレかなぁ。

 美少女に言われると、どうしても傷ついちゃうのかなぁ。

 俺の魔力、そんなに気持ち悪いですか……?


「しかし、興味深いなコレは。傷ひとつ無いつるつるな表面とは裏腹に、内部には魔力が内包されているね。擦り傷すら付いていないのは防御面が優れているのかな。ふむ、この魔力が気持ち悪い原因か。なるほど。いや、だとすればこの気持ち悪い魔力は……ははぁん、盗賊クンの魔力ってことか! ほほぅ、これが君のねぇ。なんとなく君はねばねばしていると思っていたが、実はこういう感じか。それでいて甘さのような清涼感みたいな感覚もある。盗賊クン、ちょっと装備してみてもいいかな?」

「好き放題言ってくれてるが、どうぞ」


 ありがとう、と学園長は嬉々と腕輪を装備した。


「む、ダメだな。まるで馴染まない。むしろ拒絶されている感じがある。これはどんな一流の魔法使いであろうとも、たとえ神さまであっても使うことは許されない物だ。いや、可能性を否定するのは良くないぞ。たとえばこの魔力に……ダメだ、気持ち悪い。自分の中に盗賊クンが混じってしまう感覚になってしまう。う~む」


 学園長はその場にどっかりと腰を落として、腕輪を装備したり外したり、眺めてみたり、噛んでみたり、舐めてみたりと様々なことを試している。

 その間に復活してきたパルは俺の隣に座った。


「師匠、学園長はなにをやっているんですか?」

「俺にも分からん。というか、今までこの世界に存在しない物だからな。もしかしたら、アレが正解なのかもしれん」

「べろべろ舐めることが……!?」


 いや、擁護しすぎか。

 どう見ても、頭のおかしいエルフにしか見えないもんな……腕輪を舐めまわしてるハイ・エルフなんて。あと思いっきり噛んでるが、歯茎は丈夫なんだな、ハイ・エルフ。子どもみたいだから、もしかしたら定期的に生え変わったりしてるのかもしれない。


「よし、分かったぞ!」


 お、なにか分かったらしい。


「この腕輪からは、どう頑張っても魔力がちゅうしゅちゅ出来そうにない!」


 いま、抽出を噛んだな。

 まぁいいや。


「魔力を取り出そうとしていたのか」

「うむ。盗賊クンの魔力を感じるのは理解できる。魔力を感じるのだから、触れているのと同じ。ならば取り出すことも出来るはず、と思ったのだが……どうにもピッタリとハマらない感覚があるね。おそらく盗賊クン自身が使用することは出来ると思うが、そうであってもこのままでは無理だろう。永遠に魔力を保持し続けるだけの、ただの腕輪だな。で、これはどこで手に入れたんだい? 古代遺跡かな? それとも魔王領で見つけたのかい?」

「いや、それは作ってもらったんだ」

「なんだと?」


 ハイ・エルフの目の色が変わった。

 もちろん、比喩表現だ。彼女の瞳は、相変わらず濁った白色をしているが、それでも銀色に輝いたかのように見える。

 そう。

 ここからが本番だ。


「詳しく話してくれたまえ」


 あぁ、と俺は深くうなづいてから、パルのブーツと合わせて腕輪のことを学園長に語った。

 いつもなら軽口を交えるはずの学園長は、なにも言わず最後まで静かに聞いていた。ときおりうなづく程度の相槌は打ったが、それ以外は腕を組み考え込むように視線を足元に下げるのみ。


「――ということなんだ。ここまではいいかい?」

「問題ない。そうか、『成長する武器』と『成長する防具』か。それと同じように作られた『成長する装飾品』……では無いな」

「あぁ。まったくの別物だ」


 あまりの熱風と熱気に製作現場を見ることが出来なかった。秘匿とされているわけではないが、それでもドワーフ特有の技術によって作られるのが『成長する武具』。同じような技法で作られているはずなのだが、それでも出来上がったものは全くの別物。


「おそらく、これは未完成品だ。最終工程を経て、これは『成長する装飾品』になると思う。盗賊クン、君は製作者に魔力を貯められる物として注文しなかったかな?」

「……確か、そう伝えたよ。最初は成長する爪切りでも作るか、と冗談を言われたのだが。指輪でも作ってくれ、と言ったんだ。魔力でも貯められるだろうと思ってさ。予定より多く材料が余ったからと腕輪になった。だから、武器でもなく防具でもない、中途半端な物になったんじゃないか、と思ってたんだが……」

「功を奏した、と言えるな。未完成品ゆえに、目的地に達成してなかったがゆえに、新しい道を見つけることができた」


 学園長は語る。

 嬉しそうでも、喜々としてでもなく、マジメに語る。


「おそらく『成長する装飾品』は、この世に存在できない。言ってしまえば、装飾品も防具の一種だ。この腕輪に『成長する』要素を、成長する腕輪として完成させてしまったら、それは単なる成長する防具になっただろう。いつまでも装備することができる、ただの丸い輪だ。おそろしく防御力は高くなるだろうが、盾にも鎧にもならない役立たずになっていただろう。だが、これは違う。あくまで魔力貯蔵という注文を受けて、その通りに作られたからこそ、こいつは違う。まだ何物にもなっていない、まだ名前すらもつけられていない未完成の完成品。そんな矛盾しているような存在だ」

「未完成の完成品?」

「そのとおりだ、パルヴァスくん。未完成なのに、盗賊クンの魔力を貯蔵する役目は果たしている。つまり完成しているんだ。ここから先、何かに成れる要素を残して。まさしく、何者にもなれる可能性を秘めた、才能ある子ども達のようだ」


 おぉ~、とパルは手を叩いた。

 ちょっとした講義になっている感じか。リズミカルに語る学園長の話は面白いからな。夢中になってしまうのは仕方がない。


「盗賊クン、君はこれを『マジックアイテム』として作れるんじゃないか、と思っているだろう。むしろ、それを狙ってきたんじゃないか?」

「あ、はい。その通りです」


 俺は素直にうなづく。

 魔力を有している物質なのだから、それを上手く魔法的に利用してやればマジックアイテムを作り出せるんじゃないか、と思っている。

 そうなれば強力な武器を作れるし、強固な防具だって作り出せる。

 成長する武器、もしくは、防具。その製造方法を少しだけ変えてやればマジックアイテムに変化するのではないだろうか。

 もしも、それが可能になれば。

 人類種は、魔物に対して――いや、魔王に対して、圧倒的に有利になるはずだ。

 たとえ神さまから祝福を受けていない普通の戦士であっても。

 たとえ武器を初めて持った騎士であろうとも。

 たとえ前衛から無縁の魔法使いであっても。

 たとえ人類種ではなく、子どもを守る母親であろうとも。

 魔王と渡り合える力を持つかもしれない。

 後顧の憂いを断てるだけの力を。

 人類種は手に出来るかもしれない。

 そうすれば。

 そうすれば、あいつの負担が。

 勇者の背中を――背後を気にすることなく、あいつはずっと前を向いたまま進めるはず……


「結論から言おう、盗賊クン」


 学園長は真剣な顔で俺に向かって言う。

 俺は――

 ごくり、と生唾を飲み込んで。

 学園長の言葉を聞いた。

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