~流麗! 女子(ロリババァ)会での机上の空論・恋愛編~

 ハイ・エルフと友達になったわたしは、それからの日々を学園都市の暗がりで昼間を過ごした。

 魔王さまの領域じゃなくても、ここにはたくさんの光が届かない場所があるので、それこそ毎日を別の場所で過ごすこともできる。

 連日連夜、来る日も来る日も来る日も狂う日も同じ部屋の同じベッドの上で目覚める生活。

 それに嫌気が刺して魔王領を飛び出してからは、太陽の光におびえながら昼間を過ごした。

 怖かったのは、それこそ何もない荒野。

 嬉しかったのは、人間の住む大きな街。

 なんともマヌケは話だと思う。

 魔王さまより名前を与えられた特別な吸血鬼だというのに。

 太陽に光が直接降り注ぐ、なにも無い街の外が怖いだなんて。

 結局、わたしは人間種とそう変わらないのだ。ただただ強くて特殊な能力をいっぱい持ってるだけの、ただの人間。

 影から影へ、闇から闇へ。

 そうやって移動してきたわたしにとって、学園都市までの旅は恐ろしくも楽しかった。

 同じ場所にしばらく滞在することもなく、長い長い旅の果てに辿り着いた学園都市は、それこそ退屈からは縁遠い街だった。

 昼間も夜も関係なく。

 人々が知的活動に勤しんでいる。

 そしてここには。

 地下深くにある闇のように暗い場所が、たくさんあるのだ。


「それは何?」

「これは新しく開発している布です。触ってみますか?」

「えぇ。わぁ、物凄いサラサラ。これを着て眠ったら、さぞ心地良さそうね」

「でしょう。ただし、一着作るのに、まだ一年ほど必要です。製造速度のアップと効率化がまだまだ必要ですね」

「へ~、案外早くできるのね。楽しみだわ」

「え?」

「え?」


 なんて会話をしたとしても、生徒はわたしを見ておらず、自分の作っている物だけを見ていた。

 そう。

 学園都市の人間種は、等しく人間に興味がない。

 吸血鬼なわたし――魔物が普通に歩いているっていうのに、誰も気にしない。

 それよりも、とわたしに色々と説明してくれる。

 そんなことよりも、これを見てくれ。

 わたしに色々な物を見せてくれた。

 こんなにも居心地が良い場所だなんて、想像していなかった。

 魔王領に居た時は自由だったけど。

 学園都市の自由とは、ぜんぜん違った。

 あれは制限された自由だったのだ。上限も下限も決められたいた中で、なにをしたって良い。それは本当の自由かと問われれば、やっぱりちょっと違うわけで。


「本当の意味での自由が理解できたわ」


 そう、友人たるハイ・エルフに語ると――


「あっはっはっは!」


 彼女はご機嫌に笑うのだった。


「それは良かったね、サピエンチェ。君が楽しそうにしてくれていると、私も楽しいよ。何か面白い物はあったかな? それとも、それを今から探すのかな? できれば教えて欲しいのだが、秘密にしてくれたって構わないよ」

「秘密? 秘密にしてしまってもいいの?」


 ハイ・エルフの言葉に驚いたわたしは、思わず聞いてしまった。


「もちろんだとも」


 ハイ・エルフは楽しそうに両手を広げる。


「たとえば、君と私の関係だ。君がこんな場所で、私とのんきに遊んでいるなんて情報を誰かに話したらとんでもない事になってしまう。だが、それを隠している状況というのは、なかなか愉快でね。いたずらがまだ露呈していない子どもになった気分さ。みんな平気な顔で日々を過ごしているけど、すぐ近くには恐ろしい魔物がいるんだよ? しかも強大で凶悪な力を持つ吸血鬼だ。おとぎ話では、国ひとつを一人で滅ぼしたっていうしね。そんな魔物がにこにこ笑顔で歩いている。あぁ、なんてマヌケな私たちなんだろう。っていう私しか知らない情報を噛みしめてニヤニヤするのが楽しいんじゃないか」

「……あなた、割とイイ性格してるのね」

「魔王直属の四天王に褒めてもらえるとは光栄だなぁ」


 あっはっは、とハイ・エルフ。

 そんな彼女とは対照的に、わたしは肩をすくめた。

 これじゃぁどっちが魔物か分かったものじゃない。

 まぁ、見た目的に言うと、どっちが人間種から離れているかと言われれば、わたしよりもハイ・エルフの方が異形なんだけどね。

 耳が長いし。

 わたしは牙が長いけど。

 普段は目立たないから、人間と変わらない。


「まぁ、そういうことだから何を語り、何を語らないかはサピエンチェ次第だ。君が実は魔王のスパイであろうとも、私は何も気にしないよ」

「そこは気にしなさいよ……」


 その可能性は、確かに疑われてしまうわよね。

 実際に、わたしは四天王で吸血鬼なんだけど……その証拠はどこにも無い。ただただ強いだけの魔物の可能性だってある。

 名前だって魔王さまが勝手に付けただけなので、そこに呪いのような意味もない。神さまの力ある言葉とも違う。

 だから、わたしの言葉だけ。

 言葉だけで、ハイ・エルフは信用してくれている。

 そこは、ちょっと不思議な感覚だった。

 実力を見せたわけじゃないのに、力を示したわけでもないのに。

 このハイ・エルフは笑ってわたしのことを信用する。

 魔物の世界では、考えられない思考でもあった。


「そうだなぁ。なにを秘密にするのかは自由であっても、相談はして欲しいかな」

「相談?」


 うんうん、とハイ・エルフは白く長い髪を縦に揺らす。


「相談とは会話で答えを導く出していく行為だ。私はこれが大好きでね。いろいろと語り合っていく内に、より良い物へと昇華していく。答えに行きついた相手の表情がみるみる変わっていく瞬間なんて、まるで幼児が初めて母親を認識した時のようだ。なので、是非とも相談してくれたまえ」

「相談ねぇ。なんでもいいの? 新しい服を選びたいんだけど、みたいなことでも?」

「もちろんさ、ヴァンピーレ。君がどんな趣向をしているのか分かっていいし、君に似合う服を想像するのは楽しそうだ。美少女を着飾るのは楽しいからねぇ」

「美少女……」


 なるほど。

 わたしは、美少女なのか。

 魔物の世界にいると、どうにも美意識というか『美しさの基準』みたいなもの、価値観っていうのが人間とは違ってきている。ゴブリンに綺麗とか美しいとか言われても、なんとなく嬉しくないし。

 あと、愚劣のストルテーチァか陰気のアビエクトゥスが美形とか美人とか思ってた。

 わたしも、そういう雰囲気なのかもしれない。

 だってほら――

 吸血鬼って鏡に映らないから。

 いまいち自分の姿っていうのを認識できてない。


「美少女って言われたのは初めてだわ。それってお世辞? それとも本気?」

「本気だよ? あぁ、そうか、失念していた。君は魔物に囲まれていただけでなく、吸血鬼だったな。すまない」

「いいえ、大丈夫よ」

「しかし……なるほど、そうか。ならば、絵画の研究をしている者がいる。人物や風景を、いかにそのまま写実的に描けるかを研究しているのだが、絵を描いてもらうと良いだろう。紹介してあげよう。君が少しばかり自信が無い理由が分かったよ。自分の姿を客観視できてないのだから当たり前か。自分を知れば、誰かを好きになったりするかもしれないぞ。あっはっは、魔物の恋。吸血鬼の恋愛。ヴァンピーレの劣情。是非とも聞きたいものだ。秘密にするなんて野暮ったいことは止めてくれよ。こればっかりは私に、間違いなく、絶対的に、相談して欲しい」


 恋愛?


「わたしが誰かを好きになるってこと?」

「そうだとも。別に魔王に惚れているわけではないのだろう?」

「えぇ。魔王さまは、なんていうのかしら。王様みたいなものだから、恋愛感情は無いわ。あと、四天王も仕事仲間みたいな感じだし。そういう感情は無いわよ」


 実に良いことだ、とハイ・エルフ。


「君はこれから恋を知るんだ。それはとても美しく、うらやましい。初恋だよ、初恋。それは人生において、たった一度しか経験できないことだからねぇ。私なんて初恋はあったはずだけどすっかり忘れてしまって。相手の顔とか名前すらも覚えてないんだから、君がうらやましいよ」

「う~ん、でも……わたしが人間種なんて好きになるかしら?」


 だって、わたしは吸血鬼だし。

 人間って言ったら、食べ物とそんな変わらない気がする……


「ふむ。じゃぁ、私はどうだい? 吸いたいかい? それともハイ・エルフの血は不味そうかな?」

「除外されているわね。そんな感情がぜんぜん起こらないわ」

「なるほど。そこらを歩いている人間は?」

「あんまり美味しそうに思えないわ。不健康だから、かしら?」

「ほうほう、それは実に興味深い。ならば、君が美味しそうと思った人間こそ、君が血を吸いたいと思った人間こそ、君の恋愛対象っていうことになるのかな?」


 そう、とも言い切れないような気がするし……

 そうだね、とうなづけるような気がしないでもないし……


「う~ん……難しい話題ね。でも、あなたが相談して欲しいって言った理由が分かったわ」

「ほう」

「楽しい。楽しいわ。これって、アレでしょ。恋バナって言うんでしょ?」

「あっはっはっは! 恋バナか。いいね、いいじゃないか、サピエンチェ。これからは、君の恋バナを聞かせてくれるかな?」

「理想の血の味なら、教えてあげるわよ。まろみが違うのよね、まろみが」

「なるほど、血か。ならば、君の恋愛基準は血が重要となるはずだ。さっき、不健康そうな人間は美味しそうに見えないと言ってただろう? つまり、それは血色が悪いと表現できる。そういう意味では、私も血色が悪い。ほら、青白いだろう?」

「なんとなく分かるわ! だったら、わたしの好みの男性は健康的な男ってことかしら?」

「そうだね。しかも酒もタバコもあまりやらない方がいいだろう。だからといって痩せている人間は血の味も悪そうだし、適度に食べて適度に寝て、適度に鍛えている人間。そんな人間がいれば、君は好きになるんじゃないかな?」

「でもでも、それって言ってしまえば身体だけが目的、みたいな感じじゃないかしら」

「ふむ。しかし、案外とそんなものだよ吸血鬼。なんだかんだ言って、本能は強い。身体の相性だけで結婚まで至るのは、なにも珍しい話じゃないからねぇ。もしも、その本能に逆らえるというのなら、今頃はお金持ちの商人と生活が豊かな貴族の元にしか女性はいかないはずだ。恋愛とは、言ってしまえば血を交えること。子どもを作るとは、そういう意味だからね」

「ふ~ん。子どもねぇ……血を吸うだけじゃなくて、眷属を作るのでもなくて、子どもを作ることかぁ~。ハイ・エルフは子ども欲しいの?」

「いつかは欲しいなぁ。と、思わなくはない事も無いかもしれないが、一概には言えないとも言える可能性が無きにしも非ず、だ」

「分かりやすいほど誤魔化したわね」

「むぅ。だって、私はアレだぞ? 純粋にして純血にして純潔の最古の森人だぞ? 純潔の称号が失われたら、ちょっとカッコ悪いじゃないか」

「そんな理由だけで処女守ってるの!?」


 なんてハイ・エルフと楽しくおしゃべりしていたんだけど……

 吸血衝動。

 それは、ハイ・エルフが言うところによると……

 恋愛感情――

 になっちゃうわけで。

 まさか、それがすぐにやってくるなんて……思いもよらなかった。

 知らない男の下半身にしゃがみこんで、我慢することさえ忘れてしまうような魅力。

 もう見ただけで、胸がドキドキしちゃって、はやる気持ちが抑えられなくなってしまう感情。

 あぁ。

 そうか。

 これが――


「ぴちゃ、ぴちゃ、ちゅ、ちゅぅ、ぺろぺろ、れろれろ……はぁ~……んちゅ」


 一目惚れっていうヤツなのかな。

 わたしは。

 この盗賊の男に。

 一瞬で惚れてしまったのだった。

 だってだって。

 血がとっても美味しいんですもの!

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