~卑劣! 悩みと相談とケンカ腰~
ともかくとして、黒少女は魔物であり……それも魔王から直接名前を与えられるほどの吸血鬼である、『知恵のサピエンチェ』は俺たちを襲いはしない、ということが分かった。
「なんか腑に落ちないところがあるが。学園長の友人というところで納得するよ」
「それはありがたい」
肩をすくめるハイ・エルフはシレ~っと答える。
まったく。
「魔物が共通語を話せるなんて、前代未聞の重要な情報だというのに……」
人間を襲ってくる魔物。そのほとんどの種族は人間を襲って、食べる。だからこそ、人間種からしてみれば魔物と動物に差異は無い。
野生の動物も人間を襲ってくるし、殺されれば餌となる。いや、むしろ食べるために襲ってくるのだから、意味は違うのかもしれない。
それでも、人間種からしてみれば同じだ。
食べるために殺されるのか。
殺されたから食べられたのか。
結果は、同じである。
だからこそ、魔物辞典に載っている動物とはそういう事だ。
だが、しかし――
「意思疎通が出来るとはな……」
俺は頭痛がしてくるような気配をおぼえ、額を片手で覆った。その手を降ろすと同時に聖骸布を口から下げて、解除する。黒から赤へと変わった聖骸布を見て学園長は少しだけ目を細めたが……なにも言ってこなかった。
見逃されたのか、はたまた泳がされたのか。
まぁ、聖骸布のことは学園長にバレたところで笑われる程度で済む。
それよりも今は、吸血鬼のことだ。
彼女とは、もう戦闘をする必要は無さそうだ。
仮にこの吸血鬼が全てを裏切って襲い掛かってきた場合――俺が出来るのは一秒か二秒、自分の死を遅らせる程度。
それほどまでに力の差がある。
そう考えれば、警戒してようがしていまいが、変わらない状況だと言えるだろう。まったくもって情けない話ではあるが。
しかし、先ほど戦ってみた感覚は――
おそらく勇者であろうと『ひとりでは敵わない』。
「ちくしょう」
俺は奥歯を噛みしめる。
それは、あくまで独りの場合だ。一対一の状況で、よーいスタートと言って戦闘を始めた結果が、それだ。
だからこそ盗賊が必要となる。
だからこそ盗賊の技術が不可欠となる。
斥候し、相手を先に発見し、相手の情報を手に入れ、戦闘に有利な状況を整えて、先手を打つ。可能なら毒殺でもいい。相手が吸血鬼というのなら、有り余る弱点が露呈しているのなら、あらゆる物を利用することだって考えられる。
単純な話ではあるが――吸血鬼を屋外に出し、太陽の光を浴びせるだけで勝利できるのだ。
しかし。
だが。
でも。
でも、いまの俺では。
追放された俺では、勇者のサポートはできない。
できないんだ……
「なにをひとりで落ち込んでいるんだい、盗賊クン。君は、もう無関係のはずだよ?」
学園長の言葉に、俺はビクリと肩を震わせた。
なによりの核心を突いたその言葉は……思った以上に、痛いな。
俺は、うずくまりたいような気分になり、視線を足元に落とした。
顔をあげることができない。
ちょっと、こぼれそうになるから。
だから、言い訳をする。
言い訳くらい、させて欲しい。
「……そうは言ってもだ、学園長。無関係と言うのはその通りだ。その通りだけど、さ。それでも俺は――俺はあいつの友達だから」
「だから?」
「だから、この事実を。せめて、この事実を伝えてやりたい」
そう俺が言った瞬間――
パシンと頭を叩かれた。
「痛い」
なにするんだ、と見上げれば学園長は笑っていた。
「なにを世界の運命を背負った気でいるんだ、君。たかが盗賊風情が、思い上がるのも大概にしたまえよ。君がひとり欠けたくらいでどうにか成ってしまうほど、弱くはないぞ。と、かの偉大なる君の友人は言うんじゃないかな?」
その言葉に。
その不器用過ぎる慰め方に。
俺は少しだけ笑ってしまった。
「……ぜったいに言わねぇな。あいつは優しいから、口が裂けてもそんなことを言わないぞ。まぁ、俺の頭を叩くのは間違いなくやりそうだが、その後のセリフは解釈違いもはなはだしい」
「む。君は友人のことになると少々面倒な男になるな。賢者が君を追い出すのも時間の問題だと思っていたが、意外と頑張った方なのかもしれない。まぁ、それは置いておいて。でも、偉大なる君の友人は言わないだけで、心の内ではそう思っているんだろう? 君ひとりが抜けたところでどうということもない。もっとも、そうじゃないと君はここにいないからねぇ。追放者クン」
不名誉な名前だな、まったく。
でも。
そうかなぁ。
そうじゃないといいなぁ。
と、思考を深める前に学園長がまた俺の頭をペシンと軽く叩いた。
「……痛い」
「なにを呆けている盗賊。なにを言葉をそのまま受け取っているんだ。そうじゃないだろ、盗賊。そうだとしたら君は生きていけないぞ、盗賊。……言葉には表と裏がある。君たち人間種の中でも特に義と倭の国の住民が好んで使うものだ。言葉の裏側を見たまえ。言葉の裏を聞け。言葉をひっくり返してみるのさ。反語じゃないぞ? あくまで透けて見える裏側を読むんだ。読心術ではなく、空気を読むに近い。さぁ、どうだい?」
「どうと言われても――」
それは……勇者の真意はどこにあるのか、という話だろう。
俺を追放することを是として勇者の、本当の考えは……
「まったく、情けないね。パルヴァスくん、君の師匠が――ん? やめたまえ、君が噛みついても勝てる相手ではないよ」
学園長の言葉に、俺は顔をあげて弟子の姿を探した。
「うわ」
パルは吸血鬼を睨みつけていた。
吸血鬼もまた、パルを睨んでいたけど……すごいな、パル。あの紅い瞳で見られても平気なのか。意外と肝が座っているんだなぁ。これは評価を改めないといけない。
しかし、勝てない相手にケンカを売るのはやめてほしい。
そいつは俺でも勝てないので、いっしょに殺されてやることしか出来ないぞ。
「むぅ……あ、なんですか学園長?」
しかも平気で視線をそらすのか。
凄いな。
隙だらけで次の瞬間に首が切断されてても不思議じゃないよ?
見てるこっちが怖い……
「ここから先、いくらでもチャンスがあるから今はやめておきたまえ。それでだ、パルヴァスくん。今ここで師匠が君を破門する、と言われて姿を消したら……君はどう思う?」
「えぇ!?」
驚くパル。
まぁ、もしもの話ではあるのだが、そういう想定をされると驚くよなぁ。
「えっと、絶対に何か理由があると思います。なにか罠があったり、あたしと別行動する意味があったり、あと、学園長か、この吸血鬼を騙す必要がある。そういう状況だと思うので、えっと泣きながら師匠を追いかけるフリをします」
パルはそう答えた。
なるほど、有り得そうな話だとも思える。
「なぜそう思うんだい?」
学園長はダメ押しをするかのように、更にパルへと聞いた。
それを聞いてパルは、ちらりと吸血鬼を見て、にへら、と笑ってから答える。
「師匠は優しいですから。ぜったいにあたしを見捨てません!」
ふふん、とパルはぺったんこの胸を張って、吸血鬼に自慢するようにそう答えた。
「ぐぬぬ」
吸血鬼は精神的ダメージを喰らっているようだ。
ちょっと歯を食いしばっているせいで牙が見える。
見た目だけは完璧に美少女なので、かわいい。あ、いや、なんでもない。
「こういう事だよ、盗賊クン。分かったかな? 言葉とは何もストレートに受け取る必要がない。時には、こっちから曲解してやってもいいんだ。追い出されたのなら、二手に別れたと思えばいい。役立たずと言われたら、役目が違うと解釈すればいい。君のことが嫌いだと言われれば……どうしようか?」
「いや、そこまで言ったら最後までちゃんと慰めてくれ。まったく。嫌いだと言われれば、こう言ってやればいいんですよ。おまえが俺を嫌いな気持ちより、俺の方がよっぽどお前のことが嫌いだからな。ってね」
その答えが気に入ったら、学園長はケラケラと笑った。
対して俺は肩をすくめるしかない。
ポーションでそこそこ癒えた足の痛みに少しばかり耐えながら立ち上がると、俺は吸血鬼の前まで移動する。
「さて、いろいろと聞かせてもらうぞ」
「え、あ――うぅ」
あれ?
吸血鬼は俺から逃げるように学園長の後ろに隠れてしまった。
「た、助けてハイ・エルフ」
「ふむ。その様子から見ると……まさか、君。まさかまさかの君よ。やっぱりそうなのかな、ヴァンピーレ。吸血鬼にして、吸血鬼の姫にして、吸血姫にして、魔王より知恵のサピエンチェの名を与えられた、人類種に仇をなす四天王のひとりだというのに。そんな君がまさか、私に『相談』したいのかね?」
なぜか学園長は殊更に相談を強調して言った。
対して、吸血鬼はこくこくとうなづく。
「相談、相談。そうだんします。だ、だから助けてぇ」
俺が見ると、吸血鬼は顔を引っ込めるように学園長の後ろへと隠れる。
これは、あれだな。
勇者が街や村を救った際に、小さな女の子が見せるちょっとした恋心とか、気恥ずかしさとか、そういうのが入り交じった感情のものだ。
面と向かってお礼を言うのは恥ずかしい。そんな時に女の子は親の後ろに隠れてしまうことがある。
遠くから可愛いな~、と思って見ていたことが何度もあった。
あぁ、安心して欲しい。
俺はあくまでロリコンであって、ペドフィリアではないので。
少女が好きなだけで、幼児が好きなわけではないので。
そのあたりの線引きは重要なので、ぜったいに間違わないで欲しい。場合によっては、マジで怒るので、そのつもりで。
ペドはダメだ、ペドは。あれはどう考えても変態の所業だろう。前世でどんな悪いことをしたら、あんな性癖になるのか。
おぉ、怖い怖い。ロリコンで良かったぁ~。
「ん?」
いや、待て待て。
幼児とか少女が見せる表情とか、そういうのを冷静に分析しているのは良いが……その対象はもしかして、俺か?
この吸血鬼の少女は、俺に惚れてる……?
いや。
いやいやいや。
おかしいおかしい。
あせるな、はやるな、勘違いするな。
そんな痛々しい思い違いは、相手が魔物だろうが関係なく、一生物のトラウマになるぞ。もう二度と女の子と口を聞けなくなる呪いに似たモノになってしまうはず。
そう、そうだ。
これは罠だ。
吸血鬼の少女……そもそも少女じゃないだろう、どう考えても。うん。ありゃ、いわゆるロリババァってやつだ。好き。しまった。ロリババァでもいいのか俺。知らなかった。新しい属性に目覚めたぞ、どうすんだこの野郎!?
「むぅ……師匠!」
「ど、どうした我が愛する弟子よ」
「このタイミングで最悪な呼び方!? もうもうもう、相手は吸血鬼なんですから、ぱぱーっとやっつけちゃってください!」
と、パルが叫んだ瞬間――
「愛?」
ギラリと吸血鬼の瞳が変化した。
そう。
紅い瞳を金色の縁取りがあらわれ、その瞳の中に猫のような縦に金色の瞳孔が出現し、その真ん中が黒く沈む。
どう考えても、アレだ。
本気だ。
マジの目だ。
「ふふーん、師匠の愛はあたしが独り占めしてるんだから! おまえの出る幕は無いぞ、吸血鬼!」
「小娘が生意気な口を聞く! ならばその口、無様にも引き裂いて二度と愛されぬ苦しみを味合わせてやろう!」
あ、やべぇ。
なんか知らんけど……俺の弟子が死地に赴くようです。
なんで!?
「どうしてこうなった!?」
俺、なにも悪くないよね!?
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