~卑劣! ロリVSロリババァ~

 自信満々、というよりも。

 なんか、ある種の使命感のようなものを抱いた様子で――


「覚悟しろ、吸血鬼!」


 と、パルはシャイン・ダガーを引き抜いて見せつけるように掲げる。

 その様子は、どこかオモチャを自慢するような子どものようにも見えたし、正義を実行する勇者の姿にも似ていた。

 魔物イコール滅ぼすべき人類種の敵。

 だからこそ、パルの姿は勇者的であり英雄的でもある。

 だがしかし――

 残念ながら――

 俺から弟子へ伝える唯一のアドバイスは……


「パル。その程度の武器じゃ、その吸血鬼は倒せないぞ。今なら許してもらえると思うので、素直にごめんなさいと頭を下げるんだ」


 ダガーの中では、おそらく最上位に位置する光属性のナイフだ。

 どう考えても吸血鬼に対する武器としては、これほど合致した武器は他に無いだろうが……残念ながら、魔王直属の四天王たる知恵のサピエンチェには通用しない。

 光の精霊女王ラビアンさまの加護がある武器を『この程度の武器』と呼んでしまうことに抵抗はあったが、事実なので仕方がない。

 もしも光属性が付与された『杭』があれば勝てるかもしれないが。

 残念ながら、この世にそんな面白い武器は存在していないだろう。


「へぁ!?」


 勝ち誇っていた理由が武器だったらしく、パルはめちゃくちゃ奇妙な声をあげた。加えて、勝てないと知ってビビってしまったらしく膝が震えだしてる……

 強気だった態度はどこへやら、へっぴり腰でシャイン・ダガーを構えた。キラキラ光る刀身が、余計にむなしい。


「ふ、ふふん。し、しし、師匠はそこで見ていてください」


 なんか強気のまま、押し込もうとした。

 えぇ~……いや、マジで助けられないので、ほんと大人しくして欲しいんですけど?

 吸血鬼さまが大人の対応を見せてくれるのを願うばかりだ。


「小娘が。小生意気な小娘、略して小娘が。その生意気な口から裂いてあげる。もう二度と、し、ししし、師匠さんとしあわせなキ、キきキ、キスが、できる、と思わないことね! ふ、ふふふふ、ふ」


 なんで優勢である吸血鬼少女の方も震えてるんだ?


「フンだ。どんなに醜い顔になったって、師匠はあたしにキスしてくれるもん! 師匠はめちゃくちゃ優しいんだから、顔とか傷で女の子を差別なんてしないんだから!」

「ステキ」

「でしょう?」

「だったら種族も関係ないわよね。人間じゃなくても、たとえ魔物でも、吸血鬼でも、し、しし、師匠さんはわたしをあ、愛、愛してくれるって、ことよね!」

「あ……確かに……」

「勝ったわ」

「あたしはまだ負けてないもん!」


 負けておいてくれよ、パル。

 というか、俺、そんな高尚な精神を持ってないよ? 美少女が好きだよ? むしろ、年齢で好みを選ぶ最低で卑劣な男だぞ? 年上の女なんか漏れなくババァだと思ってるよ?

 あ、ロリババァはまた別の話です。

 うん。


「ふむ。パルヴァスくんは何か秘策があるようだね。師匠である盗賊クンは、なにか特別なスキルでも与えたのかな?」


 そんなふたりの様子をニヤニヤと見ている学園長はのんきに俺に話しかけてきた。


「いやいや、そんなことを言ってる場合じゃない。吸血鬼を止めてくれ。君の友人だろう?」

「問題ないよ。もしもヴァンピーレにその気であるのなら、パルヴァスくんはもう死んでいるはずだ。あそこで健気に光るナイフを構えているのが、問題ない証拠でもある」


 いや、それはそうなのだが。

 それでも、気まぐれ、という言葉がある。

 冥土の土産、という文化が義と倭の国にはあるらしい。

 そういった魔物の強者特有のふるまいである可能性がある以上、あまり信用できない話ではあるのだが?


「ならば盗賊クンが一言かけたまえ」

「俺が?」

「君の言葉ならば、弟子も聞いてくれるはずさ。惚れた女の弱み、なんて言葉があるかどうかは知らないけれど、吸血鬼も多少は融通を効かせてくれるんじゃないかな」

「惚れた女、ねぇ~」


 ケラケラと学園長は笑う。


「一目惚れ、なんてものは人間の勘違いだと思われるかもしれないけれど、得てして良くある話なのさ、盗賊クン。おとぎ話にもあるじゃないか。通りすがりの王子様が困ったお姫様を助けて、そのまま結婚する話が」

「確かにそうだが……俺は王子様でもなく、ましてやお姫様ではないぞ?」

「なにを言っているんだ盗賊クン」


 君は分かってないなぁ~、とハイ・エルフは肩をすくめた。


「惚れた女にとって、男はみんな王子様に見えるものさ」


 え~……、と俺は嫌な顔を浮かべる。

 勇者に惚れていた神官や賢者が、勇者を王子様のように見ていた、というのは理解できる話だ。

 でも、俺だぞ?

 この卑劣なる盗賊然とした男を前にして……王子様とは、見間違えることも不可能だと思うんだがなぁ。


「なんにしても、惚れた弱みというものがある。ほら盗賊クン。さっさとお願いしないと、君の可愛い弟子が死んでしまうよ?」


 納得するもしないも無い。

 ということか、仕方がない。


「あぁ~……吸血鬼の、サピエンチェ。その子は俺の大事な弟子なんだ。傷つけないでやってくれないか? これは、その、俺からのお願いだ」

「お、お願い……お願いならば、仕方がないですよね……ふふ、うふふ」


 なぜか俺の言葉を聞いて、不気味に笑う吸血鬼。

 両頬に手をそえて、照れる姿は可愛いのだが……どこに照れる要素があった?

 分からん。

 いや、しかし、それでも。

 共通語が通じるのをこれほどありがたいと思ったことはない。話し合いで解決するなんて魔物相手には不可能だと思っていたのだが、やればできるもんなんだなぁ。

 もしかして魔王も話せば分かってくれるとか?

 今まで、魔王の元にまで辿り着いたことのある人間など聞いたことがない。まぁ、共通語を話す魔物の話すら知らなかったので、当たり前といえば当たり前だが。


「隙ありぃぃぃぃ!」

「おーい!?」


 せっかく戦闘が止まりそうになったのに!?

 なんで今日に限って、そんなイケイケなんですかパル!?

 あ、夜中だから?

 あんまり眠ってないせいでテンションが高いとかそういうことなんですかねぇ!?


「とりゃあああ――」

「フン」


 パルが突撃する前に、吸血鬼が高速移動してパルの手に攻撃を加えた。おそろしく速い移動だったのに、俺やパルと違って制動の衝撃は無い。もはや瞬間移動の領域だ。

 軽い一撃だったけど、パルの手からシャイン・ダガーを落とさせるには充分な一撃。キラキラと光る刀身は、そのまま足元の大樹の根に深く突き刺さった。


「あ、あれ?」

「小娘が。調子に乗っていた気分はどうだ? 師匠さんがせっかく止めてくれたと言うのに、戦闘開始するとは、よっぽど死にたいようね。奥歯の一本くらい抜いてやれば大人しくなるのかしら?」


 吸血鬼はパルの頭をがっしりと鷲掴みにすると――手が巨大化しているな。すげぇ――パルの口の中に指を突っ込んだ。


「あふぁふぁふぁ、ひゃふぁふぁふぁ!?」

「何を言っているのか、まったく聞き取れないのはわたしが魔物だから、かしらね。今さら謝ることもできないぞ、小娘。口を裂いてやろうか、それともほっぺたに穴だけ開けてあげようか。もう二度と、美味しいジュースは飲めないと思うが良い」

「んひぃ!?」


 うわぁ。普通の人間ならば手を噛まれる恐れがあって出来ない行為だ。顎の力っていうのはバカにできないし、噛みつきは殴ったり蹴ったりするより容易い上に威力は相当高い。

 その点、吸血鬼ならばどうという事もないのだろう。

 なにより、噛みつきは吸血鬼の専売のようなものだ。牙の生えた種族だからこそ、その威力は人間種の非ではないはず。

 パルのほっぺたは内側からふくらんでいる。ぐりぐりと指が動いている様子が見て取れた。


「はぁ……頼むサピエンチェ。弟子の不躾は師匠である俺の責任だ。彼我の差が分からんレベルじゃないだろパル。サピエンチェ、俺が謝るので、パルを解放してやってくれないか」

「……し、師匠さんは悪くない、わ。この小娘が悪いのよ。でも……」

「でも?」

「気持ちは分かる」


 どういう意味だ?

 なにを理解したのか分からないが、吸血鬼はパルの口から指を引き抜いた。ぬらりと唾液が糸を引くのが、ちょっとアレ。イイ。うん。

 まぁ、吸血鬼に殺気が無かったからこその余裕だったのかもしれないが。それでも、いつどこで気が変わるのか分かったものじゃない。

 話が通じるからといって、自分たちと同じ文化だと思っていると痛い目を見ることがある。それは盗賊の常識と戦士の常識が違うように、冒険者の常識と商人の常識が違うようなものだ。

 魔物の常識など知らない。

 同じ人間であっても、同じ共通語を使用して意思疎通ができたとしても、義と倭の国の常識とまったく文化が違うように。

 魔物の普通を、俺たちはまだ理解できていないのだから。


「師匠さんからもらった物でしょ。大切に扱いなさい」

「うっ……うぅ」


 吸血鬼にさとされるというか、なだめられるというか……なんにしても、シャイン・ダガーを拾ってもらったパルは、完全に敗北してしまったかのように光る刀身を見つめた。


「あ、あの、師匠さん」

「なんだい?」

「わたし、あの子を殺すのをやめました」

「あ、うん。ありがとう」

「えへへ」


 俺の言葉がそんなに嬉しかったのだろうか、吸血鬼は美少女的笑顔ではなく、可愛らしい笑顔を浮かべて両のほっぺたをおさえた。

 かわいい。

 コロっといってしまいそうになる。

 学園長とはまた違う種類のロリババァだ。やべぇ。イイ。


「ふむふむ。今回の戦いは、ヴァンピーレの完全勝利だな。パルヴァスくんも素晴らしい気合いを見せてくれたが、やはり暴力は強い。恋も愛も酸いも甘いも、暴力こそ解決してくれるのかもしれないねぇ。もしかしたら、筋肉研究会はあながちバカにできないのかもしれない。女性の参加者を期待したいところだが、やはりそれは難しいか」


 学園長がひとり納得するように語るのだが……

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 そういう話だったの?

 パルは、命を賭けてその地位を守ろうとしたってこと?

 いやいや、バカげている。

 そんなことをせずとも、俺はパルを捨てないし、一生の面倒を見ていくつもりだ。パルの他に、誰が好き好んで俺の相手をしてくれると言うんだ。

 それこそ、パルも成長すれば、いつか俺が不必要になってくるだろうし、もしも俺が邪魔になっているのなら素直に立ち去るつもりだ。

 だから別に吸血鬼相手にケンカを売らなくても大丈夫……って。

 いやいや、ホントに吸血鬼は俺のことを好きなの?

 なんで?

 さっき会ったばっかりなのに?

 マジで一目惚れとは、この世に存在するの?

 しかも俺相手に!?


「さぁ、知恵のサピエンチェくん。君は勝者だ。勝者は褒めたたえられるべきであるし、賞品を手に入れる権利がある。サピエンチェくん、望みの物があるのなら言いたまえよ。私の権限で与えられる物なら融通するが、他人の心までは動かせない。さぁ、なにを望む?」


 学園長の言葉に、果たして吸血鬼は笑った。


「いらない。なにもいらないわ。もう充分ですもの」


 パルに応対するのとは違って、吸血鬼は優しくほほ笑んだ。

 彼女は……本当に魔物なんだろうか?

 吸血鬼という存在は、ここまで高貴なものなんだろうか。

 そう思えるほど、サピエンチェの笑顔は、満ち足りたものだった。


「むぅ、それではつまらんなぁ」


 で、そんな高潔な吸血鬼をハイ・エルフは台無しにする。


「なにか望みを言えよ~、いいじゃないか吸血鬼。盗賊クンの心はあげられないけど、血とか一晩の権利とか、私がもぎとってみせるよ? この男は意気地なしだからね。押せばいける。パルヴァスくんは私が全力で抑えつけておくから、じっくり楽しみたまえ。それとも、もっともっとステキな物が欲しいかな?」

「ステキな物……?」


 吸血鬼が食いついた。

 いやいや、俺と一晩の権利も大概だが、それ以上の物ってなんだよ。


「名前だ。君の『知恵のサピエンチェ』という名前は、魔王からもらった物らしいじゃないか。でも、君はここにいる。人間の領域にいる。いわば裏切者だ。もしくは追放された者とも言えるだろう。だったら、君は新しくなるしかない。サピエンチェを名乗るのであれば、それはまだ魔王に隷属していることを意味する。それでは君は、魔物のままだ。どうだい、吸血鬼。どうする、ヴァンピーレ。君は、新しく生まれ直したくはないかい?」

「……」


 吸血鬼は、言葉を失って――そして、俺を見た。

 紅い瞳で俺を見て、学園長を見て、そしてまた俺を見た。


「名前は、隷属を表す……」

「そう。君は、誰かに隷属したくはないかい?」

「……したいです」

「ならば、願うがいい。君には、その権利がある」


 学園長に背中を押されて。

 吸血鬼は、俺の前へと静かに歩いてきた。

 その隣でパルがなにかを言おうとしたが、学園長に抑え込まれた。やるじゃないか、学園長。見せてないだけで、実はそこそこ身体能力が高いんじゃないか。ハイ・エルフの種族特徴だろうか。


「あ、あの……師匠さん」

「お、おう」


 なんだろう。

 なにか、こう、重大な告白をされる場所に呼び出された気分だ。勇者がこういう呼び出しをされて告白されているのを、遠くから見守っていたことは何度もある。告白者が暗殺者とも限らないので、充分に警戒をしていたのだが……

 まさか俺がこちら側に立つ日が来るなんて。

 思いもよらなかった。


「わたしに名前を。新しい名前をください」

「わ、分かった」


 告白は成功した。

 のか、どうかは良く分からないが。

 まぁ名前くらいはいいだろう、と。

 俺は軽く考えて、オーケーしてしまった。

 あとでパルにめちゃくちゃ怒られたけどね。

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